もの思い
デュークを含めたゴード一家は逮捕されて、正しく罪を裁かれる事になった。領主の親戚とは言えどここまで大きな犯罪だと、何をどうしても減刑なんて出来ないだろう。
それに、今まで散々「あの家と縁を切ってください」と言い続けてきたという領主の奥様が、今回の事件で我慢の限界が来たらしく……過去の事件に遡って捜査するなど積極的に動いているそうなので、むしろ厳しい裁きが落ちると思われる。
しかし悪い事をした人が全員捕まってめでたしめでたし、では全部片付ける事が出来なさそうで、私は胸の奥がずっとモヤモヤしていた。
例えば街の新聞にも連日この事件について書かれているのだけど。アンナなんて、ホテルのカフェに置いてあった新聞を読んで「新聞社に抗議します!!」とプリプリ怒っていた。
アンナが怒っていたという事は、あの新聞にも私について何か悪く書かれていたのだろうな。
新聞なんてどこの国でもそういう物なのは分かっている。あの大罪人を長年庇って罪を隠蔽してきたとは言え貴族である子爵様の誹謗中傷は表立って書けないから、その分ゴード一家についてセンセーショナルな記事にしたいのだと思う。
それで、この事件の被害者である「錬金術師リオ」を絡めて面白おかしく書いているのだろう。
ホテルに来たインタビュー依頼を全部断った意趣返しかな。
一番「すごい想像力だな」と思ったのは、「我が社の独自ルートから仕入れた情報では、ベタメタール子爵と事業提携をしておきながら、錬金術師リオ師はその技術を軍事利用目的の外国にも売り払い二重に富を得ようとしたという。今回仲介していたゴード氏とその家族だけ罪が明らかになったが、我が社はこれからもこの疑惑について追い続けていく」という記事だった。
記事がデタラメすぎてうんざりしつつも、戦争に手を貸す悪の錬金術師……創作のネタに使えそうだな、とメモしてしまったのはアンナに内緒だ。
事件が終わった後も私の気分が晴れないのはそれだけが理由ではない。
今回の事件で巡察隊、冒険者ギルド、錬金術ギルド、街役場などまで広く汚職が広がっていた事が判明した。つまり、罪に問われた人が多すぎたのだ。
正直、こんな大事件になるとは思っていなかった。どこから情報が漏れてるか決めきれないくらいには協力者が多いな、とは思っていたけどまさかあんなにたくさんいたなんて。
この事件で、職を失う人も多いだろうな。その人達の家族も、突然でとても困るだろう。
罪を犯してた本人が悪いのだから私が気にする必要はない……と頭では思うのだけど、どうしても暗い方に考えてしまう。
私を恨んでる人、たくさんいるだろうな。もっと穏便な方法で解決出来たら良かったのに。こんなに騒ぎにするんじゃなくて、子爵様の顔も立てるような……。
ああ、また考え過ぎてしまう。でもこれはもう、私の癖だから仕方ないかな。
「う〜ん……」
「リアナ様、新しい物件……そんなに急いで決めなくてもいいのではありませんか? 家具はこのまま貸し倉庫に預けて、納得のいく家を新しく建ててもいいと思いますし」
うーん、と言いつつ悩んでいた私の前には、子爵様や冒険者ギルド、錬金術師ギルドから紹介された物件の間取りや賃貸条件の書かれた書面が広がっている。どれにしようか迷っているように見えたのだろう。
「ううん、どれもいい条件の物件ではあるんだけど、何というか……」
「お悩みですか?」
「部屋を借りる時はこんな事なかったんだけど、家を借りるってすごい大事だなって実感して……だって、家だよ? ましてや建てるなんて、そんな……」
うまく言語化できずにヤキモキしてしまう。アンナは暗い顔をしている私を見かねて、持ってきてくれた紅茶を私の手元に置くと、向かいに腰を下ろした。
私はアンナに、少しずつ最近感じていた事を話していく。そもそも私は家出をしてから特に予定もなく、やりたい事も決まっていなかったのでとりあえずフレドさんがホームタウンにしているこの街に来ただけなのだ。
家を買うとか、この街でそこまでしっかり根を下ろして生活する事になるなんて……正直思ってなくて。けど、借りた部屋では防犯面で不安がある。引っ越すのは決定だが、賃貸ではなく戸建てを買い取る必要があった。
借りた物件では思うように警備を強化できない。やはりベストは、警備結界を設置する事を見据えて新築する事なのだが。
あの人達みたいな犯罪者に狙われることはもう無いと思いたいけど、未然に防ぐと言う意味でやはり必要だろう。新聞記者らしい人達も接触してこようとしているし。お金に心配はないけど、いつまでもホテル暮らしをするのは気が引けてしまうから。
ホテルの従業員……他人が毎日頻繁に生活スペースに入ってくるのが、こんなに落ち着かないなんて。
公爵家にいた時は普通だったはずなんだけどな。私の専属侍女はアンナ一人だったけど、給仕や掃除や洗濯他にも色々、他の使用人達も大勢屋敷にいた。
私は今の生活にだいぶ慣れてしまったらしい。それともリンデメンで過ごしてたみたいな暮らしが元々向いてたのかな?
「なるほど、リアナ様はここでこれからもずっと暮らしていく事になるかもしれない、そう考えるとあまり気が進まないんですね」
「そう……なるね、うん」
アンナとただ話していただけなのに、自分の考えがまとまって、「どうしたかったのか」が不思議とよく分かってくる。
温泉に行った時は、数日なら非日常も楽しかったけど。ホテルで暮らすというのは私には無理。次の住まいには戸建てを買い取る必要があるが、その家に……というかこの街にずっと住む覚悟が出来ない。
突然の事で、と言うのもあるが悩んでも考えがまとまりそうになくて。
でも、この街に居たいとは思ってる。それは確かだ。
「まぁ、リアナ様の悩むお気持ちも分かります」
「……アンナも?」
「ここの住民には良い人が多いですけど、あの子爵様の治める街だと思うと。またあの流されやすい子爵様がリアナ様に迷惑をかけるような事をするのではと、本音を言うと心配ですね」
サラリと貴族を批判するような事を口にするアンナに、ギョッとしてしまった。否定しようと思ったけど、反論らしい意見が浮かばない。
考えてみればフォローする必要性も見出せず、「まぁ、確かに……」と消極的に同意してしまった。領主様なので、よその人にはこんな事言えないけど。
「あの方が毅然と立ち向かっていたら、親戚とは言えど貴族と平民ですし、そもそもこんな大きい事件を起こせる状況にはなりませんのに」
たしかにもっと早い段階で子爵様が見捨てていれば良かったのだろう。
公務員宿舎の管理人って名目で、実際はそれについて仕事もしていないのに長年ドレイトンに給金を支払っていた。あの屋敷だって子爵様が用意したもので、それは元を正せば税金である。
その上、陰で悪事にも手を染めていたなんて、街の人からすればたまったものではない。
子爵様側の人達がデュークやドレイトンの悪行に怒っていたけど、それを許してきてしまった子爵様にも責任はあると思う。
家を買って、共同事業をしていく……長い付き合いになってしまうだろう。
そうか、それで気が進まなかったのか。ただの冒険者として暮らす分にはとても良い街なんだけどなぁ。
「今夜のパーティーだって、人工魔石事業の開発者である錬金術師リオ様のお名前を思い切り利用してますし」
「でも、家族に見つかった時に保護してくれる貴族は必要だから」
実は今夜、私を含めた数人の名誉市民の表彰とそれを祝って……という名目でパーティーが行われる。
本当はこういう目立つ場であまり表に顔は出したくないのだが、後援の貴族から何度も請われては仕方がない。
自分の事のように、いえ、自分に起きた事よりも怒ってくれるアンナの存在がありがたかった。
「しかしですよ、リアナ様。リアナ様はあまり有名にはなりたくないと、表彰は辞退申し上げたんですよね?」
「最初はね……。でもこの街の有力者や近隣の領の貴族の方からも、人工魔石の開発者を紹介してくれと前から頼まれてたみたいで」
「紹介してくれと言われて、断っていたリアナ様に無理をきかせる子爵様なんて。ご家族が連れ戻しに来た時も守ってなんてくれないかもしれませんよ」
アンナの指摘に、私は雷に打たれたように固まってしまった。……確かに。
こういうのって何事も、我慢してくれそうな方に皺寄せが全部行くのを知っている。子爵様自身もそうだと思うんだけど、だからこそ親戚だというだけでゴード家の言いなりになりかけていた訳で。
私は「嫌な予感」が具体的な形になって行くのを感じた。あり得る。
ライノルド殿下とはあれからもずっと連絡をとっている。筆記面が小さいので伝えられる文章が限られているが、お互いの大体の事情は把握していた。
そして私の家族は何故か諦めるつもりはないようで、それは時間経過で鎮火する者には見えず、遅かれ早かれ見つかってしまったら連れ戻しにくる可能性が高い。
褒めた事はなかったけど私の事を実は認めていたというのも理解した。つまり私を逃しては「惜しい」と思っているのだろう。
確かに、大金をかけて一流の教育を受けさせて、ある程度習得した人材を見す見す逃すなんてとてももったいない事だ。今までかけたコストが無駄になってしまう。
そして何より私は彼らと血が繋がっている。つまり法定代理人としてとても役に立つのだ。優秀なお弟子さんや部下にも、執事や秘書でも出来ないけど、私にだったら任せられる仕事がある。
家族は皆天才肌で、ご自分の興味のある分野以外は何をするにしてもとてもめんどくさがる。趣味が仕事のような方達だ。契約のために人と会うとか、契約書を書くとか、皆さんそういった「秘書や側近に丸投げ出来ない雑務」を本当に辛そうにこなしていたからな。
自分の仕事の代理人にする……そのために「手間ひまをかけてせっかく教育したリリアーヌ」が見つかったなら、きっと連れ戻したいと思うだろう。
一流の教育を施してもらって、それについては本当に感謝している。けど申し訳ないけど家には絶対戻りたくない。
そのために貴族の後援を手に入れたと言うのに。でも実際、この一番肝心な役目を果たしてもらえるか不安だ。そのくらい、ベタメタール子爵への信用は薄れてしまっている。
いや、「あの人なら、アジェット家に負けて私を引き渡しそうだな」と思ってしまったと言うか。
「何処に行くにせよ、行かないにせよ。もちろん私はお嬢様にどこまでもご一緒しますよ。だからと言って、ご自分の選択が私を縛るかもしれないだなんて考えるのはお止めくださいね。私は自分で望んで、お側にいる事を選んだのですから」
「アンナ……ごめんね」
「まぁ、おかしなお嬢様。謝る事なんて何もありませんのに」
実家にいた時みたいに私を「お嬢様」と呼ぶアンナに手を握られて、私はじんわり涙を滲ませていた。
「ほらほら、泣いたらお顔が腫れてしまいますよ。今晩は人前に出なくてはならないのでしょう?」
「大丈夫よ、錬金術師としてローブで出るつもりだし……」
「あら! だからと言っておめかしをしなくて良いと思ったら間違いですからね! お肌のお手入れも久しぶりですから、時間を逆算するとそろそろ湯浴みをしなければですよ」
そうして久しぶりに張り切ったアンナに、また「ひぇえ……」と言いたくなるほど念入りに手入れをされて。この先を考えて憂鬱になりかけていた気持ちを吹き飛ばすくらい、ツルツルぴかぴかにされてしまったのだった。




