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一旦落着

 


 ベルヌークさんと一緒に話を全部聞いていたと伝えたのに、どうしてこの人こんなに余裕そうな表情をしているんだろう。

 結界を全部解くと気付かれて警戒されてしまうかも……と、一部分だけ穴を開けた状態にして盗み聞きしたから、それでまだ「結界は張ってあったはずだ」って安心してるのかな?

 盗聴防止の結界は確かにあったけど、大声を出したら外に少し漏れ聞こえてしまうくらいのあまり質の良くないものだったし、実際簡単に外から部分無効化出来てしまったのだが。


「言い逃れは出来ませんよ。全て聞いていたと言ったでしょう? 何よりその錬金術師のノートと魔道具の設計図! 盗んでこないとこれがここに存在しないのだとご自分が一番よく分かっているでしょう!」

「……さぁ、これを盗んだって証拠は? これは親父が出資してる錬金術師が自分が発明したって持ち込んだんだって言ったじゃないですか、モリックさん。まだ未発表の発明を見せられる訳ないだろ? 確認だなんて言って盗作されるかもしれない」

「屁理屈を……」

「もし、だよ。もしこのノートが盗まれたって話が本当だったとして、出資してたその錬金術師がやった事じゃないかな。うちは無関係の善意の第三者なんだけど? それとも、巡察隊でもないのに無理矢理取り上げるつもりか? とりあえず然るべき所から、ちゃんとした令状でも持って来てほしい。話はそれからだ」


 ベルヌークさんとゴード……いや、この場にゴードという名前の存在が二人いるから紛らわしいな。ベルヌークさんとデュークのやり取りを聞きながらちょっと感心してしまった。

 すごい、こんなに誤魔化しの効かせた返しがすぐ思いつくなんて。それが有効かどうかはひとまず置いておいて……詐欺師みたいなこともしてるのは調べてて知ってたけど、口が上手いってこの人みたい事を言うんだろうな。


 こんなに口がよく回って、知恵を働かせる瞬発力があるのならもっと別の方向で活かせば良かったのに。

 ちょっと残念な気持ちで視線を向けてしまう。


 確かに、巡察隊が正式に関わっていない。民間人でも現行犯逮捕する状況証拠は十分揃っている……と言っても後で問題になるかもしれないのは確かだ。

 デュークの父親はリンデメンの公務員宿舎のただの管理人だが、親戚には貴族がいて、その人が実際に今まで何度も庇ってきている。


 どんなに疑ってようがお前らは手が出せないだろう? とでも言うような嫌な笑み。かなり無理のある言い分だとは思う、でもこの人はそれで今まで通って来ちゃってたんだろうな。

 この街の領主の親戚だからと思し文句のように口にするその言葉のせいで、大分街中が影響されていた。この前も……採掘場で私が捕らえた時に、回収した魔道具の中の映像記録をきっかけにデュークが逮捕されたんだけど。その恐喝事件の主犯だったはずなのに、気が付いたらあの場にいた誰よりも早く釈放されていた。

 何をしたのか具体的には知らないけど……真っ当な事はしてないんだろうなと、それだけは。すごい嫌な話ではあるけど、このくらいの不条理は別に珍しくはない。

 

 巡察隊だけじゃない。冒険者ギルドにも、錬金術師ギルドにも子爵様とやりとりした事も全てが少しずつ漏れてる感じはしていた。だいぶ絞り込めてはいたけど……それぞれ誰が協力者になっているか確定するには至れず、その為公的機関には表向きはあえて話をせず今回囮捜査のような事をしている。

 協力者の巡察隊員もいるが、非番だったフレドさんの友人が、あくまで個人として相談に乗ってくれた……と言う形になっているだけ。

 

 不法侵入を責められるかもしれないが……実際の公務員宿舎管理人としての業務を全て行なっているベルヌークさんの許可を得て招かれてここにいるので、まぁ大丈夫だと思う。

 この人達もそんな事を指摘する余裕はなさそうだし。


 伝えられないと判断はしたが、巡察隊などの全員がこのゴード一家に与していたという訳ではない。真面目に仕事をしてる人がほとんどだと思う。

 ただ本当に、敵サイドにほんのちょっとでもこの計画が知られたら失敗してしまうので、正式に通報できなくて。


 一応、こんな言い逃れなんて何も効果がないくらい、証拠もしっかり用意している。

 犯行の時に着てた外套と鞄は捨てられてしまったけど、鞄を奪われた瞬間にデューク本人にも、追跡に使う魔術痕跡を残してあるし。あのノートは表紙が魔道具になっていて、人が触れた瞬間……手に取って鞄から取り出した時からずっと周りの音を記録している。彼らの会話を再生すれば動かぬ証拠となるだろう。他にもたくさん。

 しかし今彼自身が自覚してることだけでも、実際後から調べたら罪を逃れる事なんて出来ないって本人も分かってると思うんだけど。

 なら、この場さえ逃れたらどうにかなると考えられる……その根拠があるんだな。やはり今夜か、明日には逃げるつもりだったのだろう。急いだ甲斐があったな。

 盗んだ物を手放すのは今夜中……もっと大物が捕まえられそうだが。

 

「でも……そうですか。盗品と知らずに手に入れたと言われてしまったら、しがない副管理人でしかない私では確かに何も出来ませんね……子爵様に話を通して、巡察隊を呼んでこないと……」

「ふっ」

「でも盗まれたノートと魔道回路図は、全部デタラメしか書いてない物だそうですから。良かったですよ、実際には何も被害がなくて」


「……は? 何を……お前……」


 ポカンとした顔のデュークは、しばらく固まっていたと思うとやっとの事で反応を見せた。絶望、その後私を強く睨む。

 私はというと……確かにあのノートは偽物だし、この囮捜査のようなものについては話しているのだが、いきなり煽るような事を言い出したベルヌークさんにびっくりしていた。


「ええ、だから、さっき盗まれたノートと魔術回路図……人工魔石を作るのに必要な魔道具を作る設計図は、リアナさんが用意した偽物だったそうです。最初から工房への侵入犯の背後を探るためにかけた罠なので、当然本物を使う訳ありませんから。でも、無関係の第三者として悪意なくノートを手に入れたデューク君とゴード様には……関係ないですよね?」

「……ッ!!」


 デュークが悔しそうに顔を歪める。彼の父親は、その後ろで「しくじりやがって」と字幕をつけたくなる、とっても忌々しそうな表情を浮かべていた。借金もかなりあるらしいし、これが手に入らないと本当に後が無いんだろうな。

 流石にここで失言をして言質を取られるような真似はしないが、この態度と会話を切り取って、証拠として提出したいくらいだ。

 でも……こんな事、打ち合わせになかったのに。どういった物か具体的には話さなかったが、私が本人達に動かぬ証拠を突きつける……という事になっていたのだが。

 ベルヌークさんが、どうして突然こんな事をし始めたのか分からない。


「本物はちゃんと、証拠の一部として受け取って、ホラこの通り私の懐に入っておりますから」

「‼︎ お前……それを寄越せ!」


 そんな訳ない。本物は拡張鞄に入れたままアンナ達のいるホテルにある。

 だがこの考える暇もない状況のせいだろうか。何やら手帳のようなものをチラリと上着の内ポケットから見せたベルヌークさんの行動を見ると、デュークは飛び掛かっていた。

 私自身も一瞬「⁈ ……いや、渡してないよね?」と思わず考えてしまう程の、とても上手い演技だったので仕方ないのかもしれないが。

 とにかく、一瞬何をしてるのか考えてしまい反応が遅れた私は、デュークの凶行に間に合わなかったのだ。


「だ、大丈夫ですかベルヌークさん!」

「ぐっ……リアナさん! 今です! 暴行の現行犯として捕縛してください!!」


 まず掴み掛かられてるベルヌークさんを保護して、と考えていた私は「好機!」とばかりに生き生きとした声を聞いて動きが止まった。

 ……もしかして、このためにさっきの……わざと煽るような発言を?! 今まで領主の親戚を口実に罪を逃れてきたゴード一家を酷く憎んでいるような発言はしていたけど……まさかこうして体を張るほどだったなん。

 確かに、これで一旦逃げる事も出来ない状況にはなったけど……わざと暴力をふるわせるなんて、危なすぎる。


 とりあえず、やるべき事を。デュークが貴族だったら冒険者でしかない私では難しいが、実際彼も父親も身分は平民。現行犯なら民間人でも問題なく捕まえられる。

 ベルヌークさんに言われるがままだったが、しっかり捕まえて縛り上げた。


「俺は……俺は関係ない! そうだ、デュークが! こいつが勝手にやった事だ!」

「はぁあ⁈ このクソ親父が! そもそも人工魔石の作り方を盗むのだって、テメェが持ってきた話じゃねぇか!」

「知らない! 俺は関係ねぇ!」


 さて次は、と視線を向けた父親の方はこちらが何かを言う前から責任逃れをし始めた。

 縛られた息子を置いてでも今すぐ逃げたそうな顔をして目を泳がせている。当然だが、入ってきた入り口には私達がいるし、ここは三階なので身体能力もなく魔法もほとんど使えないこの人が窓から出ると言う選択肢は取れない。秘密の脱出路の様なものもなかったし。


「な、なぁ、モリック……もう十年にもなる、俺とお前の仲だろう? 今までも色々面倒見てくれたじゃないか。ジェームズ坊ちゃんもまたいつもみたいに口を利いてくれるだろうし、お前も今だけちょっと目を瞑ってくれよ」


 逃げられないと悟ったのか、今度は懐柔しにかかってきた。絶対諦めない、っていう精神力がすごい。私には無いものなので、ちょっと感心してしまう。

 流石に今回はもみ消すのが難しいほどの大きな事件になってるので、それは無理じゃ無いかなと思うんだけど。ベルヌークさんも「絶対許さない」って顔をしてるし。

 最後の悪あがきに抵抗されて予想外の事が起きるのも嫌なので、建設的な案を示しておく。


「……ゴードさん、人工魔石の製法って、何処か大金で買ってくれる所に売り払おうとしてたんですよね? 相手は外国の貴族か、国そのものだと思うんですけど。その取引って多分今夜ですよね。それで、相手からはもう報酬を受け取ってしまっている」

「なんでお前がそれを⁈」


 状況から推理しただけなのだが。今はどう推測したのかは関係ないので話を進めていく。


「それでその相手って、とても怖い存在じゃないんですか? こうして、無理のある犯罪計画を実行してでも手に入れなければならなかったくらいに。計画は失敗した訳ですけど、見逃してくれるような人達なんでしょうか」

「そ、それは……」


 取引するものが手に入らなかったのだから、逃げるつもりだったのだろうけど。相手に繋がりかねない情報を知ってしまっているこの人達が、逃げるのを許してくれるだろうか。

 そう問うと、二人ともわかりやすいくらい顔色が悪くなった。さっきまで怒りで顔が真っ赤だったのが、今は血の気が引いている。


「だからここは巡察隊に大人しく捕まって、しっかり牢を警備してもらえるように、そちらで子爵のお力を借りた方がいいと思いますよ」


 だいぶ迷った挙句だが、デュークの父親は観念したように大人しく手を縛られる事を選んだ。「ドレイトンにも分かりやすい罪状を追加してやりたかったのですが」と残念がるベルヌークさんには、もうあんな危ない事はしちゃダメですよと伝えておく。

 でも、今まで子爵が変に庇っていたせいで、本当に腹に据え兼ねてたんだな……と気の毒になってしまった。


「罪状なら十分ありますから……ドレイトンさんは多分、この街でずっと長い間活動していた、犯罪者組織の頭……その人だと思いますよ」

「なんですって? ジェームズ様のご子息を誘拐した⁈」

「はい、その誘拐の主犯ですね」


 話の途中から気付いていた。あの時私が見かけた、誘拐犯の中の……帽子の男だ。

 私が見た時と髪の毛の色が違うし、髭も無いので分かりづらいが。あんなに詳細に似顔絵を描いてしまったので、逆に捜査を狭めてしまったのではないか。

 人相書っておそらく、人の認識を邪魔しない曖昧さが無いとダメなんだと思う。反省したい。

 主犯はまだ捕まってないと聞いていたが、主犯について口を割らなかったらしい実行犯達がこれから色々教えてくれるだろう。


「ジェームズ様のご子息を殺しかけた、あの事件の犯人だとは……! これで本当に、ジェームズ様の親戚の情も切れるでしょう!」


 ベルヌークさんはそう言って、鼻息荒く二人を見下ろしていた。……ふぅ、とりあえず、これで一件落着だろうか。



 通報して巡察隊の到着を待つ間、特にやる事もないので縛り上げた二人を監視する目の端で室内を見渡す。


「これで助かるんだよな? ちゃんとあいつらから守ってくれるんだろうな」


 保身に余念がないようだ。私は相手をすると疲れそうなので無視をしていたが、ベルヌークさんが嬉々として言い返している。……本当に、余程ストレスが溜まっていたんだなぁ……。

 公務員宿舎の管理人邸と呼ぶには豪華すぎる造りに高価な調度品のある室内で、あちこちが目について変に色々考えてしまった。


 執務室らしいけど……このドレイトン・ゴードという男は子爵様の親戚というだけの縁故でこの役職をいただいてるのに、何もしないでお金だけ受け取ってると聞いたんだけど。仕事をしてないのに執務室って必要なのかな?

 代わりに実務の一切をしているベルヌークさんは普段は公務員宿舎の管理人室で仕事をしているので、本当にこの屋敷に執務室がある必要って、全く無いのに。

 ふと足元を見ると金で装飾をされた、重り以外に何も使え無さそうな宝石の原石が転がっていた。……もしかしてこれペーパーウェイトかな? こういうの本当に買う人いるんだな……でもそもそも、仕事なんてしてないのだから書類を押さえる道具はいらないのでは? と思ってしまうが。


 到着した巡察隊に事のあらましを説明して、二人を引き渡す。証拠も証人もしっかり揃っていて、「縁故を盾にデカい顔をしてる嫌なだけの男かと思ってたら、こんな大悪党だったとは」と皆さんも結構驚いていた。

 私もしっかり調書を取って、「また何度か協力をお願いすると思います」と夕方くらいには解放されて、アンナ達の待つホテルへと帰る。


 当然だが、囮捜査をした事を話したアンナにはとても怒られた。「事情があると言っても、どうしてリアナ様がこんな危ない真似を‼︎」と過去一番の雷が落ちて、自分が叱られているんじゃない琥珀まで、テーブルの影に隠れて震えているくらいだ。


「必要があったと言っても……! だったら巡察隊の人が私に変装すれば良かったじゃないですか!」

「巡察隊からも計画が漏れる恐れがあったし……絶対気付かれたらダメだから演技力も必要で……あ、安全もしっかり確保してやったんだよ? ほら、私も傷ひとつないし」


 ほとんど男性しかいない巡察隊にアンナの変装を……それはちょっと無理なのでは? と思ったが、論点はそこではない。ベルヌークさんが自ら怪我をしに行ったのも置いておく。


「もう……今日はリアナ様も疲れてるでしょうからお説教はここまでにしますが、二度としないでくださいね」

「うん、分かった。心配させてごめんね、アンナ」


 その後、石畳の上で転ばされた時に手の平を擦りむいた傷を発見されて、「怪我してるじゃないですか!!」とアンナに更に怒られて、「何があってももう二度と、自分から囮になるような危険な真似はしません」と約束させられたのだった。

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