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予想外の

 


「それにしても、錬金術工房だと思えないくらい片付いてますね……ゴミやノートの切れ端も床に落ちてないし。巡察隊が来る前に片付けたりはしてないですよね?」

「元々整理整頓は心がけているんです。危険な薬品や素材も多いですし、在庫管理も兼ねて定位置に戻してるだけですが」


 床と卓上の掃除は毎日終業後にしているが、そのくらいか。後は滅多に使わないものはリストにして拡張鞄や倉庫にしまって乱雑にならないようにしているけど。

 出来る限りスペースを広く確保して、必要なものがどこにあるかすぐ分かる状態じゃないと作業が効率的に出来なくて。

 でも、自分以外の錬金術師の工房では、何かしらごちゃごちゃして掃除も満足に行き届かず隅の方は出しっぱなしの古い資料が床に積まれて埃をかぶってたりしている所がほとんどだった。

 コーネリアお姉様の工房もそんな感じで、「触られるとどこに何があるか分からなくなるから」と使用人も入れたがらなかったので中はいつもすごい事になっていて。

 でも使う素材をどの拡張鞄に入れたか分からなくなったとか、この辺に資料があったはずと床に積んだ本を漁っていたり、そんな事をよくしていたから本人もどこに何があるか把握出来てなかった気がするけど……。

 自分用の作業スペースとして与えられた場所に気付いたらコーネリアお姉様の物が侵略してきてどんどん使える場所が狭くなって……そんな事もあったな。

 巡察隊の質問に答えていると、工房が面している通りの方が何やら騒ぎになっている。向こう側から、その騒動の中心地が私の名前を大声で呼びながら走ってきた。


「リアナ〜〜!! 悪い奴! 悪い奴をとっ捕まえたのじゃ〜!!」


 満面の笑みで、縄でぐるぐる巻きにした大男を頭の上に掲げて走ってくる琥珀。工房から顔を出して固まっている私の足元に、駆け寄ってきた琥珀がその縄で縛り上げた男を半ば放り投げるように落とした。


「いへぇっ!! ほの、ふほはひ!!」


 ズシャアア、と石畳で摩り下ろされた男は口に縄を咬まされた状態で何やら大声を上げようとしていた。痛ぇ、このクソガキ……かな。何を叫んだのかつい気になってしまったが、一体何があったのか? 悪い奴を捕まえたと言っても、とりあえず話を聞かないとどう反応して良いかも分かりそうにない。

 巡察隊の人も人を縛り上げてこうして連れて来た琥珀の行動に固まっていた。


「リアナ、こいつがな! あのリアナの魔石の作り方を狙ってうちに来て、扉を破って入って来てアンナに手を出そうとしたのを琥珀がな、こうバーンとカッコ良く返り討ちにして倒してやったのじゃ!」

「え? アンナが……?! ちょっと琥珀、何があったの?」

「おお、そうじゃ。フレドにコレを渡せと言われておったわ」


 ポケットの中からちょっとシワのついた紙片が出てくる。手紙……と言うよりは連絡事項を走り書きしたメモのようだ。フレドさんは普段はキレイな字を書くんだけどそれが乱れていて、インクを乾かす暇もなかったため二つ折りにした紙の内側で何箇所か滲んでしまっていた。

 こうして捕らえた獲物を私に見せよう、とすぐさま走って出て行ってしまいそうな琥珀を必死で引き留めて慌ててその辺にあった紙に伝言を書くフレドさんの姿がありありと思い浮かんでうっかり和んでしまいそうになる。


 リアナちゃんへ

工房に侵入した奴らの仲間みたい

アンナさんを人質にしようとしていた

琥珀が持ってった男の他にも二人いるので

巡察隊を寄越してください


 どうしよう、フレドさんからの手紙も短すぎて、結局何が起きたのか詳細を把握する事が出来ないなんて……。悪い奴を倒してこうして連れてきたぞ、と自慢する琥珀が色々喋っているのに理解が追いつかないのだが。

 とりあえず、この縛られてる大柄な男の人は私達の家に押し入ろうとしてアンナに何かをしようとした悪い人というのは分かった。冤罪ではないのなら琥珀が適当に縛り上げたこのままで良いだろう。


「リアナが頼んだ通りしっかりアンナを悪い奴らから守ったぞ!」

「あ、ありがとう琥珀……さすがだね、琥珀に頼んで良かったよ」

 

 家でお留守番をさせる口実にしただけのはずだったのに……。実際にアンナの護衛としてしっかり働いてくれたらしい琥珀にそんな事当然言えるはずもなく、「見込んだ通りしっかり守り抜いてくれてありがとう」と言う顔でお礼を口にした。

 本当に護衛が必要になる事態になるなんて……と内心は私が一番びっくりしていたけど。


 とりあえず私達の自宅でも事件が起きたという事で、私はそちらに移動する事になった。「こいつらをとっちめる時にちょこっと散らかったのじゃ」と言う琥珀の「ちょこっと」がどのくらいかすごい心配だったから今すぐ確認したかったのもあるけど。

 とにかく、琥珀が縛り上げて持ってきた男は置いて、巡察隊本部に寄りながら自宅に向かう事になる。その道中に、自分の活躍を話したがる琥珀のコントロールに少々苦労しながら、何が起こったかた少しずつ聞き取っていった。


 アンナと少し前に「まだ危なっかしくて市場に一人では行かせられませんねぇ」なんて話してたのに。まさか、琥珀に頼む初めてのお使いが、「縛り上げた犯罪者を巡察隊にお届け」になるなんてフレドさんも思ってなかっただろうな……。



「アンナ! ……とフレドさん! 二人とも、怪我とかしてないよね?」

「大丈夫ですよ、琥珀ちゃんが素早く三人の賊を仕留めてくれましたから、誰も怪我はしてません」

「む! リアナ、琥珀がバーンと活躍して全員倒したって言うたじゃろうが!」

「ごめんごめん、二人とも大事な人だからつい心配になっちゃって」


 私達が住んでるアパルトマンにも人だかりができていた。巡察隊の人が場を仕切っていた工房よりも野次馬が多くて、建物の中にまで知らない人が何人も居る。琥珀が捕らえた二人が縛られて転がってる、共用部分の廊下の奥を覗き込んでる人なんかも。

 うう、管理人さんと他の住民の方達に、これが終わったらしっかり謝罪しに行かないと……! 全戸分の手土産、予定していた物より高いのを買わなければ。


「リアナちゃんお疲れ様」

「フレドさん! ごめんなさい、夜間のお仕事明けに寝てるはずの時間なのに……」

「いやいや、事件なんかがあったせいで俺も目が冴えちゃってたみたいで、元々眠ってなかったから」


 そう言って私が気にしないようにと気を遣ってくれているが、明らかに眠そうである。いつもお世話になってるのに、またお礼を返し切らないうちにこうして迷惑をかけてしまうなんて……。


「急いでて伝言も走り書きになっちゃってたけど、あれで伝わった?」

「はい、ここに来る途中琥珀にも色々尋ねたので大丈夫だと思うんですが、一応確認していいですか? 巡察隊の人もいますし……」

「そうだね、と言っても俺は琥珀がこいつら倒した後に呼ばれただけで。なのでアンナさん、急な事でしたけど覚えてる範囲でいいので最初からお願いします」


 一緒に来た巡察隊の方達のおかげで、建物の中にまでいた野次馬達も無事誘導されて見える範囲にはいなくなった。


 巡察隊と向かい合う位置で話していたフレドさんが、会話の中心をアンナに譲る。

 琥珀が守ってくれて事なきを得たからといっても、犯罪者三人が突然家に押し入ろうとするなんて、とても怖い思いをしただろう。本人が気づいてなかったとしても、きっと心のどこかでは恐怖が残っているはず。

 それを思い出して、何が起きたか説明しなければならないアンナの負担に少しでも寄り添えたら、と思いながらそっと横に立って彼女の手を握った。

 それでは、と一呼吸置いたアンナが話し始める。


「リアナ様が工房に向かってしばらく経った頃でした。玄関の扉がノックされたんです。『もしもし、巡察隊です。工房の事件について聞きたい事があるのでここを開けてください』って。私は嫌な予感がしてすぐには鍵を開けずに、様子を窺いました」

「なるほど、巡察隊を騙っていたんですか。けど名乗りもしないなんてお粗末ですね」

「そうなんですよ。もうそこでおかしいな、と思いまして。リアナ様に事件を知らせに来た本物の巡察隊の人は、自分の名前も名乗って、後……所属? ってものも伝えて、自分から、そこの覗き窓から見えるようにこの街の巡察隊の印章を出していましたから」


 ……何だかアンナがとてもノリノリで証言を始めたな。横で聞いてる私がびっくりするくらい、軽快に話を進めていく。


「ほうほう、それで?」

「様子が変だな……そう思って、巡察隊だと証明するものを見せて欲しいと頼んだんです。そしたら扉の向こうで何やら小声で話をしだして。もうここで不信感しか湧かなくてですね、見せるから覗き窓を開けてください、と言われましたけど開けるのが怖くなってしまって」

「そうですね……ここの覗き窓には鉄格子が付いてますけど、実際結果を見ても開けなかったのは正解でしたね」

「そしたらこの人達、何をしたと思います? 扉の、鍵があるこの辺りに……何か武器のような物を叩きつけて壊そうとし始めたんですよ! 逃げなければ、でもどうやってと考える間もなく」

「なるほど、それでここがえぐれてるんですね。これは……魔法か魔道具を使った痕跡かな、おいここ、魔術師に調べるよう言ってくれ」


 この建物は、外壁は煉瓦造りだけど内装は壁や床を含めて木造になっている。扉には厚くて頑丈な木材が使われているし、鍵もかかっているがやはり乱暴な手段を取ろうとしたら方法がない訳ではない。

 でも、悪事に手を染める方だって普通はそんなリスクを犯さないのだけど。やはり収入に見合った物件に引越した方がいいな。防犯面以外にも、アンナは今のままでいいと言ってたけど一人一つ個室があった方がいいと思うし。

 そうなるとフレドさんとはご近所ではなくなっちゃうな……。そこを考えるとちょっとモヤモヤしてしまう。寂しいというか、心細いというか。


「そこでですね、人工魔石の製法について知ってる事を全て言え、さもなくば……こじ開けた扉から男達がそんな事を口にしながら入ろうとした瞬間、私を守るように前に立った琥珀ちゃんが目にも止まらぬ速さで飛び出して、眉間に一撃を! 油断していた先頭の男の意識を一瞬で刈り取ったんです」

「なんと!」

「次に、その勢いのまま、まだ何が起きたか把握できていないらしい二人目の男の背後をとりつつ首に足を巻き付けて、こちらもすぐに締め落として。一人目が倒れるのと二人目が意識を失って膝をつくのとがほぼ同時でした。あっという間ですよ!」


 防犯について思いを巡らせながら聞いていた話は、まるで琥珀が主人公の冒険活劇を聞いているような展開になってきた。合間合間に琥珀の「すごいじゃろう!」「そこでヒュッとやってバーンとしたのじゃ!」と声が入るたびにとりあえず褒めておく。

 アンナの説明がなければ具体的に琥珀が何をしたのかよく分からなかっただろうけど。とりあえず、琥珀がいたおかげで誰も怪我をしなくて済んだから、本当に良かった。

 ……それにしても巡察隊の方達も、何だか話を聞きながら面白がってない?


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