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小さな攻防

 


「酷い!! 酷いのじゃ〜〜っ! 琥珀だけのけものにして! 琥珀が! 琥珀の方がフレドより強いのに〜!!」

「夜遅い時間のお仕事でしたから……琥珀ちゃんは寝てるでしょう?」

「琥珀だって一晩くらい起きてられるのじゃ〜!」


 まだ外が暗い時間に家に戻って、工房で起きた事件についてアンナに、起きたらまた工房に向かって捜査に協力するという話をするのにはちょっと苦労した。まだ侵入を企んだ一味が全員捕まったか調べている最中だという話を巡察隊から聞いたアンナはとても心配した様子で「私だけではなくお嬢様も今日は出歩かない方が良いのでは」「一般人のお嬢様を捜査に協力させるなんて」と酷く心配していたから。

 リンデメンに来てからは私の新しい名前で呼ぶようになっていたアンナが、「お嬢様」と呼ぶくらい動揺しているのに気付いて愛情を感じてほっこりしてしまった。

 さっきまで安全確保のためにと、ここで待機していたフランツさんよりも私の方が強いから、そう言っても「そういう問題じゃありません」とプリプリ怒っているアンナには言えなかったけど。

 結局、私もしばらくは絶対一人きりにならないようにする、と約束して何とか納得してもらった。

 それよりも大変なのは聞いての通り、琥珀である。工房の夜警について、私達三人が示し合わせて琥珀にだけ隠していたのが大層お気に召さなかったらしく、この有様なのだ。

 ……実は「一人だけ仲間はずれはちょっと可哀想だな」とは思っていたのだけど。こうなってしまうと「やっぱり教えてなくて良かった」と考えてしまう。


「アンナ、琥珀、おはよう」

「あら、申し訳ありません。まだ眠っていられる時間でしたのに、起こしてしまいましたね」

「ううん、いいの。事件があって気が昂ってたみたいで、眠りが浅かったから外の音でも起きてたと思う」


 工房はもう今日からしばらく営業できないけど、街は日常だ。仕事に向かう人達は動き出していて、ミルクや野菜を売りに来てる農家の人達の声も遠くから聞こえる。アパルトメントの他の住民の出入りする音もしている時間だが、朝早くから大騒ぎしてる琥珀の声について後で謝りに行った方が良いかもしれない。

 昨晩の巡察隊の出入りで騒がせてしまったと謝罪に回るつもりだったから、それと一緒に謝っておこう。


「リアナも! どうして琥珀の方が強いのに、フレドに頼んだんじゃ〜!」

「琥珀、これはね、強い人に頼めばいい仕事じゃないの。昨日も話したでしょ? 長い時間ずっと、何日も周りを警戒して過ごさなきゃいけないから、それが出来るフレドさんにお願いしたの。ほんとにたまたま、昨日すぐに事件が起きちゃっただけで」

「むぅ〜」


 昨日は退屈な仕事だから、と言い聞かせてそれでおさまったのだけど、まさか侵入者が本当に来てしまうなんて。

 悪い奴らをやっつけたかったと琥珀はすっかり拗ねてしまった。あと私が依頼するなら自分が頼られたかったのにとフレドさんに対抗心を燃やしているみたい。力になりたかったと言ってくれるのは嬉しいんだけどね。

 正式に警備を依頼する人達が見つかったら、フレドさんが警備してたのは琥珀には内緒にしたままでいるつもりだったのに。こうして事件が起きてしまったからには流石に琥珀にだけ隠しておく事が出来ないので説明したけど、琥珀が拗ねる原因になったあの犯人達を恨んでしまう。

 これはクリームパンでも機嫌が治らないかもしれない。材料を買ってきてアンナにホットケーキを焼いてもらおうかな。


「じゃあ、次に悪者が出てくるかもしれない時は、琥珀に頼むから」

「絶対じゃぞ?!」

「うん、約束約束」


 さて、私も足りなかった分の睡眠はとれたし、軽くお腹に何か入れたら工房に行かないと。

 でも捜査をしている所に琥珀も行きたいと言い出しそうだな……何と言ってここに残ってもらおうか、と少し悩みかけたところで良い事を思いついた。


「ねえ琥珀、今日の夕方に私が戻るまで、この家でアンナの事を守ってて欲しいの」

「何?! 悪い奴がここを狙ってるのか?」

「工房に入ろうとした悪い人達は無事捕まえられたんだけど、それが全員かまだ分かってなくて。アジトに残ってた悪い人が、人工魔石の作り方を狙って今度はこっちに来るかもしれなくて」

「なんじゃと! それはけしからんな」

「私は工房に戻って巡察隊の人達に協力しないといけないんだけど、アンナは戦えないから、頼りになる琥珀に、私がいない間ここでしっかり守ってて欲しいな……出来る?」

「できる!」

「悪い人達がもしかしたらここに来ないで街の外に逃げちゃうかもしれないから、待ってても来ないかもしれないけど……それでもいい?」

「大丈夫じゃぞ!」

「じゃあ琥珀に、夕方までここでアンナの護衛をしてもらうって依頼を出そうかな」

「がってんしょうちじゃ!」

 

 琥珀の後ろで微笑みながら私にウインクをするアンナに、私も目線で合図を返す。確実に工房までついて来る気満々だった琥珀の阻止に成功したようだ。何だか達成感を抱いてしまうが、私の用事はこれからまだまだあるので改めて気を引き締める。


「夜明け前に軽食を摂りましたから、また軽いものにしておきますね。どのくらいかかるか分かりませんのでお昼用のお弁当も作りましたが……夕飯には帰って来られますよね?」

「多分大丈夫だと思うんだけど……時間がかかりそうだったら何か連絡するね」

「ずっとお忙しかったんですから、あまりご無理されずに……リアナ様がどうしても確認しなければならない事以外は、巡察隊に全部丸投げするくらいの気持ちでいてください」


 アンナがあまりにも真剣な顔でそんな事を言うものだから、つい笑ってしまった。

 とんでもない事件が起きてしまった、と緊張していたけど、気持ちが良い感じにほぐれたと思う。


 足りなかった睡眠をしっかり確保できた私は、今度は急いで家を出なくて済むのもあってちゃんと出かける準備をしてから工房に向かった。

 さて、私はフレドさんと巡察隊の皆さんのお言葉に甘えて寝直してきたけど、工房にいる人達は当然だけど夜中から働いてる訳なので、簡単に摘んで食べられる物でも買っていこうかな。いや、今いるのは夜番の人達で、朝になったら正式に捜査を始めるって言ってたからもう違う人たちになってるだろうか。

 そもそも民間人からの差し入れって受け付けてるのだろうか……?


 何だかそんな事を考えながら歩いていたら、いつの間にか工房のある通りまで来てしまっていた。

 ……差し入れについてはご迷惑じゃないか聞いてからにしよう。


「おはようございます……皆さんお疲れ様です」

「あ、戻られたんですね」

「リアナちゃん、ちゃんと眠れた?」

「フレドさんのおかげでしっかり休めました、ありがとうございます」


 工房の前には人だかりが出来ていた。巡察隊も来ているし、それで何やら事件が起きたらしいと気付いた人達が、野次馬をしているみたいだ。

 今は巡察隊の人達が「捜査中ですから」とやんわり遠ざけているが、後で工房の顔見知りの皆さんに質問責めにされそうだな。人付き合いが苦手な自覚のある私は少し憂鬱になってしまった。……聞かれたら話しても良いのか、どう答えるのか……それも巡察隊に相談しておかないと。

 徹夜をした上に予想外の事件が起きたフレドさんに、アンナが軽食を用意している事、琥珀は今私からの「任務」を受けて家にいるアンナを護衛していると伝えて別れた。

 面白そうに笑っていたので、多分フレドさんもどんな経緯でそうなったのか、何となく想像がついたんだろうな。


「それでは確認だけですが、ご協力いただいて良いですか?」

「はい、よろしくお願いします」


 侵入しようとしている所をフレドさんが魔道具で捕縛して、その後すぐ巡察隊を呼んだと聞いている。なので工房の中にはあの人達が入ってないのも知っているのだが。

 でも「確かに侵入されてないです」というのも形式上私が立ち会いの元確認しなければならないと聞いているので、快く応じた。

 公務員の仕事って、どこも形式や儀礼的な手順が多くて大変だな……。

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