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「それにしてもあの魔道具、すごく便利ですね……巡察隊でも取り扱いたいな」

「この捕獲用の魔道具を、ですか?」


 工房の中に戻った私は、さっきの網を溶かすために専用の溶解液を作りながら巡察隊のクロマトさんの質問に答える。私を工房まで連れてくる役目を負っていたはずだったが、途中で置き去りにして私一人で先行してしまったため、さっき追いついたのだ。申し訳ない事をしてしまったな。

 連行する侵入未遂犯達を動かせるようにしないと取り調べも出来ないため、手持ち無沙汰なのか周りで待っている巡察隊の方達もみんな私の手元を注視してる。何だかちょっと緊張してしまうな。

 でも、あの網の溶解液を作れる材料が手元にあって良かった。そうでなければ、工房の並ぶこのエリツ通りの道幅の半分を占拠するようなサイズの人間団子を残したまま、街の外に材料を取りに行かなければならなかったから。

 そしたら確実に昼過ぎまでかかっただろうし、その間この通りは少し大きな荷車などが通れなくなってしまう所だった。


「それにしても、そんなにすごい物ですかね……?」


 この魔道具についてはフレドさんも同じように褒めてくれたけど、今ひとつ良く分かっていなかった。「もしも」の事を考えて用意した物ではあるが、実際に必要に駆られて使ってないからかな。

 でもこれを私が使うという事は、逃げないとならないようなとても敵わない魔物と遭遇したって事だから。今までこれが役立つような状況にならなくて良かったのだろう。

 でもそう考えると私ってとても運が良いな。何回か、いると分かってたら絶対に近寄らなかったのにって魔物と遭遇してしまった事もあるけど……たまたま弱い個体ばかりだったから、どれも簡単に倒せてるし。


「すごいですよ! 確実に相手を無力化できるし、なのに怪我はさせないなんて、売ってたら巡察隊が全部買い占めると思います」

「触ったところ柔軟さはある感じなのに、どんなに力を入れても全然切れないし刃物も切れ目すらつかないから手が出なくて」

「しかも気付きました? しっかり捕らえて身動き出来なくした上で、捕縛した奴らは魔法まで使えなくなってて。あれを巡察隊が使えれば犯人確保に大助かりですよ」


 次から次に褒められながら、どんなにすごいかとこうして具体例まで挙げられて、私は居た堪れなくなってしまっていた。

 でも錬金術作業をしていて手が塞がっているし、この場から立ち去る事もできないため、私には賞賛を浴び続けながら照れるしか出来なかった。


「えっと……あの網の材料には闇天蜘蛛っていう魔物の糸を使うんですけど、このあたりには生息してないんです。なのでたくさん作るのは難しいですね……」

「そうですか、残念ですねぇ。この辺りにいる魔物で似たようなのが作れるようになったら、是非巡察隊に連絡してくださいね」


 確かにこれ、巡察隊こそ有効活用できるのかも。この先時間が出来たらこの魔道具をリンデメン周辺の魔物から採れる素材で再現できないか試してみよう、と頭の中のやる事リストにメモをした。

 リストがまた増えてしまった。


「お前、今の魔物聞いた事あるか?」

「いえ、僕も知らないです……でも素材を取り寄せてでも作ってもらう価値ありますよね? 冒険者ギルドに問い合わせしてみます?」

「そうだな、そうしてみるか」


 商売繁盛は良い事だが、また忙しくなるような、余計な事をしたかも?

 しまったな、もうちょっと考えて発言すれば良かった。狩人の師匠である祖父が作ったもので私は作れないとか……でもそうすると溶解液だけ作れるのが不自然か。

 まあいいや、話が来たらその時に考えればいい。


 そんな呑気な事を考えていたが、とてもまずい失言をしたのに気付いてお腹の中がヒュッと冷たくなるような感触がした。

 ……闇天蜘蛛の生息地を調べられたら、私が話してた過去が嘘だってバレてしまうのでは。

 闇天蜘蛛はクロンヘイムを含めて数カ国に分布しているからいきなり特定される事はないだろうけど、今まで私がこの街の人に話していた出身地の設定と齟齬が出てしまう。なんでうっかり本当の事を話してしまったんだろう……!


 幸いまだこの事に気付いてる人はいない、というか巡察隊の人は闇天蜘蛛自体知らなかったみたいだが、どう誤魔化すか相談しなければ。

 侵入者達を捕らえてる網を溶かす溶解液を無事作り終わった私は、器具を洗浄して片付けると、フレドさんに声をかけようと様子を窺った。

 フレドさんは手当が終わって、巡察隊の前で「さっき話したけど、気付いたのはあそこの壁の時計で四時半になってすぐだった」「音を立てないように扉を開けようとしていたので、こちらも気付いてると分からないように動いた」と彼らの行動を証言している。今物陰に引っ張っていって話をするのは無理そうだ、家に帰って……フレドさんが睡眠をとって、昼過ぎには起きて来るだろうからその後相談しよう。


「外の連中もようやく巡察隊に連れて行けそうです。こんな時間にご足労いただく事になって、本当に申し訳ありませんでした」

「いえいえこちらこそ、私の工房を狙って起きた事件ですから。こんな時間まで巡察隊のお仕事お疲れ様です」

「そう言っていただけるとこちらも助かります」


 今は夜番の人しかいないので必要最低限の事だけして、夜が明けたら本格的に捜査を始めるらしい。


「……それでですね、侵入者達は連行しましたが、この現場の捜査に立ち会ってもらう必要があるんです。捜査が開始する頃、九の鐘のあたりに工房に来ていただけますか?」


 侵入未遂ではあるが、工房の中も何も調べないという訳にはいかない。本当に侵入されてないか、なくなってるものはないか等、私が立ち会う必要があるのだそうだ。

 

 元々、人工魔石の製造について漏洩させられない情報や作業については自分だけが行っており、手順書とそこに記載されている材料も毎回確認しているが誰にも見せていないし、いつも持ち帰っている。ノートは全てここから遠い国の言語で書いてあるので、パッと見て読める人もほとんどいないと思う。

 もちろん昨夜に限らずいつもそうで、工房には材料や作り方がわかる記録は元々夜間は残っていないのだ。

 倉庫には人工魔石に使うもの以外もたくさん置いてあるので、製造方法が分かるものはないと思う。

 とは言っても使ってる素材なんて、取引のある業者を調べればそのうち分かってしまう程度の事でもある。なので私は別に、巡察隊に任せて立ち合いなしで捜査してもらっても構わないのだが、多分そういう訳にはいかないのだろう。巡察隊の人を無駄に困らせるのはやめて、大人しくその言葉に従う事にした。

 さて、フレドさんと一緒に一旦家に帰ろうか、と思ったのだが。


「ん? 俺はこのままリアナちゃんが戻ってくるまで代わりに立ち合いだよ」

「そんな! フレドさんは怪我をしてるのに……立ち合いが必要なら私がこのまま残ります」

「ほぼかすり傷だし、ちゃんと手当てもしたし、そもそも一晩起きてるために俺は仮眠とってたんだから。でもリアナちゃんは本来はまだ寝てる時間でしょ? リアナちゃんこそ一回家に帰って寝ないと」


 フレドさんにそう説得されて、私は家に帰る事になってしまった。

 確かに、さっきまで非常事態に気が張って目が冴えていたけど、「フレドさんが無事で良かった」と思ったらホッとして眠気がやってきてしまった気がする。

 アンナへの説明も兼ねて巡察隊の人が残ってくれたけど、犯人達があれで全員かどうかもまだ分かっていない。

 私の口から直接話したい事もあるし、言われた通り大人しく家に戻る事にした。

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