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事件発生

 話書いてて展開が気に入らなくなって⭐︎がついてる話から大幅に書き換えました〜


 控えめだが今、確かにノックの音がした。私の個室の扉ではない、玄関から。

 まだ真っ暗な部屋の中で音を立てないように用心深くベッドから降りる。微かな月明かりの中で時計を確認するとまだ真夜中だった。夜明けは近いが、こんな時間は生地を仕込むパン屋さんくらいしかまだ起きてない。

 何だろう。それともうちの部屋じゃないかも? 同じアパルトメントに住んでる誰かのご家族が危篤とか、よその部屋に深夜に人が訪ねてくる可能性も思い付かない訳ではないけど。


「深夜に申し訳ありません。リンデメン巡察隊のクロマトと申します。リアナさんはご在宅ですか? エリツ通りにある錬金術師リオの工房について、緊急のお話があって参りました」


 いや、この部屋の玄関がノックされたので間違いないようだ。

 扉の向こうから聞こえて来た男性の話す内容に、寝起きでどこか薄く霧がかかっていたようだった頭が覚醒していく。


 キィ、と微かに鳴った扉の音で、アンナも寝室から出てきたのに気付いて振り返った。ほとんど暗闇に近い、アンナから私は見えてないみたいだ。壁を手探りして照明を探しているアンナの手を掴む。音を立てないように至近距離まで寄って、「私が出る」と小さく囁いた。


 巡察隊? 緊急なんだろうけど、こんな深夜に何があったんだろう。

 ベッドから出る時に寝巻きの上から羽織っていたカーディガンの合わせを軽く引きながらほんの少しの間考える。

 人工魔石の工房は確かに錬金術師リオの名前で登録してあるから、あそこで何か起きたんなら確かに、私に問い合わせが来たのだろうけど……と考えたところで背中を一気に冷たいものが駆け降りた。


 まさか、フレドさんに何かが?



「フ、フレドさん!! 怪我、怪我をしたって聞いて……!!」

「わっ! リアナちゃん?!」


 真っ暗な中、もう飲み屋も閉まっているような時間の街を駆けてきた私は、唯一明かりが付いていた自分の錬金術工房に向かって突っ込むような勢いでそのまま入っていった。

 中には怪我をしたというフレドさんが上半身裸になって何やら背中に手当てを受けていて、他にいた巡察隊の人達も一緒に、勢い良く駆け込んできた私に対してギョッとした目を向けてくる。


「ご、ごめんなさい……! 服を脱いでるなんて思わなくて……っ!!」

「いやいや、リアナちゃんは悪くないよ。男しかいないからって、入ってすぐのとこでごめんね」


 慌てて顔を背けたけど、もうすでにしっかり見てしまっていた。

 ウィルフレッドお兄様の指示で、軍の訓練に参加していた時とかに、男の人の上半身なんて何回も見たのにどうしてこんなに……いやそんな場合ではない。私は背中を向けたまま、ここに来た本来の目的を尋ねる。


「工房に複数名の犯罪者が侵入しようとして、フレドさんが対応したせいで怪我をしたって聞いて……」

「ああ、それで慌てて来てくれたんだ。いや〜俺も怪我なんてする前にすぐ逃げて通報だけするつもりだったんだけど……あれ? リアナちゃんだけ? 巡察隊の人が家に行かなかった?」

「……すいません、私……夢中で走ってるうちに……置いて来てしまったようです」

「はは、まぁ目的地は分かってるだろうしその内来るでしょ。……鍛えてる巡察隊の人間が追いつけない速さで走ってきて、息ひとつ乱れてないのが相変わらずすごいけど、それはまぁ置いといて」


 玄関先で話を聞いて、慌てて着替えて、来る途中色々話を聞いていたのだけど……聞いた情報を元に考えながら走ってるうちに、そう言えば途中から後ろから聞こえてた足音がどんどん遠くなってた気がする。

 フレドさんの怪我、工房の侵入者、真夜中に訪れた巡察隊員から知らされたのは衝撃的な内容で、我ながら冷静じゃなくなっていた。アンナには簡単に説明してから出て来たけど、思い出すとすごい支離滅裂な事を言ってた気がする。

 私が帰ってくるまで家から出ないで鍵をかけてて、ってそれだけはしっかり伝えたけど……いや、巡察隊の方が一人残ってくださってるし、詳しい話は今頃アンナも聞いているだろう。


 けど……確かにもしかしてとは思っていたけど、本当にこんな事が起きてしまうなんて。不安がっていたけど、こうして実際起きてしまうと「どうして」という気持ちしかない。

 何でもっと深刻に考えてなかったのか、大袈裟だって言われたけど、そこで引っ込まずにもっと出来る事はあったはずなのに。

 後悔しかない。やっぱり私も一緒に警備してれば良かった。


 でも……夜警が居る工房に押し入って来るなんて。巡察隊の方達から話を聞いていて、背中が冷たくなるような恐怖と一緒に違和感を抱いていた。

 フレドさん自身も「何かあったらすぐ逃げて巡察隊に通報するための警備だから」って言ってたのに、どうして怪我なんてする事になってしまったのか。

 かい摘んだ話は聞いたが、人からの伝え聞きでは正直まだ良く理解できていない。色々情報量が多すぎて。


「どうしてこの工房の前の持ち主の方が、誘拐されて衰弱して診療所に運ばれる、なんて事に……」


 一番驚いたのがこの話だった。

 フレドさんの怪我も、その方を侵入者達から救おうとして応戦したせいだったと聞いている。工房の前の持ち主、確かプルシエルさんだったっけ……物件を買う時に錬金術師ギルドで代金と書面をやり取りするのに顔を合わせた覚えがある。

 年齢を理由に錬金術師を引退すると言っていた、恰幅の良い白髪の男性だった。

 家に来た巡察隊のクロマトさんとフランツさんの言葉では工房を開けるためにと今朝……いや、もう昨日か。拐われて、無理矢理従わされていたらしい。

 高齢なのと、丸一日近くまともに飲食をしてなかったせいで多少衰弱しているが、健康に影響はないらしく、そこは良かったのだが。

 大変な思いをしたプルシエルさんに話を聞くのは明日以降にして、もう一人の当事者のフレドさんは軽傷だからと手当を受けながらここで捜査に協力しているらしい。


「所有者が変わる時に警備結界からは魔力紋の登録を消すけどさ、前もここ錬金術工房だったでしょ? 警備結界作った本人だからって狙われたみたいで」


 警備結界を外から解除……鍵があって製作者だとしてもそんな事出来るのかな。

 家出する時に私がしたような、屋敷の警備結界の内側からこっそり出てくるだけならともかく。その程度の力技で外側から解けるなら警備結界の意味が薄れてしまう。

 侵入者に勝算があったのか、甘い推量で犯行に踏み切ったのかはこれから捜査で判明するだろうとの事。


「けど、俺が警備してたお陰で、前の持ち主のお爺さんを助けられたから良かったよ。リアナちゃんがもしものためにって俺に持たせた魔道具がすごい役に立ったし。あれがなかったら、俺は通報優先するしかなかったから」

「ちが……私のせいで事件が」

「それは違うよ。俺が……警備がいなかったら誰も気付けなかった。リアナちゃんが『警備を置く』って決めたから、助けられたんだよ」


 私が人工魔石を発明したせいで、こんな事件が起きて巻き込まれた人まで……そう考えてしまい、指先が冷たくなるような感覚に陥っていた。こんな事、どうやって償えば……俯いていると、私の頭の上にぽんと大きな手の平が乗った。

 背中を向けたままぐるぐる考えていた私の思考はそこで止まる。代わりに、わしゃわしゃと頭を撫でられている、この状況が私の許容量を超えて、固まってしまった。


「大体こんな事する輩は、ここじゃなくてもどっか別のとこに目をつけて同じ事をしてたよ。しっかり警備してるリアナちゃんの工房でこうして捕まえられたんだから、むしろお手柄だよ。リアナちゃんの魔道具のお陰で、俺もプルシエルさんも助かったんだから。ありがとう」


「ですよね? ダクマートさん」

「そうだなぁ、犯罪なんてやる方が全部悪い。……けどフレド、それ……セクハラって言うんじゃないか?」

「それ……いや、違う! ごめん琥珀にするみたいについ無意識にやってた!!」


 ここで初めて私の頭を撫でてる、と自分の行動を自覚したらしいフレドさんがとっても慌てた様子で手を離して弁明していた。

 確かにフレドさんも、私もアンナも、琥珀の頭はよく撫でているから。孤児院の子にもしていたし。……でも、私はアンナ以外の人に頭を撫でてもらったのって初めてだったから、なんか……なんか、どう反応していいのか分からなくなっちゃって。


「本当にやましい気持ちは一切無いから!! 全能神フォルトゥナに誓ってもいい!!」

「わ、分かってますフレドさんがそんなつもりは無かったって事は。……あの……私、ここに呼ばれたもう一つの案件」

「うっ……うん、行ってらっしゃい」


 私、褒められたのがすごい嬉しかったみたいだ。熱を持ってる頬を押さえるも、フレドさんの方を見られないまま巡察隊の人が待つ工房の外に向かった。

 フレドさんの手の平が乗ってた頭のてっぺんに何となく手をやってしまう。そのままぼんやりしそうになったが、真面目な事を考えるために頭を強引に切り替えた。


「多分犯人達は焦ったんでしょうね。数日後には警備の人数も増えて、その後改装される話も聞き『そしたら盗んだ鍵も使えなくなってしまう』と。それでフレドさんだけで警備をしているうちにと慌てて実行したんじゃないか……まぁ推測ですが」


 そう言えば、さっきの人もフレドさんの知り合いだったな。

 互いに名前を呼んでる様子からそうだと思うが、また感心してしまう。さっき置いて来てしまったクロマトさんは誘拐事件の時に私も顔見知りになったけど、元々フレドさんも知り合いだったし。フレドさん、やっぱり顔が広い。

 市場とかお店で見るけど、琥珀以外にも子供達に好かれているのも知ってるし。だからさっきのは本当に、フレドさんにとっては無意識の事だったんだろう。うん。

 

「でも本当にリアナさんのお陰だと思いますよ、この魔道具がなければフレドさんも、正直この人数差ですし撤退して通報するしか出来なかったと思いますから」


 工房に駆け込む時に横は通ったが、その時は全然見てなかった。こうして意識を向けると声が聞こえてくる。私が作った魔道具で絡め取られた侵入者らしき人達のうめき声と、巡察隊がそれをどうにかしようと試行錯誤している様子が。


「ダメだ〜これ全然歯が立たない」

「うーん、全力でいったら切れないかな……中身のこいつらごとなら何とか……」

「やめろ! いややめてください!」


 漁業で使うには小さい灰色の網、それで一人ずつ包まれて地面に縫い付けられた男達。その網が身体にまとわりついた形で固まった魔道具に、巡察隊の皆さんが苦労している。このままでは侵入者を連行する事も出来ないので、どうにかしてもらえないかと、それも頼まれて夜明け前だがここに来る事になったのだ。

 これは私がフレドさんに「もしもの事があったら」と渡していた魔道具によるものである。本来は魔物に対して使う事を想定している。前に一度フレドさんがいる時に試しに使って見せたんだけど、すごい魔道具だと褒めてくれて、今回もしも何かあったら対人でも使えるだろう……と考えて預けていたものだ。

 当然人に対して実際に使ってみた事なんてなかったけど、活躍したようで良かった。フレドさんの怪我の具合も確認出来たし、こっちの対応に移ろう。


「プルシエルさんだけは、フレドさんが持ってた網を溶かす液? ってやつで助け出したんですけど、他の連中については見ての通り手も足も出なくて……」


 もし事故が起きた時のためにと、それを解決する手段も当然用意してはいたが……それは一人分で使い終わってしまったようだ。まぁ、確かにそのくらいの量しかなかったしな。

 闇天蜘蛛は狩りをするのだが、その糸は一度獲物に触れると硬化してちょっとやそっとじゃ壊れないほど硬くなる。そこに手を加えて更に強度が出るようにしたもので、これを私は緊急時に使えるような、対象を強力に捕縛する魔道具の素材に利用している。

 自分が勝てないような魔物と遭遇した時に、相手を足止めして逃げる時間を稼ぐ事を想定したのだが、フレドさんは安全に人質を助け出すために使ったようだ。

 元々闇天蜘蛛の糸は衝撃や酸にも強い上に、獲物の魔力を吸い取って硬度を増す性質もあって魔法や魔術でも壊しづらいのだが、今回は中に人が捕らえられたままというのもあって破壊は不可能と判断して製作者の私に話が来たらしい。


「溶解液……あの網を溶かす専用の液なんですけど、在庫はあれだけだったんです」

「それでは……仕方ないですね」

「いえ、幸いここは錬金術工房ですから。すぐ作れますよ、少々お時間いただいてもいいですか?」


 溶解液がないと網の中身の人達を無傷で取り出すのは無理です、という話に何が「仕方ないですね」なのかは考えるとちょっと怖いので、深く追求しないでおく事にした。

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