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今日も力仕事を手伝うぞという琥珀の申し出をありがたく受けた後、もう一つお願い、と言ってアンナへの伝言を頼んで一度家に戻ってもらった。今日はもう本当に忙しくなりそうなので、確実に夕ご飯の時間には家に帰れない。でもまだ昼を少し回ったばかりなので、今伝えて貰えば夕飯には変更が効くだろう。
毎日遅くまで働いて……と心配されているのは知ってるのに、「これが落ち着いたらゆっくり休むから」と言いつつずっと忙しくしてしまっている。いい加減ちゃんと休息を確保した働き方をしたいのは山々だが、予期せぬトラブルが続いてたから今日はしょうがないと思って諦めるしかない。
本当は私だって家でアンナの作り立てのご飯が食べたいのに。
「帰りに好きなおやつ買って来ていいよ」
「なぬ! じゃあクリームパンの店に行くのじゃ!」
アドルフさんの事件がなければ一度家に戻って昼食を摂る予定だったのだが、しょうがない。お弁当にしてくれるようにアンナに伝えて、私の分を持って来て欲しいとお願いした。
お使いの報酬にお小遣いを渡すと、お金を握りしめた琥珀は大喜びで外に駆けて行く。その琥珀の背中を見送りながら、私はほのぼのした気持ちになっていた。
うーん、魔道共振器がもっと気軽に作れたらいいのに。そしたらいつでもどこでも連絡が取れるんだけど。誰でも持てるようになったら便利なのに。あと、今はペアの魔道共振器間でしか使えないが、いろんな人と連絡ができて、なおかつ相手を選んで使えるようになって欲しい。だいぶ昔からある魔道具だけど、ずっと変化がない物なのであれこれ未来の姿を考えてしまう。
もしも魔道共振器に使える双子の魔物と遭遇したら、絶対素材は売らないで自分用に作ろう、と決意した。今の納品が落ち着いて時間ができたら、製造方法も調べに行かなければ。
怪我をしたアドルフさんは、「いやちょっと怪我しただけで仕事するには問題ないですよ」と主張していたが、大事をとって今日は休んでもらう。
アドルフさんが偶然被害に遭っただけではなく、犯人の目的が工房にあると想定して動こう。
今日やるべき事を考える。
どうしても納品を遅らせる事ができない注文分だけ作る、後は今日の事件を理由に明日からもう工房を一旦閉めて、警備結界を前提とした施工ができるグロンド組工務店に今日話をして置いて、できるだけすぐ改装に入ってしまう。私は工房に作る結界の部分を新しく作る、作業には錬金術ギルドにある作業場を借りる。しかし予定数の作業が終わらなくても残業せずに、全員外が明るいうちに帰宅。
そして今日の作業を終えて工房を出る時には、製造方法が分かってしまうようなものは全部残さない。よし。
とりあえず琥珀が戻ってくる前に巡察隊本部に行って、アドルフさんの事件が工房を狙ったものかもしれない、と届出を出してこよう。前もって連絡しているかどうかで、もしも何かが起こった時も素早く動いてもらえるし。こういった事件が起きたのでと説明すればこれ以降の注文も一時的に止めやすくなるだろうという試算もある。
ああ、あとついでに錬金術師ギルドに行って作業場をしばらく貸してもらえるよう事情を話しておかないとだ。
「もし工房に侵入するのが目的だったとしても、人のいる日中には来ないとは思うんです。でも……そう考えると相手は、人に怪我をさせてでも手に入れようとしているって事ですから、どうかプライベートの時間も十分注意して過ごしてください」
「ああ、作り方を知ってるんなじゃないかって我々に直接何かしてくる事も考えられますもんね」
今までも工房の皆さんには、引き抜きなどの接触があった時にはその都度報告を受けている。やはり製造方法が狙われているのだろうと言われていた。
雇用条件をできる限り良いものにしているおかげだろう。ありがたい事に、皆さん自ら断ってこうして報告までしてくれている。「情報漏洩をするような人、って見られたらもう錬金術師としてはまともな所で働けなくなってしまうのに、この職場捨てて普通はそんな事選びませんよ」とはアドルフさんの言葉だが、ずっとそう思ってもらえる職場環境をこれからも続けたいと思う。
そもそもこの人工魔石を作るのに一番重要な「魔力を流すと固まる溶液」の作り方と成分は私が全て自分で作っているから他の人は知らないのもあるけど。採取も、大切なものは自分で採りに行ってるし。作る量がすごいので、時々混ぜるのだけ琥珀に手伝ってもらっているけどそれくらい。
これはスライムの体液が原料の一部だろうな、くらいはあたりが着くだろうが、逆に言うと皆が知っているのはそれだけだと思う。そのスライムの種類や他の材料についてなど不自然に詳しく探ろうとされた事もないし。
私も他所に情報を売るような人だと疑っている訳ではないが、これは必要な危機管理なので仕方がないのだ。知らなければ余計な危険からも遠ざける事ができる。
長期間をかければ、この工房が普段どこと取引してどんなものを仕入れているかとか、そういった事からどうしても製法は人に知られてしまう事もあるけど。
錬金術工房に限らず「大切な主力商品の作り方は工房の主とその後継者くらいしか知らない」と言うのはどこにでもある話で。
例えば「人気レストランの一般従業員が秘伝のスープのレシピを知ってるか」なんて、そんな事が無いのと同じなのだけど、犯罪行為をするような人がこうやって道理を考える保証はないので工房の従業員には気を付けてもらわないと。……人気レストランの秘伝のレシピを例えに出すのはちょっと烏滸がましい気もするが、置いておく。
ともかくまず被害に遭わないようにするのが何より大切だ。だって知らないと答えても、犯人が逆上して怪我をさせられたりとかしてしまうかもしれないし。
……我ながらネガティブすぎる想像だわ。
でも楽天的に考えすぎるよりは良いだろう、と思っておく。
「では、私は巡察隊に話をしてきますね……内容によってはアドルフさんにもまた話が行くかもしれません。その際はお手数ですがよろしくお願いします」
「いえ、僕なんかよりも、リアナさんの方がまず働きすぎなので……無理はしすぎないでくださいね」
この忙しい時に事件を起こしてアドルフさんに怪我を負わせた男に胸の中の憤りを向けながら、私は巡察隊本部のある街の中央に向かった。錬金術ギルドも街の中央部にあるから帰りに……いや巡察隊本部に行く前に寄って作業場を借りる手続きをして行こうか。そちらの方が効率が良い。




