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多事多端

 


「えっ……アドルフさんが怪我をされたんですか……?!」


 琥珀をつれて森から戻った私は冒険者ギルドにジュエルバードを納品すると、そのまま工房へ向かったのだが。私が来るのを待っていた工房の皆さんから、とても物騒な話を聞く事になった。

 今朝アドルフさんが強盗のようなものに遭って顔と腕に怪我をした、というものだった。

 出勤直前に工房の近くで起きた事件なので、さっきまで巡察隊がここに来て話を聞いていたらしい。工房の中もどこかピリピリした雰囲気が残っていて、一緒について来ていた琥珀も何だか街の外にいる時のようにどこか警戒しているように見える。

 普段はよく喋る子だけど、今は頭の上の耳だけを周囲に向けて口をつぐんでいた。


「……アドルフさんの怪我の様子は聞いていますか?」

「一応事件で負った傷なので、大した事はないんだけど一応治療院で診てもらうよう言われた……と自分の口で伝えてから巡察隊の人と一緒に出ていったくらいなので、重い怪我ではないみたいでした」


 そう聞いて一旦ホッとした。その様子なら大事はなさそうだ。しかし、「予定より早く帰って来れたので今日は少し余裕ができたかな」なんて思っていたのだが。今日はアドルフさんの分も作らないと。工房の中では、アドルフさんが私の次に魔力操作が上手いので結構大きなマイナスだな……。

 そう気分が沈み込んでいた私だが、怪我人が出てるのに工房の納品について考えてしまうとはなんて不謹慎なんだろう、ハッと気付いて一人罪悪感を覚えた。


「アドルフさんが向かった治療院って分かりますか?」

「あれ? どこでしょう、多分巡察隊本部に近いとこだと思うんですけど」


 怪我の様子を確認したいと思ったのだが……でも巡察隊に問い合わせればすぐ分かるだろう。お昼前だが人がいるかな。

 それにしてもアドルフさんはとんだ災難だったみたいだ。お見舞いに行こうか、いや職場の人が家まで行ったら迷惑かな。見舞金だけ出しておいた方がいいだろう。


「ただいま戻りました〜」 

「アドルフさん! 良かった、怪我をしたと聞いて心配していたんですけど……」

「と、ああ、リアナさんも話は大体聞いたみたいですね。いや、ご覧のとおり怪我って言ってもほんと大した事ないですけど」


 工房で他の人から事件について聞いていたところにアドルフさんが巡察隊本部から戻ってきた。

 アピールするように挙げた手首には包帯が巻かれている。左側の頬も赤くなって、少し腫れているように見えた。

 表面には傷はないので、口の中を怪我したのだろうか。大した事がないなんて本人に言われても、当然それでこの話を終わらせる事はできない。


「巡察隊でも同じ事を聞かれたと思うんですが、私も何が起きたか窺ってもいいですか?」

「もちろんですよ、この工房には女性も勤めてますし、現に男の僕も怪我したので皆さんもしばらくこの辺りでも気をつけないとですもんね」


 事件が起きたのは、今朝の出勤の時だったそうだ。

 アドルフさんは大体他の人より早く工房に入って、他の人より遅くまで残って自主的に魔力操作の練習をしているので、この工房の鍵を渡している。真面目で熱心な人なので、無理はしないようにとは言っているけどあまり効果は出てない。「人工魔石作った等級と数で給料が変わるんだからどうしてもやる気が出ちゃうんですよね!!」ととても前向きなのはありがたいけど無茶はしないでほしいのだが。

 まぁ私も勤務時間はあまり守れてないんだけど……。

 今朝もいつも通り、早めに出勤して工房に入ろうと扉の前で鍵を取り出そうとしたところ、後ろから鞄を掴んだ何者かに鞄ごと引き倒されて、何をするんだと言う間もなく殴られてしまったのだと語った。


「それで、鞄も取られちゃったんですよ。ひったくりですけど、僕が怪我してるので一応強盗として捜査されるらしいです」

「あら〜怖いわね……このあたりも物騒になったのかしら、嫌だわ……犯人の顔は見た?」

「それが、殴られてパニックになってる時に一瞬見ただけだし、帽子と……口元も布みたいなのを巻いてたのでほとんど何も……。一応人相描きってやつは協力してきましたけど」

「大変だったね。それでアドルフ君は何を盗られたの?」

「出勤の時にしか使ってない、仕事用のメモと筆記具、昼食に使う小銭が入った財布と、あと細々とした物しか入ってない鞄だけです。あれで済んでなら良かったですよ。けどそんな物のために怪我する羽目になったので腹は立ちますね。あーもー、言えば大人しく渡したのに」

「そうねぇ、怪我の方が大変よね。災難だったわね」

「ほんとです。……あ! 後……その時、鍵も盗られちゃったんですよ」


 引き倒された時についた手首を痛めてしまったらしいアドルフさんは、朝の事を思い出したのか手首をさすりながら話をする。

 記者がインタビューをするように皆がアドルフさんに次から次へと質問を繰り出して、私が気が付いたら口を挟む間も無く話が進んでいた。……いや私が聞きたかった事もほとんど入ってたからいいのだが。


「家の鍵ですか? 確かに犯罪者に取られたと思うと怖いですよね、早く付け替えないと」

「家のもそうなんですけど。この工房の鍵も鞄ごと……すいません、結界に関与してる工房の鍵は作り直すの大変です……よね? えーと、しばらくは残って訓練するのやめておきます」

「大丈夫です、複製なんてすぐできますよ。失くした訳じゃないし、アドルフさんは被害者なんですから、そんな申し訳なさそうになんて……」


 しないでください、と続けようとして言葉が出なくなってしまった。ここ最近立て続けに起きた「物騒な話」をつなげて考えてしまう。


「リアナさん? どうしました?」

「……この、アドルフさんが強盗にあったんじゃなくて、最初からこの工房の鍵が目的だったのかもしれないと思って……」


 少し前、工房の出入り口の鍵に何者かが侵入しようとした形跡があったと私から話を聞いていた工房の人たちは、それを聞いて顔色を変えた。


「えっ……盗みに入るような高価なもの……人工魔石の材料くらいしか……あ!」

「目的が工房なら物じゃなくて、人工魔石の製法を狙っている可能性が高いですね……」


 私はじんわりと焦燥感に駆られて、工房の警備用結界を展開している備え付け型の魔道具のある壁に視線を向けた。

 錬金術工房の居抜き物件だったので丁度良いと選んだが、工房の警備も備わっていたものをそのまま使ってしまっていた。このタイミングで結界も自分で作ろう。

 錬金術工房に限らず警備には結界が使われている事が多い。結界の「鍵」は一般的に使われているものと違って、鍵さえあれば開けられるものではないけど……侵入を許してしまうかもしれない可能性は格段に上がった。


 魔術回路やポーションなどの魔法薬などは、作り方さえ分かれば再現できる物も多いのでレシピを狙われる事もあると聞いた事がある。それで言うなら私が販売しているこの人工魔石も、製法を狙われている可能性は高い。

 一応、人工魔石の製造に必要な技術はいくつか錬金術師ギルドに登録してあるけど、製造方法を盗もうと言う悪人がそんなものを守るとは思えないし。

「たまたまそちらの商品と似たような物を作っていますがこれは我々が独自に発明した物です」と言い張られたり、「とある人から売り込まれた発明を買い取っただけなので我々は善意の第三者です、貴方から盗まれた技術だと言うならそれを証明してください」としらばっくれられたりというトラブルを判例で見た事がある。長い係争をしている間に儲けるだけ儲けた相手が逃げてしまう、なんて話もあった。

 技術を盗まれて「錬金術の使用及び教育に関する条約」に批准していない国などに持って行かれたらほとんど何も出来なくなってしまうし……これは最悪の想定だけど。


 実家にいた時、技術や特許についての法律をジェルマンお兄様に少し教わって他人事ながら恐れ慄いたが。まさか自分が当事者になるかもしれないだなんて、怖すぎる。


「……実は工房を改装する予定だったんですけど、ついでに結界ごと作り直そうと思います」

「ご、ごめんなさい! ほんと申し訳ないです! 僕が鍵を奪われたばかりに……」

「いえ、大丈夫ですよ、元々予定していたんです。先日夜に作業している時に、人工魔石の製造に合わせて作業スペースを作り直したいと話してたじゃないですか」

「確かにそんな話をした覚えもありますけど……」

「新しく入ってくる注文は一時的に断って、今入ってる分の納品をしたら一時的に工房を閉める予定だったんです。今日は皆さんにも伝える予定で、窓口になっている錬金術師ギルドと、孤児院とベタメタール子爵の方にも、ここに来る前に連絡もしてあるんですよ」


 アドルフさんが気に病まないように、元々計画していた事ですと説明するために「ホラこの通り、すでに図面もざっと引いてあるので、アドルフさんの事件がきっかけで作り直す訳ではないですよ」と見せたのだが。皆さんには「リアナさん、図面も書けるんですね……」と何故か恐々とされてしまったのだった。

 

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