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結局昨日は、実家の事を考えてしまってあまり良く眠れなかった。ちょっとウトウトしては、実際家族に言われた言葉と私の想像が混ざった悪夢を見て覚醒してしまって。横になっていたから体は十分休息をとれているけど、精神的にはむしろ疲れたような気がするような。
昨日の夜はアンナにもだいぶ心配させてしまったし。今日は時間を決めて切り上げて、早めに寝よう。よく考えなくても今はかなりタイトすぎるスケジュールで動いているので、一度人工魔石の受注を控える事にした。幸い、予想以上に売れているおかげで資金面には全く問題はない。しばらく効率よく人工魔石を作る方法を模索したり、もっと上の等級を作るために試行錯誤したいと思っている。じゃないとまた注文でパンクしてしまう。
あまり人工魔石に需要が集中しすぎないように、値段は同じ等級の天然の魔石と同じくらいになるように設定しているのだが……物珍しさのせいで、むしろ人工魔石の方が高い時もあるのに注文は一向に減らない。しばらくは「天然の魔石と同じように使えるのか」と試したい人達からの需要でたくさん注文が入るだろうけど、それが過ぎたら落ち着くと思ってたのだが。
私が考えていたよりも人工魔石を試したいと思う人が多かったらしくて、注文は減る気配がない。しかも、現在の人工魔石の販売は同じ等級の天然の魔石に合わせているので、実はもっと安くても利益は出るのだけど。この状態で値段を下げたら余計に収拾がつかなくなってしまうので、見送っている。あまり利益が出過ぎているのも落ち着かないので、早く適正価格にしたい……。
工房の人達にも、納品がかなりギリギリになってきたので、今日入ってきた以降の人工魔石の注文はしばらく受けずにスケジュールを組み直すと伝える予定だ。しばらくは今入ってる注文だけ消化して、その後に工房ごと閉めて休む事になる。その間に人工魔石の製造に合わせて工房の改装もしたいな。
工房を開設してから、繁盛しすぎて皆さんちゃんと休めていなかったし丁度いいのではないか。もちろん忙しい分特別賞与を追加しているし、法で定められてる休みはとっていたけど一度まとまった休みをとった方がいい。まぁ確かに私は、それ以上に働いてる部分がちょっとあったけど……私以外にも、アドルフさんのように居残りどころか自分の休日のはずの日に魔力操作の練習をしに来てしまったりしている人もいたし。
雇用主が適切に休息をとっていないと他の人が休みづらくなってしまうので、これからは他の人と同じくらいの勤務時間にちゃんとおさめないと。
「リアナが今日用があるのは……あの羽がキラキラした鳥じゃろ?」
「そうそう、ジュエルバードだよ。この魔物から作る薬がないと治せない子供が街にいるの」
森の入り口に落ちていた手頃な枝を拾って剣のように振り回す琥珀を後ろから眺めながら森を行く。一時期は、人工魔石の材料になるクズ魔石がとれるような小さい魔物がこの街の周辺で取り尽くされるんじゃないかって心配も浮かぶほどだったが、影響が出る前に手が打てて良かった。生態系に影響は出ていないようだ。
それにしても、どうして子供って枝を振り回すのが好きなんだろう。私は……枝を拾って遊んだ覚えはないな。いや……そもそも、公爵家が管理する庭や鍛錬場など私が立ち入る場所に枝が落ちてる事がなかったから当然か。でも孤児院の男の子達も琥珀と一緒に手頃な長さの枝を競うように取り合って剣士ごっこで遊ぶのを見ると、子供の目には枝がとても魅力的に映るのかもしれない。
フレドさんと一緒に子供を引率して森に来た時の事を思い出してフフッと思い出し笑いをしてしまった。
「! ミルカじゃ!」
枝の先端に纏わせた黒い炎がぴゅうと空を切る音がする。ストンと、琥珀が広げた手の平の中央に黄色い柑橘が落ちてきた。枝を放り出して両手でミルカを掴んだ琥珀が皮ごと二つに割る。逡巡した後、大きく割れた方を私にくれようとしたので「こっちがいいな」と小さい方をもらった。
「まだすっぱいのう……」
「でも甘酸っぱいのも美味しいよ、取ってくれてありがとう、琥珀」
「……むふー、もっと褒めて良いぞ」
琥珀も成長したなぁとしみじみ感じる。やはり孤児院の子供との出会いが大きかったと思う。あの時森の中で子供を助けただけではなく、その後の交流が良かったんだろう。年長者として、年下の子供に頼られるという経験が初めてだった琥珀の「見本になろう」という意気を感じていつもほっこりしてしまう。
家で食べる時は、アンナに「野菜は少な目によそって欲しいのじゃ〜」なんて甘えてるけど、孤児院で昼食をとる時は顔色を変えないように頑張ってニンジンも食べているし。
きっと最初に出会った頃の琥珀なら、私と半分こにする事も考え付かなかっただろう。大きい方を私にくれようとしたのもその気持ちが嬉しいし、すごく可愛い。
琥珀が投げ捨てた枝の先端に燃えていた狐火は、ミルカを切り落としてすぐに一瞬で消えていた。地面に落ちた枝には、焦げ目ひとつ残っていない。
私も文献でしか見た事がなかったのでよく知らなかったのだが、これが「巫術」というものの特徴で、とても高度な命令が組み込まれている。条件や対象を絡めた呪いという定義が含まれていると書いてあったのを、読んだ当時はよく理解できなかったのだが……この知識をしっかり思い出した状態で琥珀のふわっとした説明を聞いて、初めてそれがどういうものなのか体感した時はすごい興味深かったし、こんな技術があるのかと感動した。
さっきの場合琥珀は「ミルカを切って落とす」という目的で使ったので、狐火を纏わせていた枝もミルカの皮にも、焦げ目ひとつついていなかった訳である。魔術では、起こした事象には通常の物理法則が当てはめられるので、魔術に込めた魔力が尽きない限りは継続してしまう。もしも森の中で魔術で出した炎をそのままにしたら、延焼して火事になるだろう。
しかしこれが巫術では違う。例えば「この枝だけを燃やす」と意識して琥珀が出した狐火であるなら、他の物を燃やさないし、黒い炎が燃える枝を素手で掴んでも全く熱くないのだ。
そのため呪いで定義された巫術を術者以外が無理矢理消すというのはとてつもなく難しくなる。初めて会った時に私が琥珀にしたように、聖属性をぶつけて消滅させるか、術者以上の魔力で上書きするしかない。琥珀の魔力は私より大きいので、大抵の魔物では抵抗する事もできないだろう。
これを魔術で同じ事をやろうとしたらとんでもなく複雑な術式と繊細な制御が必要になる。仮に私が再現するなら魔法陣など事前準備をして、細心の注意を払って……それでも確実に成功するとは言えないかな。琥珀はこの巫術というものを今見たように何の気無しに感覚で使えてしまっているが、巫術というものがそうであるという以上に、琥珀が天才なのだろう……と思う。予測の域を出ないが。「巫術」を使う他の人と比較してみたいとも思うが、皇まで行く事を考えると無理そうだ。
なので最初に温泉街で会った時にギルドの前で喧嘩を起こしていた琥珀も、周りを巻き込んだり、相手に怪我を負わせるつもりは全くなかったらしい。
とは言っても「腹が立ったからあいつらの髪と眉毛を焼いてやるつもりだったのじゃ」なんて悪気なく発言してたので、傷害事件を起こそうとした琥珀の考え方自体は教育したけど……。今はちゃんと、見た目の年相応には善悪を理解できるようになったのでもう同じような事は起こさないと思う。




