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驢事未だ去らざるに馬事到来す

 

「リアナ様、街の外に行かれるのですか?」

「うん……私しか納品できない魔物素材が足りないから指名依頼が来たの。明日の午前中だけ森に行ってくるつもり」

「随分急ですね……人工魔石の納品の方は大丈夫なのですか? ずっとお忙しそうにされているのに」


 フレドさんはもう自分の部屋に帰っているような夜遅くに冒険者装備の点検をしていた私に、アンナが声をかけてきた。疑問に思うのも当然だろう、ここしばらくはいつもの晩御飯の時間に家に帰れず、お弁当にして工房に届けてもらっているくらいなのに。机に向かう時間が長いから健康維持のために鍛錬は欠かしていないけど、冒険者として活動できるような時間は今のスケジュールにはなかった。前使った時から少々時間が空いてしまったので点検が必要になったのだ。

 せっかく琥珀も冒険者として再登録できたのに、全然見てあげられない。実家にいた時からやっている朝の鍛錬を一緒にやるくらいか。私が弟子として面倒を見る事を決めたくせに、孤児院とフレドさんに頼り切ってしまっている。

 説明もしたので琥珀も事情を分かってくれてるけど……。夜帰って来た時にうとうとしてたところをハッとして起きてきて、「今日はこんな事ができるようになった」って狐耳をぴこぴこさせながら一生懸命嬉しそうに報告してくれるので、申し訳なさを感じてしまう。本当は毎日一緒にいて色々教えたいのだけど。

 

「……心臓の病気の治療に使う薬の材料だから緊急なの、しょうがないのよ」

「リアナ様がお優しいのは存じ上げていますが、あまりにもリアナ様だけに負担がかかっているような……」

「私も、親切心でわざと損してる訳じゃ無いから大丈夫よ。たしかに、患者さんは小さい子供だし、もし私が受けなくて薬が間に合わなかったら可哀想とは思ったけど……ちゃんと緊急の指名依頼って事でそれに見合った報酬は受け取っているし」

「工房に侵入しようとした不届き者もいましたし、心配です」

「そんな、あれから何もないし、ちゃんと警備も強化してあるから大丈夫よ」


 なんだか納得のいかなそうな様子だ。心配をかけちゃって申し訳ないなぁと思うのだが、私にも良い解決策が見つからない。そもそも指名依頼は、怪我や病気などで依頼を達成できない事が認められるなど、余程の事がないと断れないものだし。罰金は大した額ではないが、冒険者ギルド内の評価が下がって今後にも影響が出てしまう。

 人工魔石の材料であるクズ魔石の買取依頼を、冒険者ギルドを挟んでベタメタール領を含めた広域に出してるのでトラブルは極力避けたかった。

 工房も結界を強化したし、鍵がないなら工房ごと破壊するような覚悟がないと無理矢理中に入るのは無理だろう。ほんとにあれきりおかしな痕跡も見つけてないし、そこは大丈夫だと思う。


「リアナ、明日は森に行くのか?! 琥珀も! 琥珀も行くぞ!」

「そうだね、久しぶりに一緒に冒険者の仕事しようか」

「最近のリアナはとみにぼぅっとする事が増えたからな。何もないように明日は琥珀が側で気張っておくから安心するが良いぞ」

「それは……ありがとう、琥珀。怪我はしないように、私も明日は気を付けるね」


 琥珀にも心配かけていたなんて、反省しなければ。でもこうして私の心配をできるようになるまで成長したのかと思うと感慨深い。いつものように頭を撫でると、嬉しそうにブンブン振る琥珀の尻尾が足を叩く感触に思わず笑顔になっていた。

 もっと……効率的に仕事をこなして前の生活スタイルに戻したい。みんなとのんびり過ごす時間が欲しい。孤児院で教えていた算数の授業も前から間が空いてしまっているし。でもそのためには……今教育してる新しい錬金術師達に早く製造ラインに入れるレベルになってもらって、また人員を追加しないと。錬金術師ギルドに依頼してよその街でかけた募集に応募がきてるといいのだけど。

 雇用条件は他の工房に比べると良いと思うが、引っ越しが必要になるので簡単には集まらないだろう。見習いが独り立ちするのは秋だから、今は工房を探している新人もそこまで多く無いだろうし。

 でもそれが終わったら一段落するはず、と私は気合を入れ直した。



「あ……ライノルド殿下から返事がきてる」


 点検が終わって自分の寝室で取り出した連絡用の遠距離共振器には、私のものではない文字が映されていた。これと対になっている共振器に、ライノルド殿下が連絡を書いたのだろう。

 この画面に書いた物は文字でも絵でもそのまま共有されるが、記録は何も残らない。返事を書く前に、ノートに画面に映し出された文章を書き写してから一度考えないと。共振器本体は大きさも厚さも辞典くらいあるが、書ける面積も手の平分くらいしかないので、先に文章を推敲しておかないと書ききれなくなってしまう。


 共振器の画面には「再調査結果 アマド教諭が狩猟会の前学園側に虚偽の報告を行った事が証明 処分は審議委員会 学生3人の関与についてはこれから」と大まかな調査内容について細かい文字で書かれていた。簡素な言い回しだが、丁寧な言葉遣いをすると書ききれないので仕方がない。

 主犯にされている私にいっさい心当たりがなかったので多分そうだろうとかなり最初の頃から思っていた通り、あの事件はアマド先生が計画していた。ライノルド殿下は私の言葉を信じて最初から向こうを疑って動いてくれたため、今回きちんと調査をし直して真相が少しずつ明らかになっている。自分の中では「もう戻る事のない場所でどんなに悪評が広がっててもいいや」なんて自暴自棄に考えていたくせに、罪が暴かれて私は「良かった」と思ってしまっていた。


 狩猟会の一件までは交流のなかった教師の姿を思い浮かべる。授業を取っていた事はないのでよく知らないけど、学園の教師の中では若い男性だった。そういえば……カッコよくて大人で素敵だと友人達が話していた事があったっけ。

 アマド先生は貴重な光属性の教師だが、魔力はあまり強い方ではない。教師として授業を持つのは光属性の学生相手だけなので、例年一人か二人しか講義を受けていなかったと思う。メインは研究者としての活動だったはず。しかし研究に目立った成果は今の所は出していなかった。彼の論文は一応読んだ事があるけど……うーん、私には光属性がないっていうのもあるのだろうけど、先行研究との違いや意義はよく分からなかったのよね。

 でも研究とは将来何がどのように役に立つのか分からないので、裾野を広げて満遍なく幅広くされるべきである、なので絶対何かの役に立つ未来があるとは思う、それがいつかは分からないだけで。でも研究費は無限に湧いてくるものではない。


 動機はライノルド殿下の推測を交えて前に聞いたがおおよそその通りだったらしい。ニナを使って研究を進めるために、強引に実績を作らせたかったという身勝手なものだ。そのせいで私は大怪我をしたのかと思うと、だいぶ時間が経ったのに怒りが湧いてくる。

 しかも自分が罪に問われないように、前もって学園には「アジェット家のリリアーヌ嬢が自分が責任を持つからと、家が後見しているニナを狩猟会に強引に参加させた」という事になっていて、意識を失っていた私にほとんど全部責任を押し付けられていた。

 一緒に狩猟会でチームを組んでいた友人達も、ニナが単独行動を取ろうとする場面も私が止めようとしてた所も見ていたはずなのに。二人とも、真実を話す事すらしてくれなかった。一緒に勉強会をした事も、学園のカフェテラスで何度もお茶をした事も、好きな本を貸し借りして感想を言い合った事も全部全部、この嫌な記憶で上塗りされてしまう。

 でも私は友達と思っていたけど向こうはそうじゃなかったってだけよね、グループ内の私以外の人達で休暇中に予定を合わせて別荘に集まったりしていたし……ああ、もう思い出さないようにしないと。

 今、私は新しい環境で幸せに過ごせている。それで良いじゃないか。手に入らなかったものについて考えるのはよそう。


 ……狩猟会でニナが私の忠告を聞いて、手を振り払って勝手に森の奥まで入ったりしなければここまでの事件にはならなかったんだろうな。

 でもその時は、アマド先生が望んだ通りになってしまっていただろう。狩猟会という実戦でニナが光魔法で確かに魔物を倒した記録が残って、書面の上では私が無理を通してニナを強引に参加させた事になってて、それだけ。

 そしてあのまま私も、「褒めてもらいたい」って思うだけで何をしても絶対に与えてもらえず、ずっとニナに嫉妬して過ごしていたと思う。なので私は、あの事件がなかったとして、家を出て来て良かったと思っている。


「アジェット家はアマド教諭の責任を追求……」


 画面の一番下に一際小さい文字で書かれた一文を書き写しながら、なんだかペンがとても重いような、そんな錯覚を感じた。ああ、きっと今度はアマド先生が諸悪の根源にされているんだろうなと想像できてしまったから。

 私が怪我をしたのも、家族がニナの嘘を信じてしまったのも、ニナの嘘を信じて私を責めたのも、私が家出したのも全部アマド先生が……アマド先生だけが悪いと、そうなっているんだろう。

 ……何が起きたのかも知らなかった、狩猟会の怪我から目覚めてすぐの私もそうだったもの。あの時の私も、いつの間にか全部私が原因だって言われたから、きっとあの人も同じように責められているのだろう。私と違って……アマド先生は冤罪じゃないけど。

 けど実際に犯した罪以上の責任を負う事にならないと良いなと思いながらライノルド殿下への返信を考える。これまでのやりとりも、ぼんやりとノートを眺めて目に映した。


 ……何不自由なく育ててもらったのは感謝しなければならない、分かっている。だから……いつか安否を知らせる手紙は出すつもりだ。それがいつになるかは分からないけど。

 


 その夜はシャワー浴びた後髪が半分濡れたままぼんやりしかけていたのをアンナに叱られたのをきっかけに、久しぶりに髪を含めて徹底的にお手入れされてしまったのだった。

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