トラブルの予感
人工魔石をこれから商品として売り出していくにあたって、この街の領主であるベタメタール子爵と冒険者ギルドの副ギルドマスターを交えた会合を終えた日。色々やる事は多いが自分の動く目処を立てて戻ってきた私はその日の、いつも通り四人で囲む夕食で違和感を覚えた。
普段と何も変わらないはずなのに何かが違う。具体的に言うとフレドさんの態度が、何だかよそよそしいような気がした。
「ねぇアンナ、今日何か変わった事あった?」
「あら、いかがなさいましたか? 何か気になる事でも?」
「今日のフレドさんの様子が……うまく言えないんだけど、いつもとどこか違うような気がするというか……」
フレドさんが部屋に戻って琥珀を寝かしつけた後、モヤモヤ一人で考えても分からなかったので私はアンナに尋ねてみた。
今日はフレドさんは冒険者を休んで休息日にあてていたから、家にいたはず。フレドさんはオフの日は大体ここで読書をしているので、何かあったとしたらアンナが何か見ていたかもしれないと思って。
「……あら? そうだったんですか?」
「いつもより目が……うぅん、私の気のせいかも」
いつもより目が合わない気がして、と言いそうになって何だか気恥ずかしくなってやめた。こんな事言ったら、まるで私がいつもフレドさんの事を見てるみたいに聞こえてしまう。
いや、そんなに見てない、よね? 見てないはず。
ちょっと目が合いにくかったかも、ってそれだけの事がどうしてこんなに気になるんだろう。自分の事なのに理由が分からない。
その後のアンナとの会話は何だか気持ちがソワソワしてしまって、何を話していたかあんまり覚えていなかった。
「アドルフさん、おはようございます」
「おはようございますリアナさん」
昨日はシャワーを浴びながら、髪を乾かしながらも「何で気になったんだろう」って度々意識の表層に浮上してきてつい考え込んでしまっていた。
朝食の時もぼんやりしてるのをアンナに心配されてしまったので、気をつけないと。注意力散漫のまま錬金術操作をしては危険だ。
工房が見えてきて気を引き締め直した私は、一番早くに出勤するアドルフさんに挨拶をしつつ、鍵を手に持ったまま立ち止まった。
「これ……おかしいです……」
「どうかしました?」
「これは……あの、工房に誰かが侵入しようとした形跡があるんですよね……」
「え?!」
「どうすれば良いんでしょう……開ける前に巡察隊を呼んで、一緒に確認してもらった方がいいでしょうか?」
鍵穴に、昨日までは無かったいくつかの細かい傷がうっすら付いていた。細い金属で引っ掻いたような跡……多分、ピッキングと呼ばれる鍵開けに使われる道具だろう。
鍵を持っていない誰かが侵入を試みた形跡だと思われる。
「!! 僕じゃないですよ!」
「そんな、大丈夫です分かってますから。そもそも錬金術師なら、錬金術工房の鍵は見た通りの『鍵』じゃないって知ってるからこんな事をして開けようと思うはずがありませんし」
それにアドルフさんには、居残りで魔力操作の練習をしたいからと言われて鍵を渡してある。
大袈裟に胸を撫で下ろすアドルフさんにちょっと笑いが漏れて、肩に力が入っていたのが抜けた。冷静になれたので、鍵を持ち直して扉に触れる。
無理矢理破られた形跡はないし、「鍵」をトリガーにして展開される工房の結界もきちんとかかったままだった。開けたら感知する警報もあるが、一度も起動した様子はない。
工房の中に悪意のある第三者が入った様子は見る限り何もない、昨夜、業務終了後に工房を覆った結界は今私が解除するまでしっかり機能していたのも確認できた。
この錬金術師工房の警備結界を破れて、私程度には分からないよう痕跡を残さず改竄できる人も世の中にはいない訳ではないだろうが、そんな人が表の鍵穴に跡を残すとは考えにくい。「工房の中に入ろうとしたが鍵が開けられず撤退した」と考えるのが自然だろう。
「入られてはいませんが、侵入しようとした人がいたのは確かなので、一応巡察隊に報告だけしておきたいと思います。アドルフさん、他の方達が出勤してきたらそのように説明してもらっていいですか?」
「わ、わかりました。……やっぱり、人工魔石の製造方法についてですかね?」
「そうだと思います。と言うよりも、ここではそれ以外作ってませんからね……」
ありがたい事に、人工魔石は私が想像していたよりはるかに大きな利益を生み始めている。天然でもたくさん採れる等級にも注文は想定より多く、早くも、錬金術師をさらに追加で雇う必要に迫られている。
しかし魔力操作を補助する魔道具は作ったが、それさえあれば大丈夫というものではなく、錬金術師本人にもある程度の技術が必要になる。商品を作れるレベルにまで練習する期間を考えるとすぐにでも人員を増やした方が良いのは分かっているのだが、新しい人達の教育にかける時間がちゃんと捻出できるかどうか。
すでにやる事が目白押しの中、こんなトラブルまで起きて、余計な時間が取られてしまうなんて。もし売れたら、製造方法を狙って産業スパイのような存在も出てくるだろうとは思っていたが……予想より早い。まだ大丈夫かと勝手に思ってたけど、追加の警備システムを作り始めよう。
先日誘拐された子供を助け出した時に、似顔絵を描いたりして捜査にささやかながら協力して顔見知りになった巡察隊の方達の顔を思い浮かべる。事件にはなってないので、相談という形になるか。
そこまで時間はかからないだろうが、今日はやろうと思ってた事が他にあったのにとんでもない時間のロスだと気分が沈んでしまった。
「未遂とはいえ怖いですねぇ。冒険者として活動してるリアナさんはそこらの男よりも強いと思いますけど、十分気をつけて、無理なことはせずに周りに助けを求めてくださいね」
「鍵に傷がついていただけなのに、相談にのっていただきありがとうございます」
「いえいえ、これが私達の仕事ですから。一応工房付近の巡邏は増やしておきますが……また何かあったら些細な事でいいのですぐご相談くださいね」
「分かりました、もう何も無いといいのですけど、また何かあったらその時はお願いします」
お礼を告げて巡察隊の本部を出てから時計を確認した。今日は、まだ私しか作れない等級10以上の人工魔石を作って、魔力操作補助の魔道具を改良して、等級15以上の人工魔石を作れるようにどう改良しようか色々アプローチを変えて試そうと思っていたのだが。
人工魔石を納品に必要な数作るだけで晩御飯の時間になってしまいそうだ。もっと上の等級の魔石をどうやって作るか考えるのは家でやろう。帰りに、閉まる前の錬金術師ギルドに寄らないとだな。あ、参考になりそうな過去の文献を見たいんだけど、借りられるかな……貸出やってるか問い合わせもしないと、と頭の中のメモ帳に書き込んだ私は工房への道を急いだ。




