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 俺の方は自分の意思で、命惜しさに実家から逃げてきてしまったが、生まれについては自分は幸運だったと感謝している。

 現に、戦闘技術や魔法について一流のプロに教わっていた経験があったおかげでなんとか大きな怪我もなくまともな暮らしが送れているから。それがあったからこうしてリアナちゃん達の助けにもなれた。

 父親と母親に対しては、もうちょっとうまくやりようがあっただろ、と言ってやりたい気持ちはあるけど……もう関わりのない人達だからな。

 弟……クロヴィスには申し訳なさしかない。死にたくないからって俺が全部投げ出したせいで、その影響が全部クロヴィスに行ってしまった。手紙で謝罪しただけでは到底足りない、思い出す時にはずっと罪悪感を抱きながら「フレド」として生きている。


 ごまかすためにまたカップを持ち上げて、紅茶を一口含んで目線をテーブルに落とす。アンナさんがポツリポツリと続ける話を静かに聞きながら届かない謝罪を胸の奥に押し込んだ。


 「そこではキッチンメイドをしていたんですけど……手が足りないからとハウスメイドの仕事を頼まれた日、後から私が掃除をした区画で調度品が破損しているとお叱りを受けまして、それでまぁ、当然弁償をするお金は持ち合わせていなかったので、長い時間をかけて給金で補填する事になったんです」

「アンナさんが本当に壊したんだとしても……あんまりな話ですね」


 使用人の失敗をいちいち弁償させるなんて随分ひどい主人だな、と思ってしまう。普段からトラブル起こしてたならともかく、アンナさんなら昔からきちんと信用のおける仕事をしていたはずだ。

 そもそも子供の時とはいえ、このスーパーメイドさんと呼べる人がそんな失敗をしたようにイマイチ思えないし。


「……そのお家のお嬢様が、私が壊したと話されたそうで」

「えっ」

「当時の私には身に覚えのない事だったのでそのようにお伝えしたのですが、その方の侍女も同じ証言をしたため……信じてはいただけませんでした」


 結果的にアンナさんの言葉は言い逃れだと判断されて……隠そうとした形跡もあったため、悪質だと、それで弁償という話になってしまったらしい。


 この人は嘘をつくような人ではないと知っている俺にはその事件の真相がなんとなく見えていた。多分本当の犯人はそのお嬢様なんだろうな。自分が親に叱られるのを避けるために嘘をついて、たまたまその日そこを掃除していたアンナさんがとんでもない貧乏くじを引かされたのか……いや、その時には既に壊れていて、そのお嬢様の侍女が実家の影響力のないアンナさんを選んだのかもしれないが。

 仕えているお嬢様に貸しを作りたかったのか、そのお嬢様と侍女、ろくに調べなかった当時の関係者の全員に怒りが湧いてきてしまうけど、そのせいで酷い目に遭ったというのにアンナさん本人は個人名を出して恨みを口にする様子もない。


「弁償について実家にも話が行ってしまったらしく、けど私が家を出た後に生まれた弟が病弱で、治療費にお金がかかるから力になれないと手紙が来たんです。それで私も諦めてしまいました。幸い仕事の内容は以前とそれほど変わりませんでしたし」

「その……なんて言ったらいいか。大変な目に遭いましたね」

「いえいえ、その後すぐリアナお嬢様に拾っていただけたので、全然つらい思いはしていないんですよ。むしろリアナ様の侍女になるきっかけになったので」


 無いものは仕方がないが、そんな事を言われては家族から見捨てられた気持ちになるだろう。ずっとやりとりしていなかった実家との最後の連絡がそれでは、あそこまですっぱり迷う気配もなくリアナちゃんのために国を出るのもちょっと分かるかもしれない。

 その後も二人の馴れ初め話は続く。話すのがつらいような思い出なら無理に聞こうとは思わないが、なんだか嬉しそうに話しているので俺も楽しく聞いていた。でも確かに、リアナちゃんの本当の身元を隠すと、この出会いの話は他の人には言えない。だからそれを隠さず話せる相手に、俺はちょうどいいんだろう。半分以上リアナちゃんを自慢するような言葉になっていて、つい笑ってしまう。

 アンナさんが当時のリアナちゃんに向ける「とても可愛らしく美しい方で、最初に見た時は妖精かと思いました」「幼いのに凜としたお声がとても素敵で」などという長い賛辞と情景描写は横に置いといて、俺には二人の過去がなんとなく見えてきた。


 本人はそれほど変わらなかったと言っているが、弁償を口実にかなり過酷な環境で働く羽目になっていたんじゃないかな。アンナさんは一切悪口言ってないので、口ごもった所から推測しただけだが間違ってはいないと思う。じゃないとガーデンパーティーにたまたま来てただけのリアナちゃんが他の家から使用人を引き抜いたりはしないでしょ。多分だけどそうしないと保護できなかったんだろう。

 アンナさんは、リアナちゃんの慈悲深さを強調して話していたけど。偶然出会ったアンナさんを「貴族令嬢のマナーを身につけた少女がどうして下働きの仕事をしているのか」と疑問に思っても、それだけであの控えめなリアナちゃんがそこまでの事を言い出すとは思えないんだよね。たまにびっくりするくらい思い切りのいい事をするのは子供の時かららしい。

 しかもその時のリアナちゃんは7歳、その年齢で他の家から使用人の引き抜きをしてのけたとはすごい。


「当時のリアナ様は乳母(ナニー)が外れる直前で、運よく私はそのまま専属侍女見習いとして贅沢な教育を受ける事ができて、今日に繋がっている訳なのです」

「アンナさんが……リアナちゃんの事を特別大切に思ってるってのがよくわかりました」


 長い時間を過ごしてるだけじゃなくて大きな恩義もあるようだ。なるほど、だからこんなにアンナさんの中でリアナちゃんの存在が大きいんだな〜、と深く納得してしまう。ただの信頼の厚い主従ではない。血は繋がってないけど、むしろ二人は「家族」に近いと思う。

 でも様々な分野で活躍するリアナちゃんの秘書というか、時には助手のような仕事までこなしてしまうアンナさんは、リアナちゃんがいるからぱっと見目立たないけどすごく優秀なんだよな。リアナちゃんの事をよく観察してるからか、サポートが上手いというか。リアナちゃんが何かを言う前に用意してたりだとか、思わず感嘆する場面を何度も見ている。


「でも……そう考えると、フレドさんは私のような背景もないのに、最初からずっとリアナ様に一方ならぬお気遣いをいただいていたみたいで……」

「いやぁ、困ってる所を見ちゃったから。ついお節介焼いちゃって」

「私、最初はフレドさんがただ世話焼きが好きな方かと思っていたのです。けどそうではないですよね? リアナ様以外の人だと、顔見知りの方でも自分からは関わりにいかないですし……」

「え……いやいやいや! 最初は俺男の子だと思ってたんですよ?! 船で再会した後も、ほんとにただ力になってあげたいと思っただけで……!」


 下心で助けたんじゃないか、と言われてる気がしてつい慌てて反論してしまった。男の子だと思っていたが、男の子なのに変に可愛いなと思った瞬間があったのを思い出しそうになってそれも無理矢理頭の奥に押しやる。いやいや、自分だからこそ分かるけど、実際親切心100%だったし!


「いや、最初は善意だったんだろうなというのは分かるのですけど。その後も積極的に手助けする……というのは、フレドさん……他の方にはしてないじゃないですか」

「そ、そうですか?」

「特に女性とは関わりたくないようにしているのが分かるだけに、余計にリアナ様だけ特別扱いしてるのが目立つんですよね」


 自然に避けるようにしてるんだけどやっぱ関わらないようにしてるの分っちゃうのか。え、いやそれよりも。リアナちゃんを特別扱いしてるって指摘された事に、思ったより気が動転してしまった。

 俺だって普通に接しようとしてるんだけど。気が付いたらリアナちゃんを優先して考えちゃうし、どうするのが「フレド」として正しいか考える前に体が動いちゃうんだよ。保護者ヅラして、リアナちゃんを食事に誘おうとかした男をあの手この手で何人も諦めさせているし、それに個人的な感情が入ってなかったとはとても言えない。

 ギルドで知り合いに指摘された時に「可愛い妹弟子だからな」とごまかしているけど、それとは状況が違う。


「……リアナちゃんは……ホラ! 元の身分を隠して生きていくには色々自覚がなさすぎるじゃないですか、それが危なっかしくて、つい毎回首を突っ込んじゃうだけで。それに俺、保護者役しているうちに実際に親戚みたいな気持ちになってもいるし」

「親戚、ですか……」


 実家を出てすぐの頃、冒険者登録した先で「元は貴族だろ?」って速攻バレた時よりも俺的には窮地に追い込まれていた。

 まだ訝しげな様子が残っているが、上手くごまかせただろうか。つい窺うように視線を向けてしまう。


「……急に口数が多くなって……何か疚しい事を隠そうとしてるんじゃないかって、どうしてもそう思ってしまうんですよね」

「んぶっ!!」


 平静を装って口を着けていたカップから、飲み込みかけた紅茶を思わず吹き出してしまった。それを見たアンナさんの目が少々鋭くなって、疑いが更に強くなるのを感じた。こんな「動揺してます」という反応したら、誰だって怪しく思うだろうけど。


「やはり何か隠し事が?」

「いや、何も」

「流石にその言い訳は苦しいと思いますよ」

「はは……でもほんとに、無いものは何も……」


 ああ、目が泳いでしまっているのが自分でも分かる。ダメだ、完全に隠し事してるのがバレてる。

 その後も続く激しい追求を逃れる事は出来ず、結局俺はリアナちゃんに特別な感情を抱いている事を……白状させられてしまったのだった。

 本人に伝える気はないし、これからも良き友人でいる事を望んでいると本音を伝えて、何とかこれまでと変わらぬポジションを死守できたので……良かった、と思っておこう。

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