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家族のようなもの

 

 半月ほど前から、リンデメンの街は好景気に湧き始めた。

 今まで価値が付かずに破棄されてきたものに値段がついたのだからそれもそうだろう。リアナちゃんが開発した「人工魔石」は、魔道具の動力として使えないようなちっこいサイズのクズ魔石に手を加えて、大きい魔石に作り替える技術だ。

 その人工魔石を作る技術は彼女以外に使えないので、原料になるクズ魔石の買取でリンデメンの街は急に景気が良くなった。下位の冒険者まで急に潤っているので、噂を聞いて近隣で稼げてなかった冒険者がもう流れ込み始めていると聞いた。


 冒険者といっても正直色々いるからなぁ。派手な話に憧れてなりたくてなったという奴ももちろんいるけど、次男以降に生まれて、受け継ぐ土地や職がないため故郷を出るも就職先の伝がないから冒険者以外選択肢がなかった……という話も多い。

 一昔前と違って、今なら冒険者ギルドに建設現場や荷運びの日雇い労働の依頼も来るので魔物の討伐ができなくてもなんとか食っていく事も可能だ。


 ただこの原料として買取している小さな魔石は、例えば芋虫型なんかの魔物もいるし子供でも手に入るのだが。人工魔石のおかげで需要が急に増えて、これまで日雇い労働をしていた冒険者達がこぞって小さな魔物を狩り始めているのだ。まぁその気持ちはわかる。彼らはクズ魔石集めてきた方が稼げるのだ。

 しかしまだ影響は目に見えて出ていないが、生態系の下の方にいるそういった小さい魔物を取り尽くすことにならないように、また今まで彼らが依頼を受けることで回っていた様々な仕事に支障が出ないように考えなければならないとリアナちゃんはここ数日色々資料を用意して頑張っていた。まだ何も起きてないのに想像して先回りして動けるのってすごいよねぇ。

 今日は冒険者ギルドの二階で、ベタメタール子爵も交えて協議をしているらしい。自主的な休息日をとっていた俺は、武器防具のメンテが終わった後孤児院に琥珀を迎えにいく時間まで手持ち無沙汰だったので読書をしていた。リアナちゃん達の部屋の居間で。


 いや、最近の俺はシャワーと寝る時くらいしか自分の部屋を使わなくなっちゃってるんだよね。あと荷物置きか。それ以外は用がなくてもこっちでのんびりするのが日常になってしまっている。

 女性だけが暮らしてるところにあまりお邪魔しすぎるのも悪いよな、と最初は思っていたんだけど。部屋にいてもすぐに琥珀が呼びにきたり、リアナちゃんがご飯だって言いにきたり、アンナさんは「読書」という共通の趣味もあり。当然まだ母国語ほどにはここの言葉を使えないアンナさんの読書のために、辞書がわりに俺が協力しますよって申し出たりで、なんかこっちにいるのがいつの間にか普通になってしまったんだよなぁ。

 今日も入り浸ってしまっている……アンナさんが「安かったから豚肉を塊で買ってきたんですけど、ちょっとこっちに入りきらなくて」って預かって俺の部屋の魔道冷蔵庫に置きに行ったけど、それきりまたここに戻って普通に読書を続けていた。

 夕飯を準備する時間になったら手伝おう……と思いつつ、食卓を挟んで俺の向かいに座って編み物をしているアンナさんに一瞬視線を向けた。琥珀用の防寒具を編んでいるらしい。琥珀がリクエストしていた赤い毛糸をシュルシュルと編んでいくかすかな音だけがしている。

 気が付いたら傾いてきた日差しが足元まで入ってきていた。どこかの子供と、近くの建築現場の大工達の声も聞こえてきた。


「俺お茶淹れますけど、アンナさんも飲みますか?」

「わ、ありがとうございます」


 茶葉とティーポットもどこにあるかよく知っているキッチンスペース。なんなら俺用のコップに食器も一式備えられてる。

 朝晩毎回食事をご一緒させてもらっており、お世話になりすぎてるからこれだけは、と一応食費は渡していると俺のささやかな名誉のために言わせてほしい。

 お湯を沸かすために魔道コンロを起動させよう……としたらちょうど魔石が切れたみたいだ。魔力を失って灰色に濁った魔石を取り外して、新しい魔石……人工魔石をストックから出して取り付けた。これももちろんリアナちゃんの工房が作ったやつだ。

 魔道具がきちんと動くか、ちゃんと普通の魔石と同じくらいの期間は魔道具が動くのかとか、商品化する前に色々試験をしていた。もちろんここでも。工房の人が作ったものは、同じ大きさでもリアナちゃんが作ったものより出力が低いのだが、比べた時の欠点はそのくらいしか俺にはわからない。ちゃんと動くから問題ないし。


 四角く固まりかけたスライムみたいな見た目をした、半透明の塊をむぎゅっと押し込んで、コンロを起動させた。


「その人工魔石……私も目にしていた事はあったのに、それがこんなにすごい発明だったなんて、あの時は驚きました」

「まぁここまで騒ぎになるような発明だって、開発した本人が一番理解してませんでしたからね〜」


 俺は聞いてもさっぱり理解できない原理だった。リアナちゃんは「アルスレインにある宗教施設の儀式用魔道装置と魔法陣を合体させただけなので……」と言っていたけど、まず今では使われていない古い言語で書かれた魔法文字が解読できて、さらにその技術を現代の錬金術に落とし込んで利用できるなんて、もうとんでもなくすごい事だと思うんだけど……本人には自覚がないんだよなぁ。


 沸騰前にコンロからおろしたお湯を注いで、茶葉を十分蒸らしたら静かに二人分のカップに注ぐ。良い香りがする……ちょっと蒸留酒を垂らしたくなるけど、こっちの部屋には諸事情により酒類の持ち込みがはばかられるので我慢しよう。万が一リアナちゃんがお酒を口にする事故が起きたら……! ここにも料理用のお酒はあるけど、できるだけ危険は避けたい。

 

「でも、フレドさんにはいつもいつも大変なお世話になってしまって……先日もリアナ様のために錬金術師ギルドを挟んで奔走していただきありがとうございました」

「いやぁ、そんな、俺が勝手にやってる事だし、もう何回もお礼言ってもらいましたから良いですって」


 向こうにも俺の知り合いがいたからついつい首を突っ込んでしまっただけだ。しかもこの件についてはリアナちゃんにもアンナさんにも既に片手で効かないくらいお礼を言われているのに。二人とも律儀だ……。


「アンナさんはなんだかリアナちゃんのお姉さんみたいですよね」

「まぁ! リアナ様の姉だなんて光栄です」


 そう考えると琥珀はほんとの妹みたいだよなぁ、と考えてしまう。リアナちゃんとアンナさんにいつも甘えて振り回して、でも二人とも琥珀のことをなんだかんだ可愛がっているのがわかるから。


「私……リンデメンに来るときに少しお話ししましたけど。実の家族とは少々縁が薄かったもので……」

「そうですね、あの時に事情はちょっとだけ聞きましたけど……あの、無理に話さなくて良いですよ?」


 俺も二人に話していない事が多すぎるので。罪悪感から止めようとした言葉をやんわり遮ってアンナさんが話を続ける。

 あの時は、リアナちゃんのことを心配したアンナさんと世間話を楽しめる雰囲気ではなく、緊張感の続く旅路だった。新しく言葉を覚えるのに一生懸命なアンナさんに、縁が薄かったという家族について過去をほじくり返すような事を聞くのもどうかと思ったし。話す必要があるか、話したいなら話すだろう、というスタンスだ。そうじゃなきゃ人の過去は聞かないようにしている。


「よくある話なんですけど、没落一歩手前の貧乏下位貴族の子沢山で、10になる前に奉公に出されたんです、私。家にいる時も下の弟と妹達の世話と家事の手伝いで走り回って毎日クタクタで。なのでそもそも家族との思い出らしい思い出もあまりないんですよね」


 使用人は老いた家令とその妻しかおらず、貴族夫人の母親も家事や内職をしていたのだと。「私に刺繍を教えてる母親の手元は覚えてます、でももう顔はぼんやりとしか思い出せないんですよ」とカラッと笑う。「よくある話ですけどね」と付け足された。

 確かに、似た人は結構多いだろう……な。


「最初に奉公に入った先はアジェット家ではない別の家で、行儀見習いとして預けられているような良いおうちの子ではないので普通の使用人として働いていました。当然、手紙を使えるようなお給金ではないので家族とはそれきり……まぁ、向こうからも連絡はありませんでしたし」

「独り立ちしたらみんなそんなもんですよ」

「そうですね……文字を書けない人もいますし」

「あー……そうですね」


 平民として冒険者になってからすぐ、識字率の低さに驚いた。誰でも知ってて当然だと、常識だと思ってた事を皆知らなくて、俺もリアナちゃんの事を言えないような状態だったのを思い出して苦笑してしまう。

 仕切り直すように、少し温くなった紅茶を一口含んだ。

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