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「よし……多分出来た……かな」


 私の手元を覗き込んでいた琥珀が顔を上げる。今日は私を手伝う、と力仕事をしにきてくれた琥珀だが、今できる力仕事を全て終えたため他の作業にも興味を持ってくれたらしい。それがただの好奇心だったとしても、とても良い事だと思う。

 最初の頃は魔道具を「術が使えん只人(ただびと)が仕方なく使うような道具じゃろ」と言っていたが、今では魔道具がないと出来ない事があったり、同じ事をするにも魔道具のおかげで楽に出来る事があるとか、大切な役割を持った道具達だと理解してくれている。

 いつの間にかこうして作り方にまで興味を持つようになったなんて嬉しいな。


「リアナ、これは何をする道具なのじゃ?」

「人工魔石を作るのに使うの。定規で引いたみたいに、とっても均一な魔力が流せるようになる……予定なの」


 琥珀は、さっきまで自分が張り切って作っていた、水色の懸濁液が入った容器を振り返る。そうそう、それに使うんだよ。

 工房の中にいる他人達も、獣人の子供に見える琥珀の好奇心を微笑ましそうに見守っていた。


「アドルフさん、ちょっと来てもらえますか?」

「ああ、今朝錬金術師ギルドに行ってから、ずっと作ってたやつですね。魔力操作の補助をしてくれるという」


 魔力操作の練習がひと段落したところを見計らってアドルフさんに声をかける。技術習得に一番熱心だし、私と年が近いから声をかけやすいのでつい頼ってしまう。

 自分で使ってみたが一応想定通りの魔力操作は出来てるようだった。極力揺らぎもムラもなく精密に、それを維持したまま魔力を流す……という目的は達成できていると思う。アドルフさんがこれを使って、人工魔石が作れるようになるか……理論は間違ってないはずなので、多分大丈夫……! まぁそれを今から確認するわけだが。

 錬金術師ギルドで閲覧できる特許技術の中で今回の悩みにほぼそのまま利用できるものがあって良かった。先人に感謝である。あと、適切なお金さえ払えば先人達の技術を利用できる錬金術師ギルドのシステムにも。


 そのままで「精密な魔力操作を可能とする技術」はなかったので、三つの技術で使われている魔術回路を組み合わせて、何とか求めた機能を出している。コーネリアお姉様が監督していたらもっと無駄のない回路図を引けと怒られるだろうな……、と罪悪感を抱きそうになってグッと立ち止まる。いや、自分だけが分かればいい試作品の試運転なのだ、そこまでしなくても良いだろう。

 効率化とかそんな事、余裕ができたら考えれば良いのだ。


 リュックのように背負う部分から、左右の手の甲まで伸びるパーツ。それが両腕を覆う形で魔力操作補助の魔道具取り付けたアドルフさんに「その状態で魔力操作ができるか」「体外から補助が働いて魔力を動かす時に気持ち悪くなったり体調に変化はないか」を確認する。……大丈夫そうかな。


「じゃあ、琥珀には魔力操作が必要になる一歩手前のところまでの作業をお願いしたいな。力が必要になるから」

「がってんしょうちじゃ!」


 身体強化魔法が使えれば、人工魔石として固める液体を簡単に自分で振り混ぜられるのだが。身体強化は普通魔術師や魔法騎士しか使えないらしい。そうでなくても、生産ラインの目処が立ったらこの作業工程には別の人手を用意するつもりだったので問題はないのだが。

 今日は琥珀にその役をお願いすることになる。後で作業量に見合った報酬を計算しておかないとだな。


 魔石の粉末が溶け込んだ水色の懸濁液に、別のスライムの体液から抽出したピンク色の液体を注ぐ。「全部紫色になるまで混ぜてね」と声をかけながら、タイミングを合わせるためにアドルフさんにも確認する。


「琥珀が魔石の型に流し込んだら、ゆっくり魔力を流して、抵抗がなくなったら一気に、でお願いします」

「わ、分かりました」

「いや、試作品の試運転なので、そこまで気負わないで大丈夫ですよ」


 ガチガチに緊張しているアドルフさんに、思わず私まで肩に力が入ってしまう。

 そう、うまくいかなくて元々。予想と外れたら「どこが原因か」って考えて、試行錯誤していくものだから。


 大きめの水筒ぐらいあるフラスコを苦もなく振り混ぜ終わった琥珀が、均一な、濃い紫色になった溶液を細長い型の中に一気に流し込む。トントンと数回側面を叩いて気泡を抜くとすぐさま横にどいて、代わりに正面に立ったアドルフさんが両手を型の縁に置いた。


「ん……んん?!」

「どうしました?」

「いや、思ったより……魔力が勢いよく流れすぎちゃったみたいで……」

「体は大丈夫ですか? 魔力量は?」

「魔力は、人工魔石の溶液挟んだ輪になって勢いよく循環しただけなので、ほとんど減ってはいないです。何でしょうか……こんなに勢いよく魔力が流れた事がないので、体がびっくりしたんですかねぇ……」


 驚きのあまり腰を抜かした格好のアドルフさんは、型の縁に手を当てたまま作業台にもたれかかるようにへたり込んでいた。恐る恐る手を離すと、「あ、ちゃんと固まってる」と感動したように呟いている。

 実験の成功か否かが真っ先に気になるなんて、研究者気質だなぁ。

 どうやら痛いとか気分が悪いとかはないようだが、魔道具で補助された状態で魔力操作をした時に筆舌に尽くしがたい感覚がしたそうだ。へたり込んだアドルフさんの体に問題がないとわかると、他の錬金術師達も型の中を覗き込んでちょっと感動したように声を上げていた。


「何と言うか……勢い良く魔力が動きすぎてビビりました。慎重に流してたんですけど、抵抗がフッと軽くなったと思った瞬間グワッとすごい勢いで魔力が……持ってかれるように流れたんです。箱の中にすごい重いものが入ってると思って身構えて持ち上げたら実は空っぽで、思ってたより軽くて体びっくりした……そういう経験ありません? そんな印象でしたね。そう考えると今までは水……いや水よりもっと粘度の高い中で必死に動かそうとしてたのに、今初めて抵抗のない状態で動いた、くらいの衝撃で……」

「……そんな事が?」


 手を握ったり開いたりしながらアドルフさんがそう語る。

 私はそれを着けても魔力が突然勢いよく動くようになった、とは感じなかった。何が違うんだろう。いや、もしかして普通の錬金術師の魔力操作ってとてもゆっくりしたものなのかな?

 すごく気になるし、原因を調べてみたいとは思うが、まずはこの試運転で出来上がった魔石について考えなければ。


「アドルフさんに起きた事象も大変興味があるのですが……とりあえず出来上がった魔石を見てみましょうか」

「そうですね。いやぁまともに固まったのも初めてですけど、これ成功してるんじゃないですかね」


 魔石を測定する魔道具にセットしながら期待に満ち溢れた様子でアドルフさんが語る。私もその意見には同意したい。

 天然の魔石は大きさと透明度、色の濃さなどで大まかに等級が判断できるが、この人工魔石はいちいち測定しないとならない。けど、今までと違い、目視では色ムラが見えないくらい均一にできていたので、ほぼ確信していた。


「5.3クラル……やった……! これ、商品化できますよね?!」

「もちろんです!」


 量産の話がどんどん進んでしまっていて内心ビクビクしてたけど、やっと私以外の人にも使える製造方法が示せたようだ。 一緒に喜んでくれた他の錬金術師の皆さんが、口々に「次は自分が」「私もやってみたい」と口にする。

 とりあえず皆さんには今日、試運転も兼ねていくつか作ってもらって、その間に私は魔術回路を清書しつつ、魔力操作補助の魔道具を人数分作ろうっと。


 しかし、8クラル分の魔石の粉末を使って5.3か。もっと効率のいい方法を模索したい所だが……。いや、私でも同じ条件で7.7になるんだから、魔力操作に習熟したら改善するだろう。

 効率が上がるまでは一度に使用する魔石の粉末の量を増やして対応すればいい。出来上がった人工魔石は同じ出力でも作った人によっては大きさに結構ばらつきができてしまいそうだが、これは今後の課題かな。


「リアナ、くらる……ってなんじゃ?」

「魔石の価値を決める単位の一つよ。その魔石がどのくらい大きな魔力を持ってるか……と言う目安ね。この数字が大きければ大きいほど、貴重な魔石になるの」

「琥珀も知ってるぞ! 等級ってやつじゃろ?」

「そうそう。魔石の等級はクラルで決まるの。だからこの人工魔石は『等級5の魔石』と同じ事ができるって事ね」


 魔道具は要求される出力がないと動かない。動かすのに等級50以上の魔石が必要になる大都市の防衛結界みたいな大規模な魔道設備はともかく、今私が作ることのできる人工魔石なら一般的に流通してる魔道具なら大体問題なく使えるだろう。

 でも等級5の魔石だって、それが取れる魔物はここリンデメンの街近辺だとディロヘラジカやベドウルフになる。中堅冒険者でやっと相手が出来るようなそこそこ手強い魔物だし、季節によっては需要が供給を上回る事もあるくらいだ。

 しかし等級1に満たないクズ魔石なんかは、冒険者ではない一般人でも簡単に手に入る。この時期だったら、農家のお手伝いの軽依頼が出されている芋虫の魔物からも採れるのだ。

 子供もできるような仕事だが、そのサイズの魔石は今まで使い道がなく、買い取りも行われてないので駆除も兼ねてまるごと火にくべて処分されていた。それがこうして、粉末にして人工魔石にすれば、立派に使い道のある等級の魔石に作り直せる……つまり新しい価値が生まれたという事になる。

 天然の魔石と比べると嵩張るし脆いけど、こうしてクズ魔石から大きな出力の魔石を得られるのは利点だろう。

 

「他にも魔石そのものの大きさと、透明度、魔力の属性なんかも大切だけど……」

「つまり、強くて手強くてでっかい魔物からとってきた魔石ほど高く売れるんじゃな」

「ふふ、そうだね」


 はからずとも魔石についての簡単な授業のようになっていた。琥珀のちょっとした勉強になったようだ。

 古い魔道具は特定の属性の魔石でしか動かなかったりするけど。国や宗教施設の儀式用の魔道装置……、まぁそんな例外は考えなくていいだろう。

 今は私が作っても等級15相当の魔石を作るのが限界だが、今後もっと上の等級の人工魔石も作れるようにしたいと思う。ここまでは型を長ーくして作れば出力は上がったんだけど、今のところ等級15以上の出力を出そうとさらに長い型を使ってもそれ以上は上がらないのだ。多分ロスと釣り合ってしまうのだと思う。


 自分も作ってみたい、と琥珀が興味を持ってくれたのでありがたくデータも取らせてもらう事にした。琥珀は「巫術」「霊力」と呼ぶが本質的には同じものなので人工魔石も問題なく作れると思う。この子は感覚派だから何をやってるか言葉では説明できないが、見た限り魔力操作はかなり上手いし。

 私達の作る「人工魔石」と同じものにならなくてもそれはそれで面白い。


「やっぱり誰が作ってもリアナさんの作った人工魔石に比べるとかなりロスが大きいですね」

「しょうがないわよ、リアナさんは魔術師……いや普通の魔術師よりも遥かに高いレベルで魔力操作ができるんだから、簡単には同じ事なんてできないわ」

「魔術師なのに錬金術師としても天才なのがすごいですよね」

「本当に、何食べたらこんな天才的な発想思いつくんだろう! まさか大きな出力の魔石を人の手で作れるようになるだなんて……」


 琥珀に教えているところに背後から聞こえてきた言葉はちょっと恥ずかしかったので、つい聞こえないふりをしてしまった。

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