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「リアナ、どうしたのじゃ。ぼんやりして」
私はその言葉でハッと意識を戻した。いけない、工房から出てきた時からずっと考え事で上の空だった。せっかくアンナが作ってくれた夕飯なのに、失礼な態度だったな。
その一瞬で反省して、すぐ「何でもない」と言おうとしたのだけど。
「何か心配事でもありましたか?」
「リアナちゃん、疲れてるんじゃない? 注文すごい入ってるらしいし……5人派遣してもらったって言ってもリアナちゃんと同じことができる訳じゃないから教育の仕事まで増えちゃってる状況でしょ?」
「そうなのか? 大丈夫か? リアナ」
気遣わしげに私を見る3人の視線に思い直した。ああ、そうだ私の悪い癖だ。黙っていても改善する状況ではない。きっと、私が隠したらみんな悲しむと思う。
相談してみよう。私の代わりにどうするか決めて欲しいとかではないけど、他の人の視点ではまた違った意見も出るかもしれない。現に私が考えた方法では今のところ上手く行ってないんだし。魔力操作を補助する魔道具を作ると決めたけど、何か他にいいアイディアが浮かぶかもしれない。
「……実は、新しく雇った錬金術師の方達が、まだうまく人工魔石を作れていなくて……」
「え……それじゃあもしかして、今製造してるのは完全にリアナちゃん一人って事?」
「もう半月は経ちますよね……? それでもまだリアナ様のお力になれていないとは……差し出口になってしまいますが、錬金術師ギルドの方へ人材の質について問い合わせた方がよろしいのではないでしょうか」
「いえ! そんな……みなさんは大変真面目に製造技術を身につけようと取り組んでくれてるんです……! 悪いのは、まともに運用できる製造マニュアル一つ用意できていない私のせいなので……!」
なんだか不穏な方向に話が進みそうで慌てて止める。そう、ちゃんとした作り方を示す事ができれば問題なく工房として動けていたのだから。
そこで私は端的に今起きてる問題を述べた。商品になる人工魔石を作るレベルの魔力操作を身につけるのにもうしばらくかかりそうな事、それをちょっと待てないので魔力操作の補助ができる魔道具を作ろうと思っている事を話した。
確かにまだ商品を作れる魔力操作は出来ていないのだが、みなさん最初に比べれば上手くなっているのだから。きっと私がもっと上手い教え方を思いついていればもう戦力になっていたので彼らは悪くないという事もしっかり主張する。
それに、このところは納品期限が迫ってる分を製造するのに一杯一杯で、自主練習ばかりしてもらっていたし私が最後に確認した時よりは上達していると思う。
「……分かりやすく教えるって、どうしたら出来るんだろう……」
悩んだ末にポツリとつぶやいた言葉に3人が反応する。
「魔力操作は俺も得意ってわけじゃないけど、……普通に色水に魔力流す練習しか知らないなぁ」
「魔法使いの訓練は花びらの色水を使うらしいですね。私は、魔法は火種くらいしか起こせないので想像するしかないのですけど、やはり熟練の技術が必要なのでしたら練習あるのみではないでしょうか」
「琥珀は天才じゃから鍛錬らしい鍛錬なんてした覚えはないぞ。気が付いたら使えるようになっとった」
琥珀の意見は別として、やはりどの地域も魔力操作の練習なんて大差はないのか。物語のように、一つのアイデアで万事解決なんて上手い話はなさそう。
「途中で必要な魔力操作が上手く教えられていなくて……あと少しだと思うんですけど。私は魔術師でもあるから元々魔力操作は苦手ではないので、難しい操作だとは認識してなかったんです。他は入れる順番を守って混ぜるだけなので正直振って混ぜる力があれば誰でも出来るんだけど……」
「む? 力がいるなら明日は琥珀が手伝ってやるぞ!!」
「ふふ、ありがとう、琥珀。じゃあせっかくだからお願いしようかな」
琥珀もこの近辺に生息している魔物への対応や、解体の仕方も覚えてきたと聞いているので成長を感じて嬉しくなる。そうだ、ついでに錬金術師ではないけど魔法や魔術に長けている人なら作れるかどうか試してみよう。当然琥珀は資格を持っていないが、売り物にしなければ問題ない。
攪拌などの単純作業は無資格者にお手伝いしてもらっても大丈夫だし。自分から率先してお手伝いもするようになるなんて、出会ってすぐの頃は想像もできなかったな。
「リアナちゃんの『難しくない』にはかなり議論の余地が残るけど。とりあえず今教えてる人達ってあとどれくらいで出来るようになりそう?」
「それが私にもちょっと……元々錬金術師になる人は大抵魔力操作が苦手だから、とは言われました。もっと分かりやすく教えられたらいいんですけど……」
「ああ確かに。錬金術師は魔帯素材の加工とか、魔術回路書いたりのプロだけどねぇ。魔力操作が上手い人は魔術師になっちゃうよね」
魔力操作……私は錬金術作業でも使うのだが。なので彼らの言う「錬金術師だから魔力操作なんてできない」という発言を聞いてもよく分からなかった。そもそも人工魔石の製造工程で「できない」と言う声を聞くまで他の人も自分と同じように魔力操作を使って錬金術操作を行っているのだと思っていたから。
そうすると、ほとんどの錬金術師は魔力操作しないで魔帯物質の加工をしたり魔術回路書いたりしてるって事よね。逆にそちらの方がすごいと思うのだが、一体どうやっているのだろう。
私は食事を続けながらまた上の空になってしまいそうになる。
私も魔力操作は苦手だったがやっているうちにどうにかこうにか「得意ではないけど使い物にはなるレベル」にはなったから、今は苦手と言いつつも他の人もすぐ習得できると思っていたんだけど……。
「うーん……俺は錬金術師の資格ないから乱暴な事言っちゃうけど。この件については誰でも教わっただけで出来るようになる方法っていうのは……存在しないんじゃないかな? 頑張って習得してもらうか、魔道具で補えるならそれを使うしかないと思う」
「フ、フレドさん、あまり過保護な発言は良くないと思います……! 自分で分かってるので! もっと良い教え方があるんだろうなって……」
流石に間違った教え方はしていないとは思うんだけど。でも最適解ではないんだろうな。
「いやぁ、理屈を教わっただけじゃ出来ない事ってたくさんあるじゃん? もっと良いマニュアルが用意できればってリアナちゃんは思ってるみたいだけど……例えば楽譜があれば誰でもその曲が弾ける訳じゃないでしょ? いくら教え方が上手くても教わったばかりの素人がいきなり楽譜通り演奏ができるようにはならないんだよ」
そう言いながらハッとした表情を浮かべたフレドさんは、「まぁリアナちゃんは教わってすぐ出来るようになってたのかもしれないけど、普通は何回も…何十回、何百回も繰り返して練習しないと身につかないから」と説明を加える。
いや、もちろん私だって、すぐに習得した技術なんて無いですけど!
「苦手って言うか、中には練習しても出来るようにならない人だっているだろうし」
「そうじゃな。琥珀もいまだにアンナみたいに薄くキレイに芋が剥けん」
「はは、たしかに。琥珀が剥くと一回りはちっちゃくなっちゃうからな。でも最初は今よりさらにもう一回り小さくなってたから、だいぶ上手くなったと思うよ」
「ほんとか?!」
「うん、だからリアナちゃんも……他の人は技術を身につけるのにリアナちゃんが考えてるよりずっと長い時間がかかるって考えないとだと思う」
完璧なマニュアルがあったとしても技術が伴わなければ作れない。その発言に私の中の意識が変わった。つまり……お父様みたいに上手く教えられる、お父様に教わった時の私みたいにすぐ習得するって……慢心していたんだ、恥ずかしい。
自分だけでモダモダ考えるんじゃなかったな。魔力操作は引き続き訓練を続けてもらう必要があるけど、精密な魔力操作を可能とする方法を早急に用意しないと。
なら明日まずやる事は魔道具作りだ。錬金術師ギルドで参考にできる技術について一通り、朝一番で調べよう。




