新製品開発の行方は
琥珀は孤児院に馴染んでいっているようだった。最初の数日だけ、私とアンナが交代でちゃんと勉強しているか、周りの子供と問題を起こさないか見学しに行ったけどまったく支障なさそうだったしミエルさんもお墨付きを与えてくれたので今では一人で行かせている。
琥珀はたった一人で竜種も討伐できるくらいに強いのに、習った文字をこうして自慢げに披露している様子は普通の子供にしか見えない。そうね、昨日できなかった事が新しく出来るようになるのってとても嬉しいよね。
「琥珀はもう何も見ないでウェルド語の大文字が全部書けるのじゃぞ!」
「すごいね、この前勉強始めたとは思えないよ」
「そうですね~。家に帰ってからも頑張ってるからこんなに早く覚えられたんでしょうね」
「ふふーん」
編み物をしているアンナに石板に書いた文字を得意げに見せている。その後私ももう一度自慢されたので、さっき見たよとは言わずに一緒に褒めておく。最初はノートと鉛筆にしようと思ってたけど、「孤児院の子供にも同じものを贈るんでしょ? それだと気軽にたくさん使って学びづらいと感じると思う」というフレドさんのアドバイス通りに石板と石筆にして良かったな。
「そうだな~。話に残る英雄ってのは頭も良かったからね。特に一番有名な『勇者』は彼の書いた日記を元に伝記が作られたからなぁ。英雄なら活躍を日記にしないと」
「フレドの話をきくわけじゃないが、そうじゃなぁ。強き者となる琥珀には、活躍を記すものが必要じゃな」
今夜のお皿洗いの当番のフレドさんが背中を向けたまま声をかける。琥珀を操縦するのが上手いなぁ。私も参考にしよう。
アドバイスもそうだけど、フレドさんは話し方が上手いのよね。
明日、帰り道でお店に寄って日記に使うノートを買ってあげる事にした。「この日記にカッコよく書きたい」と琥珀のやる気に火をつけるようなものが見つかると良いんだけど。
「リアナちゃんは今日、開業準備だっけ」
「はい、錬金術工房として並べる商品を作るつもりです」
「そうだね~……あー、でも確かに俺が『これじゃ全然足りないと思う』って言っちゃったけど、無理はしないでね? アンナさんも心配するし」
「大丈夫です! 勉強を頑張ってる琥珀に負けじと私も頑張ったおかげで、作業もはかどってあの時の倍は用意できたので」
「嘘でしょ??」
帰りは迎えに来るから一緒に文房具を見に行こう、約束した琥珀と別れて錬金術師ギルドの方に向かいながら話をする。
安心させようと胸を張ってそう言うと、フレドさんをとてもびっくりさせてしまう。なんだそれなら安心だねって反応になると思ってた私は予想と違う手応えに戸惑った。
「いやリアナちゃんがそういう冗談言うタイプじゃないのは分かってるけど。分かってるからこそというか……無茶なペースで作ってない? ほんと大丈夫? 俺は魔道具なんて全然詳しくないけど……あれが簡単に作れないのは分かる……」
やたら心配するフレドさんの不安は解消されず、錬金術ギルドの作業スペースに見に来ることになってしまった。今日は冒険者の活動を休んで安息日にすると言ってたのに、悪いなぁ。
でもほんとに無理せず作れるんだけど。同じことの繰り返しだけど、短縮できることは効率化して、操作を繰り返すたびに習熟していっただけなのに。
「いや、買う予定だった本は取り置きしてもらってるから帰りに寄ればいいし。それに本よりもリアナちゃんの方が予想できなくて……うん、そうだな。面白そうだから」
「もう、何ですかそれ」
何だか不自然な言い訳までして私の心配をしてくれるなんて、良い人だ。娯楽本を上回る驚きを提供できるなんて、ちょっと言いすぎだと思うけど。
「言っておくけど、大げさに言ってないからね。アンナさんに聞いても絶対同じ反応すると思う。賭けてもいいよ」
本気にせず笑う私に対してフレドさんが真顔で告げた。そ、そんなに……?
やっぱり私って一般常識から離れてるんだなぁ……。笑い話にしたけど、今の会話のどこがそんなに驚かれるのか全く分からなかった私は、今日帰ってからアンナにこっそり何がおかしいのか聞こうと心の中にメモをした。
「んー……ではここの所やっていたように、普通に作ってみますね」
「じゃあ俺は見学してるね~」
この前3人がやってきた時に手伝ってくれたのを思い出す。家に居た時はアンナか、コーネリアお姉様の研究室の方が助手として介助してくれていたな。一緒に料理を作るのに似てて好きだけど、一人自分のペースで黙々と作業するのも良い。
「単に効率化が出来ただけなんですよ。ほら、クズ魔石を粉にするのは頼んでやってもらってるので、これだけで大分違いますし」
「琥珀のお世話になってる孤児院の子供に頼んでやってもらってるんだっけ」
「そうです。魔法を使わず手で挽く必要があるのですが、子供だと熱が発生するほどの力がかからないからむしろ仕上がりが良いんですよね」
仕事として発注しているので当然お金も払っている。街でお小遣い程度のお金を稼いでる子もいるが、需要に対して依頼の方が少ない
魔石を粉として挽く道具や手袋に加えて、粉塵が舞い広がらないように設置したテントの仮設作業スペース、粉塵を吸い込まないようにするためのマスクに髪の毛や体を保護するガウンなど考えられる限り用意している。
作業に従事する子供の管理のついでにと、孤児院の子供全員を週に一度健康チェックしているが、別に逸脱はしていない。必要な配慮である。
体に魔石の粉塵が付いたままだと肌や目を傷つけてしまうから、と作業後入浴するのに必要な石鹸や、お湯を沸かす燃料も援助しているが、やはりこれも必要経費になると思う。沸かしたお湯がもったいないから作業に従事する子供以外も湯あみをするべきだと進言はしたけど。このくらいは良いだろう。だって本当にもったいないし。
一度フレドさんには説明したので、必要ないかと判断して黙々と作業を続ける。まず粉にしたクズ魔石を物質的・魔力的な不純物を限りなく取り除いた純水に溶かす。錬金術用の石英フラスコに入れて栓をして良く振り混ぜる。
そこに一般的なスライムの体液から作り出せる、トロミのついた水色の液体を注いでダマが残らないようによく混ぜる。ああ、このあたりの作業は商業ラインでは人に任せるつもりであるが。攪拌だけの単純作業なので魔道具も作れるけど、人を雇用した方がいいかと思って。
よく混ざって、安定した懸濁液になったら別種のスライムの体液から抽出したピンク色の液体、あらかじめ必要量を量っておいたこちらを一気に流し入れる。ここからはスピード勝負だ。
もう一度栓をして慌ただしく振り混ぜて、粘度が落ちてサラっとした液体になったらすぐに用意しておいた型に流し込む。均一な紫色、うん、きちんと溶けてる。
気泡がなるべく入らないようにドバっと流し込み、枠の縁に手を当てて、今流し込んだ液体を「自分の手の延長」とするように体の中心を通って左手から右手に向かって弱い魔力を循環させる。流してる私の魔力に従って、可能な限り細かく、粉となった魔石の結晶の向きが揃っていく手ごたえを感じる。バラバラの方向を向いていると抵抗として感じるから分かりやすい。
抵抗がなくなったら一瞬だけ、同じ性質で大きな魔力を流して、完成だ。さっきまでトロトロした液体だったのが、魔力でかけた圧に反応して凝固している。うん、きちんと固まってる。
「ほんとだ……大分時間が短縮されてるね……」
「反応までの時間が短くなるように調整したんです。必要な魔力も少なくなりました。作業に慣れて、一定の強さで魔力を流して結晶の向きが揃うまでにかかる時間も大分短くなったんです」
「い、いや、その精密な魔力操作はやろうと思えばできる事じゃないから。だって……ちょっと乱れてたら向きが揃わないんでしょ?」
「慣れたらそこまで難しくないと思うんですけど……ちょっと息を止めて、定規を使わずまっすぐな線を引く……そんなイメージですね」
この「結晶の向きが揃う」と「それ全体で一つの大きな魔石」として扱えるようになるのだけど。これを「人工魔石」と名前を付けて販売する事にしたのだ。
やってる作業も原理も難しい事ではないのだが、微小粉末にした魔石の結晶の向きを揃えるために一定の魔力を流し続ける技術(性質や強さなど乱れがあるとうまくいかない)がちょっと私以外の錬金術師で再現できていないので技術として売るんじゃなくて作った人工魔石を販売する予定になっている。
すぐ真似される……上位互換の技術が開発されて需要はなくなると予想していたので、フレドさんのアドバイスとはいえこんなに在庫を作るのはちょっとドキドキしていた。でもリンデメンの領主様経由ですでにたくさんの注文が入っているので、しばらく商売は出来ると思う。
強い魔力を流すと凝固して、でも魔力の流れにほぼ影響しないという、この人工魔石を作るのに必須であるスライム由来の成分の製作技術については特許を取った。なので、世の中の天才達がいつこれより素晴らしいものを生み出すか……これについてはもう運かな。
その運が良ければこの人工魔石で錬金術師としてそこそこ成功できると思う。
「でも何度も言うけど。これは本当に素晴らしい技術だから、リアナちゃんが思ってるよりすごい事なんだって自覚を強めないとダメだよ」
型にはまった人工魔石を、魔力的絶縁物質のシートの上に取り出してそれでくるりと包む。凝固したと言っても「失敗してとても固く出来てしまったプリン」くらいの強度なので、乱暴に扱っては割れてしまう。
割れたら割れた大きさに見合った出力しか得られないのは普通の魔石と一緒なので一応取り扱いには注意が必要だ。
これを販売すると決めるまでにもフレドさんが関わっている。
領主様に保護してもらえるような存在にならないと、となった時。とりあえず一番就業者の少ない錬金術師で重宝してもらえるものになろうと考えた。学ぶのにお金がかかるからそもそもなり手が少なく、錬金術師というだけでどんな場所でも働き口には困らないと言われている。だから何とか引き留めてもらえる、役に立つ錬金術師を目指そうと思っていた。
あれは何の魔道具を売ろうかと試作品を色々作っている時だった。子供が楽しめる映像が天井に投影されるものや、今までの録音機と違い起動が一瞬で録音のし逃しが起きにくいものなど、「需要はあるけどこれを作った錬金術師が特別重宝されるかと言うと、それはないだろうな」というものしか候補になかった。
当の私は世の中のヒット作って狙って作れるものでは無いし、たくさん出せばもしかしたらどれかが予想外に売れるかもと、最初から数を打てば当たる(かもしれない)方式で活動する予定だったのだが。
錬金術に使う器具を動かしている、初期タイプの人工魔石を指さして「これは何? ここ、動力になる自分の魔力を流すか魔石を繋ぐところだよね?」と聞かれたのがきっかけだった。どういうものかを説明した途端に、とても慌てたフレドさんが食い気味に叫んだのだ。
「いや、これを売りなよ!!」
正直私は需要があるなんて思ってなかった。魔術の訓練も毎日しなければいけないから、錬金術だけに魔力を使う訳にいかない、でも器具を動かすのに全て魔石を使うなんてさすがにお金の無駄だから、と不足を補うためだけに生み出したものだったから。
生み出したとは違うか。遺跡の魔術儀式などで「これを組み合わせたら動力として使う魔力を確保できるのでは」というものをたまたま見つけて試行錯誤して何とか形にしただけ。すでにそこにあったものを、私は組み合わせたにすぎない。古代文明の文字が読めたから、遺跡で儀式として使われていた魔導回路が解読できたおかげだけど。それだけ。
錬金術にだけ魔力を使うなら気にしなくて良かったし、そもそもお父様みたいに底なしとも言える程の魔力容量があればわざわざ手間をかけなくて済んだのに、くらいにしか考えていなかった。
フレドさんに初めて、錬金術の器具を動かすだけじゃなくて、これをもっと大きな規模で作ったら「高騰してるようなサイズの魔石の代わりに出来るんじゃないの?」と言われて……そこで初めて考え直したのだ。
ただ大きいサイズで作れば良いわけではなかったので改良もしたが、基本は変わっていない。
理論上はもっと出力が出せると思うけど、それにはさらにクズ魔石を小さく砕かないと近付けられないだろう。技術的な問題が関係してるのでこの次はまた粉砕の過程を見直さないと。とりあえず臼の改良をする予定だ。
でも天然物の魔石なら同じ出力のものなら子供の握りこぶし一つくらいの大きさで済むのに、人工魔石で再現するとこんなにかさばってしまうとは。私は蛇のような細長い形にするしかなかった人工魔石を見下ろす。同じ体積でも細長くした方が出力が上がるのだけど、ここはもっと改良した方が良いだろうな。さすがに使いづらいと思う。
魔石、全世界的に足りてないからこんなに嵩張っててこの程度の出力しかなくても、安定して手に入るなら需要は少なからずあると思うの。大昔とは違って大きな魔石を持つ魔物の数は年々減ってるし、都市の結界を起動できる出力の魔石なんて魔物では龍種しかいない。竜種でも個体によっては使えるかもしれないけど。そのくらい珍しい、貴重なものになってしまう。
でも今の時代竜種は保護がされてるから、討伐に普通は許可が下りないし。
現代では大きな魔石なんて、自国の魔石の鉱脈からたまたま大きくて質の良いものが出てくるのを祈るしかない。どこも需要がありすぎて外国に輸出できる余剰なんてほぼないから国内で採れるのを長蛇の列で待ってる状態だ。
個人ではまず手に入らない。有名な錬金術工房でも無理。手に入れるなら国が背後にいないと難しい。
「ほんとにこれは魔石の需要と供給が壊れるから。すごい事になるよ……って言ってもリアナちゃん本人がなんだか実感薄そうなんだよな……」
若干呆れのニュアンスを含めたフレドさんが「自覚してなくてもいいから気を付けてね」と締めくくる。
口に出しては言わないけど、私としてはちょっと過保護にしすぎだと感じてる。でも私の感覚が普通とちょっと違うのは今までの経験で学んでるので、それよりは少し技術流出などに気を付けるべきなんだろうな。
でもリンデメンの領主様を間に挟んで、本家に当たる侯爵家の名前で売り出すというのはやっぱりちょっと大げさすぎるように感じるのだった。




