手探り
ちょっと遅い昼食をとった私達は、市場に鉱物を購入しに向かう。観光ついでに街の散策もしながら。知らない街って歩くだけで興味深いものが見つかるから楽しい。
例えば町並み。建物の色が全体的にくすんだ色味をしている。これは空気中に漂う温泉の成分に建材の木や石が反応して色付いているのだと、地域ごとに記録された建築の本で読んだ。この近辺で産出する石材だけでなく、建っている建物も、築年数が長いものほど影響を受けている。
ここの地元民の人らしい人々の服装も。人が飲んでも影響はないが、温泉の成分がわずかに混じって酸性を示すここの水質では染め物の色の種類があまり豊富ではない。地元の人の服に落ち着いた色味の紺色の服が多いのは、それがこの地でも発色すると、昔から使われてきた染料だから。他の色を埋め尽くすように幅広い色合いの「青」が街を彩っている。
海底のように様々な濃淡の見える青に、この地域独特の文化を強く感じた。
町並みを歩いた時に思った、不思議と一体感のある印象を抱いたのはそのせいだろう。こうして細部からもその地の歴史や風土を感じると、ワクワクしてくる。
「お求めの鉱物が全て手に入って良かったですね」
「うん。それにこれなんか、すごく品質が良いの」
「先ほど箱一杯購入された緑色の鉱物ですね」
「そう。この硫緑は魔導回路を作るのに必要なんだけど、リンデメンではこんなに純度の高いものは出回ってないから。やっぱりデルールまで来て良かった」
質の良い錬金術素材を買うにはある程度の権力が必要になる。有名な工房が先に良いものは買い取ってしまうからだ。危険な素材だけじゃなくて、誰でも買えるものでも、一般人が買える市場にはそれなりのものしか残らない。
私とアンナが喋りながら歩いていると、アンナの隣から「ぐう~~」と可愛い音が鳴った。私と反対側でアンナと手を繋いで歩いていた琥珀のお腹の音だった。
「お腹減ったのじゃ」
「あら、琥珀ちゃん。もうお腹減っちゃったの? 少し前にお昼ご飯食べたばかりなのに……」
「とうに残っとらんぞ」
お腹が減ったとアピールするように鳩尾のあたりを撫でている。私達はこの時間に何か食べたら夕食に影響が出るけど、お腹が減ってるなら琥珀にだけ何か買おうかと辺りを見回して、ちょうど目に入った、屋台に寄る事にした。温泉の熱でふかした肉まんじゅうの、蒸し器から漂う良い香りに琥珀の意識が完全に吸い寄せられていたというのもあるが。
夕飯が全部入らなくなっちゃうから私達3人は炭酸水を注文する。色んな果汁を使っていて、甘くておいしいけどすっきりした飲み口だ。でもやっぱり温泉地なのでお酒の方がメニューが多い。
「んん、ん!」
串に刺さったふかふかの生地にかぶりつくと、琥珀の頭の上で獣耳がピンと立った。無言だけど、どう思ってるのかすぐ分かる。目がキラキラしてるし、金色の毛皮の尻尾が機嫌が良さそうに勢いよく左右にブンブンと振られている。
誰もとる人なんていないのに、まるで急かされたように食べている琥珀を見て、この子がいた、今までの生活の厳しさを感じてしんみりしてしまう。私が望んで弟子と言う形にしたが、これで良い未来になるといいのだが。
「ん~~すごく旨かったのじゃ……!」
しかし、満足そうな顔で、食べた後の串を当たり前のようにポイっと足元に捨てた琥珀にとてもびっくりしてしまった。一瞬理解が追い付かず、叱るのがワンテンポ遅れてしまう。
「……こら! ゴミをゴミ箱以外の場所に捨てたらダメでしょ!」
「ああ、前も言われた事あるな。何でじゃ? 他のやつも捨ててるぞ」
確かに琥珀の言う通り、足元には目の前の屋台の串が落ちている。誰かが他所の屋台で買ったものを食べ歩いたらしい、他の軽食の包み紙なども。でも「だから地面に捨てていい」という発想に何故なるのか……。
「人がやってても、ダメ」
「他の奴もこうしてるから、こうするんじゃないのか?」
その返しに私達3人は息を呑んだ。その発言がどうして出たのか、背景を理解してしまったから。
「……自分の出したゴミはゴミ箱に捨てなきゃダメよ。ゴミ箱の無い場所では自分で処理するか、持って帰るの。ここにはゴミ箱があるから、あそこに捨てないと」
「そうなのか」
私が指摘すると、素直に自分の落としたゴミを拾い上げてゴミ箱に向かう。その背中を見ながら、「こんな事すら教わってなかったのか」と戸惑いを強く感じていた。
「琥珀ちゃん……すんなりと教えた事を受け取ってくれるんですよね。お風呂の時も、大人しくしてるようにとか、お願いも聞いてくれましたし」
少し悲しそうにつぶやくアンナの声に、言いたい事を理解する。そう、どうして昨日見た時はあんなに話を聞かなかったのか分からないくらい、話をすればこうして素直に行動を改めることが出来ている。
なのに、なぜこんな事も知らないのか。誰も指摘してくれる人が居なかったのだろうか。確かに、琥珀を教育する義務なんて周りの人にはないけど……。
「うーん……環境も大きいだろうけど。現在の状況は本人の口のきき方のせいかな」
「口のきき方……?」
「うん。普通の人だったら……最初に『他の奴も捨ててる』って返してたけど。そう言われたら、『それを理由にルールに従う気はないんだな』って感じると思うんだよね」
「それは……そう思う人がほとんどでしょうね」
「まぁ本人はまったくそのつもりは無くて、ルール自体知らなくて目についた周りの真似をした。それがダメだって言われて、どうして? って意味だったんだろうね。でもそんな事周りは分からないから」
そうか、確かに。今までも同じ言葉を返してたなら、フレドさんの言う通りに受け止めて、注意してくれる人はいなくなっていたのだろう。
知らなかったら何をやっても良いなんて話はもちろん無い。けどこれについては教えれば変えていける事でもある。
「話が通じない相手ではないみたいだけど、大分教える事多そうだよ?」
「そこは……頑張りたいと思います!」
勢いよく言い切った所で、ちょうど琥珀も戻って来る。少し離れて見てみると、やっぱり間に合わせで買ってきたサンダルが少し大きすぎたように感じた。
きつくならないようにと目測した足より一回り大きいものを選んだけど、サイズが合ってないと危ないし。早めに買い直しに行かないと。
「琥珀ちゃん、注意されてすぐに直せたの、とても偉いですね」
アンナに頭を撫でられて、小さい子供みたいに喜んでる姿になんとも言い難い感情が湧いてきてしまう。これから良い方向になりますように、と思いを込めながら……嬉しそうに尻尾を振る琥珀の頭を撫でるのに私も参加した。




