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Space fox

 

「いやぁ……良かったぁ。深刻そうな顔でまず謝罪から話が始まったから、もしかしてやっぱりパーティー解消しようって言われるのかも……とか不安になっちゃった」

「そんな?! せっかくフレドさんと一緒に依頼受けられるようになったのに、そんな事絶対しません!」

「わ、わかったから! 近いよリアナちゃん!」


 あまりにも予想外の事を言われて、思わず前のめりになって否定してしまった。私に気圧されたフレドさんが顔を背ける。しまった、つい大声を出しちゃった。


「うーん無自覚の破壊力強いな……とりあえずその琥珀君は今頃アンナさんに洗われてるのかな」

「普通には落とせないくらい汚れてましたけど、そうですね、そろそろ終わってると思います」


 上がってきたら、私が尻尾と髪の毛を乾かしてあげよう。この気温では自然乾燥させたら風邪を引いてしまうかもしれないから。


「アンナ、ただいま……一人で任せちゃってごめんなさい」

「いいえ~、大丈夫ですよ。大人しくお風呂に入ってくれましたから、二人がかりでする程の事じゃありませんでしたもの」


 丁度浴室から出てきたばかりらしいアンナと、ぴかぴかに磨きあげられてタオルに包まれたまま放心してる琥珀が現れた。浴室の中で何があったのか、琥珀は口を半開きにして固まっていた。金色の瞳はどこか遠くを見ているようでどこにも焦点は合っておらず、何故かその背景に天文台から覗いたような星で満ちた宙を幻視する。


 それにしても、薄暗い茶色だと思ってたのだが、琥珀の頭髪と毛皮は瞳と同じ金色だったらしい。どうやら汚れて違う色味に見えていたようだ。

 獣耳の先端は焦げ茶色で、水を吸ってぺしょりとしているが犬より太い尻尾の先は毛皮の色が白い。山犬か、それに近い物の怪に関わる種だと思ったけど。どうやらこの子は……狐みたいだ。


「琥珀ちゃんが着てた服は洗ってももう服として着るのは無理そうですね」

「そうねこれでは……繕いの面積の方が大きくなりそう。琥珀、これ捨ててもいい?」

「……」

「なんだか心ここにあらずと言った感じね」

「ふふ、温泉がとっても気持ち良かったんでしょうね」


 微笑まし気に笑うアンナに、ひとつ思い当たる事があった私はそっと目を逸らした。表彰式などの慶事のたびに、何回も経験した私でさえ「ひええ……」となるくらい隅々まで磨き上げられていた事を。

 きっと同じフルコースを受けたのだろう。だって跡形もないくらいとてもキレイになってるんだもの。


「服、尻尾のある人種の子供用の穴の開いたズボンがなかったから、とりあえず簡単に着られるワンピースにしちゃった」

「なるほど、元の服は羽織ってから胴の部分を幅のある紐で縛る作りでしたけど、似たような着心地でしょうね」


 極力好みが影響しないような、シンプルなデザインのものにした。色味は元々着てた服の色味から暖色系だなと判断して赤味がかった茶色の生地で。……あ、汚れてたから元々はもっと鮮やかな色だったのかもしれない。まぁ次に買う時に好みを聞けばいいか。


「え、ワンピースじゃさぁ、女の子に見えちゃわない?」

「……あれ、フレドさん、問題でも?」

「いや、俺は本人が着たがったら性別関係なく好きな格好していいと思ってるけど……」

「フレドさん……もしかして、男の子だと思ってました?」

「え?」

「この子、女の子ですよ?」


 私は肩や骨盤の骨格で気付いていた。種族は違うけど体のつくりは人族で共通している。アンナも多分気付いてたと思う。男の子だと思ってたなら入浴の介助までしてないだろう。

 私と違って意図的に演技してたわけじゃないけど、男の子にしか見えない振る舞いをしてて正解だったなと思う。汚れが落ちた琥珀はとっても可愛い顔をしてたから。

 これはちょっと、他の服を用意するのが楽しみだ、と思ってしまう。色んな格好をさせてみたい。私を着飾らせたがるアンナの気持ちもこんな感じなのかしら。

 あ、それに。髪の毛も切ってあげないとだな、と伸び放題だったらしい髪の毛に触って、乾かしながら思案した。どんな髪型が似合うかな。


「……ええ?!」


 女の子だと、一人だけ気付いてなかったらしいフレドさんはじっくり思案した後声を上げた。その様子が喜劇の役者みたいな反応で、思わず少し笑ってしまった。



「さんざ水責めされてひどい目にあったのじゃ……」

「ちょっとやそっとじゃ落ちないくらい汚れてたから、仕方なかったんですよ~」


 次からはあれほど大変な思いはしないから、と言い聞かせられたが琥珀はむっつりとした表情を浮かべている。フレドさんはまだ琥珀に対して警戒を解いていないらしく、口数が少ない。うっすら口の端は上がってるけど、心からは笑っていない。観察するように琥珀を見ている。


「大人しくお風呂に入れたご褒美に……はい、琥珀ちゃん。私の分のデザートも、どうぞ」

「!!」


 暗い顔をしていたのがぱっと笑顔になった。デザートにと買ってきたお菓子ひとつで釣られるとは、思ってたよりももっと、手綱を取りやすいかもしれない。

 予定を変更して買ってきた軽食を部屋で食べてから市場に向かう事にしたけど、指示は守れるみたいだし、これなら外食でも良かったかな。


「お前は良い奴じゃな」

「こら、琥珀。お前じゃないでしょ」

「……アンナは良い奴じゃな」


 指摘するとそこだけ言い換えた。そこは直しても口調がまだ偉そうだが、言われてすぐに指摘された事を正せるのは良い事ではある。改善できた所については軽く褒めると、途端に得意げな顔をした。

 叱る所は叱って、ちゃんと褒めるところを褒めれば琥珀の振る舞いはわりとすぐに改善できるかも。問題行動を見つけるたびに注意して、こまめに褒めていこう。


 今までの発言から、孤児ではなく家族がいたのは何となく察している。でもこうして指摘してすぐ直せる素直さがあるのに、この子は常識をほとんど身に着けていない。報酬の簡単な計算も出来ないとか、学習面も気になるけど、生きるために普通は身に着く礼節すら。

 琥珀が起こしたのはたしかに悪い事だけど、本人のせいだけではない……問題を起こす原因を作った環境があったのでは、と感じた。

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