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見てしまう

 


 アンジェリカお姉様という天才からしたらやはりとても拙いのだろう。自分でも自覚はしている。正確に見たままを描けるだけで迫るものが何も無い。


 学生の中でのコンクールでは入賞しているが、技術的には私には劣っていても芸術として私の作品より優れたものを作る人は他にもいるから。

 アンジェリカお姉様は、当時から技術も誰より優れていた上に既にプロのアーティストと並ぶような作品を次々作り上げていた。

 10歳離れているアンジェリカお姉様は画材の匂いのする部屋でいつもキャンバスに向かっている姿が一番記憶に残っている。褒められたいだけでアンジェリカお姉様を超えたいと思ってすらいないのも飢餓感が無いと言われるのだろうか。


 アンジェリカお姉様は表現として、何か創作をする事がイコール「生きる」と感じるような人。心から芸術が好きだと伝わる、描かずにいられないんだと湧き出るような情熱を感じた。私にはないもの。

 私は褒められたくてやっている。表現したいものがあるわけじゃない。


「私はリリアーヌお嬢様が好きだから、どうしても贔屓目で……描いた絵も一番素晴らしいって思っちゃうので」


 そう言ってくれるのはアンナだけだ。

 こんな邪な気持ちで作った作品を手放しで褒めてくれて、いつも少し救われた気がしている。はっきり万人にとっての順位が存在するものではないからこそそう言ってもらえるのが嬉しい。



 それでも今日指導を受けながら描いた絵もお褒めいただけるような出来にはならなかった。

 アンジェリカお姉様の「お上手に描こうとしてるだけで何も心を打つものがない」という言葉はその通り過ぎて悲しみすら感じない。だって私にはどこがどうして悪いのかも分からないから。


「もっと作品を見てセンスを磨かないと。経験と知識が蓄積した中からしか人は選択肢が持てないのよ」

「かしこまりました。精進させていただきます」


 学園の往復の時間は休憩にあてていて、今日みたいに寝てしまう事も多かったけど画集を眺める事にしようかと私は心の中で考えていた。


 ぼんやりとしていると、話があると通された部屋にお父様もいるのに気付く。ご挨拶をした後に、ティーセットの用意された席に私とアンジェリカお姉様も着いた。

 話題は私が今日描いた絵についてになって、侍従の方がキャンバスを持ってきてくださるとお父様が「なかなか上手く描けてるんじゃないか?」と口にする。


「ダメね、まったくお父様ってば貴族のくせに芸術センスが全然無いんだから。このレベルの作品を買ったりしたら陰で笑われるわよ。分からないなら変に評価しようとしないで」

「アンジェリカこそ、自分には魔法の才能がまったく無いくせにリリアーヌの魔術について無責任な事を言っていただろう」

「私にとっては出来ない事だと思ったからそう口にしただけじゃない」

「まぁ、部外者から見たらそう思うのかもしれないな。……リリアーヌ、分かってない者の言葉は真に受けるなよ」

「……はい、承知しております、お父様」

「まぁ、失礼なお父様」


 これは褒めたうちには入らないのは分かっている。だからこれを真に受けて増長するなと言いたいのだろう。

 安心していただきたい。一番の専門家本人に否定されておいて、素人の感想が正しいなんて都合の良い事を信じるつもりはないから。


 一般的に見たらそこそこ見られる絵が描けてるのかもしれないがアーティストである『アンジェリカ』にとっては評価に値するものではないような作品なのはわかっている。魔術も、使えない人から見たら使えるだけですごいと感じる、それだけの話だ。真に受けたりしない。


 クスクスと笑うアンジェリカお姉様の声を聞きながら、全てにおいて至らない自分の不甲斐なさを恥じる。


 こうして家族としてティータイムを過ごしている部屋は、王族と親しい家の謁見にも使われているがプライベートなエリアのものだ。

 かかっているのはもちろんアンジェリカお姉様の絵で、一人目として産まれた王子が2歳になった記念に王太子様と並んで描いたものだ。

 幸せそうな家族。一番お小さいのに、王子に真っ先に目がいく。溢れるような光を感じるけど眩しくはない、教会の聖母を前にした時のような跪いて愛を乞う気持ちが湧く絵だった。


 ああ描いた人の思いが伝わると言うのはこんなものを言うのだろうなと改めて実感して、私も想いを込めた絵が描けたら家族は私の事を褒めたくなるかしらなんて考えてみた。



「それで、義妹になる子が……ニナだっけ? 今日到着するのよね。落ち着いたら城にも連れてきてね」

「……え?」


 義妹、とは? 

 何の事だと本気で首を傾げる私に、アンジェリカお姉様は面白そうに笑った。


「遠縁の子よ、14歳になっていきなり強めの光魔法が発現したから、その保護を兼ねてるんでしょう? リリアーヌと同じ学園に通うって聞いてるけど……?」

「いいえ……何も、私は何も……聞いてません……」

「やだ、もううちの末っ子ちゃんは……いきなり下が出来るからって拗ねてるの? かわい……」

「本当に、何も聞いていないのです。……お父様、何の話ですか?」


 私がどうやらふざけてるのではないと察したアンジェリカお姉様が言葉を途中で切った。

 気まずげに、ティーカップをゆっくり傾けながらお父様に視線を向けている。


「……聞いて……いなかったか? 家の事はジョセフィーヌに任せているからてっきり……」

「いつから決まっていたお話だったのですか?」

「地方で力を確認されて……保護されたのはひと月半前と聞いている」

「そうでしたの……お母様もお忙しかったのでしょうね。それで、私はどのように振る舞えば良いのでしょうか」


 聞いていない、どうして何でと癇癪を気持ちのままに表に出せるほど幼くはなかった。伝え忘れられていたのは何が理由だったとしても悲しさしか感じないが、起きた事はしかたがない。

 義妹となるニナという少女が今日やってくるのは決まっているのに、急に聞いて動揺してしまっているのは私の都合だ。

 慣れない環境で一番不安なのは彼女なのだから……


「没落しかけの男爵家でほぼ平民と変わらない暮らしをしていた娘でな。遠縁と言っても血のつながりもほとんど無くて……王宮の貴族年鑑の管理をしている部署の調べから、陛下よりの通達で保護できる力のある我が家に受け入れることになった」

「光属性は貴重ですものね」


 頭では分かっているフリをしているけど、やっぱりダメだ。一人だけ知らなかったショックがおさまらない。他の家族は皆知ってたらしい口振りなのに。

 今すぐ一人になって、言葉にできない気持ちのままに叫びたいくらいだ。


「連絡がうまくいってなかったようだな。まぁ急になってしまったが、リリアーヌも問題無いな?」

「はい、お父様。私にも妹ができる事、大変嬉しく思います」


 頭の中はぐちゃぐちゃになっているけど、頑張ったのにやっぱり褒めてもらえなかったと心の中だけで泣きじゃくって隠しているのはいつもの事なのでお二人に向けた笑顔に不自然なところは無かったと思う。

 良かった。いつも期待に応えられない情けない娘で妹だから、ここで自分の感情のままに嘆いて見せたりしたらきっともっと失望されてしまう。


 今日はお父様と二人で、出仕にお使いの魔導車で屋敷に帰る。いつもより更に口数が少ないお父様に生返事を返しながら、新しくできる妹について想いを巡らせていた。

 元々平民と同じような暮らしをしていて、いきなり保護だと言えど家族と離されて公爵家に連れてこられてしまいかなり戸惑っているだろう。

 急な事で私の感情は荒れ狂っているが、その新しく家族となる彼女に対して悪い気持ちは何もない。何か力になれたらいいなと漠然と考えていた。


 そうね……お母様とお父様も、お兄様お姉様達も素晴らしい方達だけど妥協を許さない厳しい所をお持ちだから……専門家としては一流だけど、これから学び始める子には少しつらいかもしれない。

 きっと学ぶ事も急に変わって大変だろう、初めて姉になるのだし、せめて私だけはたくさん褒めてあげたいと思った。

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