未知との遭遇
「どの屋台も随分並んでる……」
「人が多いですもんねぇ」
「それだけ人気の観光地なんだね」
でもそれだけにしてはフレドさんがちょっと遅いように感じる。
「飲み物の屋台、すごく混んでるのかなぁ」
「いえ……もしかしたらまたナンパされてるのかもしれません」
それを聞いて私は「あり得る……」と納得してしまった。リンデメンでは周りがフレドさんの知り合いばかりだから目立たなかったが、フレドさんはものすごくモテる。魔物寄せみたいな、何かそういう仕掛けがあるんじゃないかと不思議になるくらい女の人が寄って来るのだ。
ここまでの道中で何度もそんな光景を見てきた。また断り方も慣れてる感じが見て取れて、「言ってた通りよくある事なんだろうな」と感心もしたくらいだ。
「リアナ様も男性の目を道中大変惹いてましたが、高嶺の花に見とれるだけと言うか、皆様そこまで無作法をする人はあまりいませんでしたけど。フレドさんは付け入るスキというか、声をかけやすさがあるんでしょうか」
「私については全くそんな事ないと思うけど……フレドさんについてはたしかに、親しみやすいのかな」
3人でいたけどフレドさんだけ道を聞かれたりとかでよく声をかけられていた。フレドさんも人が良いから、自分も旅先なんで分かりません、で終わりにしないのだ。チケットを確認して、目的地に行くのにどの魔導列車に乗ればいいのか駅員に聞きに行ったりしてあげていた。
私達はその間、尋ねてきた老夫婦と一緒にいたけど、フレドさんみたいに会話が弾まなくて一人で焦ってしまった。私は言葉は通じるけど気の利いたトークなんてできなくて、アンナは老夫婦の言葉が喋れない。
結局、アンナが「どこから来たんですか」とか「まぁ、お孫さんが生まれて会いに行くなんて、楽しみですね」と話題を提供してくれて。私はほぼ通訳のような事しかしていなかった。
こうして率先して人助けに関わる際、あっという間に相手の警戒を解いてしまう話術も笑顔もフレドさんの長所ではあるが。あまりに親しみやすすぎるのか、女性からの声掛けが多い。リンデメンに来る途中も何回か見たけど、さすがに多すぎて異常に感じる。あの時は家出で「もっと遠くに逃げたい」って気がはやる気持ちが大きかったのか、自分の事で精いっぱいだったから意識してなかったけど……。
私が「女性」とは貴族令嬢しかほぼ知らないから、市井の女性の行動が積極的すぎるように感じるのかと思ったこともあるが。実際周りの人も不思議に感じてる人はいたから私が世間知らずなだけではない……と思う。
今回もフレドさんが女性に掴まってるんじゃないか、と推測した私は「ちょっと見てくるね」とアンナに声をかけて席を立った。いつもは上手い事逃れてるけど、飲み物を買うために行列から離れられなくなってるんじゃないかと思って。
「そうですね……リアナ様が迎えに行ったら、すぐ諦めるでしょうね」
「諦める? 何を?」
「いえいえ。リアナ様はどうか純粋なままでいてください」
アンナが変な人に絡まれないかも心配だし、サッと行ってすぐ戻ろう。フレドさんが買いに行った方向、飲み物系の屋台……とキョロキョロしながら歩く私が見たのは。
「どわあぁっ?!」
ふっ飛ばされて宙を舞う男の人と、その放物線の着地点にいた親子を庇って自分が代わりに下敷きになるフレドさんの姿だった。
「ぐ……いって……」
「さっさと琥珀の金貨をよこすのじゃ!」
矢のような速さで視界の端から飛び出てきた小柄な人影は、フレドさんを半ば押しつぶすような恰好で着地した男の人に飛びかかろうとした。恐らく吹き飛ばしたのも同一人物だろう、このまま危害を加えられたら確実にフレドさんも怪我をしてしまう。
事情があるのかもしれないが、それを全く気にする様子なく追撃をしようとしているのだけは理解して、思わず間に割って入ってしまった。
「この盗人……ぬわあぁああ?!」
飛び蹴りをしようとしたのだろう、その側面から脚を掴んで自分の体で巻き取る様に勢いを殺して真横に放り投げる。しかしそれはたいした脅威にもならないようで、私に投げ飛ばされた小柄な人影はくるりと空中で一回転するとキレイに着地した。
……体格が小さいとは思ったけど、これは実際……子供……? 獣耳と尻尾に獣人だとは思うが、毛皮が汚れすぎていて何の種族か一目で分からない。獣耳の形で、犬の近縁だとは分かるがそれだけ。
その獣人の子供は私に吹き飛ばされて、警戒したまま不機嫌そうに薄汚れた髪の毛の隙間から私を睨んだ。あの瞳……珍しい色をしている。金色なんて……嫌な予感がした。
「おぬし……なんじゃあ?」
「通りすがりの赤の他人ですが……あのまま私の友人を一緒に蹴り飛ばされてはたまらないので、思わず介入しましたけれど。敵意はありません」
下敷きにされたフレドさんを守るために割り込んだだけなので、喧嘩を売っているわけではない。今見ただけでは吹き飛ばされた人とこの吹き飛ばした子にどんな事情があるかは分からないし、申し訳ないがどう見ても厄介ごとなので、首を突っ込みたくない。
このまま退散させてもらえないだろうか。聞いてはくれなさそうだけど。
「喧嘩なら当人同士で解決を。こうして往来で騒いで周りの人を巻き込まないでください」
「ケンカじゃない! 琥珀の金貨をこやつが盗んだのじゃ!」
「盗んだなんて!! とんでもない、そいつが獲物を売り物にならなくしちまったから、分け前の報酬が少なくなっただけだよ!」
盗んだ、と不穏な言葉を聞いて思わずフレドさんを押しつぶした青年を見ると、「心外だ」というように食い気味に否定をしてくる。
言いがかりで怪我でもしたらたまらない、と「うまくやれば金貨10枚の稼ぎになった」「それが4枚にしかならなくて」「そいつを入れて5人だけどパーティ-外だからって1枚渡してる」と、まくし立てるように説明してくれた。
……なるほど。それが正しいなら、非はこの「琥珀」という少年……少女? ともかくこの子にあるようだが。
「誤解があるようです。話し合いをされては?」
「そう言ってごまかす気じゃろう。……ははーん、さてはお主もこの盗人めらの仲間じゃな?」
「どうしてそうなるのでしょうか……」
自分の理解できない思考回路をしている人を目の当たりにして、ただただ困惑する。一応悪意を向けられてはいるが、戸惑いの方が大きい。何故あれで「盗まれた」になるのだろう……?
「ならば容赦は無用……! にししっ! あの伯母上も、『やられたらやりかえして良い』とはおっしゃってたからのう……!」
今は疑問符を浮かべて考え込んでいる場合ではない。目の前の子供は「やり返す」と言いつつ、周囲にゆらめく炎を浮かべ始めた。どう見ても金貨1枚の報復にしてはやり過ぎだし、そもそも言いがかりなのだが。しかもこれでは放っておいたら確実に周囲も巻き込んでしまう。
さっきアイコンタクトをしたフレドさんは一旦ギルドの中に入ったと思ったら、いつの間にか周囲の野次馬に避難誘導をはじめていた。ギルドに知らせたならきっとすぐ高位ランクの人が助けに入ってくれるはず、それまで私が何とか出来ればいいのだが。
一般人を巻き込む場所で戦闘なんて私も本意ではないが、場所を変えようと言っても聞いてくれそうにないので仕方がない。休暇として過ごしていたので防具は身に着けてないけど、この旅行でも使ってるマジックバッグには武器を含めて冒険者活動中に使ってたものがほぼそのまま入ってる。少しの間なら何とかできる……はず。
勝ち負けではない、高位ランクの強い冒険者が来るまで、周囲への被害を避けて空に向けて魔法を逸らすだけ。よし。
「天誅じゃぁ!」
「……っく、」
しかし、予想していたよりも重い手ごたえに歯噛みする。なんとか細剣にまとわせた魔術に絡めて無理矢理上空に放ったけど……おかしい。炎系だと見て、水属性の魔術を編んだのに。ほとんど相殺できなかった。
威力は問題なかったはずなのに、どうして……と逃げ腰になりそうになってさっき感じた「嫌な予感」を思い出した。たしかに個人差はあるけど、それにしても獣人に魔法使いは少ないはずなのに。それに金の瞳……もしかして本当に、獣人じゃない……?
「人間にしてはなかなかの手練れじゃ……ならばこれはどうじゃあ!」
「生命の守護たる水よ……、違うっ」
ゆらめく炎にあわせて振りかぶった手。人差し指と小指を立てて、残りの指3本をつけた……動物の顔を模していると聞いた、特徴的な手振り。
それで確信した私は、展開しかけていた強力な水属性の魔術を急制動して違う魔術を構成し始めた。でも……っ気付くのが、遅かった?! ほんと、ウィルフレッドお兄様の言った通り……ちょっと強い相手じゃこうして実戦で使い物にならない!
「浄化の聖なる炎よ来たれ!!」
「なんっ……琥珀の狐火が負け……にゅ、にゅわぁああ!!」
真っ白い炎が細剣に纏わりつくように立ち昇って、対峙する獣耳の子供の生み出した揺らめく炎を飲み込んだ。
思いもしなかったのか、攻撃手段が無力化されたことに動揺しているスキをつく。マジックバッグから取り出した瓶の中身を顔に向かって飛ばすと、粘性のある塗料であるそれは思惑通り標的の鼻と口にべったり張り付いた。
「ぎにゃぁああああ! くさい! くさいくさいくさい!」
「ちょっと可哀そうに見えますが……危険性を考えて拘束させてもらいます」
今かけたのはこの前採石場で作った魔導回路用の塗料の、失敗作だ。火を通し過ぎたのである。飲むならともかく毒ではないし、人間の鼻ではそこまで気にならないが、狐の性質を持った体ではこうして鼻と口にかかったらさぞかしつらいだろう。
臭い、とそれ以外を考えられなくなっているであろう獣耳の子供を素早く無力化する。
私が、服がボロボロの小さい子供を虐待して見えると思うが、今は見知らぬ土地での私の評判よりも周囲の安全確保が第一なので許して欲しい。
魔物に使う、聖別してある縄でしっかり両手足を縛ると「何でじゃ?! 力が出ないのじゃ~」と哀れっぽい声を上げ始めて。自分が更にひどい事をしてるように思えたけど、さっきまで街中でとんでもない威力の魔術を人に向けて放とうとしてた事実を鑑みて手は緩めなかった。
いや、魔術……ではないか。たしか巫術……だっけ? 正確にはもっと細かく分類されるけど、皇を含めた東方の一部にある、魔法に似た技術だったはず。「五行」ってもので成り立つ、その一種だと思う。気付くのが遅れてしまって、危うく被害が出るところだった。もしあと少し遅かったら……と、周りの人だかりに視線を向けた。
自分の失敗を思い浮かべてぞっとして、今更背中に汗が流れる。
魔術の専門家のお父様なら一目見ただけですぐ分かったと思うけど……私はやっぱり何をやってもちゃんとした一流の仕事が出来ないから、ダメね。もっと頑張らないと。今回は運よく何とかなって、良かった……。




