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一難去ってまた一難



 リアナちゃんに繋がれた状態で、採石場からここまで走らされたらしいデューク達はクタクタのヘロヘロになっていて、特に苦労なくギルドまで連行する事が出来た。「抵抗を諦めて素直に走ってついてきていた」と彼女は言っていたが、ただ単に「走るだけで一杯一杯で、抵抗なんてする余裕がなかった」が正解だと思う。息継ぎもままならず、唾液を飲み込むことすら出来なかった状態で、顎まで汚れていたから。

 リアナちゃん、普通の人は全速力で走らされながら魔法を使えないんだよ……。


 走りながらってことは呪文をまともに口にできない。詠唱しないで魔法を使える人がまず希少だし、それが出来る人も「全力疾走しながら」なんて集中できない状況ではまともには魔法を使えないと思う。

 まあリアナちゃんだったら出来るんだろうけど。こいつらがこんなに満身創痍になってるというのに、けん引してたあの子は息すら乱れてなくて、その状態で後ろも警戒していたみたいだし……。


 なるべく騒ぎにならないように、裏口の方から声をかけて顔見知りの職員に対応してもらったが、当然だが人目はゼロではない。ここまででも俺に声をかけてきた人も何人かいたし、言葉を濁してその場を後にしたけどしばらくは周りがうるさそうだと少々げんなりする。

 とりあえず……俺がデュークとトラブル起こしたのは大勢の人が知ってるし、このまま俺がこの件の中心として振舞えばいいだろう。


 リアナちゃんから聞いた、こいつらの発言から推測する内容が内容のため事件について詳細を広げたくない。リアナちゃんが目立っちゃうのってのももちろんあるけど、被害者になった人達がまた傷付くことになってしまうから。

 対外的には……リアナちゃんに付きまとってるデュークが犯罪レベルの付きまといをし始めたため、さすがに看過できずに反撃した……って事にしておけば良いかな。


 ……女癖が悪くて常に何股もしてるって話や、その付き合ってる女性達にどうやら貢がせてもいるらしい、なんて話は耳にしていた。あの中に、脅されていた被害者が含まれていたのかもしれない。一応顔見知りではあったが関わろうとしなかったのを後悔してしまう。善人じゃないのは分かっていたが、ここまでの悪党とは。

 いや……現実的に考えて、俺にそんな義務はないのだ。取り締まるべき立場だったのは冒険者ギルドや巡察隊で、俺はただのいち冒険者でしかないのだから。

 知り合いでも、助けを請われたわけでもないのに。「気付けていればもっと早くに助けられたかも」なんて、正義のヒーロー気取りで悲壮感に浸る立場ではない。

 

 気合を入れ直した俺は、改めて現実的にこの件を考え始める。俺は冒険者関係にはそこそこ顔が広いが、巡察隊のお偉いさんには知り合いはいない。デュークはリンデメンの領主の親戚なんだよな……父親同士が従弟という、結構遠い関係だが。裏社会の人間とのつながりと、領主との血縁関係については本人が脅すようによく口にしている事なのでこれは割と誰でも知っている。

 この街の領主である子爵はまともな領政をしいているのでデュークとは違うと思うけど、本人の人となりを俺は知らない。もみ消されるとまでは思っていないが、全幅の信頼もしてないので冒険者ギルドが中心になるべきだろう。

 冒険者の起こした事件なので、一応規則通りでもあるし。


 リアナちゃん、また「騒ぎを起こしてしまった」とか変な心配してないかなぁ。……いやめっちゃしてそうだな。「犯罪を暴くきっかけになってむしろ大活躍」「今だけじゃなくて将来の被害者も救われたんだよ」ってたくさん褒めまくらないと……(使命感)


 採石場に向かう道でリアナちゃんの姿を見るまでは、ほんとに生きた心地がしなかった。実力は知ってるけど、だからって心配する気持ちは消えない。

 一人で男四人叩きのめす力があってもだ。あの時、声をかけた俺を見つけて安心したような表情を浮かべたリアナちゃんを見て、ホッとしすぎて泣きそうになったし、「もっと笑顔にさせたい」と心から思った。

 俺がリアナちゃんの事が好きだからってだけじゃなくて……過去の話とか聞いてるとさぁ、この子の未来には幸せだけが存在して欲しい……頼む……って神に祈る気持ちになっちゃうんだよね。

 この前の誘拐事件もそうだけど、リアナちゃんには早く平穏な日々が訪れて欲しい。いや当然、事件起こした奴が一番悪いし、子供が助かって良かったって心底思ってるけど。




 デューク達を引き渡してそのまま職員に尋ねると、どうやらリアナちゃんは2階でギルドマスターのサジェのおっさんと副ギルドマスターのラスターノさんにダーリヤさんも加わって詳細を聞かれているらしい。

 ベテランで女性のダーリヤさんがいるなら問題ないだろう。言葉を濁していたが、魔道具に記録されていた映像も証拠として「慎重に取り扱っている」と言っていたので俺がこれ以上出来る事はなさそうだ。

 本音を言うと事情を聞かれてるリアナちゃんに同席したかったのだが……我儘を言うのはやめておこう。


 デュークの行動を知らせてくれたアッシュさんには後でお礼言いに行かないとだな。

 話が終わったら今日は仕事も終了にして一緒に家に帰ろう。リアナちゃん、変なのに巻き込まれて気疲れしてるだろうし、何かデザート御馳走しようかな。俺は自分自身もお気に入りとしてよく利用しているパン屋を思い浮かべた。ケーキや焼き菓子も売ってるのだが、素朴な味でとても美味しいんだよね。

 あまりお菓子ばかり買ってこないでください、とリアナちゃんの母親のような事を言うアンナさんも今日は特別扱いしてくれるだろう。

 夕ご飯はいつも通りリアナちゃんの部屋にお邪魔させてもらうのだが、予定外に空き時間が出来たし、ごはんの時間まで自分の部屋でも片付けてようかな。


 また後日話を聞かせてもらうそうだが、今日はもうすぐ終わるよと言われた通り。俺がギルドの正面ロビーに足を踏み入れようとしたタイミングで受付横にある階段から誰かが降りて来た。ちょうど話が終わったようだ。


 ダーリヤさんと一言二言、言葉を交わして軽く会釈したリアナちゃんは誰かを探すように、混み始めたギルドの中に視線を巡らせる。ここだよ、と声をかけようとしたところでリアナちゃんに駆け寄った人影が彼女の前に立ちはだかった。


「あの! リアナさん……いい加減フレド君に頼って迷惑かけるの、やめてください!」


 え、俺の事? と面食らったのもあるけど。情報量が多すぎてとっさに言葉が出てこなかった。リアナちゃんは何でも一人で解決しちゃうからむしろもっと頼って欲しいし、「迷惑」の心当たりもないし、そもそもこの人は……何視点でこんな事を言ってるんだ? と思って。

 彼女とは個人的な付き合いはない。リアナちゃんの依頼でアンナさんを迎えに行くためにパーティーに同行させてもらったけど、それだけだ。好意を向けられてるのは察していた。けどデートのようなものを提案されたけど断ってるし、それで脈なしと諦めてくれたと思ってたんだが。

 まったく想定外の事態に直面すると、人は固まってしまうのだと体験した。


「ミセルさん……でしたっけ? あの……」

「この前お願いしましたよね? フレド君に甘えるのはやめてくださいって。なのに今日もまた問題起こして……あの人は優しいから親戚の貴女を無視できないだけで、本当はすごく困ってるんですよ……!」


 甘えてもらった覚えなんて無いんだけど?! と反論しそうになって我に返った。違う違う、今はそんな事言ってる場合じゃない。

 その発言を徹底的に否定してしまいたいという、衝動で体が動きそうになって自分を戒めた。ダメだろ、この前と同じ失敗をする気か。一回深呼吸して、あくまでも冷静に声をかける。

 リアナちゃんは、ミセルさん越しに俺を見つけて気まずそうな顔をした。この前もってことは、前もこんな感じに言いがかりをつけられてるってことか。なるほどね。


「ごめんなさい……その、巻き込もうとは、思ってなかったんですけど……」

「リアナちゃん、俺は困ってもないし迷惑かけられてるとかも全く思ってないからね。そもそも、毎回俺が自分から首を突っ込んでるだけだし」

「……フレド君?!」


 俺に全く気付いてなかったミセルさんはそこでやっと振り返って、顔をこわばらせた。「違うの」と言ってるが、何がどう違うのか興味も無いし言い分を聞き入れる気はない。完全な言いがかりで、リアナちゃんに迷惑かけないでくれって俺が言いたい。


「はー……無関係の子を巻き込まないでください。ここじゃ人の目があるから別の日に、また話聞くんで」


 さりげなくリアナちゃんとの間に入って二人を引きはがす。こういう時にヒートアップしてる方は、放っておくと何故か俺じゃなくて恋敵(と勝手にターゲットにしてる子)に危害を加え始めるんだよ。けが人が出ると俺が諸悪の根源の二股クソ男扱いされるから今までは仕方なく仲裁してたけど、その経験が初めて役に立ったな。

 

「言いがかりじゃ……! だって、忙しいって断るの、この子のせいなんでしょ……?!」


 ここでする話ではない、と仕切り直しを提案したのだが聞き入れてもらえなかったようだ。痴話喧嘩か、と興味津々の周りの連中の目にげんなりしてしまう。

 オロオロしてるリアナちゃんに「大丈夫」と軽く手を上げて背中に隠した。


 俺は、俺が構いたいからリアナちゃんと一緒にいるだけなんだけど。むしろ視点を変えたら俺が付きまとってるように見えかねないと思う。

 仕事で関わる事もある相手だから波風立てたくないってやんわり断っていたのがまずかったのかな。彼女にとって都合の良いストーリーを作ってしまったんだろうと推測できて、失敗を悟る。いつの間にか「君」付けで呼ばれるようになったのも、やめさせておけばよかった。

 しかし忙しいって、リアナちゃんをリンデメンに連れて来る前から使ってる断り文句なんだけど……。いやこんな事考えてる場合じゃない、とりあえず収束させないと。


「俺がはっきり断らなかったせいで勘違いさせちゃって、そこはごめんなさい。けど、ほんと申し訳ないけど、そんなつもりはなくて……」


 素直に頭を下げたが「あ、ダメだ間違えたわ」と察した。俺の背後を睨みつけるその顔で、もうリアナちゃんの事を「敵」と認定しているのが分かってしまったから。

 あ~~……女心をもてあそんだ最低男として振舞って、一発殴られておくべきだったな……そしたら俺が「嫌なヤツ」って思われて、それで終わってたのに。


 嫉妬でリアナちゃんに筋違いの憎しみをぶつけられては困る、と否定しようと思った所でギルド職員が割って入ってこの話はここで終わりだ、と無理矢理収められてしまった。

 これ以上もめ事を起こしてくれるな、と言わんばかりに建物の外に放り出される。いや~俺絡まれただけなんだけどなぁ。……後でギルドマスターのサジェさんには説明しておこう。


「ごめんなさい……誤解はとこうとしたんですけど、うまく出来なくて……」

「いやいや! 彼女とは何もないから! 一方的に誘われてただけで!」


 好かれてるのは察してたけど断るのに毎回苦労してたくらいなんだよなんて、いらん事まで言ってしまった。リアナちゃんに変な誤解されたくないからって、本音を話し過ぎてしまったかもしれない。


「むしろ、巻き込んで迷惑かけちゃってごめんね」

「いえ……! いつも私の方が助けてもらってますから」

「じゃあ今日はお互い大変だったね、って事で」

「……それにしても、モテすぎて大変だなんて笑い話にしてましたけどほんとに大変そうですね」

「あー……それはね~……うん……」


 お断りする時の対応は大きく分けて二つ、ひたすら下手に出てその気はない事を説明するか、「迷惑だ」と逆に責めるか。これは結構博打になっちゃうんだけど、それを今回は間違えてしまったらしい。ほんとに勘弁して欲しい、俺は人間関係を円滑に過ごすために誰にでも常識的な態度を取っているだけなのだが。

 知り合いには「気にせず開き直って遊べばいいのに」なんて言われたこともあるけど冗談じゃない。怖いんだよ。こうして俺に変な執着向けて来る相手って全員、大小の差はあるけど狂気のようなものを感じるし。だからそんな選択肢、考えた事すら無い。

 けど自分の恋愛トラブルを、リアナちゃんに言いたくないな、なんて思ってしまって。つい「今夜の晩ご飯何かな」と唐突に話を変えていた。一瞬キョトンとしたリアナちゃんが、俺の下手な話題転換に気付いて少し笑う。


「ふふ……兎肉とじゃがいもがあったから、煮込み系のメニューですかね」

「いいねぇ、最近寒くなって来てたから……そうだ。今日は疲れを吹き飛ばすために、ちょっと甘いものでも買って帰ろうか」


 口実を付け加えて寄り道を提案すると、リアナちゃんが瞳をキラキラさせて嬉しそうな表情を浮かべた。それがあまりにも可愛くて、さっき感じた疲労が全部吹き飛ぶ気がする。

 いいなぁ、こんな日常が続くといいのに。




「明後日からラボロの方に行こうと思ってるんです」


 食後、思い出したようにリアナちゃんがそんな事を言い出して、満腹感からくる心地よい眠気を感じ始めていた俺は一瞬で目が覚めた。


「ラボロって……ここからだと日帰りじゃ行けない距離だよね……?」

「そ、そんな遠い場所に……?! リアナ様、何の御用ですか?」


 このあたりの地理に明るくないアンナさんに説明を兼ねて聞き返すと、やはり彼女も初耳だったようでギョッとした顔をしている。


「今考えてる、作りたい魔道具に必要な鉱石が、このあたりだと質が良いものが手に入りづらいから……交易地に行こうと思って」

「こ、鉱石かぁ……」


 名前を聞くと、たしかにリンデメンでは見た事のないものだった。依頼を出せば手に入るだろうが、高くついてしまうというのは分かる。しかし……ちょっと待って、ちょっと待ってよ……!

 俺とアンナさんがこんなに困惑しているのには、理由がある。3日後……明後日ラボロに向かうなら、その次の日は確実に戻って来れないだろう。その日は……リアナちゃんの誕生日なのだ。何を隠そう、数日前にアンナさんに教えてもらって、二人でそれぞれこっそりサプライズの用意を進めてるところだから。


 この様子では、本人は確実にその事を忘れているんだろう。「誕生日は祝われたりしたくない」なんてこじらせた反抗期みたいな事を言う子じゃないし。

 どうしよう……サプライズは諦めて「その日はリアナちゃんの誕生日でしょ?」って言ってみようか。アンナさんの方を見ると、やはり何を言えばいいのか、という感じの困った顔をしていた。

 そうだ。


「リアナちゃん……明日、領主邸に行くけど……もらう褒賞、決めてないって言ってたよね……?」

「はい。……お礼を受け取らないのも失礼に当たるので、ある程度のお金を希望しようかと思ってますけど……」

「どうかな? それ、旅行に行きたいって言ったら。ラボロじゃなくて、その鉱石が採れるデルールの街まで足を伸ばすの。紹介じゃないと泊まれない宿屋と温泉でゆっくり過ごしてみたいって、それを褒美にしてもらうのは」


 デルールは、リアナちゃんが今回求めているもの含めた火属性の鉱石の産地としても知られているが、採掘の最中に湧き出た温泉を利用した観光地でもある。むしろ温泉街って方が有名かも。

 冒険者としてではなく、旅行ならアンナさんも一緒に行ける。デルールにも魔導列車が通ってるし、ラボロよりかは遠いがこちらも1日で着く。……むしろ旅先で誕生日のお祝いってのも、いいんじゃないか?


「旅行……」

「そうですね。リアナ様はこの街に来てから必要な休み以外はとっていませんから。このあたりでゆっくり休暇をとってはいかがでしょうか」

「温泉の熱を利用した果物の栽培も盛んだから、美味しいものもいっぱいあるらしいよ」


 俺の意図を察したのかアンナさんも「温泉旅行」の話に乗って来る。うんうん、リアナちゃんって体調管理以外の理由で自ら休まないからね。目的なくまったり過ごす安息日があっても良いと思う。


「楽しそう……私、純粋な旅行ってしたことないから……行ってみたい」


 良かった~、リアナちゃんが誕生日を一人で過ごすって事態にならずに済んだようだ。親友と二人で旅行しながら迎える誕生日、きっと特別な思い出になるよね。

 また、キラキラした瞳になったリアナちゃんにじんわりと胸の中に温かいものが広がる。こうして、義務も勉強も関係無い、普通の女の子として楽しんで過ごす時間をもっと持って欲しい。

 俺のプレゼントは帰ってきたら渡そうか、アンナさんに渡しておこうか、ちょっと悩みつつその日は就寝したのだった。

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