特筆事項なし
それにしても、たまたま一番最初に子供を発見できただけなのに、皆さんから大げさに褒められてしまってなんだか居たたまれない。子供が無事だったのを喜んでるからと言うのは分かるけど、それを抜いても。
人命がかかってるから今回は「目立ってしまうかどうか」は考えずに動いたけど、こんなに手放しで褒めたたえられるような事はしていないのに。
例えばあのアジトに居たのがとても強い指名手配中の犯罪者だったとか、あの子が強力な魔法で存在を隠蔽されていて普通なら発見が遅れていたとかなら分かるけど。
でもそうではなかったし。子供は誰でも見つけられる状態だった。倒したのは戦闘訓練を受けてない、態度が悪いだけの素人と、ちょっと喧嘩慣れしてるのが一人だけ。格闘技の経験はあったようだけど、強くはない。
身を立てられるほどの腕があるなら普通はまっとうに冒険者や兵士として働いてると思うので、訓練を受けた私が勝てるのは当然なのだが。こんなに評価されてしまうなんて……。
あるいは、その解決方法が素晴らしいものだったなら分かる。
例えばあの場にいたのがウィルフレッドお兄様ぐらい腕が立つ人だったら、「様子を確認する」「不意を打つ」なんてしなくても何も考えず正面から入ってあっという間に一瞬で終わらせていただろう。お父様のような魔術師なら、アジトの外から魔法を展開して、内部の様子を知覚してそのまま子供の救出をして犯罪者達の捕縛もして見せただろう。それならこのくらいの反応も納得なのだが、そうではない。
実力以上の評価をされてしまうなんて。だがこうするのが部外者の私が解決してしまった巡察隊にとって都合がいいのだろうけど、嬉しいよりもなんだか悪いなと思ってしまう。
「最後の一人も出来たかしら?」
「はい、多分……見たまま描けてると思います」
「わぁ! とっても上手! これならすぐに捕まえられるわ!」
「す、すご……! 魔道具で撮影した絵みたいにリアルだ……!」
話をしながら描いていた最後の一枚を手渡す。あの事件に私が気付くきっかけになった、路地ですれ違った男達のうち、空き家に戻ってこなかった3人それぞれの似顔絵だ。最初に描いて渡したあの中での「リーダー」と思われる帽子の男を含めて、これで私が見たあの人達の仲間の顔はすべて伝えられたと思う。私から顔を隠そうとしたように見えて、そのせいで逆に記憶にしっかり残っていたから良かった。
他は全員あのまま捕縛できたと聞いてるのでこの人たちも早く捕まるといいのだが。
あの子を誘拐した主犯はこの街を含めたいくつかの裏社会に浸透している組織の首領らしい。私が、まだ顔がはっきり割れていないその首領かもしれない、と期待されて「手配書の人相書きを作る協力をしてくれ」と言われて描いたのだ。
私が見た中にいると良いんだけど。
ちなみに当然最初は似顔絵を作る専用の職員さんが居たのだが、目撃した顔について説明したりしてるうちに、何故だかよく分からないうちに私が描く事になってしまっていたのである。習ってはいたけどそんなに上手い訳じゃ無いので、とは言ったのだが。まぁ、顔が分かればいいだけだし、私の絵で十分って事なら良いのだけど……。
こうして出来た人相書きを元に手配をかけるそうだ。ここや近隣の街の門、乗合の魔導車や宿屋など人の出入りする場所に。魔道具で撮影された顔写真も利用され始めてはいるが、こういった場合はまだまだ人の目が大事になる。
「複製に渡してきちゃうわね。それにしてもあんなに強いのに絵も上手いなんて……いくつも才能があって羨ましいわ」
「え、えっと……恐縮です……」
見たものを描いてるだけでこのくらい訓練すれば誰でも出来るとアンジェリカお姉様には言われていたから、魔導撮影機のある今は使い道はないと思ってたけど。そうか、役に立てたんだ。……嬉しい。
センスが無いから「素晴らしい絵」は無理だけど、たまたま少し絵が描けたおかげで捜査に協力出来て良かった。
「リアナちゃんが誘拐に巻き込まれたって聞いたけど?!!」
「ひぁっ」
そうして内心そわそわしつつやり取りをしていたところに、大慌てのフレドさんが駆け込んできて、びっくりしすぎて変な声が出てしまった。
顔見知りらしい巡察隊員が「フレドさん今聴取とってるんで身内も入っちゃダメっすよ~」なんて言いながら扉から引きはがしている。
「いえ、一旦こっちも一通り聞き終わったから大丈夫よ」
「あ、そうですか? じゃあここで一緒に待ってます? それでいいですか?」
「へ? あ、だ、大丈夫です……?」
実のところちっとも大丈夫じゃないのだが、私は何を聞かれたのかちゃんと理解しないまま返事をしてしまっていた。リアナさんもまだ帰らないでくださいねー、と言い残してフレドさんの知り合いらしい人はまた出て行く。
静かな部屋に突然現れたフレドさんに、もう驚きすぎて内心すごくドキドキしてしまっている。気を抜いていたせいであの空き家から出る時に男達と鉢合わせした時よりもびっくりした。
「巻き込まれたんじゃなくて、彼女は誘拐事件解決の功労者だよ」
「……解決? ていうか事件って! 誰がリアナちゃんに話したんだ? いくら実力のある子だからって巻き込むなって俺ちょっと文句つけて来るわ」
フレドさんの疑問はもっともだ。本来なら私に捜査協力の話が来る訳ない。もっと凄腕の、犯罪捜査にも使える魔法が得意だとか、そういったベテランには話が行ってただろうけど。私は一応実用できるレベルで使えるだけで、得意とは言い難い。発動にも時間がかかったし、雑音もたくさん拾ってしまっていた。
だと言うのに。私から一連の流れについて話を聞き取っていた職員さん達が、フレドさんに私の活躍をひたすら誇張した説明を始めてしまう。
「もちろん、公開してなかったし、冒険者ギルドも教えてないの」
「え?」
「誰にも何も聞いてないのに、最初に気付いたのが誘拐されてた子が飲んでた薬の匂いだったそうよ。ね、すごいでしょう?! その後の動きも冒険活劇みたいだったのよ」
「目星をつけたアジトの中を難なく調べ上げて侵入すると、救出した子供を抱えたまま、アジトにいた一味を含めて5人の男を危なげなく倒して見せて……」
そうして私はフレドさんの顔をまともに見る事が出来ず、借り物のワンピースの裾をもじもじ弄った。子供を助ける時に汚れた服の着替えにと貸してもらった服だけど、スカートの丈が今まで履いたことが無いくらい短くて、そんな事が今更気になってきてしまう。
だって街で見る女の子達が着てるような服だけど、私は膝が見えそうな丈なんて初めてで。なんだか急にスースー感じる……さっきまでは慣れてきたかなと思ってたのに。
「……リアナちゃんは怪我とかしてない? 大丈夫?」
「え? は、はい。私は、何も」
「はぁ~~~良かったぁ」
話をひとしきり聞き終えたフレドさんは勘違いしたのを照れたように笑った。どうやら情報が変な伝わり方をしたみたいで、フレドさんは冒険者ギルドに帰還してから大慌てで駆けつけてくれたようだった。心配してくれて申し訳ない、けど嬉しいと思ってしまった。うう、なんて不謹慎なんだろう。
「ホッとしたら喉渇いちゃった……クロマトさん、何か飲み物ある?」
「カフェじゃないんですけどねぇ」
外は寒いのに、ここまで走ってきたせいか汗だくのフレドさんは、一人減った巡察隊の人が座っていた席にコートをかけると腰を下ろしてくつろぎ始めた。さっきの人だけじゃなくて、この人も知り合いなのか。相変わらず顔が広いなぁ。「普通だよ」って言ってたけど、フレドさんの方が自分のすごさに自覚がないと思う。
その気の置けないやり取りを見てなんだか私も気が解れる。知らない人ばかりの中で自分でも気付かないうちに少し緊張していたらしい。




