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収拾

あけましておめでとうございます!

 どうしよう、と頭が真っ白になりかけて思いとどまった。あ、そうだ。

 何してるんだろう、この子は今気を失ってるのに。子供の前で乱暴なことをするのは、と一瞬思いとどまりそうになってしまっていた。

 それ自体は良いニュースではないのだが、そんな事も頭から抜ける程私は慌てていたのかと自嘲する。おかげで冷静になれた。


 人の目を気にする必要はないのだから、この子をなるべく早く安全な所に連れていく事だけを優先すればいい。



 いると思ってなかった部外者の出現に、ドアを開けた男は一瞬反応が遅れた。その一拍で頭を切り替えた私は、まだ戦闘態勢に入れていない男の股間を躊躇なく蹴り上げる。


「み゛っ」


 濁った声を上げると、身を小さく丸めてその場に崩れ落ちた。後ろに立っていた男が、私が誘拐された子供を抱いてるのに気付いて、咎めるように手を伸ばす。当然されるがままにはしない。


「てめぇ……おごっ」


 足元にうずくまった仲間を乗り越えてこちらに振るわれた男の腕を掴んで、強く引く。自分の体に巻き付けるように抱え込み、そのまま後ろに体をひねって肘を破壊した。


「……お前……領主に雇われた冒険者か……? どうやってここを見つけた?」


 不意を打って二人を倒した私に、最後に残った男が警戒しながら声をかけてきた。私はそれに応えないまま次の手を考える。


 ああ、やっぱり。三人の中ではこの男が一番強い。最初にすれ違った時、体重移動の仕方も格闘技に精通してる人特有のものだったし。まともに事を構えたくはないのに。本当なら逃走するべきなのだが、しかし外を確認した時、窓も扉も打ち付けられた板で塞がれていた。


 仕方がない、と腹を決めた瞬間にベラベラ喋っていた男から何の前置きも無く目元に向かって砂が飛んでくる。魔法を使っているのには気付いていたので、後ろに下がりながら回避して対応した。


「……クソッ」


 攻撃魔法が来ると思ってたからやや拍子抜けしつつ、その一撃目を着弾に合わせて展開した障壁でも防ぐ。魔力生成したただの砂に見えたけど、この子にかかって何かあると困るから念のため。

 詠唱や何の予備動作も無しに障壁を張るのは難しいとされるが、一瞬なら私にもできる。不意打ちを防がれた男は、距離を詰めるために、まだ痛みにうめく仲間二人を蹴散らすように跨いだ。警戒されているようで、不用意に私に掴みかかってこようとはしない。


 この状態では私が身体強化を使えない事が分かってるからか、警戒は感じるがまだ顔には余裕を浮かべていた。

 普通の子供なら問題ないのだが。身体に影響を及ぼす魔法をこの子と密着してる状態では使えない。風邪ならそれだけで治る事もあるが、身体強化系の魔法は重い病気には厳禁。コントロールは出来るがゼロにはならないし、接触している場合影響が出る。

 魔法が身近な冒険者だけでなく、騎馬や騎竜でも一般的に使われている技法だ。多分知らないだろうなんてそこまで楽観的には考えられない。

 私に油断しているうちに速攻で終わらせる。


 距離を取ったまま、男が上半身をわずかに後ろに引いた。蹴撃を察して後ろに軽く飛ぶと、私が立っていた場所を足裏が踏み抜く。リーチの長さを使って足裏に全体重をかけたストンピングをするつもりだったようで、その一瞬で怒りが湧いた。

 私が避けなかったらこの子ごと蹴るつもりだったの?! 当然盾にする気どころか、万が一の時には身を挺して少しでも庇うつもりだったが、あの檻と言いなんて事をするのか。


「ンゴッ、ぶ……っ」


 攻撃が空ぶって床についた前足に体重が乗った所で、体幹を支えているその軸に思い切り鉄板入りのつま先をめり込ませる。こらえ切れず体勢が崩れた所で、前のめりに倒れかけた男の顎をそのまま掌底で突き上げた。

 怒りもあって、無意識に手加減を緩めていたらしい。入り口近くでうずくまったままの一人目の男を押しつぶすように仰向けに飛んで倒れると、白目をむいて気を失っていた。……生きてるみたいなので大丈夫だろう。


「……っはぁ、は……ふぅ」


 息をする事すら忘れかけていた緊張を解いて、腕の中の男の子の無事を確認してから、ほぅと息を吐いて外に出る。

 二人目の男が腕を庇いながら逃げるところだったので、無防備な後頭部に一撃を与えて意識を奪っておいた。

 逃がすよりはマシだと思ったけど、やりすぎだと言われなければいいな。縛る余裕があればもちろんそうしたけど、今はこの子が最優先だからきっと許してもらえる……と思いたい。


 自己防衛なら問題ないと言われたが、過剰防衛と判断されたらどうしよう。終わった途端そんな心配もよぎるが、今はこの子の身の安全だけを考えよう。

 あの人達もしばらくは大丈夫と思うが、いつ目を覚ますか分からないし、巡察隊を連れてきてきちんと捕らえてもらわないと。

 近くを警邏してるか、それとも詰め所に行った方が早いか……と足を止めて数秒考えていた私は、結構大切な事を忘れていた。


「あ」


 と気付いて見上げた瞬間、自分でこの建物の軒先に仕掛けた救援信号の煙玉が落ちる。

 咄嗟に出した足の甲で勢いを殺して受け止めて、何とか割れずに回収出来てホッと息をつく。

 良かった……できれば目立たないようにこのままひっそりこの子を送り届けて事件解決、といきたい。


 戻ってくるまでに、全員目覚めず逃げてませんように、と内心ちょっと急ぎながら私はその場を離れた。




「そ……その、本当に誘拐事件については知らなかったのに、犯人達からした臭いだけで気付いて後を追いかけたの? 確かに、捜査協力を依頼した冒険者の中には入ってなかったようだけど……」

「はい。あの子が飲んでる薬はそのくらい特徴的な匂いで、その上高価なので、たまたま違和感に気付けたんです。本当に運が良かったと思います」

「運だけでそんな事出来るわけ……ああ、いえ。信用してない訳ではないんですけどね?」


 子供を引き渡せて今度こそ心底ホッとした私は領主邸の近くにある巡察隊の本部で事件についての、聞き取りを受けていた。実は、この会話で同じ事の説明をするのは3回目だ。

 でも確か、聴取というのは聞き取る人を変えて数回行うものだと聞いていたからこれが普通なんだろう。こうして、話してる事に一貫性があるかとか、途中で供述が変わったりしないかなど確認しているらしいから。

 巡察隊の女性の内勤職員さんはやや呆れたように言葉を濁す。もう一人いる記録係も同じような表情をしていて、その態度や表情から何か私が失言をし続けてるらしいのだけは分かるけど何がまずかったのか。


 しかし「私、何かしてしまったんでしょうか」と聞いてはみたものの、「そんな事ない」「ちょっと信じられないだけで……」と色々気まずそうに言われて具体的に何も教えてもらえない。

 いや、やっぱり一人で乗り込んだのが良くなかったのだろう。


「それでその、もう一度確認しますけど……地下にいた二人も後からやってきた三人も、全員貴女が倒したのよね? 助け出した子供を腕に抱いたまま……」

「はい。……不意を突けば勝てると確信して踏み込みましたが、まさか仲間が戻って来るとは思わずとても驚きました。やっぱり、巡察隊を呼んでくるべきでしたよね、反省しています」

「いえ、……その点については結果的に見ると判断は間違ってなかったと思うわよ。実際危なげなく倒してるし、誘拐されてたあの子は発作を起こしていたから。正直あと少し保護が遅れていたらどうなっていたか分からなかったらしくて。だから貴女はあの子の命の恩人なのよ」


 偶然にも、最善の結果になったが本来は推奨されない行動だったという事だろう。それは自分でも反省していた。たまたま私があのタイミングで助け出してなかったら助からなかったかもしれない。それくらい状況が悪かったからお咎めなしになっただけなのだ。

 なので子供を引き渡した直後は一人でアジトに入った蛮勇を巡察隊の人に叱られている。確認してから侵入したとはいえ、「中に私に勝てない相手がもしいたらどうするんだ」と思うのは当然なので、まったくもっておっしゃる通り。

 冷静になって考えると、よくあんな大胆な事をしたものだと我ながら思う。


 むしろこうして終わってから、指先が冷たくなるほどドキドキしている。たまたま上手くいっただけだと肝に銘じて反省しないと。


「それで……何の変哲もない空き家が犯罪に使われていると気付き、すぐさま内部を調べて子供を発見し、その会話から危機的状況にあると察して救出した上に、難なく犯罪者も制圧したと……」

「改めてお聞きしますが、本当に、犯罪事件の捜査なんかは今回が初めてで……? 凄腕の匿名捜査官とかではなく?」

「いえ、その、そういうのは全く……」


 それにしても褒められすぎて居心地が悪い、と思ってしまう自分は礼儀知らずだろうか。

 ちょっとした違和感を、自分でも「悪い方に考えすぎかな」とも思いつつ調べたらたまたま事件を発見して、偶然私でもどうにかできそうな相手しかいなかったから助け出せただけなのに。

 ……子供も無事見つかって、めでたい話だし、嬉しい気持ちも手伝って大げさな表現になってしまっているのだとは思うが。


 水を差すようで、そんな事ないですとはあまり言いづらく、私は巡察隊に子供を引き渡してからずっと「あの子が無事だったので良かったです」とだけ答えていた。


 それに、ここで私が称賛の言葉を否定してしまっては、捜査をしていた方達に迷惑が掛かってしまう。実際たまたま私が気付いただけで、誘拐犯を調べていた巡察隊もすぐ同じ建物に辿り着いただろうと思うのだけど。うがった受け取り方をする人が居たら「たいした事をしてないと言ってるやつなんかに先を越されるとは」なんて巡察隊を悪く言う人が出てしまうから。


 自分への過分な誉め言葉にちょっと恥ずかしくなって、少し意識を逸らすように窓の外に視線を向ける。

 もう陽は落ちて西の方は夕闇に染まっている、夕飯の時間には間に合うだろうか。一応自宅の方には巡察隊から連絡してくれると聞いたけど、アンナは心配してないかな……。

 それに、フレドさんも。これ以上目立たないようにって昨日改めて色々話し合ったばかりなのに、また騒ぎにしちゃったし。ひっそり子供を送り届けた後は、関わった者としていくらか事情は聞かれるだろうがすぐ家に帰れると思っていたのだが、予想は大きく外れたようだ。


 


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