「非常事態」
メリークリスマス！
プレゼントに更新予約しといたよ！
え？ 現実の作者ですか？ 仕事してますね
早めに森から引き上げてきたのもあって、街の通りに人はまばらだった。当然仕事終わりの人はまだいないし、夕飯の買い物などで賑わうのはもう少しだけ後になる。
人が居ないせいからか、衛兵……いやこの国では「巡察隊」と呼ぶんだったっけか。その制服を着た人達がいやに目立つなと感じた。
でもこの時間なら冒険者ギルドも空いてるだろうし、早めに片付けて夕飯の支度を手伝おうかな。手伝うついでにアンナにちょっと教わりたい。軍での野営行動はできるけど、ちゃんとした手の込んだ調理って実は出来ないのだ。
包丁の使い方なんかの基本は分かるから、きっとちょっとした手伝いとしてなら役には立つと思うし。ギルドの前に先に一度家に寄ってから、今日買うものを聞いてこようと裏道に入った。
近寄らないようにと言われてる北端程治安が悪い地域ではないが、夜に営業するお店が多い地区を通るので一応周囲を警戒しながら歩いていく。建物同士の隙間から突然誰か出てくることもあるし。
まだ閉まってる店しかないので店の前を掃除してる人が一人だけ、あとは……あれ、この通りにも巡察隊が。
……ここに来て、さっき「いつもよりたくさんいる？」と感じたのが気のせいじゃなかったんだと確信がじわじわ強まる。特別珍しい事ではないので意識してなかったが、そう言えば街に入る門にもいた。今思うと出ていく人の顔を見ている配置だ。なら魔物の異常発生とか、そちらのトラブルではないだろう。
何があったのか。巡察隊の警邏が増えていたもの合わせて考えると、街の中で何か犯罪が起きたんじゃないだろうかとは思う。
そして、その犯人はまだ捕まっていないのでは、とも。
銀級の冒険者ギルドタグを見せながら、呼び止めた巡察隊に何があったか聞いてみたが、明らかに警戒されながら「何も無い」と断られてしまう。これ以上の詮索はするなと態度で示されて、余計に非常事態の匂いが強まった。
……何か、情報規制の敷かれる事態が起きている。急いで家に帰ろう。アンナが夕飯の買い物に出る前に、それで今日は外に出ないように言わないと……
「！」
「何か用？ お嬢ちゃん」
近道にと通った幅の狭い路地で、すれ違った人達に違和感を抱いてつい目で追ってしまった。とある「匂い」がしたのだ。そこから思い浮かべた可能性に、失礼なくらいに注視してしまっていた。
私の視線を煩わしく思ったようで、三人組のうち一人に苛立った様子で咬み付くように問われる。
「いえ……何でもありません。失礼しました」
謝罪して足を速め、彼らがやってきた方向に急ぐ。いくら特徴的とはいえ匂いだけを鼻で辿るのには限界があったので、目にしたものを思い出し慌てて足元に視線を向けた。すれ違う遥か手前で、あの中の一人が紙巻き煙草を吐き捨てていたのだ。……これ。たった今の事だし、本職の魔法学捜査官には当然及ばないが、この唾液と魔力痕跡から数時間ほどの足跡くらいなら辿れるだろう。
これが特徴的な匂いの薬で良かった、すぐに気付いて意識を向けられたから。彼らは長時間傍にいたから一時的に鼻が慣れてしまったのね。
段々薄くなる魔力痕跡を辿ると、一軒の建物に辿り着いた。看板は外されているが、かつて営業していた酒場らしい。表は窓も扉も板が打ち付けられていて、彼らが出入りしていたと思われる裏口に向かう。
私の想像通りなら、……この中に心石化病の患者だというこの街の領主のお子さんがいるはず。恐らく、誘拐されて。
一応根拠はある。この薬を使っている患者はとても特徴的な匂いを発するのだ。そして失礼だが、さっきすれ違った人達やその家族あたりの近しい人には、この薬を買い続けるのは金額的に難しいだろう。そもそも、この薬の原料を納品している私は大体の使用量を推測できるが、心石化病の患者はこの近辺に一人しかいないはず。一人の病状を維持できる量しか需要が発生していないから。
一応「領主邸の使用人」という可能性もあるが、あの風体の成人男性を病気のお子さんの世話係にはしないだろう。
その、重い病気を患ってる領主のお子さんからしかしないはずの匂いが、彼らから香ったのだ。しかも足取りを辿ると現在は営業していないらしい空き家に行きついた。
何か事件が起きて、その子がこの中にいるのでは、と思うのは私の心配しすぎではないと思う。
銀級冒険者のタグを見せて尋ねても何も教えてくれない巡察隊も、誘拐などの秘匿性の高い事件が起きてるなら納得だ。
ほとんど勘で思いついた事だが、そう考えると全ての辻褄が合う。もしも推測通りなら無視はできない。
探知を気取られて警戒されてしまう可能性もあったが、確証が必要だと考えた私は慎重に探知魔法を使って建物内を調べた。
……店舗だった１階と、居住スペースだったらしい２階部分に生命反応はない。しかしこの建物の下には食糧庫にしては不自然に広すぎる地下室が広がっていた。一度建物の周りを一周して注意深く見てみるが換気口がなかった。つまり地下室の存在を隠している。一般人の経営する店舗ではなく、犯罪者のアジトによく見られる特徴だった。
いや、店だった時から元々後ろ暗い人達の持ち物だったのかもしれない。私の中でより確信が強まる。
しかし私は確信しているが、もしも間違っていたらただの不法侵入になってしまう。こうして巡察隊のように捜査権を持たない人間が街中で魔法を使って建物の中を探るのも法に触れるのだが、今は置いておく。
本当に中にいるのが誘拐犯だったら、さっき仲間の一部が何らかの用事で出て行った所なので、すぐにはこの状況は変わらないだろう。誘拐犯だと証明できる根拠を持って、一旦離れて巡察隊を連れてこないと中に押し入るのはさすがにまずい。
さてその「根拠」をどうやって手に入れるかと一瞬逡巡したが、非常事態を理由に索敵魔法を悪用して盗聴する事にした。
地面に手を付いて魔力を流す。もし無関係の一般人しか中に居なかったら平身低頭謝罪しよう。
『……して……まだなぁ』
『あ～、ようやくボスが出てってくれてよかった。仮眠しようぜ』
あ、良かった上手くいったようだ。本来は魔物や動物の足音などの僅かな音を集音する魔法だが、即興で改変したのだ。雑音が多いので、精度を高めるためにちょっと調整する。
何を喋ってる聞きとれる程度にしたら、周囲への警戒を切らないようにしたまま耳を澄ませた。
『ガキはどうしてる？』
『さぁ。最初からずっと静かにしてるから今もお行儀よく縮こまって震えてるんじゃないか？』
『じゃないか、じゃねぇんだよ。見て来いって』
小さい舌打ちの後、片方が立ち上がってどこかに移動し始めた。ボスがいなくなったら急に偉ぶりやがって、なんて愚痴も聞こえる。
これはもう確定でいいだろう。あの口ぶりからすると地下にいるのは高貴な身分の子供だ。悪意が透けて見えるのも腹が立つ。
巡察隊に説明して連れてくる根拠を得た私はなるべく急いで警邏中の彼らを連れて来るために立ち上がろうとして、次に聞こえた言葉に心臓が跳ねた。
『なんだよ、おぼっちゃまにはこんな飯は口に合わないってか？』
良い御身分だなんて悪態をつく男に、嫌な想像がよぎる。
『どうだった？』
『大丈夫だよ、大人しくぐっすり寝てた』
それは、食事もとれないくらいに弱って意識を失っているのでは……？
……この子、いつ誘拐されたのだろう？ 最後に薬を飲んだのはいつ？
どっと背中に嫌な汗が出る。薬で抑えることが出来るようになったとはいえ心石化病はまだ命に関わる病気だ。発作は起きるごとに患者の心臓の寿命を縮める。
その子が意識を失ってどのくらい時間が経ってしまっているのか……？
焦って正常な判断が出来なくなったのだろう。私は思い余って、次の瞬間には廃屋に侵入する事を決めていた。
保険として、冒険者ギルドから渡された救援信号の煙玉を空き家の軒先に仕掛ける。しばらく時間が経ったら外れて落ちる時限式で、私にもしも何かあったら回収できずに落ちて割れて非常事態を知らせるように。
一応、確実な勝算はあった。敵は二人。私の探知魔法を察知して臨戦態勢に入る気配はないので、手練れではない。
おそらく私でも勝てる。まだ認識されていない今なら不意もつけるし、少なくとも人質の子供の救出は出来るだろう。
建物の裏口に手をかけると、音が立たないように鍵を破壊して扉を開けた。一刻も早く子供を助け出さないと。しかし犯人達に騒がれる訳にもいかない。最低限の明かりを生み出して自分の数歩前に浮かべると、慎重に中に入った。
間取りが分からずちょっと戸惑いつつ、床の上の足跡を辿って地下への入口を探す。店の営業時から犯罪者集団が背後についていたなら地下室の存在も隠されていたはず。
床をノックでもすれば反響音ですぐ探せるだろうが今は音を立てる訳にはいかない。
足跡が途切れた周辺を探すと、壁際の床板の継ぎ目に合わせて巧妙に地下への扉が偽装されていた。
音で気付かれないように消音する魔法を展開させてから、継ぎ目に採取用のナイフを差し込んでてこの原理で持ち上げる。
予想通り、そこには暗闇に伸びるはしごがあった。外からは一見人が出入りしている様子が感じられないよう隠されていたが、この先からは生活感のある臭いがする。もちろん、心石化病の治療薬を使う患者の匂いも。
もう魔法を使わなくても彼らの会話が聞こえた。男達が過ごすのに使っているらしい明かりが暗闇の奥に見える。
話し声から彼らの位置関係を特定すると一呼吸おいてから地下に向かって飛び降りた。
あちらには聞こえていないはずなのに、暗闇の中に自分が着地した音がいやに大きく聞こえてしまう。
きちんとした建築法で建てられていないらしい地下室は、石材を柱にしているがむき出しの土をそのまま壁と床にしているようだ。これでは冬は冷えてたまらないだろう。
はやく保護しないと。
片方の男は仮眠をしようとしているらしく外套を体に巻いて壁を背にうずくまっている。なら先にもう片方を。
暗闇から駆け出ると、地べたに座って煙草を吸っていた男がそこで初めて私に気付いたようで顔を上げた。
「何だお前、誰」
最後まで言い切らないうちに顎を引っかけるように打ち抜いて意識を刈る。一人目が倒れた音に反応して侵入者に気付いた、外套に包まっていた男も、立ち上がって何か言葉を発する前に脳震盪で意識を奪った。
緊張しすぎて一周して、私はとても冷静になっていた。死角まで見えるみたいに、感覚が研ぎ澄まされたように視野が拓ける。肌に触れる空気の流れですら感じていた。
「……良かった、まだ生きてる」
盗聴して把握していた方向に足を進めると木製の檻の中にぐったりした男の子が横たわっていた。ぐっすり寝ている、意識が無い、もしかして……と最悪の想像もよぎっていたが、そうではなくてホッとする。
6歳くらいだろうか。色の薄い金髪に、質のいい寝間着、この子が誘拐された子で間違いないだろう。
こんな、子供でも立ち上がれないような窮屈な空間に閉じ込めるなんて、目の裏が真っ赤になりそうなほどの怒りを感じる。地下への入口は狭かった。それに垂直に伸びる梯子だったから、この地下に家具を置くどころか扉も付けられなかったのだろうが。子供を檻に入れるなんて。
絶対傷を付けないように内側に結界を張ってから檻を破壊した。
「大丈夫、大丈夫……すぐ外に出られるよ。助けに来たからね」
意識が無いのを分かっていつつ声をかけずにいられなかった。
怪我の有無だけを確認して、そこだけはほっとしてから抱き上げる。頬はびっくりするほど冷たく、唇からは血の気が失せていた。脈も弱い。やはり発作が起きて意識を失ってしまっていたようだ。
はやく必要な手当てをしないと。トイレをきちんと考えてもらっていなかったようで、檻の底面もこの子の脚も汚れてしまっているがそんな事は今は良い。
この後梯子を昇る必要があるため、子供を縦抱きにすると自分の体ごと外套を巻いて裾を縛る。もちろん完全には手を離せないので片手で臀部をしっかり支えながら。
男達が倒れている空間を再度通ったが目を覚ます気配はない。この子の事で頭がいっぱいで縛るのも忘れていたが、この分なら巡察隊を連れて戻るまで意識を取り戻しはしないだろう。
片手ずつしっかり梯子を掴んで、抱いている子供を膝で支えながらゆっくり梯子を昇る。あのすれ違った男達がもしも何かのきっかけで戻ってきてしまったら。他に仲間がやってきていたら。
悪い想像ばかりが頭を巡るが、空き家の一階に戻っても薄暗い中、来た時と同じカビと埃の臭いが漂っているだけだった。
この子を連れてすぐに巡察隊の詰め所に向かおう、そうすれば解決だ、と気が緩んで気付くのが遅れてしまった。
「なんだ？ 鍵閉まってねぇぞ」
侵入する時に鍵を壊した扉が私の目の前で開く。そこには先ほどすれ違った覚えのある顔が二人、いると思っていなかった私を見て驚いた顔で立っていた。
……失敗した。自分でも「考えすぎだ」と思うような心配が現実に起きてしまい、私は子供を抱えたまま内心血の気が引いた。
