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なにが正解か

 

「銀級冒険者か……」


 自分の名前が彫られた銀色のタグを見てもあまり実感が沸かない。銀級冒険者とは長く続けていれば誰でもなれるものではなく、それ故にある程度の社会的な立場を持っている。もちろんそれに伴う責任も発生するけど。

 私は全然、「冒険者として一人前」に相応しいと思えない。郊外での農作業が終わった農民や、隣町から移動してきた商人の魔導車、依頼が終わって街に戻る冒険者に交じって歩きながら、服の下にギルドタグをしまい直してふぅと息を吐いた。


 確かに、冒険者は戦闘の腕だけではない。依頼を受けてきちんと条件を満たして達成するにはどうするか計画したり、求められた素材を求められてる品質で確保して納品するための素材ごとの知識・技術が評価されて銀級になる人もいる。

 けど私は戦闘技術でも素材の採取でも、自分がその評価に相応しいと今でも微塵も思えない。

 フレドさんから、家族は私が増長しないようにわざと褒めなかっただけだって話を聞いた今でも。


 だって、順位がつくような場で一位をとっても一度も褒めてもらえなかった。私が勝った対戦相手は称賛するのに。

 認められたいとずっと思っていた家族からは「このくらい出来て当然」「この程度では褒めるに値しない」「今回の成果は運が良かっただけ」と言われ続けて、自分の能力を客観的に評価する事ができなくなってしまっていた。

 今更私の居ない所では自慢してたなんて言われても、呪いのように消えない。


 新生活の中自己評価が低いと何度も言われて、自分でも直そうとはした。でも深く考えようとすると思考にもやがかかったように頭が働かなくなる。次第に耳鳴りと吐き気がするようになって、私はわざとその事を頭から追い出すように目を背けるようになってしまった。フレドさんにも、アンナにもこんな事言えない。

 ……戦盤の駒のように誰かが私の能力を定義してくれたらいいのに。歩兵は1。槍兵は2、騎兵は3というように。私は自分の長所すら分からない。

 

 実家に居た時の事を思い出してしまって、少し暗い気分になった私は人目を避けるようにうつむいて、外套のフードを深く被り直した。

 


 下ばかり見て考え事をしつつ冒険者ギルドに着くと、納品口の方がすでに大分混み合っていた。やはりもう少し早めに切り上げて帰るんだったなぁ、失敗した。けど指名依頼のリストにもあった魔法薬の素材になる花、それを好んで蜜を吸う虫をたまたま見つけてしまったから、後を追わずにいられなかったのだ。

 追いかけた先で期待通り花を見つけて採取出来たし、このくらいは列に並ぶ時間がちょっと長くなるだけだ。こんな日もあると私は混雑する納品口に足を踏み入れた。


 私は列がはける速さを計算して、ベテラン職員のダーリヤさんの窓口に並ぼうと足を向けた。しかし少し離れたところに、悪い意味で顔と名前を知っているパーティーがいて、つい気配を消して後ずさってしまう。

 ……ああ、やっぱり早く切り上げるんだった。

 幸い、向こうが私に気付いた様子はない。この銀髪は目立つからと、街に入る前からフードを被っていて良かった。最近、あちこちからやたらパーティ-に勧誘されてしまうから、気付かれないように気を付けているのだ。


 ギルドはあまり広まらないようにと気を遣ってくれたが、緘口令という訳では無いので、どうしても情報はジワジワ広がってしまう。きっと「現在の最年少銀級冒険者」と、能力をちゃんと知ろうともせずにそれだけを見て勧誘されてしまっているのだろう。

 パーティー……組んだ方が良いのかなぁ。集団でのリスク分散とか、メリットは分かるけど……。気が進まないと思いつつ「誰かと組んだら勧誘もなくなるかな」なんて失礼な下心も湧いてしまう。そのくらい勧誘が多くて少し参っていた。


 あのパーティー、爆炎のつるぎ……には勧誘はされてないけど、それとは別にあまり顔を合わせたくない事情がある。

 できたら優先して、と頼まれて「ジュエルバード」という魔物を納品していたのだが、私が彼らが仕掛けた罠にかかっていた獲物を横取りしたのではないかと疑われたことがあるのだ。私がたまたま納品した日に獲物が一度かかって逃れた痕跡があったらしくて。


 一応、その誤解は解いた。彼らが仕掛けている罠は粘着物を枝に塗ってそこで目当ての獲物がとまるのを待ついわゆる「トリモチ」というものだ。ジュエルバードは音速を越えて飛ぶため狙って捕まえるのがとても難しい。そのため買取価格が高い。

 この街の領主のお子さんが患ってる病気に使う薬として常に需要があるので、同じ罠を仕掛けて狙っているパーティーは多い。これなら運が良ければ誰でもジュエルバードを捕まえられるためだ。ただ供給が安定してなくて症状の悪化も懸念されていたので、私にも「可能なら納品して欲しい」と頼まれていた。


 しかし他人の仕掛けた罠にかかってるジュエルバードの横取りが発生して問題になったそうで、現在ここリンデメンではその粘着物に着色して「自分たちの罠にかかったジュエルバードである」と分かるようにしなければならないとルールが出来ている。


 脚に残っている粘着物の色や素材で判断するらしいが、そもそも私はこの罠で獲っているのではない。ジュエルバードの餌場を探して、そこで待ち構えて、魔法を使って捕まえただけだ。

 空気を操って風を吹かせる初級魔法を応用して、鳥の周囲を真空にして。空気がないと鳥は羽ばたけないから、音速で飛ぶジュエルバードもこれで地面に落ちる。こうすれば簡単に捕まえられる。


 だから疑われた時も、鳥の脚に何もついてなかったってギルドの人が証言してくれてすぐ、その場で疑いは晴らせたけど……。

 爆炎のつるぎの人は、じゃあどうやって獲ったのか言ってみろと強く問いかけてきて、私は困ってしまったのだ。「初級魔法で出来る」と口にしかけたが、捕獲方法はギルドにも言わないようにと仲裁に入った職員にたしなめられてしまったし。

 それで疑いが晴れるなら良いのではと思ったのだけど、彼らのためにならないし、何よりそんなに確実に捉える方法が広まったらジュエルバードの生態系が崩れてしまうから、と言われて。

 けど横取りなんてしてないから、そう言うしかなかった。

 その場はギルドにおさめてもらったけど。あちらのパーティーはまだ疑っているような視線を向けてくるので、それ以来顔を合わせないように私のほうから避けている。とてもやりづらい。


 掴んだフードの縁を引っ張って、不自然でない程度にうつむいて顔を隠す。

 止めかけた足をギルド内の飲食スペースに向けて、そこで数少ないアルコールの入ってないドリンクを注文すると、それを飲みながら時間を潰すことにした。

 列が減るまで、と同じように帰還して一息つきがてら時間を潰している人は多いから、目立たないだろう。この外套には認識阻害の効果もあるので、最初から私を探している人でもない限り意識にとまらないし。立ち食い用の背の高いテーブルを囲む男の人達に紛れて私もついでに一休みしよう。


 今日の晩御飯は何かな……とアンナの作る料理について思いを馳せていると誰かが私の目の前に立った気配がした。フードで視野の上半分が覆われたままうつむいている私の視界には男物のブーツを履いた足元だけが映る。

 気配を絶っている私をわざわざ見つけて声をかける男の人なんてフレドさんぐらいしか思いつかないが、この靴に見覚えは無い。誰だろう。


「久しぶりだね、リアナちゃん」


 その声に私は身を強張らせた。

 ……私にとっては久しぶりではない。声をかけられたくなくて、顔を合わせないように視認する度見つかる前に避けていたから。けど今日は混雑する前にギルドに戻って来れなかったし、ぼんやりしていたせいで先に気付けなかったようだ。失敗した。

 認識阻害の強さを上げておくべきだったか……いやギルドの中でそこまでやってたらただの不審者になってしまう。


「はい……久しぶりです、ゴードさんも、お元気そうで」

「そんな他人行儀な。デュークって呼んでってずっと言ってるじゃん。あーあ、俺リアナちゃんのせいで大変な目にあったんだよ、サジェさんにも怒られたし」


 冒険者登録したばかりの私の納品の査定をしたのが、怪我で療養中に臨時職員をしていたこの人だった。その件でトラブルが起こして、発覚しなければ損をしていた被害者は私なのに、その言い方ではまるで私が迷惑かけたみたいに聞こえる。

 この人が査定した際、私を含めて何人かの冒険者の納品に不当な評価をした。そう判断してペナルティを与えたのはギルドだから、私にこうやって文句を付けられても困る。


「わ、私のせいじゃ」

「俺ショックだったんだよ、親切で誘ったのに断られちゃうし、悪者にされてギルドにも怒られて。傷付いちゃったな」


 それをどう言い返していいか、周りの人に向けても説明したいのに、言葉にして口にする前に畳みかけるようにまくし立てられて反論も追いつかない。

 男の人が苦手な上に、これまで自分の周りにいなかった類の人間なのでどう対応するのが正解か分からないのだ。情けない、言い返すべきだって分かっているのに。


 お詫びを口実に、頻繁にパーティーへ勧誘してくるのを毎回断るのが正直迷惑に思ってしまう。この街では上位に属する冒険者に誘われて光栄と思う人もいるだろうが、私にとっては魅力的な提案ではない。前回も逃げるように話を終わらせてしまった。

 話しかけられると彼の仲間の女性達からにらまれて居心地が悪いから、むしろ関わりたくないのに。だから、どこかのパーティーに加わったらさすがに諦めてくれるんじゃないかと打算で考えていたのも大目に見て欲しい。


「……あの、私本当に、どこのパーティーにも加わるつもりは無くて……ゴードさん達とは、活動スタイルも異なりますし……」


 一応、この話も本音ではある。私は罠を使った採取依頼がメイン、この人たちのパーティーは迷宮での魔物討伐とそこからの剥ぎ取りが中心で私を加えるメリットは無いのに。

 嫌です、と感情論で言ってしまえたら楽なのだが。今後も同じ街で冒険者を続けるのに、活動歴の長い人とトラブルになるのは望ましくないって、いくら私でも分かる。

 何でこんなに執着されるんだろう。どう断ったら今度こそ諦めてくれるかな。今日の納品は諦めて、逃げてしまおうかと後ろ向き方向に逡巡していると突然手首を掴まれてしまった。


「話だけでも聞いてかない? リアナちゃんにも悪い話じゃないし、決めるのはメンバーと気が合うか交流してからでも遅くないからさぁ。うちのパーティーの打ち上げに参加していきなよ」


 一瞬、掴まれる前に反射的に手を払いのけそうになったが「禁止されてる冒険者同士の暴行に該当しないか」なんて躊躇してしまったのがよくなかったのだろう。

 そうしてがっちり掴まれた手首に視線を落としていたら、フードをむしられた。あ、と思った瞬間には至近距離で顔を覗き込まれている。ど、どうしよう。

 甘い香りのついた煙草の匂いが不快に感じてつい顔を背けてしまう。


「えっと、ご遠慮させていただきたい、のですが」

「遠慮なんてしなくていいって」


 冷静に考えれば、自分の身を守るための抵抗なら問題ないと考えられたのに。やり返すんじゃなくて、掴まれたから逃げるだけ。

 けど大勢の視線にさらされて頭が真っ白になりかけていた私は動けなくなってしまった。「抵抗して逃れるのは簡単だが、そんな事したらまた目立ってしまう」と変な心配もし始めたせいだ。

 このゴードって冒険者は実力はあると聞いていたから。

 実力はあるけどだからこそ気を付けなさいという形でダーリヤさんに注意されて、それで。


 しかしぱっと見て、普通に抵抗したら勝ててしまうように見える。でもそんな事したら、正当防衛だとしても「あのゴードに勝った」なんて悪目立ちしてしまうだろう。

 ……いや、実力者なのだから、これは罠なのでは? わざと、勝てると思わせて……これで私が抵抗したら怪我をした治療費を、なんてそんな魂胆があるのかもしれない。詐欺で似た手口を聞いたことがある。

 それが正解の気がしてきた。だって、体の重心とか、立ち方とか、手首の掴み方とか「近接戦闘の実力者」に見えない。きっとわざとそうしているのだろう。魔物と人の相手は色々違うけど、それにしても隙がありすぎて怪しいもの。


 これがこの人の手口なんだ、自分からぶつかりに行って絡む当たり屋のような。……何かあったら逃げればいいとだけ思ってるんじゃなかった。反撃しづらい人前で手を掴まれるなんて。

 注意の仕方とかギルドの人に聞いておくべきだったなと今更そう思ってももう遅い。窓口に並ぶ冒険者が壁となり職員の姿は見えず、周りの人はこちらを見ているが関わってこようとはしない。

 助けてもらうのを待っていたわけではないが、何か他の解決法は無いかと考え込んでしまった。良い案がまったく浮かばない。しかたなく、これ以上長引かせると余計に目立つと判断した私は、納品は明日の朝に回してこの場から逃げる事にした。


「……手、放してください……」

「ん~、リアナちゃんが一杯付き合ってくれたら放してあげる。……ねぇ、俺が優しくしてるうちに頷いておいた方がいいよ? 俺この街の裏の方にも顔が広いんだよね。それに依頼いつも一人で受けてるけど……森の奥で何かあったら怖いでしょ?」


 一応きちんと拒否する言葉は口にしておく。

 乱暴に振り払って手を痛めたとか言われても困るから、虚を突いて解放させたらすぐ人込みに紛れて逃げよう。多少人にぶつかってしまうのを心の中で詫びつつ足を踏み出そうとした、その時。


「ぐごっ……」


 ゴードさんが私の目の前から吹っ飛んでいた。

 飛んだ先、ぶつかった机が大きく揺れて、音を立てて上に乗っていたものがいくつか落ちる。そのテーブルを囲んでいた冒険者達はたくましくも、両手に皿やカップを持てるだけ持ってすぐさま避難していた。

 吹っ飛ばした、いや、彼を殴り飛ばした主はそれでは終わらずに、手を付いて立ち上がろうとするゴードさんの肩を踏み抜き床に縫い付ける。それを「誰が」しているのか、理解が追い付かずにすぐには認識できなかった。


「フ、レドさんダメです! それ以上は……!」


 一瞬息を呑んで固まっていた。はっと意識が戻ってすぐに、仰向けに蹴り倒した追撃を入れようと拳を振りかぶっているフレドさんの腕に飛びつき、慌てて肩と肘を掴んで制止する。


「……え、あ、あれ?」

「やり過ぎです! もう意識ないですよ……!」


 蹴り倒した時、後頭部を打ったらしく白目をむいて気を失っていた。フレドさんが突然こんな乱暴な手段に出たのがびっくりしたが、それは本人も同じだったらしい。殴った自分の拳を見つめて呆然としている。


 ……驚いた。今ゴードさんに飛びかかっていったフレドさん、まるで別の人みたいに見えた。そのくらい怖い目をしていたから。


「どうしたんだよ、フレド。いつも口で上手く場を収めてるだろ……?」

「いやぁ……ほんと、どうしちゃったんでしょうね、俺」


 後ろから声をかけてきたのはフレドさんと一緒に以前依頼を受けていた「モンドの水」のメンバーだった。今日一緒に依頼を受けていたらしい。

 我に返ったような様子のフレドさんはいつもみたいなホッとするような笑みを浮かべて、周りにぐるりと顔を向ける。


「いやぁ、すいません! 可愛い妹分をナンパから助けようと思ったらつい力が入っちゃったみたいで! ギルドマスターのサジェさんには後で謝罪しておきます……なんか被害出てたら俺に請求回してくださーい」


 さっきの剣幕が嘘のように、そう明るく言う。なんだかフレドさんのその顔に現実感が無くて、上手く焦点が合わずに視線が揺れる。笑ってるのにさっきの顔よりずっと近寄りがたく感じてしまう。

 さっきテーブルから軽食の乗った皿やドリンクを避難させていた人達は知り合いだったらしく、気安く「お詫びに今度奢れよ」なんて声をかけているけど。


 この騒ぎにさすがにギルド職員も駆けつけて、気絶したゴードさんの脈拍や呼吸を確認している。遠くなっていた雑踏が戻ってきて、私は忘れていたように息を吐きだした。


「あの……フレドさん、助けてくれた……んですよね。ありがとうございます……」

「……あ~、……うん、ごめん。途中まで普通に割って入るだけのつもりだったんだけど、脅してるの聞こえて過剰に反応しちゃったのかも」


 ……口調は同じなのに、私にいつも視線を合わせてくれていたフレドさんと目が合わない。言い知れない不安を感じた私は気が付くと、小さい子供がするみたいにフレドさんのコートの裾を掴んでいた。

 


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