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私は悪くない

 リリアーヌが身勝手な家出をしてからふた月が経とうとしていた。

 ウィルフレッドお義兄さまとコーネリアお義姉さまが向かった、「強大な魔力が観測された田舎町」にはリリアーヌはいなかった。代わりに何か、リリアーヌが魔法を使った、と思わせるような仕掛けだけが見つかったらしい。どうやらリリアーヌが、家族から逃げきるために仕掛けた罠だったのだと聞こえてくる話を元に何となく察した。

 それをアジェット家の人達は「そこまでして私達から逃げたかったのか」って余計に大げさに悲しがっている。その田舎町に手がかりらしきものが見つかってから一瞬明るくなりかけたアジェット家は反動で余計最悪なムードになっていた。

 リリアーヌが家出したばかりの頃はここまで暗い空気じゃなかったのに。今では家中、使用人達も暗い顔をしている。いなくなってすぐに足取りが全然掴めなかったせいで、もうどこにいるか全く分からないし予想も出来ないらしい。

 国内に居るのか、外国に行ってしまったのか。誰も言わないけど、生きてるかすらも分からない。でもわざと勘違いさせるようなそんな小細工をする余裕があったんなら、しぶとく生きてるかもしれない。やだ、やだ、怖い。


「アル、お前どうしてリリの事を褒めてやらなかったんだよ? いつも気持ち悪いくらいにベタ褒めしてたくせに」

「だ、だって創作の世界はそう簡単に優劣を決められるものじゃないから……俺はほんとに、まだ良くなるって思ったからそう言っただけで……ウィル兄さんこそ!」

「何だよ」

「あの剣術大会で優勝した女性は初めての快挙だって散々自慢してたじゃないか。はっきり比べた上で一番になったリリを、兄さんこそ褒めてないくせに」


 リリアーヌがいなくなってすぐの最初の頃は「家族の中でも一番リリが懐いていた自分が原因かも」なんて、張り合うように言ってたくせに。誰も、一回も褒めずに末っ子のお姫様がずっと傷付いていたと知った今では原因を押し付け合うようになっている。

 登校する前の挨拶をしに、プライベートサロンに寄ったけど朝から嫌なものを見てしまった。でも挨拶もしないわけにはいかないし。毎日ずっとこんな感じだ。


 あの人達はまだ、リリアーヌが勘違いを元に家出をして、自分達はこんなに愛していたのにそれが伝わらずにこんな事になってしまったと、それだけが問題だと思っているのだ。

 勘違いを解いて、自分達の本心を知って、リリアーヌが家に戻ってくる日をずっと待ち望んでる。


 狩猟会の日の本当の事を知られてしまうかもって思うと怖くてたまらない。だって、あんな事になると思っていなかったんだもん。自分がどんなに恵まれてるか感謝も満足もしない欲張りに、現実見せてやりたかっただけなのに。

 リリアーヌが、そうやってどんなに努力しても手に入らない「光魔法」を使って私が活躍して評価されたらあの女はすごく悔しがるだろうなって思っただけだったの。だからちょっと森の深くまで行って強い魔物をたくさん倒して見せたくて。

 万が一なーんて大げさに心配して、リリアーヌがビビって危ないとか騒ぐのがウザかった。私が成果を出すのがそんなに嫌なんだなってムカついて。

 でも、大怪我させてやろうとか、家から追い出そうなんて思ってなかったのに。私はなんて運が悪いんだろう。


 今まで散々イイ思いしてたんだから、そのツケを少し払わせようと思って。だってリリアーヌが、あんなにベタ褒めしてた家族には直接褒められた事が一回も無くってひねくれてたなんて知らなかったんだもん。


 あの女も、頭おかしいよね。家族以外の周りの人はあんなに褒めてるんだから、家族が言ってくれないってだけで被害者ぶってこんな大騒ぎして。

 ちょっとだけ思い知らせてやろうとしただけなのに、こんな大きな話になっちゃって。私の方が困ってる。

 わざとじゃない。だってこんな事になるなんて知らなかったんだから、私は悪くない。


「……私は悪くない」


 口の中だけで、声に出さないでそう呟く。馬車を降りたら笑顔にならないと。私は「健気なニナちゃん」なんだから。療養を理由にしてまで義理の妹から離れたがった、気難しいリリアーヌお義姉さまを気に掛ける、健気で可哀そうなニナちゃんだから。



「ニナさん、力をコントロールする事を頑張ってみましょう。貴女の使い方では大きな魔物には通用しないから、自分の身を守るためにも必要でしょう?」


 光魔法の授業って事で、教会ってとこから私のために特別に来てもらってると聞いた魔法使いのおばさんがまためんどくさい事をグチグチ言っている。

 最初は特別扱いと聞いてちょっといい気分になったけど、すぐに嫌になった。いくらやってもちっとも褒めてくれないどころか毎回どうでもいい細かい事ばっかり言われて、受けるたびにやる気がなくなる。

 光魔法を研究してたアマドは一応そこは分かってたな。魔物を浄化して見せるたびにたくさん褒めてくれた。


 光魔法とは魔物を直接浄化できる特別な存在なんだと教わった。瘴気に干渉するとか何とか、難しい話は分からなかったけど。私の魔力をぱーっと放って、その光を全身に浴びただけで魔物が死ぬすごいものなのだと。

 けど今は、まるごと浄化すると錬金術? とかの素材として使えなくなっちゃうから制御しろとか、怪我や病気を治す魔法も覚えろとか、色々言われてすごく腹が立つ。


 怪我も病気もポーションとかがあるからそっちを使えばいいのにっていつも思う。「まだ治療薬の無い病気もあるから、光魔法はとても大切なんだよ」って、そんなの、薬を作れてない方が悪いじゃん。

 偉い魔法使いがたくさんいるのに、薬を作らないで光魔法に全部投げるなよって思う。


 最初は檻に入った魔物を浄化するだけでアマドだけじゃなくて周りもたくさん褒めてくれたのに。模擬試合で怪我した人を治してやったら、私の光魔法で傷が変な風にくっついちゃったとか言ってイチャモン付けられて、それを聞いたシェイラっておばさんに「まずは魔力操作からやり直さないと」って地味な事ばかりさせられている。

 魔法の実技の授業で向こうに居る生徒達は、的に向かって魔法を使ってるのに。私だけ「指先に魔力を集めてみましょう」なんて、子供が最初に教わるような事をさせられてる。


 当然この練習も文句言われてばっかりでちっとも楽しくない。

 この前も、魔法史学の先生に「字が汚い」って言われて小さい子供が使う文字表を使ってノート1冊分近く書き取りやらされたし。これってイジメだよね。教師って立場を使って、私が平民だからイジメてるんだ。ほんと最悪。


「小さな魔物相手でも、ニナさんのやり方ではすぐに魔力も尽きてしまいますから。まずは大きく解放せずに細く絞って魔力を放つ練習を……」

「う、うう……ご、ごめんなさい! 私が平民だから……こんな簡単な事もちゃんとできなくて、申し訳ありません!」

「え……?」


 大きな声を出して謝ると、私を気にして横目で見てた何人かの生徒達があからさまにこっちを振り向いたのがおばさん越しに見えた。

 おばさんが「え?」って顔をしてる間に、言われた通りに出来なくてごめんなさい、私がバカだから、って思いつくままに「可哀そうなニナちゃん」として謝ってから「申し訳ありません、頭を冷やしてきます」って訓練場から走り去った。

 これで、私は他の生徒から見たら平民だからってネチネチいじめられて、耐え切れずに泣き出しちゃった可哀そうな子として映るだろう。


 一旦校舎に入って建物の中を突っ切ると、植物園とかのある森っぽい方に逃げ込んだ。はぁ。もう気分下がったしこの時限はさぼろうっと。

 次の授業の前に教室に戻って、「至らない自分が申し訳なくて」って泣いてた感じにしよう。


「あーあ……お屋敷の空気も最悪だし、……どうしてこうなっちゃったんだろう」


 いや、そんなの分かってる。全部あの女が……リリアーヌが悪いんだ。

 私はそのまま茂みの陰に座って、ぼんやり空を眺めながらこの先の事を考えていた。アジェット家はリリアーヌを探すのに夢中になってて、家族全員ギスギスしてイライラして、帰るのも嫌になる。

 出ていきたいけど、行くあてなんて無い。これから幸せになれるって思ったのに、あの家の養子になんてなるんじゃなかった。変えられるなら今からでも別の家にしたい。

 でも私が言ってもそんなの無理だしなぁ。


 アマドも、あの日同じ班だったアナベルとマリセラも、共犯者だし自分からバレるような事は言わないだろうけど。うっかり変なこと言われて、あの日本当は何が起きてたのかとか、私が悪いことしたみたいに周りに思われるのが怖い。

 そんな事になったら、リリアーヌが家出した責任、絶対私一人のせいって事にされちゃう。それだけは避けないと。

 ああ、もう。アマドもアナベルもマリセラも、全員死んでくれればいいのに。ううん、リリアーヌみたいに消えてくれるだけでもいい。

 大きくため息を吐きそうになったその時、聞こえてきた声に私は悲鳴を上げそうなくらいに驚いてしまった。


「……リリアーヌの足跡そくせきは、まだ何も掴めていないのか」

「はい……平民として身分を偽るなら冒険者になっている可能性が高いと殿下がおっしゃっていた通り、国内で新規登録された冒険者についてギルド側の協力を得て調べさせてはいますが……」

「変装している事も考えましたが、リリアーヌ嬢と思われる人物は見つかっておりません。まだ目立つ行動をとっていないだけとも考えられますが……」

「あるいは、既に国外に出ているか」

「やはりアジェット家と別で動かざるを得ないのが痛いですね。学生の身の我々では、出来る事に限りがありますから」


 私が寝転がっている茂みの向こうにやってきたのは王子様とその側近って紹介された人達だった。殿下、って呼んでたし声が似てるだけの別の人じゃないだろう。

 聞こえた内容に、パニックになって喉がギュウッと締まる。アジェット家にバレないようにして、リリアーヌを、探してる……?


「仕方が無いだろう……リリアーヌの失踪について、アジェット家全員が何らかの情報を伏せているのは分かっているからな」

「リリアーヌ嬢の専属侍女が失踪する前に保護できなかったのが悔やまれますね。侍女の方も行方について、少なくとも国内では足取りを掴めていませんし」

「打診の通りドーベルニュ家の手を借りますか? あの口ぶりでは何か掴んでいるようでしたが……」


 どうしよう、どうしよう。

 自分の心臓がバクバクしてる音が大きくて、向こうまで聞こえて私がここに隠れてるってバレちゃうんじゃないかって心配になるくらいで。喉も胸も痛くて息もまともに出来ない。

 苦しいのに、息が吸えなくて段々目の前が真っ暗になっていく。

 その後の会話は、全く頭に入って来なかった。


 





書籍化作業がやっと終わりました! また更新頑張りますぞ!

発売日は12/15なので皆さんカレンダーにリマインド登録を忘れずに!

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