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優しい嘘

 


 屋台が並ぶ、日が暮れた街の賑わいの中心でいくつかフレドさんオススメの店を教えてもらいながら借りていると言う部屋に向かった。登録する時に緊急連絡先として住所だけ使わせてもらったけど、実際伺うのは初めてだ。


 フレドさん曰く「家賃が安いし夜は静かだし治安も良いから」という、窓から月星教会の塔が見える一室に案内される。

 散らかってるから少しだけ待っててくれ、と言われて部屋の前の共用通路で待ってしばらくすると改めて招き入れられた。


「お邪魔します」


 と入った先はすぐ横にキッチンがあった。部屋の中の家具からするとここがダイニングとリビングも兼ねているのだろう。奥の部屋は寝室か、キッチンも魔導コンロと水道の蛇口があるし、裕福な世帯向けの賃貸に見える。

 むしろ銀級冒険者の稼ぎから想像するより質素な生活と言えるかもしれない。なんて、無意識に好奇心を込めた視線を向けてしまっていたことを反省した。


 押しかけてしまって申し訳なかったなとここに至ってそう考えたが今更である。もっと相手の都合を考えるようにしないと。友達がいなかったから、私はこういった事がほんとにダメなのだと改めて自覚した。

 でも私の事情に巻き込んでいるのに、個室のある食事処に毎回連れて行ってもらうのはさすがに悪い。かといって私が支払うのもフレドさんはさりげなくかわしてしまうし。

 私が泊まってる宿屋の部屋に招くのは「もっと問題がある」と言って固辞されてしまったし。

 悩みどころだ、と思いつつ今回はありがたくフレドさんの部屋を会談の場として提供していただいた。


 散らかってるから、と言っていたが特にそんな様子は全くない。

 長期的にここを留守にしていて、戻ってきて数日しか経っていないのもあるだろうが。


「リアナちゃんも水出し茶でいい?」

「はい、ありがとうございます」


 屋台で購入してきた二人分の食事を小さめのテーブルの向かいに置くとフレドさんが水差しを片手に戻ってきた。さっきは気付かなかったが小型の魔導冷蔵庫も置いてあって、一瞬開けた中にはお酒が詰まっているのが見える。

 いつもの癖で食事の前の祈りをしていると、フレドさんも付き合ってくれて祝詞を口にした。

 困ってる事は無いかとか、初依頼受けてみてどうだったかとか聞いてくださって、こうして気にかけてもらっていると思うとなんだか温かい気持ちになる。


「リアナちゃん、今日の依頼の受領書持ってるよね? 見せてもらっていいかな」

「はい、わかりました!」


 私は自信満々でフレドさんに二つ折りにした紙を渡した。実は、無事に完遂できたと見せたいと思って、すぐ出せるようにしていたから。

 及第点どころか、きちんと報酬をもらえる仕事が出来たと見てもらいたくて。


 こんなに誇らしい気持ち、学園に通い始めた最初の答案が返ってきた時以来だ。ああ、結局、学年では一位だったが満点ではなかった事でその時も褒めてもらえなかったと、苦い記憶も一緒に思いだしてしまった。


「なんだって……依頼の評定が……『可』?!」

「はい! ちゃんと達成できてたって、報酬ももらえました!」

「いや俺が驚いてるのそこじゃないんだけどね……!! 絶対納品の状態が良いって買取上がってるし評定も『特優』とかついてると思ってたんだけど……ま、まぁ、俺が心配したような事態にはなってなくて良かったよ」


 また心配してくれていたらしいフレドさんはほっと胸を撫でおろしていた。

 依頼の評価で『特優』が付くなんて、よっぽどの事が無いとありえないのに。

 例えば今回みたいな採取物の納品なら、「依頼者も想定すらしていないような品質と状態」とかではない限り。

 私が納品した薬草なんて「錬金術の素材として採取するならこのくらいの処理は完璧に出来て当然」と言われていた事しかしていないのだからそれはあり得ないだろう。


 むしろ私は『不可』……依頼達成失敗になるような傷を採取物につけたりしないかとか、ずっとビクビクしていたくらいなのに。


「最初はどうなる事かと心配してたけど、予想と反してリアナちゃんが一般冒険者に完璧に擬態できてるみたいで安心したよ。ああもちろん良い意味でね。リアナちゃんの実力そのまま出してたらいきなり『凄腕冒険者』になっちゃうからさ」


 一瞬「擬態、とは実力以上の背伸びがうまく出来てるって事かな」と思いかけたがどうやら違うようだ。

 でもフレドさんは私への評価が高すぎて困惑してしまう。さすがに自分で理解してるからうぬぼれる事はないけど、そうでなかったら私が勘違いしてもおかしくないくらいに熱烈に褒めてくれるんだもの。


「でも、この様子なら俺も安心して依頼受けられるなぁ」


 どうやらフレドさんがしたかった話とはここから始まるらしい。


「トノスさんが、リアナちゃんからもらった魔道具を商品化したいって言ってたって俺が伝えたのは覚えてるかな」

「はい」


 私が作った空調用の魔道具が、たまたま魔石の属性処理に転用できると違う使い道を思いつくなんて、やっぱりプロの商人さんは目の付け所が違う。


「それで、商品化に当たって基礎魔導回路図が欲しいらしくて。俺に『リオ君』の連絡先を知らないかって冒険者ギルドを通して連絡が来てたんだよね」

「なるほど……」


 当然、私が名乗った「見習い錬金術師のリオ」は架空の存在なのでどこの錬金術工房を探しても、どの地域の錬金術師名簿にもいなかったからだろう。でも商品化するからと、手を尽くして連絡が取れないか探してくれたのだろう。それで、何か連絡先の心当たりはないかとフレドさんにまで話が来たのだ。偶然にも、それが正解だったわけだけど。

 信用第一の商人だからというだけではなく、とても誠実な人だ。


「本音言うと商品の設計図引く所から参加してもらいたいみたいだけど、どうする?」

「いえ、私は量産についての勉強をちゃんとやった事はないのでお力になれないと思います」

「そっかぁ、まぁそうだよね。魔道具の開発と、量産化用の魔導回路図を引くのって別の才能だし……じゃあ大元の魔導回路図の買い取りでいいかな?」

「はい、喜んで、とお伝えください」


 商品化するなら、確かに基礎魔導回路図が必要になるだろう。これがないと魔導回路の規格化なんてほぼ出来ない。魔導核は当然だが、天然物なのでひとつひとつ性質が違う。同じ種類の魔物だったとしても。

 なのでトノスさんに渡したものの魔導回路と同じものをもう一つ作って、そこに別の魔導核をはめても正しく動作しないのだ。

 基礎回路図そのままでも普通は使い物にならない。魔導核と回路図両方をお互いに寄せるような調整をする事になる。


 量産するためには設計図を作り直して、魔導核の均一化規格を定めて、魔導回路を専用に引き直さなければいけない。

 そのために、あの大元になる魔導回路図が必要なのだろう。


 たまに、出来上がった魔道具から、基礎魔導回路図を逆算して描ける人もいるけど、そんなのコーネリアお姉様くらいしか知らないから置いておく。

 私はこの量産のために必要な様々な改変が魔道具製作の中でも特に苦手だった。「使えるもの作ろうか」と言われたのを思い出して、胃がきゅっとなってしまう。

 無理矢理その記憶を頭から追い出して、フレドさんとの話に意識を戻した。


「じゃあ、俺が届けてきちゃうね」

「えっ?」


 何でそんな事を言うのか本気で分からなくて、私はキョトンとしてしまった。なぜわざわざフレドさんが届けに行くのだろう。


「魔導通信はまだ通信自体の秘匿性に問題が多いし今回みたいな発表前の商品で使うわけにはいかないでしょ? 軍のは別だけど。それに契約書はどの道書類で持ってかなきゃいけないんだし」

「それはそうですけど。でも、普通は元々そっち方向に行く冒険者や商隊に依頼するじゃないですか」

「いや、これは大金を生むだろうから確実に安全な手段を使いたいって先方も言ってるみたいでね」


 そんなものなのだろうか。

 過去に私の魔道具を商品化した時は、コーネリアお姉様の伝手とジェルマンお兄様の協力を経て量産体制を整えたため、情報漏洩への警戒とか権利面とかそのあたりがどうなっていたのか正直詳しく覚えていない。

 その時の書面を見れば分かるだろうが、あれは実家に置いて来たので当然参考にはできない。


 契約書を見る限り、先方がどうしてもと申し出ているようで、これで断っても立場が悪くなったりはしないようだが。

 少しでも早く着手したい思惑があるのは分かるので、お金をかけずにゆっくり運べば良いと私の意見を通すつもりはない。


 魔導回路図と契約書を運ぶフレドさんは、商隊の護衛として交じって向かうらしい。もちろん移動宿泊費は工房が出すが、指名依頼されたというフレドさんは落ち着く間もなくまた長期間の依頼に出ることになってなんだか申し訳なくも思う。

 そんな考えが頭をよぎったのに気付いたのか、「また割の良い仕事が入って俺は嬉しいんだけどね」とフォローの言葉をくれた。本当にかなわないな。


 商品化を行う錬金工房の本店はかつての母国の隣にあり、契約書もその国の言葉で書かれている。契約先は大金を産む、と評価しているようだがこの先国を超えて広まってそれに実家が気付く、なんて可能性は無いだろう。

 せいぜい「あったら便利」くらいのスキマ需要を埋めるだけだと思うのだが。


 フレドさんは信用しているが、きちんとした契約書なので項目すべてに目を通してから納得してサインをした。

 偽名を名乗ったせいで、「リオという名前で錬金術師登録しているリアナ」というややこしい身分になってしまった。前後してしまうが明日錬金術師ギルドに行ってリオの名前で登録しないと。遠い地の錬金術師ギルドの所属にして、そこを経由した契約なので通常よりかなり手間が増えてしまうが仕方ない。しかし離れているからこそこちらの正体が知られることもほぼない。売って終わりの取引だからこそ受けたのもある。


 自分の分になる、同じ文面が記載された契約書のうち片方をしまいながら「報酬が高すぎないか」と聞いたら「商品化するなら買取でこのくらいは当然」だと言われてしまった。……そんなものなのか。

 当然実家にいた時にもっと大きな金額は扱っていたことがあるが、新人冒険者である今の私には予期せぬ大きな収入だ。たまたま大金に繋がる魔道具を作ったなんて、幸運だったと思っておこう。


「それで……今回たまたま、クロンヘイムの近くに依頼で行く事になったでしょ?」

「そうですね。……あ、お世話になってますし、お礼に、良かったらポーション作りましょうか?」

「いや、いやいや! あんな高品質のポーション、もしものために一個あれば十分だから! どこで買ったって問い詰められちゃう……! えっと、だからそうじゃなくてね。クロンヘイムの近くにまで行くから、リアナちゃんの親友だって子を良かったらついでに迎えに行こうか? って言いたくて」


 私はその言葉に、息を呑んだ。

 確かに言った事はあった、「何がしたいのか」って考えてみるといいよって言われて。自分の目標を考えた時に、「またアンナと一緒に過ごしたい」って、そう思ったから素直に口に出した。

 フレドさんには「家族に認めてもらえない私を、ずっとずっと褒めてくれてた親友がいるの」って言ったのだ。

 彼女くらいしか特別親しい人がいなかったから何か知ってるんじゃないかって疑われてたり、私の専属秘書のような立場だったから待遇が悪くなってないか心配だからなるべく早く連絡を取りたいって話もした。それをずっと考えてくれていたのだと今気付いた。


「どう、して……ここまで、こんな……」

「……何のこと?」

「ふ、ふれどさん……ありがとう、ございばす……っ」

「俺はついでだから、丁度良いって提案しただけだよ。ああ、そうだ。もらったポーションの品質が良すぎたから、その穴埋めって事で」


 直接フレドさんが届けるなんて非効率だし不自然だと思ったけど、きっとこの話をするためにわざわざそうしてくれたのだろう。見返りなんて無いのに、こんなに心を砕いてくれている。


 私はそれがとてもありがたくて、嬉しくて、気が付いたらこの人に二度目となる泣き顔を見せてしまっていたのだった。

 


 


さぁ〜て次回のリアナちゃんは

「事情を知るストッパーが長期不在」

「二人暮らしするために張り切って稼ぎ出す」

「薬草採取に向かった先の森でトラブルに遭遇」

の三本です!お楽しみに!


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