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夢に見る



 前髪で隠れていたが、美男子なのはなんとなく分かっていた。鼻筋も口元も整っていたし、その下がちらりと見えることもある。けど全貌をちゃんと見たのは初めてだったので、思わず圧倒されて変な反応をしてしまった。

 だって船の中でもとても配慮してくれて、毛布を吊って目隠しを作ってくれたから。お互いプライベートなことにはあえて触れないようにしていたので、素顔を見たのもさっきが初めてだったのだ。

 思わずじっくり見すぎてしまって、変に思われなかっただろうか。


 高貴な薔薇そうびの花びらのように鮮やかな、珍しい色の瞳だった。薄紅色と称するものより濃くて鮮烈な。あの瞳は、例えるならどんな宝石だろうとぼんやり考えていた自分に気付いて笑ってしまった。

 瞳の色の宝石を記憶から探すなんて、まるで私、ロマンス小説のヒーローね。


 それにしてもあの珍しいピンク色の瞳に、左目の下の黒子。少しウェーブした黒髪とたれ目で甘く整った顔立ちが奇跡みたいなバランスで成り立って完成していた美貌だった。

 話からすると元は高貴な身の上だったようだし、あの目立つ容姿も合わせて少し探せばすぐどこの誰か分かってしまいそうだ。けど身元を探られるのは望んでいないのは分かっていたのでわざと触れずに話を終わらせた。

 私の方も、とっくに生家を特定出来るような情報を口にしている。フレドさんもあえて詮索せずにいてくれているのが分かっていたから。


 兄達やライノルド殿下も令嬢達からの人気は高く苦労している所を見ていたが、フレドさんもそこは大変そう。顔も隠したくなるわよね、と私は他人事ながら同情した。


 けど本人は努めて明るく振る舞っていて、「でもリアナちゃんも男性に言い寄られて苦労したでしょ」なんて冗談を言う余裕もあったみたいだけど。

 全くそんなことなかったと答えたら何故かとても変な顔をされた。


 男性とお付き合いしたことどころか、よく考えると友達らしい友達もいなかったのは内緒だ。皆さん親しくしてくださってたけど、話に聞くパジャマパーティーとか学園終わりにカフェに行ったりお友達と避暑地にお泊り、とか私もしてみたかったな。

 畏れ多いと一線引かれてるのは感じていたけど、勇気を出して自分も加えて欲しいと伝えてみたら良かったかな。ううん、私がそう言ったら受け入れざるを得なくなっちゃうから、これが正解だったの。


 自分も逃げてきたのだと、そう語ったフレドさんの言葉を思い出した。

 ただその事情は全く違う。彼はわざとふざけて話していたが、周りを慮って自分があえて悪者になったのなんてすぐに分かった。

 耐えられなくなって逃げだした、自分勝手な理由で家出しただけの私とは正反対だ。




 その日私は夢を見た。

 夢の中ではまだアジェット家のリリアーヌで、家族から認めてもらいたいと、ただそれだけの浅い目的で上を目指していた。


「今夜のコンクールで、建国祭の奉納公演の奏者が選ばれるでしょう? 私がそのうちの一人になれたら、どうかお母様からお褒めの言葉をいただきたいの。それが来週の誕生日のプレゼントで構いませんから」


 演者の控室で私はお母様と向かい合ってそう願った。

 お母様が審査委員長として参加するこの音楽祭で活躍したい。誉れ高い建国際の奏者になった栄誉と、誕生日のお祝いをかけたらもしかしたらと思ったのだけど。


「まぁ。リリアーヌ、音楽と言うのは、音を楽しむと書くのよ? 誰かから褒められたいなんて浅ましい理由ですることではないわ」

「……申し訳ございません、お母様」


 ああ、失敗したと私は胸の奥に重い塊が生まれたのを感じて胃の中が冷たくなったのを覚えてる。

 この日のコンクールでは最優秀をいただいたけど、一番欲しかった人からは褒めてもらえなかった。自分でも「もっと上手く弾けたな」とひっかかった箇所があって、そこをやっぱり指摘されて。他の審査員にどんなに称賛されても社交用の笑みしか浮かべられなかった。


「リリアーヌってば、普段あんなに皆から称賛の言葉を山ほどもらっていて、それ以上を欲しがるなんて。やっぱりあの子は甘やかしたらダメね」


 ご自分の娘なのに公平どころかあえて厳しい目で見るなんてさすがです、と音楽祭の後の交流会で声をかけられて笑うお母様の姿をぼんやり思い出していた私は、お母様がご自分の専属侍女のエダとそんな事を話していたのを聞いてしまった。

 帰宅して、晩餐も終わって。今日指摘されたところを寝る前に振り返ろう、次はお褒めいただける演奏ができるように、と楽器の置いてあるサロンに入ろうとした時だった。中にお母様がいて、私はその会話に割って入ることが出来ずにドアの外で固まっていた。


 その口調は「まったく仕方のない子」と呆れたような様子で、失望されたんだとショックを受けて固まった。その場に居合わせて心配してくれたアンナがなんて慰めてくれたのかも覚えてないし、あの日どうやって部屋に戻ったのかも分からない。

 その時の事を見ているんだと分かっていても夢の中の私は何もできない。



 ちがう、ちがう。みんなわたしを、わたしのためをおもって、きびしくしてるだけだもん


 ドロリと夢の中の景色は溶けて、音楽室の前から立ち去ろうとしていた私の足を飲み込んだ。動けない。


 いつの間にか私はお母様と向かい合って立っていて、侍女のエダでなくニナがその隣に立っていた。


「リリアーヌは甘やかさないけど、貴女のことは不思議と褒めてあげたくなるの、ニナちゃん」

「わぁ、嬉しいですお母さま。私、リリアーヌお姉様の代わりに頑張りますね」


 二人は仲睦まじい、それこそ私よりも母娘らしい様子で私に見せつけるように触れ合う。

 何で私は、抱きしめてもらった事も、頭を撫でてもらった事も、私が娘でいてくれて良かったと言ってもらった事も無いのに。実際に言われたことと、夢の中の架空のお母様が言った言葉の区別がつかなくなってしまう。

 両親と兄姉達とは家族としてよりも講師と生徒として接する時間の方が多くて。でもきっと厳しくするのは私のためなんだ、指導してくれるのは私に期待してくれてるからだって、思ってた。

 考えないようにして目を逸らしていたとも言う。


 じゃあなんで、どうして、私がどんなに成果を出しても一回も褒めてくれなかったのに、ニナの事は甘やかすの?


「大丈夫よ、オネエサマ。私があんたの代わりに『愛される妹』になっといてあげるから」


 あの日、怪我から目覚めた私に覆いかぶさった同じ顔でニナは笑って、私はそれを見て体が燃えるような怒りを感じていた。




「……最悪の目覚めだわ」


 寝汗でぐっしょり濡れた背中が気持ち悪い。夢の中のそのまま、体中に変な力が入っていたようで起きたばかりなのにクタクタに疲れていた。


 自分の頭が勝手に作り出した夢に自分で傷付くなんて、バカみたい。

 私はこめかみから耳にまで垂れた涙を手で拭うとベッドから降りた。


 フレドさんは……まだ寝ているのだろうか。宿屋の貸してくれた衝立の向こうは見えないのについ視線を向けてしまう。……部屋は暗いまま動いている気配が無いし、まだ目覚めていないはず。起こさないようにそっと洗面所に行くと、彼を気遣わせないように起きる前に身嗜みを整えておくことにした。



「ここがフレドさんのホームタウンなんですね」

「うん、と言っても別に故郷でも何でもないんだけどね」


 リンデメンの街には昼過ぎに着いた。

 冒険者を始め他所からの移住者も多い。すれ違う人達の人種を見てそう推測する。冒険者としてやっていくのに都合が良い需要と供給が存在して、物価も高くない。この国は言語圏が異なるため私にとっては見慣れない文化が多いが、魔道具や技術面はおおむねかつて居た国と同じ程度は発展している。

 首都ではないが地方都市として栄えているので、人口も多い。

 知らない顔が新しく入ってきても誰も気に留めないだろう。きっとフレドさんもだからこそここを活動拠点に選んだんだと思う。


 私の髪の毛は本来の銀髪に戻っている、といっても時間経過で染色が落ちるのをそのままにしていただけだ。居付くことを考えるとずっと髪を染め直し続けるのはあまり現実的ではない。

 確かに珍しい色ではあるが、まったくいない訳ではない。不自然にならないように、もし聞かれたら親が銀髪の多い雪国の出身だと言うことにした。幸いその国の言葉も難なく喋れる。


 新しい人生をどうやって生きるか考えると良い、とフレドさんに勧められて、私は結局最初にぼんやりと考えていた通り冒険者になる事を選んだ。

 明日の保証のない職だとよく言われるが、堅実にこなせばメリットも多いし、目的を考えてこの選択をしたのだ。

 アンナを迎えに行くために、そこそこ高位の冒険者に依頼を出せるような信頼と身分を出来るだけ早く手に入れなければならない、そのために。


 当然登録したての冒険者には何の信頼も保障も持たない。依頼を受けて遂行する、それを繰り返して冒険者証が木札から青か緑札になるころには定住するための部屋を借りられるようにはなるだろうか。黄札になったら住民申請が出来るのはこの国を管轄する冒険者協会でも共通だったはず。

 札が黒鉄になる頃には高位の冒険者に国をまたぐ依頼を出す信頼も出来ているだろう。お金はあまり減っていないのですぐ出してしまいたい気持ちもあるが、「突然現れて金だけは持ってる身元不明の小娘」のそんな依頼なんて引き受けてもらえないのは私でも分かっている。


 私はここで、フレドさんの親戚という事で新生活を始めることになった。

 軽く笑って「貸し一つね」と一緒に嘘をついて私の身元保証人になってくれたフレドさんには重ね重ね感謝しかない。何か私が問題を起こしたら、「はとこ」という事になっているフレドさんに迷惑がかかってしまう。

 そんな事するつもりはないけど、私はより身を引き締めて、リンデメンの街の冒険者ギルドの扉をフレドさんの後ろに続いてくぐった。


 私は、リアナ。十五歳になって独立するために、親戚のフレドさんを頼って大きな街に出てきた少し世間知らずな子。

 あまり本来の自分と乖離しないように作った、「リアナ」のプロフィールを頭の中で反芻しながら。新しい生活が素敵なものになりますように。


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