どこか似ている
あらためて、「リオ」と名乗っていた時に話していた身の上も今後の旅程も全部架空のものだったんだなと空恐ろしくなる。この船はあの時に聞いた目的地とはまったくの別方向だ。未成年の、多分十四、五歳ってのは間違ってないと思うんだけど、その年の子がああやって完璧に別の人間を演じていたなんて。
リアナちゃんのチケットは結構離れた国が行き先になっていた。閉鎖的ではない、先進国のひとつに数えられている国。政情も安定していて、文化圏もそこまで離れていない。都市部には移民も多いし、新生活をするには良いチョイスだと思う。
でもその国に当てはあるのかと聞いたらやっぱり何も無いようだ。なら別に、似たような条件なら落ち着く先を変えても構わないだろう。
俺は、自分が拠点にしている土地に誘う事を考えた。この目でリアナちゃんが幸せになる所を見ないと、絶対一生気がかりにして生きることになるって確信して。
その提案には頷いてくれたけど、理由は分かってもらえなかったんだよな。
「あんなにファンが出来てもう遅いような気もするけど、でも出来るだけ早く、とりあえず次の港で一緒に降りよう」
その時の俺の言葉にリアナちゃんはきょとんとした視線を返していた。本人は素晴らしい演奏をしたせいで、どれほど人目を引いて記憶に残ってしまったのか、一切理解してない故に。串焼き肉一本と同じ値段であの演奏が聞けるなんて、そりゃあ騒ぎになるだろう。その値段設定のおかしさからもよく分かる。
家族に否定され続けたせいで自分の素晴らしい才能達にまったく気付いてないのは話を聞いて分かったけど、結局船の上であんなにファンが出来てたのにそれが実力だと思っていないんだもんな、と苦笑いしてしまった。
リアナちゃんは「船の上でよほど退屈してたから」あんなに大勢の人が拍手喝采しただけで、「自分の歌と演奏がそれほど素晴らしかったから」……なんて発想、かけらも無いようだ。
根深いなぁ。
リアナちゃん曰く「暇を持て余してたところにたった一つ娯楽があったから需要が出ただけ」なんだと。そんなわけないのに、自分の事ではないけどすごく悔しくなってしまう。
デッキで演奏したのが自分じゃなくても同じ事になってたと思っている口ぶりからもそれが窺える。……君じゃなくて、その辺の普通の音楽家の演奏だったらあんなに大盛り上がりしてなかったよ。いくら長い船旅で暇を持て余してたとしても。
ファンになった船客達に囲まれてゆっくり食事も出来なくなるどころか、予想のさらに上を行った騒ぎになって、演奏中はデッキに乗りきらないほど人が集まるような事態になったのに。「私の演奏にこれ程人が集まるくらい皆退屈してたんだ」と間違った方向にひとり納得していたんだからなぁ。
リアナちゃん自身に「たいしたことない」って扱われてる才能を見てるのが、なんだかすごく悲しいんだ。
「フレドさんは私を助けたのを自分の都合だなんて言ってくれましたけど、人が良すぎだと思います」
「えー? そうかな」
「だって、得する事なんてないのに、船からずっと一緒に居てくれて」
「大げさだなぁ。行く場所無いなら良かったら俺の地元に来ない? って誘っただけだよ。ほんとに、一緒に居ただけだし」
親戚の子と名乗らせている都合上、そう振る舞ってと伝えて、俺自身も「親戚のお兄さん」として道中の人前では俺が年上として宿屋や食事処で支払いをしていた。けど他に人のいない所できっちり自分の分を全部渡してくるから言葉の通り一緒に居ただけなんだよな。まぁ銀級冒険者の男連れってことで面倒避けにはなれたと思う。そのくらいは役に立ってたんじゃないかな。
船を降りてからは、音楽家と名乗るのは禁止させた。降りる時も一等客室の人間から「どこの楽団に所属してるんだ」「公演するならぜひ教えてくれ」「パトロンはもういるのか」なんて問い合わせもあったくらいなんだから。
俺としてはもっと聞きたいし、「じゃあ道中の用心棒に雇ったお代にその間毎晩何か演奏して欲しいな」とリクエストしたいくらいに素晴らしい腕だと思うんだが。
……そんなこと言ったら「自分を遠慮させないように形だけの対価を要求してくれてるんだ」とか曲解しそうだな。
まぁ実際、あの演奏を続けていたら道しるべを残してるのと同義なので無理だけど。「すごく若いのに素晴らしい腕の音楽家がいた」って話から彼女の才能を知ってる人が気付きかねない。なので俺の拠点にしてる街までは「銀級冒険者とその従妹」という事で目立たない事が最優先だ。顔もお化粧で違う印象になるようにアドバイスしてそうしてもらってる。
でも自己満足が俺の本心ではあるけど、リアナちゃんからしたら怪しいよねー。何か企んでるかもって心配する気持ちもわかる。いや、疑ってるのとは違うか、良い子だからそれはなさそう。
けど理由が見えないと漠然と不安になるのは当然だ。
「今考えると……リアナちゃんの家出の理由を聞いて……俺の家にちょっと似てるなって思っちゃったから、きっとそれで思わず首を突っ込んでたんだと思う」
「……フレドさんに?」
「俺はリアナちゃんと逆の立場と言うか……あの。俺の実家って、無駄に歴史があって面倒なとこだったんだ。誰が後を継ぐとかその辺が。まぁ俺はそこそこ優秀だったらしいんだけど実力以上に賞賛されちゃってて。いや、よほどバカじゃなければ誰が後を継いでも……周りの優秀な部下がいるんだし、問題なくやれてたと思うけど」
そうだ。俺と逆だなって思ったんだ。俺は周りが甘やかして実際の能力を超えてチヤホヤされていた。リアナちゃんは実際の能力をまったく評価されずに誉められたことも無かった。
銀級冒険者ってのも俺らしい。ほんとにそこそこ。一流の代名詞、金級冒険者になんてなれそうもない。
つかえるような話しづらさを感じて、喉も乾いてないのに水筒を取り出して一口含んだ。親戚だからと同じ部屋にされた、向かいのベッドに椅子代わりに腰かけたリアナちゃんの顔が見れない。
こんなに個人的な話をするのはそう言えば初めてだった。普通の冒険者がするように乗合馬車を使っていたし、食事をする時は同じ空間に他人もいる。
ここまで宿屋の部屋は分けていたから長時間二人きりになることがなかったんだ。
「で。そこそこ優秀な俺には、俺よりもうんと優秀な弟がいたんだよ。同じ父親でよくここまですごい子に育ったなって思うくらい優秀な弟が。きっと母親に似たのかな」
全部押し付けてしまった、最後に見た弟の悲しそうな顔が瞼の裏に浮かぶ。黒髪の俺とは違う、混じりけのない高貴な生まれの美しい金髪。
俺が何を思っていたのか、勘付いていたと思う。きっとかなり早い段階から、あいつは何でも優秀だったから。
出てきたきり一度も戻っていない生国を思い出そうとするけど、もう五年も経っているから記憶が遠い。
「俺の弟はすごいんだよ、勉強も魔術も剣術もなんでも全部出来た。あと人の上に立つカリスマがあったと言うか……天才っているんだよねぇ。でも弟は、あいつは。ちょっと面倒な俺の母親の顔色を窺った、父を含めた大人達のせいで、全然評価されてなかったんだ」
それを知った時の俺の居たたまれなさよ。
当人の俺が弟の方が優秀だって知っててそう主張してるのに否定されるのだ。もう恥ずかしくて恥ずかしくて。
俺がこうしてここにいる、これが最善の選択だったと思う。もし時間が戻っても同じ事をするだろう。今度はもっと上手くやれるだろうけど。
ずっと、幼いころから毒をしみ込ませるように母親に言い聞かされていた。あんな子に負けちゃダメ。フレデリックの方が優秀で、賢い子なんだから。あんな女の子供に絶対負けないで、ってずっと。
あの人のためじゃないけど、責任の発生する立場だったから俺も頑張ってた。俺の出す成果じゃお気に召さなかったみたいで、みっともない改竄をずっとされていたけど。弟の成果をかすめ取るような真似までしてたし、俺と弟を直接知ってる人達にはバレバレだったと思う。情けなかったよ。
俺の父親? あの人にめっぽう弱くてその暴走をほぼ全て許してしまってた。
「でもそのうち実力も隠しきれなくなって、そしたら当然弟の方を跡継ぎにしようって声が出た。けど長男は俺だからって相変わらずチヤホヤして担ぐ人もいるし、もう大変で。だから面倒になって弟に押し付けて、逃げちゃったんだ」
俺しかいなかったら俺で良かったんだけど。目移りしたくなるほど優秀な選択肢が他にあったからなぁ。分かるよ、俺だって他人事だったらあっちを推してた。選べるなら。
争うくらいなら俺自身は出来る事なら穏便に、優秀な弟に譲りたいと思ってたけど、俺の母親や俺を担いでた人達は納得してくれなかった。
そもそも元平民の、商人上がりの新興男爵家出身の俺の母親は子を設けるにしても跡継ぎが生まれてからって話だったのに。それを守らなかったせいで大騒ぎだ。俺の責任じゃないのは分かってるけど、罪悪感しかない。
でもあのままじゃ後継者争いが起きるのは必至で。そうしたら最悪俺は暗殺されるなって感じて逃げたのだ。到底王位なんて継げない愚か者だと演じて、俺の出自を補うためにと婚約者にされていた令嬢がひそかに別の男を慕っているのも知っていて利用した。
実際向いてなかったんだろう、こうして全部投げ出してるんだから。
廃嫡されても幽閉はされないギリギリのところを狙って、その目論見は成功してこうして追放された自由の身として冒険者をやっているわけである。
向こうの陣営も俺の意図を察して温情をかけてもらったのだろう。あの女の息子にしては、ちゃんと自分の立場が分かってるようだなって言われたし。
ああ、そうか。
「君は、弟に似てるんだ」
弟は。クロヴィスはこんな兄でも慕ってくれていた。それに俺が王家から追放されるためにバカなことを色々やりだしてすぐ止めに来た正義感もあるまっすぐな子だった。何を言っても改めない俺の思惑に気付いてからは、諦めずに説得は続けてくれたけどずっと悲しそうな顔をさせてしまっていた。
多分周りが変に騒がなかったらどっちが王位に就いても仲の良い兄弟として協力してやっていけてたと思う。そうなったら良かったんだけど。
殺されるのはごめんだし、後継者争いで国が荒れて割を食うのは民草だ。
「……いや、事情は違うんだけど。きっと俺は弟を思い出してたんだと思う。家族から一回も褒めてもらえなかったって聞いて、それで」
俺がいたせいで、ずっと正当な評価をされずにいた弟の事を。弟にはあの時何もしてやれなかったから、今度は力になれたらって。
何でも出来るし様々な分野で活躍してる天才ってのも一緒だけど、これはリアナちゃんは否定するから黙っとこう。
「……だから、こんなに力になってくださったんですね」
「うん。だから、ほんとにほっとけなかっただけなんだ」
何も企んでないよとわざとおどけて見せるとリアナちゃんはやっと笑ってくれた。
「えっと……あともう一つ気になってたんですけど」
「うん。いいよ、この際だから何でも聞いて」
やっとリアナちゃんの顔が見れるようになった俺は本心から明るい声を出せた。
「フレドさんは冒険者なのに、どうして前が見づらくなる形で顔を隠してるんですか?」
「……えっ、今更そこ?!」
「あ、すいません……言いたくない事でしたら伏せていただいても。でも、傷とかは無さそうなのに何でだろうって思ってて」
「いやいや、いいよ。大抵会ってすぐにそれ聞かれるから、リアナちゃんは気にならないのかと思ってたから意外だっただけで」
「聞いたら失礼かなとは思ってたんですけど、実は気になってました」
なるほど育ちの良いイイコだから踏み込んで来なかっただけか。隠してると気になるよね。分かる。
「俺はねぇ、素顔を出してると、も~、モテてモテて困っちゃうから仕方なくこうして隠してるんだ」
別に俺も、頑なに隠してるわけじゃない。俺は前髪をかきあげてリアナちゃんに素顔を晒すと、わざとふざけてウインクして見せた。
リアナちゃんなら大丈夫だろうと茶化したが、ちなみにこれは本当の事だ。昔からだったけど、俺を囲むのが遠慮する礼儀正しい大人しい令嬢じゃなくなった自由の身になった後の方が酷くて。恐怖すら感じることもたくさんあった。
冒険者ギルドの受付でうっとりされて話が進まないとか、食事する時に女給さんに仕事終わりに会わないかって誘われたり、一方的に惚れられてその人の恋人に喧嘩売られたり、そういうのはこうして隠しておけばかなり回避できる。
何かの拍子に見える事もあるし、完璧には隠せない。でも仮面被って生活するわけにいかないし。実際結構本気で困ってるんだけど、シリアスに話すよりこっちの方が俺には合ってるから。
トノスさんはすぐに尋ねてきたし、見せたらすぐ納得した上に「色男はつらいんだな」と笑ってくれたんだが。リアナちゃんは真剣な顔で前髪をどけた俺の顔をじっと見つめていた。
「たしかに、これはたくさん言い寄られて大変そうですねぇ……」
そんなに見たら照れちゃうよってまた茶化そうとしたところに真面目な口調でしみじみとそう言われてしまって、ほんとに照れてきちゃった俺は誤魔化すように前髪をおろしてちょいちょいと指でいじりながら目を逸らしたのだった。
そしてお知らせです!!
こちらの「無自覚な天才少女は気付かない」、コミカライズが決まって動いております!!
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めでたい!
いやーやっとお伝えできて嬉しい!!また詳細が出たら続報します!!