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これはうたかた

後で出てくるざまぁの味を深めるために必要な胸糞回

 


「リリアーヌ、なんてひどい勘違いを。わたくしは貴女の事を誰よりも認めていたし、こんなにも愛していたのに」

「お義母さま。悲しまないでください。私は、お義母さまがリリアーヌお姉様をとても愛していらっしゃったこと、ちゃんと分かってますよ」

「ありがとう、ニナちゃん……」


 私はホロホロと涙をこぼす美女の背中に、慰めるようにそっと手をあてた。

 そう、あの末っ子のお姫様を可愛がってるのなんてすぐに分かった。気付かない方がどうかしてると思うほどだったというのもあるけど。私は人の感情を察するのが得意だから、そのどっか「ヤバイ」と思うような愛情を、この母親だけじゃなくて家族全員から溺れるくらいに注がれてるのに他人の私は気付いていた。


 あのお姫様が家出してから、残された家族は明けても暮れても嘆いている。「そんなつもりじゃなかった」「どうしてそんな悲しい思い違いを」そう口にしながら。

 世間知らずのお嬢様が発作的にしでかしたことだから、夜には見つかるだろう。公爵様は私兵を動かしてたし、そこにあのベタ惚れしてる王子様も関わっていたようだから。


 そうして、拗ねた末の家出なんて幼稚な方法で家族の愛情を確かめたリリアーヌ様は、思惑通り彼女の身を案じた家族がその我儘を受け止めて涙ながらに迎えに行ってめでたしめでたし。

 そんな反吐が出るような仲良しこよしの「リリアーヌちゃんが一番ごっこ」を見せられるんだろうなと思ってうんざりしていた私の予想は、しかし当日どころか次の日も実現することはなかった。

 その翌日も、さらに次の日も。「リリアーヌが見つからない」と真っ青になった公爵様はどんどん深刻そうな顔になっていって、それは他の家族も。


 一週間経ったころには行方不明だと伏せたまま、皆の憧れの公爵令嬢リリアーヌ様は、狩猟会で負った怪我が元で療養することになった。学園には休学届けが出されて、領地に行ってそこで体を休めている……事になっている。

 失踪から半月経つ今も、リリアーヌは見つかっていない。


 内心私は「もしかしてもう死んでるんじゃないの」と良いように考えていた。だってそうでしょ? こんなに探してみたって話すら出てこないんだもの。それか王都から出ないうちに誘拐されて娼館にでもいるか。あの人、顔はとっても美人だったからその可能性が一番高いかな。


 苦労のしたことのなさそうな、綺麗な肌にツヤツヤの銀髪。せっかくチヤホヤされる身分に生まれてるくせに剣を握ってるせいで手はゴツゴツだったけど、それだって生きるのに必死にならなくて済むからこそできてた事だ。


 昨日はウィルフレッドお兄さまとコーネリアお姉さまが、なんだかこの王都からかなり離れた田舎町で「冒険者ギルドでかなり強大な魔法が観測されて、もしかしたらそれがリリアーヌのものかもしれない」とやらでそっちに向かってしまっている。

 冒険者ギルドは荒っぽい人が多いし何かがあった時の避難場所にもなってるから守るために常に魔法で結界が張ってあるんだって。このお屋敷にもあるみたいな。それに普通の人ではありえないような強い魔法使いが、魔法を近くで使って、それに反応したそうだ。


 そんなに強い魔法使いなのに、反応した魔力は登録された冒険者のものじゃない。ここは良くわからないんだけど、魔力は人によって違うから、調べればリリアーヌかそうじゃないかはすぐ分かるんだって。でも現地に行かないと分からないらしくて、二人はそれを確かめに行ったらしい。

 なんて余計な事を。嫌だと言って逃げたんだから放っておけばいいのに。「違いますように」って私はそれこそ祈るような気持だった。

 どうか、お願いします神様。もうやりすぎないようにしますから、あの女は死んじゃってますように。やっと相応しいとこに来て、幸せになれそうな私の生活をダメにしないでください。



「ニナさん、おはようございます」

「おはようございます、ミシェルさん」


 私は愛想よく見えるように、にっこり笑って挨拶を返した。

 リリアーヌがアジェット公爵家の領地で療養するから休学するって、届けが出た直後は大勢が騒いで話題の中心にしてたけど、落ち着いてきて良かった。

 何で何でって私に訊いてくる人が多くて死ぬほどイライラした。狩猟会については詳しい事情は公にされてないけどリリアーヌが怪我したのはわりと大勢が知ってたから。引き取ってもらった光使いなのにどうして治療してさしあげないの? だなんて。


 私を踏み台にしてリリアーヌとお近づきになりたいって、その下心を隠そうともしなかった子達にうんざりするほどそう聞かれた。貴重な、光魔法が使える私を通り過ぎて、名前だけの姉であるリリアーヌの事ばっかり聞いてきてた失礼な女達。

 治療も何も、本人がいないし。そりゃあ、このまま目覚めないでいて欲しかったから表面だけ治してなるべく長引くようにとかしたけど。たしかに医者とか他の治癒術師も「私の力が信用できないからですね、そうですよね私なんてよその子ですし」って全力で妨害してやったわ。でも結局そいつらもすぐ治せなくて何日も目を覚まさなかったんだから、私のせいじゃないもん。


 でも私の力が足りなかったから治せなかったって言われるのはすごいムカついたから、「ほんとにどうしてでしょう。このまま王都にいて、私の治療を受け続けた方が良かったはずなのに、それとも私が治療するのがリリアーヌ様はそんなに嫌だったのかしら」って泣いてやったの。そしたら誰も表立って何も言わなくなったわ。


 だってリリアーヌが行方不明なのは絶対人に言っちゃダメだって命令されてるから。公爵であるお義父さまの言葉に、養子の私が逆らえる訳ないじゃない。ねぇ?

 行方不明なのは人に言えないけど、それを隠すために私がバカにされるなんて絶対イヤ。私はすばらしい光使いとして名を挙げて、あちこちから誘われて皆が羨むような存在にならなくちゃいけないんだから。そこに影響が出るような事、受け入れられる訳ない。


「ねぇ、ニナさん。少しお話を聞きたいの。ちょっといいかしら?」

「わ、わかりました」


 昼休憩に声をかけてきたその相手を見て、私はうんざりした顔を隠して少し怯えたように返事をした。このアナベルとマリセラに対しての演技じゃなくて、周りの人達に見せるために。

 あーあ。ライノルド様を慰めに行こうと思ってたのに今日は諦めないとかしら。深刻そうな様子の二人についていく。こいつらはあの日、私とリリアーヌと同じ班だった残りの二人だ。

 公爵令嬢が、大怪我をして意識まで失った、その責任を取りたくなくて保身に走った「こっち側」の人でもある。


「ニナさん……リリアーヌ様のお加減はだいぶ悪いの?」

「公爵家の方は何かおっしゃってなかった?」


 昼食を摂るための予約制の個室に入ったところで心配そうにそんな事を聞かれた。

 私がちょっと誘ったら大喜びで提案に飛びついて来たくせに、今更そんな事言うなんて何のつもりだろう?


「大丈夫ですよ、そんなに心配しなくても。お二人が、自分のために、本当のことを言わずにあの事故の原因をリリアーヌお姉さま本人に押し付けたのは私以外知りませんから」

「! っどの口がそんな言葉を……」

「もとはと言えば、貴女がっ」


 何を言われてもまったく怖くない。今更本当の事を言っても自分が破滅するだけだって本人達も分かってるのを知ってるから。怪我をしたリリアーヌが意識も無いのを利用して責任逃れするために「気付いたらはぐれてた」って自分達から言い出したくせに。

 まぁあのお優しい「リリアーヌ様」なら助かって意識が戻っても許してくれると踏んだんだろうけど。だってあいつお人好しの甘ちゃんだったし。自分のオトモダチが、自分が怪我した責任で学園や家族から怒られて罰を受けるって泣きついたら一人で泥被ってたでしょ。


 私はこうして運良く出来た共犯者をのがしてやるつもりはない。リリアーヌの容態が思ったより悪いって設定で学園にもしばらく来ることすら出来ないと分かった時ホッとしてたの知ってるんだから。


 私もさすがに、ちょっと失敗したなって思ってる。思ったようにいかなかった上に、結構騒ぎになっちゃった。

 次は反省を生かしてもっと上手くやらないと。


 もとはと言えば、エイゼルが悪いのよね。ああ、もう親しくするつもりはないから「アマド先生」って呼ぶようにしないと。

 突然魔法使いだって言われて、教会に保護されてた時に会った時はすごくカッコよくて頼りがいのある素敵な年上の男性だと思ってたのに。だから研究にもすすんで協力してあげてたんだけど、なんだか最近は無精ひげもあるし目の下の隈も酷くておじさんになっちゃった。まだ二〇代前半のはずなんだけど。


 あーあ、協力するんじゃなかったなぁ。リリアーヌも言うほど使えなかったじゃん、嘘吐き。たかがちょっと大きいスライムに、あんな必死になって苦戦しちゃって。私の力と相性の悪いあんなのをどうにかするためにいたんじゃなかったの?!


 でもあの男もやっぱり自分の保身のために、リリアーヌが言い出した事にしてたお陰で私は怒られなくて済んだからそこは感謝してる。それがあったからこの話が思いついたんだし、助かったわ。なら研究に協力しといて良かったって事かな。

 リリアーヌには国からの指示のように思わせてるから内緒だよって、唇にちょんと指をあてて悪戯っぽく笑った顔を思い出す。なんであのレベルの男にうっとりしちゃってたんだろう。もっと魅力的な人がここにはたくさんいるって知ってたら仲良くなんてしてなかったのに。

 まぁ教員で私に逆らえない奴が手に入ったんだから良い方に考えておこう。あいつだって私からバラされたらお終いだもん。せいぜい試験前に利用させてもらうわ。


 けど私の力を大勢に見せつける、最初の舞台だ! って張り切ったのに、思ったように上手くいかず散々だった。予定では、魔法使いになってすぐなのにすごい活躍だ、って注目されて……みぃんな私の事を褒め称える予定で、そのために森の奥に行ったのに。私が活躍する場を用意してくれたんじゃなかったの? 全然ダメじゃない。

 でもそもそも、あの時リリアーヌが変に邪魔しなければ良かったのよね。だってそれが無ければあれに気付いて、私ならすぐ何とか出来てたもの。突然だったせいでちょっとびっくりして本来の力が出せなかっただけ。余計なことしやがって。


 せっかくあんな生活から抜け出せたんだから、行ける限り上に行きたい。大丈夫、次は失敗しない。


 元々がおかしかったのだ。私が、男爵が浮気して出来た不遇な生まれだなんて。生まれた時から家族全員にチヤホヤされて何不自由ない暮らしを送ってるリリアーヌみたいなやつもいるのに、世の中は不公平だ。


 あそこは私に相応しい暮らしじゃなかった。勝手に私を作ってそっちの都合で引き取っといて、九歳になる前だったから……五年近くもあの家で我慢してたのね、私。

 突然勉強や礼儀作法の必要な世界に放り込まれて、欲しいものを満足に買ってもらった事もない上に、「実の母親が男と出て行って置いていった貴女を気の毒だと、不義の子を引き取って育ててくれてる夫人に感謝しないといけないよ」って口うるさいおばさんまでいた。正妻の乳姉妹だとか言ってたっけ。

 当然言う事を聞いてやる義務なんて無いし、従わされるのは嫌だったからうまくやり過ごしていたけど。

 嘘はついてないわ。人前で「男爵夫人」て呼んだり大げさに怯えて見せて、他にもちょっと思わせぶりな事を言っただけ。私が義理の母親に虐げられてるって勝手に勘違いしたのは周りよ。私は「慣れない貴族社会でもけなげに頑張ってるニナちゃん」だもの。


 今頃焦ってるかしら。私を可愛がっておけばよかったって。私がすごい魔法使いになったらもっと後悔するわよね。ああ楽しみ。



 私がそんなに苦労してたのに、リリアーヌは最初から全部持ってる最強の勝ち組で。しかも本人はそのありがたさを全然分かってないんだからすごく腹が立った。

 周りがどんなに褒めても涼しい顔して、自分はまだまだですなんて謙遜までしてた。あんたがそんな事言うなんて、すっごい嫌味だって分かってるの? って最初はめちゃくちゃイライラしたんだけど。


 その上「家族にも認めてもらえるようになりたい」なんて言ってて。あの人達があの末っ子のお姫様を全員そろって溺愛して、聞いてるこっちがうんざりするほどベタ褒めしてるのを知ってたから、あれ以上を欲しがるなんて贅沢だしワガママだなってずっと思ってた。


 だからこそ、あいつがどんなに努力しても手に入らない「光魔法の才能」を見せつけて悔しい思いをさせてやろうとも思ったんだけど。まさか本人は家族からどんなに愛されてるか知らなかったなんて笑っちゃう。

 道理であんな、悲劇のヒロインぶった家出をするわけだわ。


 あの人達は、リリアーヌからはあんなに頑張ってたのに一言すら褒めてなかった酷い家族だって知られたくないみたいで私もそうだが使用人にもきつく口止めしてる。ほんとは私にも知られたくなかったようだけど。


 あれだけ自慢しておいて本人にはつらく当たってたって周りに知られるのがみっともないと思ってるらしくて、家出をしたと知ってる王子様も「何故リリアーヌが家出したのか」は教えられていない。

 そりゃ言えないよね、一回も褒めてなかった自分達のせいなんですぅ、なんて。


 幸い、まだ私の嘘はバレてない。あの人達には疚しい事があるから、事故については早々に詳しい調査はされずに終わったの。私だけじゃなくて同じ班の二人とかアマド先生の証言もあって失踪を知った家族達の中では「褒めてもらいたかったから、無理に成果を出そうとしてこんな事件になってしまって逃げだした」って事になっている。

 あの女と親しかったらしい使用人の女が1人だけ「お嬢様はそれを望んだとしてもこのような迷惑をかける方法はとらない」って反論してたけど。

 本人がいなくなっててほんとに良かったぁ。私のために、二度と戻ってこないでね。



 あの日、あんな事になったのは失敗したって自分でもすごく反省してる。


 初めての実戦で、魔物を殺す練習はたくさんしてたけど檻に入っていたからあんなに近づいた事は無かったしすごく怖かったの。近寄る前に対処できてた魔物が突然目の前に現れて、パニックになって、気が付いたらリリアーヌが大怪我してて。

 すぐに血の気が引いて、私は一瞬意識が遠のきすらした。


 そのうち目の前で意識を失って、このまま死んじゃうのかもって。私ここまでなんて望んでなかった。私が光魔法で活躍して、普段チヤホヤされる事に慣れてるあの女が歯を食いしばるような悔しい思いをして、良い子ちゃんが嫉妬に狂ってるとこを「あんたにも汚い心があるのよ」って自覚させようと思っただけなのに。


 本当に、最初はお医者様に「目が覚めないかもしれない」って言われてたの。だから嘘なんかじゃない。

 でも自分がきっかけで人が死ぬかもしれないのはともかく、嘆き悲しむ公爵様達を見ている方が恐ろしくなった。


 こんな状況で、リリアーヌが大怪我をした原因が私だってバレて、それを隠すために嘘をついてたって知られたら、私は一体どうなるだろう。

 公爵様もお義母さまも、他の方達も絶対に私を許してくれない。家から追い出されるどころか、何かの罪に問われるだろう。元の生活に戻ってしまうどころか、そうなったら一気に犯罪者だ。……何があってもこの秘密だけは守り通さなくちゃ。


 リリアーヌ本人はバカな勘違いして家出したみたいだけど、でもあの人達があの末っ子のお姫様を愛してるのは確かだから、あの日の事について私が嘘をついたのも、原因になってるのも絶対に知られるわけにはいかない。


 だから、だから。どうかお願いします、このままリリアーヌが見つかりませんように。どこか遠くに行ったまま二度と戻ってこないかもう死んじゃってますように。

 



最終的どんな目に遭うかは私の他の作品で「おっ、こんな感じの味のラーメンを出す店か……」と知っとくと安心して今後も読めると思います

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