私は初恋に気付いた
それにしても、さっきはちょっと意外だった。
フレドさんが女性に絡まれてるのは何度か見たけど、あんなにはっきりきっぱり断るのなんて初めて見たから。
いつも、相手を傷付けないように……笑顔で、申し訳なさそうにお断りしていたもの。
「……ごめんね、リアナちゃん。また俺のごたごたに巻き込んで……」
「いえ、フレドさんは悪くないですから」
「あの日……奪ってもらったはずなのに、何かそこまで変わってない気がするんだよね。もう一回行った方が良いかな……」
フレドさんからは、ドラシェル聖教本部の奥で起きた不思議な体験について話してもらっている。クロヴィスさんやエディさんも勿論知ってる事だが、実は私が一番最初に打ち明けられている。フレドさんから信頼されてるんだな、って思っちゃって……すごく、嬉しかった。
でも、その不思議な聖女様が魔眼を奪ってくれたのは確かだと思う。目の虹彩にあった幾何学的な魔法陣のような紋様が実際になくなっていたから。
今のフレドさんが依然女性を引き寄せてしまうのは……普通に、フレドさん本人があの魔眼関係なしにすごく好意を寄せられやすいだけだと思うんだけど。フレドさんとしては「あのやっかいな力はなくなったはずなのに……嘘吐かれたんじゃないよな……?」とまで悩む程の事らしい。自分の事が分かってなさすぎると思う。
「えーっと……それで、さっき言ってた話の続きなんだけど」
「……はい」
私は神妙に頷いた。控室の言葉の続きと、婚約者発言について……それに、申し訳なさそうな顔の真意。
陽の落ちた庭園の中、私はフレドさんと向かい合っていた。フレドさんの言葉を待って、彼の唇を見上げる。何て言われるのか、ドキドキしながら。
「……さっき、ごめんね、勝手に婚約者にしたいだなんて言って」
「いえ、あの……あの場ではああ言った方が面倒がないの、分かってますから」
「違う、リアナちゃんにちゃんと言う前に、人前で口にする事になっちゃったから……自分がもたついてたのすごい後悔してる」
それって。
私は、その言葉が意味する事を考えた。……じゃあ、さっきの申し訳なさそうな顔って、風除けにしてごめんって意味じゃなくて……?
「リアナちゃんは、すごく魅力的な女性だと思う。ほとんど何でも出来るし、俺が勝てる事なんて一つもないし、正直俺じゃ釣り合わないと思ってたから。ただこれからも力になれたらってだけで……リアナちゃんが幸せならそれでいいって思ってたんだけど」
フレドさんは私の手を取って、その場に跪いた。手袋越しにギュッと握られた手、見下ろす位置にあるフレドさんのピンク色の瞳。それが同時に視界に入ってきて、私の鼓動はより一層高まる。
「でも俺……リアナちゃんの事を、俺が幸せにしたいんだ」
視界が滲む。アンナが完璧に仕上げてくれたお化粧が崩れてしまうのに、だめだ……ちょ、ちょっと……嬉し、すぎて。全然堪えられない。
頬を温かいものが伝う。手で触れなくても、自分が泣いてるのが分かった。
「どうか、俺を君の恋人にして欲しい」
「…………っ、!」
はい、って言いたいのに、言葉が声にならなかった。
私ははくはくと何とか息をしながら、夢中で頷いた。
嬉しいのに、声が出ないし……涙で視界が滲んで何も見えない。
「……! すごい嬉しい……」
「フ、レドさ……」
「ごめん……許可貰う前に、抱きしめちゃって……でも、ほんとごめん……もう少しこのままでもいい?」
いきなりフレドさんに抱きしめられて、私はあまりに驚きすぎて涙が止まっていた。
謝られたけど、もちろん……嫌な訳がない。ただ、びっくりしてるのと……フレドさんのがっしりした体と腕にぎゅってされるの、私の心臓が持たなくて……。ダンスの時は香らなかったのに、この至近距離になって初めてわずかに感じる香水に気付いてしまったりして、さっき初恋を自覚したばかりの私の許容量はとっくにオーバーしていた。
でも恥ずかしいからもう無理、とは言えずに私は大人しくフレドさんの腕の中にいる。
「ありがとう……俺、今世界で一番幸せ者だと思う」
「私も……今すごい嬉しくて……あの、幸せ……です」
フレドさんの礼服に触れる自分の頬が熱を持っているのが分かる。
私はおずおずと自分の腕をフレドさんの背中に回すと、私も、と主張するように自分から抱き着いた。でもどのくらい力を籠めるのかとか正解が全然分からない。女の子から力いっぱい抱きしめて良いのかな?
あ、幸せだな、と心にじんわり染みるようにそう思う。背中に触れるフレドさんの手が温かくて、それだけで言葉に出来ないくらい嬉しい。
……これからもきっと、こんな風に幸せで素敵な日が続くんだろうな。
フレドさんの腕に閉じ込められたまま、私はこれから過ごす日々について、想いを巡らせていた。




