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終わる話

「確かに、今まで関わらないようにしてたけど……」

「まぁ正直、もう他に調べるあても思いつかないってのもあるがな」


 でも何となく……「勘」としか言いようがないんだけど、ここに行けば何か分かるのでは、と言う感覚はずっとあったのだ。

 今回、クロヴィスが(すめらぎ)に行った際、いつの間にかベルンが卵を抱えて動かなくなってしまったせいで予想外にミドガランドを長く離れる事になった。その間に、また厄介ごとが起きてしまっている。

 ミドガランド帝国の東に分布する協商同盟国と、ミドガランドと永らく覇権を争っているルマン帝国の動きが最近きな臭い。ルマン帝国は物理的な距離の問題から直接的な戦争は歴史でもほぼ起きた事がないのだが、今回協商同盟国を経由した争いを準備しているのでは……という懸念がある。

 ミドガランド国内でも、三十年前の戦争で併合した地域の分離・自治運動が激化し始めているきざしがあり、何かあれば戦争が勃発してもおかしくない状況になっている……ミドガランドの東部は「火炎魔石庫」になってしまっていた。ちょっとした刺激で爆発しかねない。しかし国庫の状況も芳しくないこの状況で、新しく離宮を作ると発表したのだ。国民感情をどこまで逆なでする気か。

 いよいよ、多少強引な手を使ってでも黙らせないとまずい。



「始めて来たけど……思ってたより経営苦しそうだな……」


 クロヴィスと顔を合わせた翌日、俺は帝都にあるドラシェル聖教の中央教会を訪れていた。三百年ほど前のいざこざから、我が国の政治と宗教は分離したきり。政治だけでも面倒なのに、宗教系の問題に巻き込まれるのは……とずっと避けていたため、中に入るのはこれが初めてだった。

 白亜の豪華な宗教施設は帝都でも目を引く存在だったが、こうして中に入って間近で見るとかなり老朽化が目立つ。地方のドラシェル聖教の教会もボロボロだったよな……。

 俺は今日はここに、ドラシェル聖教の主教と呼ばれる人と話を聞きにきている。調べた限りでは、ドラシェル聖教の中では上から三番目くらいの階位という存在らしかった。皇子ではなく白翼商会の主として、「地元の宗教施設にご挨拶(寄付)」という名目なので妥当だと思う。

 この目について何か参考になる話が聞けたら……欲を言うとこういった力を封じるような方法が残ってないか探れたらと思っている。


「ようこそお越しくださいました、フレデリック皇子」

「出迎えご苦労」


 ドラシェル聖教のシンボルを身に着けた、数人が出て来て特徴的なお辞儀をした。周りよりやや豪華な衣装を身にまとっているこの痩せた男が主教かな。

 俺はこの宗教を信仰している訳ではないので、偉そうに軽く会釈だけする。


「どうぞこちらへ、席を用意しております」


 どうぞどうぞ、とどんどん施設の奥へと案内される。人の気配がなくなっていた。やってきたのは窓のない通路、この行き止まりの部屋に行けという事らしい。

 今回探りたい話の内容が内容だったので、エディ以外の者を魔導車の中に置いてきている。「お伴の方は申し訳ありませんがこちらでお待ちください」そう留められたエディの顔に焦りが浮かんでいた。

 けど、不思議と、これだけ怪しい状況だというのに俺の頭には「警戒する」って選択肢が一切浮かばなかった。やはりこれも勘としか言いようがないが、大丈夫って分かってるというか……「これが正解だ」って心のどこかで確信している。理由は分からない。

 抗議しそうになっていたエディを手で制して、俺は一歩前に出た。


「わたくしどもも、これより先に立ち入る事は禁じられておりますので、こちらで待たせていただきます。部屋への先導は、この娘が」

「……ああ、よろしく頼む」


 薄暗い通路に立つ俺の前に、どこからか少女が歩み出て俺の手を取っていた。

 身長からすると琥珀くらいだろうか、顔の前に垂らすように黒いベールを付けて面相を隠した黒髪の少女。あ、この子の目も俺と同じ色をしてるんだろうな。何故かそう確信した。


「聖女様、聖女ユグラ様。お連れいたしました」

「はい、ありがとう。下がってよろしいよ」


 入った部屋の中は一層暗く、キィンと耳鳴りがする程緊張感の漂う空間がそこにあった。

 所々老朽化していたが清潔に保たれていた表側とは空気からして違う。一瞬で、違う世界に迷い込んだような感覚に酔ってしまいそうで、俺は思わず跪いていた。

 黒い床、黒い壁、部屋を半分の所で区切って奥を覆い隠す、緞帳のような布も真っ黒。

 俺の手を引いてきた少女がその幕の奥に声をかけると、老女のような、童女のようにも聞こえる不思議な声色で返事があった。


「数奇な星の元に生まれた皇子様、お待ちしておりましたのよ」

「待ってた……とは」

()はここから出られません故」


 しゅるしゅる、幕の奥から衣擦れの音がしたかと思うと、ばさりとそこがめくられて一人の少女が出て来た。こちらは一人目の少女よりも体格的に年長、でもリアナちゃんよりは年下、といった所だろうか。

 一瞬見て思ったのが「俺と似てる」って感想。いやあの女に似てるのか。きっと妹だって言われても納得するような、そんな……。

 ただ違うのが、目。俺より色が濃い、真っ赤な瞳。そして、左に三つ、右に二つ……白目の中に瞳が並んでいた。

 蜘蛛の目みたいなその、あまりにも異様な構造の人外じみた瞳が、全て俺に向けられる。

 少女が指先一つ俺に向けると、魔眼を塞ぐためにつけていた装具が外れた。高価な人造魔石を使っているそれを、慌てて手の平で受け止める。


「あら、実際見ると改めて驚くわ。ほんとに、男って生き物なのに聖女の目を持ってるのね」

「ユグラ様⁈ いけません、男の方にお顔を見せるなど……」

()は聖女にしか顔を見せてはいけないと決まってるだけよ。この皇子様も聖女だから問題ないわ」


 楽しそうに笑う「ユグラ様」と呼ばれた少女は、驚きに硬直してる俺の周りを愉快そうに数回周る。踊るような足取りで動きながら、俺の顔を様々な角度から眺めていた。


「……聖女って、俺は男ですけど……?」

「けれど聖女なのよ。ただの人ならあの暗がりからこちらまで通って来れなかったはずですもの」


 あの子も聖女よ、見習いだけど。他にも何人かいるの。ユグラと呼ばれた少女はそう微笑む。

 主教達が足を止めた通路の事を思い出す。「別の世界に迷い込んだみたいだ」という感想はあながち間違ってなかったのかもしれない。


「あなたは……聖女ユグラ様……?」

「そうよ。見ていたわ。調べたのでしょう? ()の事は知っているはずよ」

「いや、俺が調べたのは『原初の聖女ユグラ』の名前で……」

「そうよ?」


 だって、そんなの。生きてたなら今何歳だ? 数百年前の人物では。ただの、名前を継ぐタイプの役職なんじゃないか。そう思い浮かんだけど、俺の直感は「違う」と告げていた。

 まさか、本物の、数百年生きている「原初の聖女ユグラ」なのだろうか。


「皇子様、あなた目を還したい?」


 呆然とする俺の目の前で、ぎょろりと五つの瞳が並んだ。愉快そうな声色だが、目はちっとも笑っていない。


「待ってくれ……還すってこの厄介な力の事か?」

「そうよ」

「⁈ 本当に消せるのか⁈ この力が……」

()はそう言っているわ」


 あまりに衝撃的すぎて一拍遅れて反応した俺は、あっけらかんと軽く言われたその言葉に現実感がなさ過ぎて思わず何度も聞き返していた。

 しつこく同じ事を聞く俺を少々面倒くさいと感じたのか、聖女ユグラは俺の目の前からぴょんと立ち退くと、少し高い位置にある、黒い幕の手前に座った。


「皇子様の力は閃き……ううん、『直感』ね。目を還したらそれは失われるけどいい?」


 確かに、ここぞという時に選択を外したことはない。あの時だって「今すぐ身分と名前を捨てて出奔しなければ」って不思議と突き動かされるように行動したおかげで、命は助かったし。「正解」が頭に浮かぶのはそのせいか? 思えば、ここ……ドラシェル聖教の中央教会に来ようと考えたのも突然だった。


「……異性から変に言い寄られるのは?」

「それは聖女が皆持ってるのよ。この世界に愛されているから、異性に限らず周りからいつくしまれるように出来てるの。あなたの生母の力はそれとはまた別の、そう『陶酔』ね」


 問答に飽きて来たのか、聖女ユグラは長い黒髪を自分の指でくるくると弄び始めた。白目に浮かぶ五つの赤い瞳のうち、一つだけ俺に向いていた。


「君は……聖女として数百年生きているのか? どうしてここから出られないのか? 出られないはずなのに、何故俺の事を知って……何故あの女を見てもいないのに力の事が分かるんだ?」

「それを全部話したら、他の聖女と同じようにドラシェル聖教のお人になってもらわなくてはなりませんけど、よろしい?」


 ぎょろり、と五つの瞳が俺に向けられて、すぐに口を閉ざした。緊張でつい饒舌になってしまっていたが、余計な事は聞かない方が良さそうだ。


「……俺の母親の力をどうにか出来るのか?」

「出来ると言えば出来るし、出来ないと言えば出来ないかしら。()はここから出られないし、望まなければ還してもらえないもの」


 俺の方は喜んで引き取ってもらいたいが、あの女は便利に使ってる力の返還を望むとは思いにくい。


「なら、あの力を人の手で打ち消すような知恵を授けて欲しい」

「……あら、皇子様。あなたはもう持ってるのよ。神の目を灼き切る聖剣のかけらを。あなたが辿り着いた答えは正解……それか命ごと奪えばいいわ。目の返還を拒み、ここに入る事も厭うた聖女の末路と同じね」

「…………。」


 怖……還すって言って良かった。危険を察知するような勘が今後失われるのかも、って不安だったけどそんな物騒な話なら余計にいらないな。


「じゃあ皇子様、あなたの目は還してもらうわ」


 真っ白い、光に当たった事のなさそうな肌が俺の瞼を撫でる。体の中から何かずるずると引き出されるような感触がして……目を開けると、白目に「六つ」赤い瞳が浮かぶ聖女ユグラの笑顔があった。



「求めていたものは見付かりましたでしょうか」

「……あぁ、期待以上だった。世話になった。後で寄進について連絡させてもらう」

「ありがとうございます」


 どうやってあの薄暗い通路を戻って来たのか記憶が定かではない。

 教会の明るい光の差し込む区域まで歩いてきてやっと、さっきの現実離れした出来事から意識が戻ってくる。


「……フレデリック様。何があったかお聞きしても良いですか?」

「ああ、エディ……ごめん、心配かけたな。言えない……けど大丈夫。だから……正式に、あの城へ行くよう取り計らってもらえるかな?」


 多分、この時俺は大分思い詰めた顔をしてたんだと思う。

 翌日登城した際、エディから何やら話を聞いてたらしいクロヴィスが血相抱えてやってきてしまったから。


「兄さん! 早まらないでくれ!」


 相手は肉親とはいえ現役の皇族。その顔を合わせるために控えていた部屋に、クロヴィスがばーんと飛び込んできた。びっくりしたぁ。その勢いのまま俺の前に走ってきて、ガシッと俺の手を掴む。


「そこまで思い詰めてたなんて……! これから幸せになるところじゃないか! 兄さんが手を汚すくらいなら、僕が……!」

「いやいやいや。ちょっと落ち着け」


 ポロポロ涙をこぼす弟の頭をわしゃわしゃ掻き回すように撫でてやる。完璧超人のはずの皇太子クロヴィスの乱心を目の当たりにして、扉のあたりで固まってる城の使用人と警備兵は軽く手を振って下がらせておいた。

 人払いする前にこんな物騒な話をするなんて、それだけ慌てていたらしい。


「大丈夫、俺はやるつもりはないよ」

「でも……あの女の力を奪うには……」

「だから、俺がやる訳じゃないって。……これ、俺達の父親に渡そうと思って」


 聖女についての詳細は伏せて、「これで他の男を惑わす目を奪えばあなただけのものになりますよ」って。あの教会の奥であった事と、聖女ユグラについては誰にも話していないし、これからも話すつもりはないが。

 ……最初は、クロヴィスの言う通り自分がやるつもりだった。人を手配する事も考えた。けど途中で我に返ったんだよな、何で俺がそんな汚れ仕事引き受けなきゃいけないんだろう、と。

 クロヴィスは長いまつ毛に涙をまとわせたまま、ぱちくりと数度まばたきをした。俺の手に握られた小さな刃物をじっと見つめている。


「上手くやればもっと早くにどうにか出来たかもしれない。でも俺達のせいじゃないんだよ。クロヴィス。加害者同士でけじめをつけてもらおう」


 聖女ユグラが口にした「陶酔」という力を失っても父の執着が母に残っているかは分からないが。

 父は平時なら凡庸な王になれただろう。しかし毒婦に乱された今のミドガランドには足りなすぎる。毒婦も、その言いなりになっている愚かな王も引きずりおろさないと。



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