自分では見えない
フレドさんが予定を変更して何故この船に乗っているかについても、要約すると「だいたい私のせい」という話に収束した。
「俺は詳しくは聞いてないんだけどね。ほらリオ……リアナちゃんが作った魔道具をトノスさんにお礼として渡してたでしょ? 小型なのに冷房にも暖房にも使える、魔導車の中をいじらなくても後付けできる便利な奴」
きっかけはあの魔道具だとそれだけ聞いた時は何か不具合でも起きたのだろうかと心臓がヒヤリとしたのだが、まったく予想のつかない展開に話が続く。
「あれすっごく便利だね。中古の魔導車にも簡単に取り付けられるし。でもあれを窓に付けるとその横に座ってる人に風が直撃してちょっと寒くて、俺が、なら吹き出し口に風向きを変えられる羽を着けてもらえばいいんじゃないか~って言ってケルドゥで錬金工房に一旦預けたんだよ。トノスさんが」
私は泣き止めないまま、相槌すら打てずに話を聞く。
求めた機能がちゃんと動くかは確認したが、実際使うときにそんな問題が出ることに全く思い至らなかった。少し考えれば気付けたはずなのに。
「いや、あれを作ったリアナちゃんほんとすごいと思うよ。トノスさんには試作品だからって言ってタダで渡してたらしいけど、魔道具の試作品なんてとり合えず動く形にしてそこからどんどんブラッシュアップするのが普通なのに。試作一機目からあんな完成度の高いもの作るんだから。金持ちが使う部屋用の据え置き型や、高級な魔導車についてる冷暖房用の魔道具は知ってるけどあんなに小さいのは見たことないし」
今出回っている冷暖房魔道具とは機構が違うので見たことが無いのはそのせいだろう。古語に属する言語で書かれた当時の技師の日記の中の大昔の魔道具の構造を参考にして作ったから、単に今では使われていないだけ。
確かに小さいのは現行の冷暖房魔道具に比べて優れた点とはいえるが、原動力にする属性付きの魔石がないと役に立たないのに。
「で、その。リアナちゃんの魔道具を持ち込んだ錬金工房からトノスさんが全然帰って来なかったんだよね。次の目的地に出発する予定だったころにやっと帰ってきたと思ったら、『錬金工房と商売することになったから、報酬は予定通りに渡すので契約をここまでにして欲しい』って言われて」
「え?」
そこでなぜそうなるのか、さっぱり分からなかった私は本気で疑問の声を上げた。驚きすぎて、涙も止まる。
「お金が入って予定外の休暇になったから、久しぶりに本拠地にしてるとこに帰ろうと思って。トノスさんの詳しい事情はその商売の内容に関わるっぽくて聞いてないんだけど、リアナちゃんが作った魔道具についての話だったよ」
「そ、そんな。トノスさんを留まらせて話を聞かなければいけないほど、プロの錬金術師の方達のご気分を損ねるものを作ってしまったんでしょうか」
「え……いやぁ。それはないと思うんだよね。リアナちゃんが修理した魔導車をロイタールの魔導車整備工房に持ってった時も、『どんな凄腕の魔法使いが整備したんだ?!』って工房中の技師や錬金術師が集まってくるくらい、まるで新品のエンジンと見間違うような仕上がりだったし。あの魔道具の出来が良かったから、商品化したいとかそのために作った錬金術師の話を聞きたいとか、そっち」
「そんなわけないですよ」
私は、自分の作った魔道具の話が突然壮大なストーリーになってしまって混乱していた。でもそれだけは絶対にないと断言できる。私が作ったあの拙い魔道具がそんな脚光を浴びるなんてありえないもの。
「あの……リアナちゃん、なんか自分の腕を卑下しすぎじゃない?」
「? 自分の事は客観的に見れてますよ?」
だって、その客観的な評価をずっと、物心ついた時から聞いてきたんだもの。それぞれの国一番の専門家と言っても良い方達から。今更間違えようがない。
「少しは便利だと思いますし、だからこそプレゼントにしましたけど。冷暖房としては小型なのは利点ですが、それだけで……商品化するには使うための前提が面倒すぎるから需要はそこまで無いと思います。トノスさんみたいな色々な気候の地域に長距離移動する商人くらいしか都合よく使えないですよ」
「それだけでも十分便利だと思うけど……? いや、でもそれ以上にあの魔道具には、とんでもない使い道がある」
「な、にを……」
「あれがあれば二級品の、属性が取り除ききれてない魔石が安全に使えるようになるんだよ。ギルド認証受けてる高品質な魔石の供給が足りていない今の状況が破壊されるかもしれない」
私はその言葉に、ああ、確かにそういった使い道もあるなと頷いた。二級品の魔石の属性だけを使い切って、その後魔導車の原動力として使うために魔力はなるべく残るように、一応私の出来る限り苦心して作った機構だから。
私が基にした魔道具は、その魔石の含有魔力を使って動くものだったから、使った魔石は属性も魔力も両方カラになってしまう。それを、属性だけ使い切って魔導車の原動力に必要な純粋な魔力は残るように手を加えたのだ。
それを考えると、冷暖房として使う事を考えずに、「属性を取り除ける装置」としてだけ見ることも出来るかもしれない。
でもフレドさんが何故そんなに深刻そうな顔をしているのか分からなかった。魔石の属性処理は魔法使いなら誰でも出来るって習ったし、その品質についても厳しく教わった。
あの魔道具で処理した程度のものを原動力として実用化していいのかしら? 魔石の属性処理と評価するなら、ないよりはマシ程度の事しか出来ていないと思うのだけど……
「これはすごい発明になると思うんだけどなんで本人に自覚が無いかなぁ」
魔道具自体の素晴らしさに目を止められて、これを商品化しようとか、製作者は誰かとそんな話が進んでいるわけはないだろう。ならばと考えて思いつくのは……作者が私だと家族にバレたのだ。きっとそうに違いない。
私の話が家族の関わる各分野に通達されていたのかも。あやしい魔道具を持ち込んだから製作者の身元を疑われたんだわ。
「トノスさんに雇われてたはずの俺の違約金が錬金術ギルドの名前で支払われてたこととか、トノスさんが遠回しに話した内容から推測したことも混じってるけど。リアナちゃんはあの魔道具の製作者として今頃探されてると思……リアナちゃん?」
私を心配してくれているフレドさんの声も耳に入らない。私は色々甘く考えて痕跡を残してしまった事を心底後悔していた。私の精一杯の隠蔽なんて全然効果が無かったんだ。
途中まで順調だからって甘く考えていた。運が良かっただけなのに。
トノスさんにも大変な迷惑をかけてしまっているだろう。偽名を名乗って、目的地も嘘をついたから協力者じゃないのはすぐに判明して解放されるとは思う。
当主のお父様の対応を考えると、私が巻き込んだだけの一般人だと分かって、一応話を聞いたら迷惑料代わりの謝礼を渡してるだろうが、私の生活が落ち着いたらアンナを呼ぶ前にしっかりお詫びとお礼をしないと。
「どうしよう……フレドさん、私、トノスさんにも迷惑をかけてしまって……」
「え? いや、迷惑ではないんじゃないかな? あの魔道具を二級品魔石の属性処理用に商品化する時は自分も噛ませろって生き生きと交渉して権利勝ち取ってたらしいし、むしろ良い商売に関われて喜んでると思うけど」
「違うんです……私、実は……家出をしてて」
「あー。まぁ予想はしてたけど。話聞くよって言ったし、とりあえず聞くだけで何もできないかもしれないけど、力になれるかもしれないし話してみなよ。何があっても秘密をばらしたりはしないからさ」
私は事情を話してフレドさんも巻き込んでしまうのはと迷ったが、結局はフレドさんの言葉に甘えてしまった。フレドさんが善人で信頼できる人だとは分かっていたから。銀級の冒険者証を持っているからというのもあるが。
「私の実家は……その、」
「詳しく話したくない事は言わなくていいよ。俺が知らないでいた方がリアナちゃんにとっても俺にとっても都合が良いこともあるだろうし」
私はまたその言葉に甘えて、家についての言及を飛ばした。そう、アジェット家の名前を出さなければ、もし私が実家に見つかって連れ戻されるときもフレドさんは「事情を知らずに手を貸しただけの善意の第三者」になる。
アジェットは公平で善良な貴族なので、その場合フレドさんは責任を問われることは無いだろう。でも私が口にしたら、知っていたのに何故通報しなかったと絶対に指摘が入る。
そうだ。もし見つかってしまうようなことになったら、発見者を装ってフレドさんの名前で連絡してもらえばいい。そしたら公爵家の令嬢を保護した協力者って名目で謝礼も渡せる。迷惑料としては足りないだろうが、その時は私が実家に戻っているのだから、残っている個人資産から賠償しよう。
「私に錬金術を教えたのが家族なんですけど……その、実家はそこそこの権力も持っているんです。なのであの製作者が私だと気付いて、行方を探すためにトノスさんが巻き込まれてしまったんだと思います」
「俺は違うと思うけど……絶対普通に商売の話だって……」
私のせいで迷惑をかけてしまったんだと主張する私と、商品化のために製作者を探してるだけだと言うフレドさんで話は平行線になってしまった。
「トノスさんは知らない事なので私を追跡する事は出来てないと思うんですけど、私個人で、迷惑をかけたお詫びはしないと……」
「うーん……じゃあもしリアナちゃんの言う通り、実家の捜査網に引っかかっての事だったらお詫びすればいいんじゃないかな。俺と冒険者ギルド挟んで個人的な連絡とるフリすればリアナちゃんの実家には伝わらないだろうし。でも俺が言う通り魔道具の商品化の話だったら?」
「そんなこと、ありえませんよ」
「じゃあもし俺が言ってる通りだったら、商品化の話進めちゃっていいね」
架空の話はそこで終わって、一旦昼ご飯にしようと今度こそフレドさんは昼食を買いに行った。
「いえ、あの。お騒がせしてしまったし、私が買いに行きます」
「リアナちゃん結構目立ってたから、また音楽家さん歌ってー、って囲まれちゃうよ? あと……変装に化粧してたんだと思うけど……泣いたせいで落ちちゃってるから。えっと、今は外に出ないほうが良いと思うなー……」
私はその言葉に慌てて鏡を取り出すと、涙で流れて目の周りが茶色と黒で汚くなった自分の顔に悲鳴を上げそうになってしまった。
「ふぅ」
コンパートメントの個室の扉を閉めると、中にいる子に聞こえないように慎重に安堵の息を吐いた。保護出来て良かった。「リオ君」だと思ってた時からそれはさすがにと思ったが、その上女の子じゃあ三等客室にいるのをそのままにする事なんてできない。
「あ、ちょうどいいところに。ねぇ二等客室ってどこか空いてる? 親戚の子も偶然この船に乗っててさぁ。三等じゃ危ないしこっちに呼んであげたいんだけど」
俺はこの船に乗ってから知り合った船員を見つけると、親し気に声をかけた。よぉフレド、と応じたその男は頭の中で帳簿でもめくってるのか視線だけ上の方に向けて少しの間思案する。
「うーん、次の港まで空室はないな。フレドの部屋はもともと二人部屋なんだし、そこでいいんじゃないか?」
「やっぱそうか。いやぁ若い子が俺みたいな歳離れたのと同室って気まずいかなって思ったんだけど」
20そこそこでお前も十分若いだろ、と笑う船員の言葉に軽く笑って応じておく。
「じゃあ二人目が部屋使うから、差額払いたいんだけど誰に言えばいい?」
「別にそこまでうるさいこと言う奴なんていないぞ」
「どうもそういうのは俺が落ち着かないんだよ」
そりゃあ三等客室の女をひっかけて連れ込んでる奴はたくさんいるし見て見ぬ振りされるのは知ってるけど、あの子をそう扱うわけにはいかないからな。
リアナちゃん、調べてたみたいだし頭もすごく良いのは分かるけど慣れてない。家出してそんな経ってないだろう。多分あの国の貴族か裕福な家の令嬢だ。
少年として上手く演技してたんだろうか、それまで全然気づかなかった。嘘を悟られて慌ててからは女の子っぽい仕草をしてたけど、どれも所作が美しかったから良いとこの家の子だと思う。多分貴族だろう。おっと、追及するつもりはないけど。
確かに国際海事条約では国境を超える客船の二等客室以上では身分証明書が本来必要ではある。基本的には、ね。けど客船の質を見極めて、暗黙の了解とか明記されてない慣例を使ったり、交渉でその辺がどうとでもなるのは知らないんだろう。
俺だって賄賂が必要になるような犯罪すれすれの手は使わない、けど自分に都合の良い事ならこうして生きてれば嫌でも覚えていく。
思い返せば、自分の話をするときに、決定的な身分詐称に当たりそうなことは何一つ言っていなかった。そういった賢さと柔軟さも持っているなら知ってたら利用してたはず。
きっと教えれば次からは出来るだろう。俺は彼女の面倒をしばらく見るつもりでわざわざ自分から首を突っ込んでいた。
「お待た……せ」
紙袋に入った二人分の昼食をかかげながら部屋に戻ると、化粧を落としたリアナちゃんが顔を上げた。そのあまりの変わりように、一瞬固まりそうになって、何とかこらえて何でもない風を装って中座するまで座っていた位置に戻る。
「とくに食べられないもの無かったよね」
「はい、ありがとうございます」
少年に化けるために施されていたメイクは綺麗に落とされていた。その下が、ちょっと吊り目の輝くような美少女だって誰が予想できただろうか。いや、無理だろう。
「人間空腹だとろくなことにならないのだけは確かだから、まず食事にしようか」
俺は平静を装うのに精いっぱいになりながら、何とか会話を続けた。隣に並んで座る女の子につい視線が行きそうになるのをぐっとこらえる。
いや、疚しい気持ちは無いよ、疚しい気持ちは。ただ綺麗なものを「きれいだなー」って思ってつい目が行っちゃうだけ。見ないようにしていると、さっき一瞬確かに目が合ったリアナちゃんの容姿を詳細に思い出してしまう。
意志が強そうな形の良い眉と吊り目がちの大きな瞳。朝焼けの空に輝くような高貴で深みのある紫色。この色はすみれ色と呼ぶんだったっけか。宝石にも似た色彩があるのを思い出したが、あいにくとそういった世界からは遠いのですぐ思い出せない。
唇は何も塗ってはいないようなのに赤くじわりと染み出るように色づいていて、その最高の芸術家が作り出したような人形じみた完璧な容姿が動いて食事をしているのがこの目でちらりと見ても信じられない。
まつ毛の色が髪の毛よりもだいぶ薄い、もしかしたら地毛は灰色じゃなくてもっと明るい色なのかもしれない。まつ毛と同じ銀色。
さっき泣いてたせいで目元が少し赤くなって潤んでたな……と俺は何を考えてるんだ。十四歳……かは分からないけど確実に未成年の女の子に対してなんて感想を。
いや、それにしても、俺が保護できてよかった。昨日一晩バレずに何もなく過ごせたの本当に奇跡じゃないだろうか。
「フレドさん」
「ん?! な、なにかな」
突然話しかけられて、危うく挙動不審になりそうだったのを何とか普通に返事をした。普通に返事をしたと思いたい。
とにかく、今夜からはあの三等客室に帰すわけにはいかない。ここを明け渡して俺が出てって、知り合いになった二等客室の誰かに頼んでそっちの部屋に行くのが一番俺の精神上良いのだが、きっとこの子は遠慮するだろうし……
自分が変な事をしないのは自分で一番分かってるし、ここに泊まってもらうしかないな。彼女だってあの部屋をもう使うわけにはいかないって分かるだろう。
お礼にって口実にしてポーションもらえばいいか。……実際は、一晩部屋をシェアするお礼にもらうのに釣り合わない高性能のポーションだけど。何か対価がないと遠慮しそうだし、でも何故かこの子その希少性分かってないんだよな……お釣りが出るくらいなんだけど……
「どうして、この前会ったばかりの私にこんなに良くしてくれるんですか?」
彼女の声色は心底不思議そうな様子だった。いや俺だって、お人好しじゃないから誰にでもこうして絡んでるわけじゃないし、むしろあのスハク少年にしたみたいにサラっと流して突き放すことの方が多い。
恋愛小説のヒーローなら「君の事がほっとけないんだ」とか言うシーンなんだろうが、俺にそんな下心は無い。
「……俺が勝手にしてる事だから気にしなくていいんだけど。まぁリアナちゃんはそれじゃ納得できないよね。うーん……ほんとに特に理由が無いんだけど、ついというか、まぁ突き詰めて言うと『自分のため』かな」
「フレドさん自身の……?」
「俺は、もうリアナちゃんが……リオって名乗ってた頃からすごい良い子だって事を知っちゃってたから。隠し事はあるみたいだけど、それは悪意があって隠してるわけじゃなくて、事情があるんだろうなって。そんな良い子が抱えてる事情だから、悪い事ではないだろうし……困ってるの見て、良い子を見捨てるのは後々目覚めが悪いなって思った、自分の都合だよ」
なので善意から助けたとか、力になりたいと思ってとか、そういった美談ではない。「罪悪感持つの嫌だから」って完全に自己都合100%で、それがたまたまリアナちゃんの利益と重なっただけ。
「でも……私は助けてもらって、すごく嬉しかったです」
「ん、あ、ああ……うん、力になれたなら、良かった」
正面から感謝されて、そんなまっすぐな感情を素直に向けられたのが久しぶりだった俺はつい気恥しさを感じて話題を変えてしまった。
「……そうだ、リアナちゃんは家出したって話してたけど……その辺の事情って聞いても大丈夫かな。もちろん、話したくないなら言わなくていいよ」
「いえ……良かったら、聞いてもらえませんか」
そうして語られた話はとても納得できるものではなかった。
リアナちゃんが家出をしてきた実家の話に、自分がされた事ではないのに激しい怒りを感じてしまう。ちょくちょく自己評価が低すぎるなと感じることはあったけど、こんな仕打ちをされていたなんて。
いくら何不自由ない生活が出来ていたとしても、そんな家族からは逃げて当然だろう。
それで、訳アリっぽくて身分を隠してる様子なのに不用心に自分の痕跡を残すような真似をしてたのか。素晴らしい発想の魔道具とかデッキでの天才的な演奏とか。
この子はそれが稀有な才能だと自覚してないんだ。
「でも、私よりつらい環境で生活してる人もたくさんいるのに、こんな事で逃げ出して……申し訳ないとは思うんですけど、私には無理だったみたいです」
「そんな必要ない我慢する事ないよ。確かに、何にでも厳しい人っているけど。ここまで優秀なリアナちゃんを一回も褒めてないクセにその親戚の子はベタ褒めしてるなんてすごい腹立つな……」
リアナちゃんは家族への恨み言も悪口も言わなかった。「自分の方がもっとうまく出来るのに何でって、あれ以上思いたくなくて」と自分が弱かったから逃げたと言っているが、そんな家族捨てて当然だと思うよ。
その家族から刷り込まれた間違った自己評価はまったくどうにか出来る気配は無くて、俺が具体例を出して褒めても一切信じていないようだった。当然か、まだ子供だ。この年だと家族からの評価ってすごいでかいからな……。
これまでの評価も、実家に忖度したお世辞だったなんて言ってるけどそんなわけないだろうに。
俺が目にしただけで、広範囲にわたる錬金術分野の知識と技術、歌にヴィーラの演奏、ああ、あと演技に化粧も。この輝くばかりの美少女を「素朴そうな可愛い普通の少年」に見せてたなんて恐れ入る。
こんなにすごい才能をいくつも持っていて、なのに彼女の家族はどれも褒めたことがなかったなんて。他の家族やその義妹は褒めていたのだから、この子の事をわざと傷付けていたようにしか見えない。
理由があったにせよ許せる事ではない。
俺は完全にリアナちゃんに肩入れしてしまって、彼女が家族から離れた場所で幸せになるために全力でこの逃亡に手を貸す気になっていた。
君を知らない場所で新しい生活をして、たくさん周りの人から褒めてもらって欲しい。おかしいのは君の家族の方だって、どうかこの子が正しい評価をいつか受け入れられるようになってくれますように、と祈るような気持ちだった。




