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「お願いですリリアーヌお嬢様! このままクロンヘイムでわたくし共のパドゥーラ歌劇団を率いてください!!」
「ごめんなさい、私もやる事があるから……その、」
「はいはい、コージィさん、ミドガランドの超優秀な錬金術師を無理に勧誘するのはやめてくださいね~」
「ああっ!」
今日はミドガランドに帰国する日。私の足元に縋りつこうとしていたコージィがフレドさんにあしらわれていた。
期待に応えられない事をちょっと申し訳なく思うが……一応、歌劇の演出の相談には乗るから手紙を出すように伝えてある。
お母様が穴をあけた代わりをする事が出来たのは良かったけど、思ったより騒ぎになってしまったのだ。こんなに注目を集める事になるとは思わなかったな……。
「あの支配人の勧誘、すごい熱意でしたね」
「それだけ、リアナ様が代役を務めた昨日の舞台が素晴らしかったという事ですよ」
後ろからやり取りを眺めていたアンナとエディさんが、完全に他人事としてのんびりとそんな会話をしていた。
「でも、ほんとにほんとに昨日の『歌劇』ってやつはすごかったのじゃ! リアナの歌に合わせてあちこち光ったり風が吹いたり、雪や花びらが舞って、甘い匂いがした時もあってな……!」
「ありがとう、琥珀達も楽しんでくれて私も嬉しいよ」
ちなみに、昨日から琥珀は同じ事をもう百回は褒めてくれている。毎回くすぐったく感じつつも、胸の奥が温かくなる。もちろんアンナ達もとっても楽しんでくれて、公演が終わった後楽屋で大絶賛だった。
本当に、上手くいって良かった。お母様の代役としての公演だったが、演出面を大きく変更させてもらったかいがあった。
私はお母様より歌手として下なのは確かなので。そのまま同じ事をしても、実力の差がそのまま評価に出てしまう。
だから、お母様と違う事をやって、お母様とは別の方法で観客を楽しませたいと考えた。
他の出演者にやってもらう事は変わらない。ただ、私が歌う歌を「魔唱歌」にさせてもらったのだが、これが結構成功したんじゃないかと思う。他ではない演出なのでびっくりした人も多かっただろうが、魔唱歌の演出の旅に歓声が上がったし、幕が下りた後の拍手は「普段の倍はあるんじゃないか」ってコージィが言ってくれてたから。
魔唱歌は、琥珀の前で使ったのはそう言えば初めてだった。これはざっくり言うと歌で生み出す魔術現象の事だ。魔法・魔術には様々な発動方法が存在する、そのうちの一つ。魔術的要素を持つ文言を組み合わせた「詠唱」や、魔法陣や魔導回路も一般的だ。儀式という「行動」を使って発動させる魔術のくくりに入る。
私は今回、歌声に魔力を込めて、聞いている人に光の加減で幻を見せたり、その場に弱い風や光を灯すという演出に使って舞台を盛り上げたのだ。
習得して使うのは難しいが魔唱歌は本当に面白い。声に魔力を込める事さえ出来れば色々出来るから。今回は歌う曲も歌詞ももう決まってたけど、「聞いてる人の元気が出る」とか「勇敢になる」なんて魔唱歌も使う事も出来る。
「でも本当にすごく評判になってたよ。ロビーで『ジョセフィーヌ様よりもすごい歌手だ!』って言ってる人もいたくらいだし。俺もリアナちゃんは素晴らしい歌手だと思う」
「それは……好みの問題だと思いますよ」
これを使うには魔力を精密に制御した上で、歌の技術も必要になる。家族とは別の事を習得しようと挑戦しているときに身に着けたものが、こうして大きく役に立ったなんて。船で赤ちゃんを寝かしつけた時も思ったけど、誰かの役に立てた事は全部宝物みたいにとても誇らしくなる。
私が学んで身に着けた事、一つも無駄になってなかったんだな、ってすごく嬉しい気持ちになれたから。だから、厳しく色々教えてくれた家族達には、そこは感謝している。
先日の話し合いで、家族達の根底にあった不誠実な態度を直接見た私は今までのように「でも」と心の中に浮かばずに、真っ先に喜べるようになった。自分が家族達よりもすごいなんて事はかけらも思ってはいないが、私を私として評価してくれる声をすっと受け入れられるようになった。……これも成長と呼べるだろうか。
「予想外のトラブルもあったけど……やっとこれで落ち着いたし、どうするのかの予定を話したいと思うの。ニナ、貴女についての話もしたいんだけど……」
「…………。」
コージィが帰ってひと段落付いたホテルの一室、実は今ここにニナも一緒にいる。平民になったニナを屋敷から連れ出したことについては、あの話し合いの後にアジェット家に連絡してややなし崩し的に身柄を保護すると伝えてあった。
その……屋敷の調度品の窃盗、なんて事件が起きてなければもうミドガランドへ帰ってる途中だったのだが、日程が結構ズレてしまったからね。
ニナは返事はしなかったが、私の声かけに反応して皆と同じようにテーブルを囲んで席に着いた。私だけではなく、アンナやフレドさん達にも愛想が悪い。でも変に可愛子ぶったあの態度よりかは、ずっと接しやすいかなと私は思う。
「今日はこの後お昼を食べて、午後は観光がてら買い物に行きたいと思うの。ニナの服とかも必要だし」
「……あたし、そんな事頼んでないからね」
「うん、分かってるよ。これは私がやりたいから勝手にするの」
「まぁ……そこまで言うなら、」
「そっか、餞別を気持ち良く受け取ってもらえそうで良かった」
「え……?」
日程はずれたが、ニナは予定通り光属性の魔法使いについての研究機関が営む私立の学校に受け入れてもらう予定になっている。そこは一般の生徒もいるが光属性を持つ者は全て学費は無料、寮もついていて魔法や魔術について学べる。ニナが起こした問題についても申し送ってあって、問題を抱える未成年向けの保護観察も行われる事になっているが……窃盗未遂についても学校側に伝えておかないとか。
今度はちゃんと学んで、普通に生きて欲しいな。その上で、ニナなりに幸せを見つけてくれたら……と思っていた。
午後の買い物では、その学校でニナが使うだろう文房具やちょっとした私物なども用意する予定だ。光属性の魔力を持つ生徒には、研究に協力すれば学費とは別に手当も出るから不自由はしないと思う……だからこれは、私の自己満足なのだけど。
狩猟会の件では怒りも感じたが、あれから時間が経ってしまったせいで、個人的な恨みとかはもう私の中には残ってなかった。人を恨んで生きるのってすごく疲れるから、私には向いてない。アジェット家から出たニナを送り出して……これで全部「過去」の事にして前に進めそうだ。
それから私は、明日の午前中にクロンヘイムを経つ事と、簡単な地図を描いて「ニナが向かうヴァーナ魔法学校があるのはここで……」と琥珀にも一緒に説明する。
フレドさんも戻って来たし、予定してなかった家族との話し合いでもきちんと本音も伝えられたし。お母様の代役でバタバタしたりもしたが、やっとこれで本当に一件落着だな……と私はすがすがしい気持ちになっていた。