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「お父様、ウィルフレッドお兄様。私、決闘をお受けします。ただし、ルールは二人共『剣と杖』で。その試合で私が勝ったのなら、一人前になったと認めてください」
気持ちが楽になった私は、「いかにリリアーヌに傷を付けずに勝つか」を勝手に話していた二人に自分からそう提案した。
剣と杖、要は「武器使用・魔法あり」で急所への攻撃は禁止、降参するか、一本入れるか、「実戦だったら決着がついてる」と審判が判断する状況になったら勝敗が決まる、クロンヘイムでは一般的なものだ。
私がクロンヘイムにいた時に出場した武術大会でも、このルールが適用されていた。
私は、このルールにしたからといって勝てるとは思っていなかった。ただ、「お前は騙されているんだ」と同時に「リリアーヌが一人で生きていけるわけがない」と言うお父様達の言葉を真っ向から否定したかったのだ。
勝てなくても、クロンヘイムで一番の魔術師であるお父様と、クロンヘイムで一番の武人であるお兄様とまともに戦える……と実際に見せられたら、私が新天地で問題なく生きていけるという証明になると思って。
一度も褒めてもらえなかったけど、私はちゃんと強いんだよ、って家族にしっかり分かってもらえるだろう。そう思って提案したのだが……。
「……『剣と魔法』で……⁈」
「私は、自分が未熟者ではなく、一人で生きていく力があると皆さまに証明するために決闘を申し込みます。なので、『剣と杖』で実戦に近い状況での能力を……どうしました?」
「……いや、」
「お、俺は『騎士の剣』による決闘のつもりで……」
お父様との手合わせは「魔術師の杖」、つまり魔法攻撃のみというルールで行ってきた。ウィルフレッドお兄様との手合わせは、「騎士の剣」で……武器か素手による物理攻撃のみ。
その自分が絶対に有利になれるレギュレーションから外れた途端、あれほど私を負かして家に連れ戻す気で声高に話をしていたのに、二人共急に勢いを引っ込めてしまって。
「ふふっ」
何だ……「本当に至らないと思ってた。だから厳しい評価をしていた」なんて、やっぱり嘘だったんだな、って改めて思ったら、笑ってしまった。
私の事、「ルールによっては戦ったら負ける」って、心の中ではそう評価してたんだ。……悔しいなぁ。
お父様とウィルフレッドお兄様以外の家族は、そんな二人の反応を見て理解が追い付かないようで、オロオロしていた。私と目を合わせようとしないお父様の肩を掴んで、お母様が「リリを連れ戻すんでしょう⁈」と大声を上げている。
「ねぇ、お父様。決闘、必要ないですよね? ……それに私、何を言われても家に戻って元通り暮らすつもりはありませんから」
「リリアーヌ、そんな……!」
「どんなに謝罪されても、私が感じた悲しみは……なかった事にはならないんです」
お母様は、私に伸ばしかけた手を止めた。
「でも、私……お父様も、お母様も。お姉様、お兄様達も……嫌いになってないんです。ただ、私はずっと悲しかった」
「リリ……」
「お母様、聞いてください。私、ずっと……みんなに認められたいって一心で頑張ってきたんです。褒めてもらえないのは私に至らない所があるんだろうって……なのにそれが、『褒めたら調子に乗ると思ったから』って理由だったって知った時の喪失感が分かりますか? どんなに結果を出しても、絶対認めるつもりはなかったんだなって分かって……」
お母様も、他の家族も、気まずそうに私から目を逸らした。
謝罪されたい訳ではない。家族が謝るとしたら、それは自分の心を守るためだ。私はそんな謝罪を受け入れたくない。
「私、アジェット家に居た時……ずっと、苦しかったです。自分の事が嫌いだった。一回も褒めてもらえない自分は、なんてダメな子なんだろうって思ってて……」
「そんな事ないわ! わたくし達は皆、リリアーヌの事を一番に愛していて……貴女が知らなかっただけで、たくさん自慢してたのよ」
「そ、そうだ! 周りにも聞くと言い。使用人でも、私の部下でも……リリアーヌの事をどんなに褒めていたか」
私の言葉を否定するお母様とお父様。でも、私はそれを拒絶するように首を横に振った。
「本当は褒めてくれてたならしょうがない……なんて、私は思えない。私がずっと感じてた苦しさを、なかった事にしないで」
「私達はそんなつもりじゃ……」
「そんなつもりじゃなかったとしても、実際私に求めているのは『本当はちゃんと褒めてたんだから、全部許して戻って来なさい』って事でしょう?」
そんな事ない、とすら言えなくなった家族達の顔を順番に見て、私は言葉を続けた。
こうなってしまっては、無理矢理私が家に連れ戻されても元通りにはなれない。それは家族も分かっているだろう。
「私、今はすごく幸せなんです。今私の周りにいる人達は……褒めてもらえるような事をしてなくても、きっと見捨てられたらり、失望されたりしないって安心出来るから」
言葉を返せば、私はずっとアジェット家の中で「そう」思っていたという事だ。認めてもらわなければ、失望される。どうして褒めてもらえないんだろう、そうやって常に自分を追い詰めていた。
一歩、二歩、私はお母様とお父様に近付く。
二人共私を連れ戻すつもりで、話し合いをする気はあまりなかったみたいだ。でもそれは私も一緒だ。家族に自分の口で本音を伝えて、宣言だけしてミドガラントに帰るつもりだった。
「私、アジェット家に戻りたくありません。それを認めてください」
認める、と言っても既に成人している私の行動は、制限される事はない。あくまでも、私の気持ちの問題だ。
私の意思が頑なで、絶対に曲げる事は出来ないと理解したらしいお父様は、説得しようと何か言いそうになっていたが、それを呑み込んで諦めを口にした。
「……家族の縁を切る訳では、ないのだな?」
「あなた⁈」
私はその言葉を聞いて、ほっと息をついた。私なりに、過去と向かい合って……けじめを付けられたと思う。
「……ええ、そうですね」
そう、さっきも言ったが、家族達の事は嫌いではない。憎いとも思っていない。少し恨んではいるかな。でも、それより寂しさの方が強い。
もう起きた事も、私が感じてきた事もなかった事にはならない。あのまま家に居たとしても、これから家に戻ったとしても、私は幸せでいられないから。
「最後に……アンジェリカお姉様、ジェルマンお兄様……いいえ、お父様やお母様達も」
「な、なんだ?」
「ステファノ達には私と同じ事をしないで、ちゃんと褒めてあげてくださいね」
純粋に甥姪を心配して出た言葉だったのだが、何故か他の家族も含めて全員傷付いたような顔をしていた。
どうやら、思いかけず反撃になってしまったようだった。