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 二階の窓から脱出する……一応、この方法が一番確実だった。屋敷に居た兵にもし見つかるような事があれば彼らと武器を交える状況になりかねなかったし。私はこの件で誰も怪我なんてさせたくなかったから、「絶対に見つからないようにフレドさんを助け出すには」と考えて、実行可能な中で十分に吟味した結果である。

 間違いなく、最善手だった。

 しかし……途中から、「とても恥ずかしい事をしてしまったのでは」という気持ちが湧いてきてしまったのだ。

 フレドさんを抱き上げて逃げてる最中は、「ここから逃げる」という目的に追われてそんな事を考える余裕はなかったのだが……初めてフレドさんの頭が私の目線の下、しかもすぐ近くにあるなとか……これ男の人の体に抱き着いてるのでは? とか考えてしまったらもうダメで……。


 なので、ニナの待っている魔導車に乗り込むころには、私とフレドさんはお互いの顔も見られなくなってしまっていたのだ。


「男女逆じゃないの? 普通は、囚われの身になっていた令嬢を助け出すんでしょ? お姫様抱っこでさぁ」


 動き出した車の中でそんな私達を見たニナが呆れたような声を上げて、思わず笑ってしまっていた。確かに、本でよく見るシーンとは男女逆だった。その指摘が何でかとてもおかしくて、私もフレドさんもさっきまでの気恥しさがどこかに行ってしまったのだった。


「くっ、くく……! あはは、そうだよね、俺がお姫様抱っこで助けてもらっちゃって、ほんとに情けな……ああダメだ、自分の事なのに面白い……!」

「いえ、あの、怪我してたんだから仕方がないですよ! ごめんなさ……ふふ、でもニナにそう指摘されると、私も面白くなっちゃって……っ」


 ひとしきり笑った後、笑いの波が収まった頃にハッと我に返った。慌てて、フレドさんにこれから何をしようとしてるのか素早く説明する。今は「家族全員と話し合いがしたい」とアジェット家を呼び出して、家族がアジェット邸を不在にする隙をついて二人をこうして助け出したのだという事。

 今は私の姿に「変化」した琥珀が私のフリをして時間稼ぎをしてもらっているので、出来たらこのままこっそり入れ替わって戻りたい旨を伝えた。


「あ……着きましたね。私、フレドさんに肩を貸してくれそうな男性の使用人を探してきます。ニナもここで待っててくれる?」

「あ、俺の足なら一人で立てそうなくらいには回復して……って、行っちゃったな」


 イレギュラーもあったせいで「今やるべき事」で頭が一杯になっているリアナには、フレドの声は届かなかったようだ。目の前の建物の中にアジェット家の者達が揃っているのを考えると、大声を上げて呼び戻すのも得策ではない。しかも忘れてたが自分は室内履きのままだし。追いかけても入れ違いになる可能性を考えて、フレドはそのまま格式の高いレストランのポーチに停まった魔導車の中でリアナを待つ事にした。


「……ねぇ。あたしの事……ざまぁ見ろって思ってるんでしょ? 追い出した相手に助けてもらってみっともない、って」

「え~……そんな事思ってないけど……というか君、態度変わりすぎじゃない? アジェット家では『反省しました』って神妙な顔してたのに」

「それはあんたもでしょ。こんなヘラヘラしてなかったじゃない」

「そりゃあ、真面目な話してたから」

 

 ニナと違って周りを騙そうとしていた訳ではない、と話すと、また不機嫌そうに口をつぐんだ。


「……ざまぁ見ろまで思ってないけど……何もしなければ幸せになれたのに、とは思ってるかなぁ」

「……どういう事よ?」

「外に作った君を引き取った男爵家では、当主が倒れて今は夫人が采配を取ってるんだけど、少し前に領地から魔石の鉱脈が見つかったんだよ。ニナ君はアジェット家が後見につく時に、その男爵家から籍を抜く……絶縁してるから知らないだろうけど」


 夫の浮気で出来た子を引き取ってあげたばかりか、「大人の勝手で生まれた子だから」と情を持って養育してもらっていたのに。その男爵夫人に受けた恩を仇で返すように「引き取られた家で虐待されて過ごしている」と周りに思わせる発言をしていた。

 良好とは言えずとも不可ではない関係を築けていたら、裕福になった養家と縁は切れていなかっただろうに。 


「君は……『まっとうに生きるのなんて損しかない』って思ってるよね」

「だから……何よ。食い物にされる方が悪いんじゃない。それに、全部世の中が不公平だから……その分を返してもらってるだけよ!」

「でもそうやってズルしようしたせいで全部、今悪い結果になってるの、自分で気付いてる?」

「え……」


 アジェット家に居た時は、協力者だ、という顔で親しみやすい大人を演じていたフレドだが今はもうその必要はない。


「その男爵家だけじゃなくて。アジェット家に来てからも。何もしなければ……アジェット家の後援を受けて貴重な光属性の魔法使いになれたのにね。それに、陥れるような真似をしなければリアナちゃんはきっと……困りながらもニナ君の我儘を受け入れてくれただろう。狩猟会でリアナちゃんに怪我をさせなかったし、その保身のために嘘をついて大事にもならなかったんじゃないかな」

「なに……何の、」

「それに、窃盗の件も。あんな事しなければ、穏当に国を出られたのに。利益を得ようとして行った事が、全部悪い方に行ってる。何もしなかったら手に入ったはずの物を全部失った上に、損もしてるし」


 少々、意識して意地悪い笑みを浮かべたフレドは、ぽかんと口を開けたまま自分の話を聞くニナに説明していった。


「全部……余計な事しなければ良かったね。さっきだって何も言わなければ、俺を抱き上げて救出したリアナちゃんと……お互い恥ずかしがってしばらく気まずくなってたと思う、おかげで笑い話に出来たから助かったよ」

「なっ……⁈」

「ありがとう、からかってくれて」

 

 はくはく、と言い返す言葉も浮かばないで唇を震わせていたニナは、見る見るうちに怒りで顔を赤くして目を吊り上げた。

 ニナが手を振りかぶる。ひっぱたこうとしたその手を軽々と掴んで防ぐと、フレドは最後に心配する色をにじませた目でニナを見た。


「……ねぇ、悪い事して独り勝ちするのって、すごく難しいんだよ。実力も運も頭も必要だし」

「良い子にしてたら利用されて終わりじゃない!」

「搾取されろと言ってるんじゃない。手を差し伸べてくれた人をわざと傷つけるような真似はもうやめろって事だよ。新しい場所では間違えずに幸せになって欲しい」

「……あたしを助けたって何の得もないクセに、何よ……!」

「え? あるよ」


 何でもない事のように言われたその言葉に、ニナは意表を突かれた顔でフレドの顔を一瞬見つめた。


「ニナ君が酷い目にあったらリアナちゃんが気に病んじゃうじゃん」


 自分がかつて陥れようとした相手を理由に幸せを祈られる。何を言い返しても勝てないこの状況に、ニナは悔しそうに押し黙った。


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