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奪還


 しかし案じた通り、私が連絡を入れてもアジェット家がフレドさんを解放する事はなかった。

 フレドさんの身分についての誤解は解けたようだが、クロヴィスさんの言った通り、私と直接会う事を条件にしてきた。戻って来いとは言われていないが、顔を合わせてしまったら絶対に強引な手段でクロンヘイムに留められる予感しかしない。


「……お父様達はどうして……フレドさんがミドガランドの皇室関係者だと知った後も監禁を続けるなんて……」

「それは……フレデリック様が本物の皇室関係者だったから、ではないでしょうか?」

「どういう事ですか? エディさん」

「誤解するに足る理由があったとはいえ、解放してもミドガランドの第一皇子に冤罪をかけた事実は変わりません。どうせ責を問われるなら、何が何でもリアナ様を取り戻したいと思われたのではと……」

「あ…………」

 

 どこまでいっても私と家族の問題で。そこに巻き込んでしまったフレドさんに対してひたすら申し訳ない。


「ちょっとエディさん、悲観的すぎる事を言わないでください」

「いえ、アンナさん……予測して対策を立てる事も必要ですから」

「……大丈夫よアンナ。それに、エディさんの言ってる事、その通りだと思うし……」


 言われて確信した。どうして思い至らなかったのか……多分自分の事だから、視野が狭くなってしまっていたのだろう。

 そう考えると、家族がどうしたいのかが見えてきた。どうしたいのか分かったら、私が何をするべきかも少しは見通しが立つ。


「エディさんが確認してくれましたけど、ミドガランドの他の使節団の人にはまだ知られてないんですよね?」

「そうですね……疑惑だけでもフレデリック様の不名誉になるので、公になっていないのはこちらとしても助かるのですが……」

「お父様達も、この件は当然表に出したくないんです。アジェット家は……私を家に戻るよう説得して、それでいてフレドさんにはこの件を荒立てないでもらう……それが理想だと考えてる、と思います」


 私の言葉に二人は同意するように静かに頷く。


「何じゃそれは、ムシのいい話じゃな」


 ぷりぷり憤慨する琥珀は、まるで私の代わりに怒ってくれているみたいだった。

 さらに、こちらにはこの件で動ける人……知ってる人も少ないのも気付いかれているだろう。だから、アジェット家が大勢の手駒を動かす前にこちらは手を打たないとならない。


「うん。私もそう思うし……その意図に沿うつもりはないけど、向こうがそう望んでるって分かってればそれも利用出来る。三人には、私の案に協力して欲しいの。特に琥珀は、一番大切な所を任せたくて……」

「何をじゃ⁈ 何でもやるぞ!」


 何をやるか中身を聞かないうちから即答する琥珀に苦笑しつつ、私は頼もしい仲間に恵まれた事に感謝した。

 琥珀の力の……私が考えている策で家族を出し抜いて、フレドさんを屋敷から救い出す。あ、ニナも一緒にね。

 そのための計画を、私は三人に説明した。細部を詰めた後クロヴィスさんにも計画について報告して、翌日には私の家族達に、改めて連絡を取った。表向きは話し合いの場を設けるという目的で。

 



 翌日。私達は計画通り、二手に分かれて行動をしていた。「話し合いは家族が全員揃わないと行わない」と呼び出したアジェット家の待つ場所に向かう琥珀達三人と別れて、私は一人アジェット邸に向かっている。

 家族達が全員いなくなる機会をこうして作り、私がその間に忍び込んでフレドさんとニナを取り戻すという……作戦と呼ぶには随分単純な話だが。


 これは琥珀の力がなければ実現……いや、思い付けもしなかった策である。向こうは琥珀が他人の姿そっくりになれるとは一切知らない訳だから。

 フレドさん達をアジェット邸から連れ出した後にこっそり琥珀達に合流して、私に「変化」した琥珀と入れ替わって元に戻る手はずになっている。

 もしかしたら、フレドさんの身柄が手元にあるからと、私を連れ戻せると思ってる家族から本音を聞けるかもしれない……そんな副産物もちょっと考えていたけど。


 アジェット邸の使用人用の通用口を何事もなく通れた私は、顔に出さないようにホッと安堵の息を漏らしつつ、通用口のドアノブにかざしたアジェット家の紋章を懐にしまった。良かった、警備結界を騙せたみたい。

 アジェット邸にはコーネリアお姉様の作った警備結界が設置されている。当然、アジェット家の娘だった私はこの結界を何のわずらわしさもなく出入り出来るよう、私の魔力を鍵として登録されていた。

 しかしそれを使って「リリアーヌ」がやってきたとすぐに分かるような変更がされていてもおかしくない。

 そのために、アジェット家が使用人に持たせている、結界の出入りに必要な紋章を偽造したのだ。警備結界のメンテナンスは手伝っていて、実際新しい使用人に渡す紋章を私が作った事もある。

 家出した時のように、中からこっそり出て行くのとは違う。公爵家で使われている警備結界を騙して外から入れるものを作らなければならないから、自分の魔力を完璧に隠蔽すると共にとても気を使った。ちなみに、今来ているアジェット家の使用人の制服も、記憶を頼りに自分で作ったものだ。

 貴族家の使用人の服を仕立てる技術のあるまともな仕立て屋に頼んだりしたら、すぐ通報されてしまう。見分けがつかない出来の制服を手に入れるには、自分で縫って作るしかなかったのだ。紋章の偽装と制服、アンナにも協力してもらったけど、何とか一晩で完成して良かった。

 ……アンナは「私が侍女になる前に使っていたものをとっておけば良かったですね」なんて言ってたけど……私とアンナじゃ体形が大きく違うから、あったとしても使えたかどうか……。


 それは置いておいて。結界が新しいものになってたら、こんなにスムーズにはいかなかったよね。正直、前もって確認しに来た時……私が逃げ出した時から警備結界が変わってないのは罠かもしれない、と思ったし。

 その疑いの気持ちは忘れずに、警戒しながら進もう。

 敷地内には入ったが、当然まだ安心出来ない。そこかしこにいる警備に目を留められないように、「ごく普通の使用人」に見えるよう細心の注意を払う。

 当然変装はしているが、私を小さい頃から知っているような古株の使用人にじっくり顔を見られたりしたら流石に気付かれかねない。


 私は注意深く、警備の配置を視界の端で確認しながら歩いた。どこに注意が向けられているのか……彼らの意識の中心を探っていくと、とある客室があった。


 私は一つの確信を得て、勝手知ったる建物の中を進んだ。見張り等がいたらどうしようかと思ったけど、幸い鍵がかかっているだけで、扉の前に誰か立っていたりはしないようだ。コーネリアお姉様製の魔道具でもあるここの鍵達が信頼されているからだろう。

 アジェット家の全員がリリアーヌと会うためにこの屋敷をあけているものだから、今は使用人達も色々忙しくしているらしいのもある。

 何を聞かされているのか、ここに来るまでに聞こえてきたお喋りの内容からすると、もう私が戻って来るものと考えて部屋を準備したり晩餐の用意をしたりしてるみたいだが……私はこの家で暮らす事はないんだけどな。

 少なくとも、フレドさんの身柄を使って、脅すように家に戻れなんて言われるうちは連絡を取り合うのも遠慮したい。今回だって、フレドさんがこんな目に遭ってなければ顔を合わせるつもりもなかったのに。


「……何? 夕飯にはまだ早いんじゃないの」


 考え事をしているうちに、かちゃりと小さな音を立てて鍵が開いた。アジェット家では異質な……ほんの少し埃臭い、空気のよどんだ部屋の中から機嫌の悪そうな女の子の声が聞こえる。

 やっぱりフレドさんじゃなかった、と落胆してしまう。まぁ、あまり期待はしてなかったけど……その態度を隠さないまま、後ろ手にドアを閉めて中に入る。ふてくされた顔で長椅子に寝そべっていたニナは見下ろすような位置に立った私に不愉快そうに目線を向けた。

 どうやら私だと気付いていないみたいだ。変装の出来が良かったという事だろうか。


「ニナ、私が分かる? 私よ。ほんの短い間だけ義理の姉妹として暮らしたリリアーヌ……覚えてる?」

「……ッ⁈ ア、アンタ……!」

「しっ……今から話す事を、落ち着いて聞いて欲しいの」


 私を指さしながら大声を上げそうになったニナの口を慌てて手の平で塞いで、私は早口で説明を行う。

 現在、ニナはまずい状況に置かれており、このままでは貴族から盗みを働いた犯罪者として重罪人扱いされてしまう事。それに巻き込まれて、この家に交渉に来た外国の使節の方がアジェット家に拘束されてしまっている事。

 国の間の問題に発展する前に解決したいので、この件がクロンヘイムで明るみに出ていない今のうちに二人共連れ戻したい事などを手短に話した。

 そう言えば、ニナと言葉を交わすのはあの時以来なんだな。私が狩猟会の怪我から目覚めた、あの日の……。

 叫ばれたりする気配はないのでニナの口から手の平を離したが、事情を説明した今も私への敵意が瞳に宿ったまま消えなかった。

 

「……はっ。それで、お優しいリリアーヌ様はあたしの事も助けてあげようって訳?」


 狩猟会の後、私が目を覚ました日。あの日に一度だけ見たニナがそこにはいた。でも、こっちがニナの素なんだなって、言われなくても分かる。


「ちょっと、ここで言い争ってる場合じゃないの。警備結界も、ここの扉も一時的に誤魔化してるだけだから、早く屋敷から出……」

「嫌よ」

「えっ……」


 話を聞いても全く動こうとしないニナにやきもきして思わず腕を取ったが、私の手は拒絶の言葉と共に跳ねのけられた。

 何で……どうして? だって、このままここにいたら……悪い状況にしかならないって分かるでしょう?


「ねぇ、このままここにいたら必要以上に重い罪が着せられるのよ?」

「だから何⁈ あたし、あんたにお情けかけられて助けてもらうとか、そんな事になるなら犯罪奴隷になった方がマシ!」


 何それ……私への意地、そんな事で人生を台無しにするの? 

 一応、ニナが新しい場所で平民としてやり直す件については、フレドさんが伝えていた事と同じ条件とは言わないまでも多少配慮すると伝えてみたが、ダメだった。

 将来後悔するから、なんて正論で言い聞かせる気は湧かない。

 きっと、ちゃんと話し合って説得する道もあるのだろう。でも今は……とにかく急いでいる。フレドさんを「アジェット公爵家のリリアーヌを誘拐した犯罪者」だなんて訳にはいかない、その前に何としても解決しなければという焦りがあった。

 私のせいで、フレドさんに汚名を着せるわけにはいかない。すぐ誤解が解けるとしても。そんな声があったというだけで、絶対に騒ぎ立てる人が出る。


「そう、じゃあこの話はこれで終わり。私は、あなたに巻き込まれたフレドさんを解放しに行くから」

「!!」


 私があっさり引き下がって見せると、ニナは途端に迷子になった子供みたいな目を向けてきた。……どうして? 私がそんな事言わないで、なんて言うと思ってたのだろうか。


「ニナ。私……あなたの事が嫌いよ。わざわざ嘘を吐かれて、悪者にされて。家を出るきっかけをくれたから恨んではないけど、あの時からずっと怒ってる」


 ほんとは、当初は「どうして」っていう戸惑いしかなかったけど、そこは主題に関係ないので置いておく。


「はぁ⁈ 何よ、今更……! あたしだって、あんたの事なんて大嫌いだし!」

「じゃあ、お互い様ね。……だから、私があなたも一緒に連れ出そうと思ったのは、優しいからじゃないわ。自分のためよ」

「…………は?」


 私の言ってる事が心底理解できない、という顔をしたニナは訝し気な顔をしたまま、私を見つめた。


「……あなたが、このまま……貴族の家で盗みを働いた平民として、重い罪に問われたら……私、きっとクロンヘイムに関わる度に思い出して、嫌な気持ちになっちゃう。それが嫌だったから。私のこれからの人生で、あなたの事で暗い気持ちになる時間を作りたくないの」


 それこそ一生強制労働とか、国のための実験要員とか……ニナは貴重な光属性の魔法使いだ、十分あり得る話なのだ。

 でも、嫌いだし……怒ってるけど、そんな目にあって欲しいなんて思えない。

 アンナやフレドさんとも話した。私は自分が、毎日スッキリ嫌な事を考えずに幸せに生きるためにニナを助けます、って。


「は……はぁ~~?」

「絶対に嫌なら無理強いはしないわ。私は、助けてあげようとしたけど本人が嫌がったし……って言い訳が出来るから」


 だから、あなたがどうなるか、何の遺恨も残さず幸せに暮らしちゃうよ。遠回しにそう言うと、思った通りに行かなかったとでも言うように、ニナの顔がくしゅりと歪んだ。

 ……やっぱり。ニナは多分、「誰かの人生を奪ってしまうかも」って私に思わせて、心に傷を残したかったんだと思う。

 私は、アジェット家に居た時よりも、多少は人の言葉の裏が読めるようになった。アジェット家に居た時はひたすら家族を師とした勉強と課題、さらに私は要領が悪いので、学園でも休憩時間を充てて何とか家族の示す「最低限」をこなす日々だった。

 私のコミュニケーション能力が低いのは、単純に……人と会話する事が少なかったせいもあると思う。

 それぞれの分野を学んでいる最中はやり取りをたくさんしてたけど、家族としてではなく師と弟子として……だったし。


「……っあの人、フレドさんが捕まってるの、この屋敷じゃないわよ! 教えて欲しければ……」

「知ってるわ。人の出入りは監視してたの。アジェット家の別邸の一つに場所を移されたんでしょ?」

「っ……!」


 また、くやしそうにニナの顔が歪んだ。

 ……フレドさんがこっちに居る可能性はかなり低いだろうな、って思っていた。ニナがこちらなら、大通りの方の……お母様が劇場に出演する時に使う屋敷にフレドさんがいる、間違いない。

 昨日、話し合いをする場所を伝えてすぐにアジェット家の魔導車が別邸に行った。この別邸が、会場から目と鼻の先にあるからだろう。

 向こうも、家族全員を呼び出されて……そのすきにフレドさんを奪還される事を心配していたはず。だからアジェット家にはニナしかいないのを半ば分かってて、こうしてやって来たのだ。私の心の平穏のために。

 だから口では見捨てるような事を言ったけど、当然置いて帰る気はない。

 

「あなたは私の事嫌いでもいい。ねぇ本当に、意地を張ってここに残りたいの?」


 私は握手を求めるように、ニナに手を差し出した。

 何だか「助けさせてあげる」って態度が気に食わなくて。絶対に、自分から「助けて」って言わせてからじゃないと連れて行かない。

 他にマシな道がないのは本人が一番分かっているんだろう、ニナはぎゅっと唇を噛み締めながら、私の手を取った。

 もう、意地なんて張らなければいいのに。でもそこを指摘すると、拗ねてもっとややこしい事になるのが分かってるので、私は見て見ぬふりをした。


「じゃあ、ニナ。ここから出るためにすぐ着替えて。この使用人の服に……」

 

 私は、ポケットの内側に仕込んでいた薄型の拡張鞄からもう一着、私が来ているのと同じ服を取り出してニナに渡した。部屋を出て廊下に出るわけにはいかないので、着替えを促すために後ろを向いた先で……ドアノブのレバーが、ゆっくりと下りていった。


 ……誰か来た⁈ どうしよう、部屋に入ってすぐ防音結界は使ったけど、時間をかけすぎた……⁈ 私も意識が完全にニナにしか向いていなくて、気付くのが遅れてしまったなんて……! どうしよう、失敗した。

 私がどこかに隠れてやり過ごすのも、もう無理。焦る私の目の前で、無情にも……扉は開かれてしまった。

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