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急変


「ええ⁈ フレドさんとニナが私の家族に疑われて、監禁されてるって……一体どういう事ですか⁈」


 予定にないのに、私達が滞在しているホテルに訪れたエディさんがもたらした知らせ。普段あまり表情の変わらないエディさんが切羽詰まった顔をしていたから余程の緊急事態だとは思ったが……。


「い、一体どうして? エディさん、説明を……」

「リアナ様、落ち着いてください。まずはエディさんに中に入っていただいて、座ってお話を聞きましょう」

「あ……」


 アンナの声掛けのお陰で取るものもとりあえず来た、という様子のエディさんに気付けた私は一度深呼吸をする事が出来た。

 あまりに取り乱して、廊下と繋がるドアを開けたままエディさんに詰め寄ってしまったなんて。


「細かい事は書かれていなかったのですが……」


 エディさんがに渡してあった連絡用の共振器の画面には、乱れた文字が表示されていた。かなり急いでいたと分かる。

 一応文章は書き写してあるそうだが、誤って消してしまわないように注意しながら、私達はそこに表示されていた文章を読んでいった。


「そ、そんな……どうしてこんな事に。盗みを働こうとしただなんて……」

「うーん……正直、嘘がバレて状況が悪くなったので、金目の物を盗んで逃げようとした……はあの子ならやりそうだなぁと思いますが。フレドさんは共犯者だと思われてとばっちり受けた形ですよね」


 私は琥珀になんて書いてあったのか、フレドさんの身に何が起こったのかを説明しながらこの状況の解決法法を考えていた。

 ど、どうしよう。

 顔を合わせずに、フレドさんに間に入ってもらって私が望むとおりに事を運んでもらうなんて、やっぱり虫が良すぎたのだろうか。こんな事になってしまうなんて。


「フレデリック様を調べればすぐに誤解は解けますが……その間に、リアナ様が気にかけていた少女の扱いがどうなるか……」


 ニナは今日、アジェット家の養子ではなくなった。だから窃盗の罪で裁かれる場合は平民として、になる。貴族の家から物を盗もうとした罪は、重くしようと思えばどこまでも重く出来てしまう。

 確かに……悪い事なのは分かる。でも私が幸せになった事で……私が外国で生み出した利益を見たクロンヘイムの貴族が、ニナのせいでリリアーヌが逃げたと彼女を追い詰めた。私にはフレドさんとアンナがいたけど、ニナには誰もいなかった。これではあんまりだと思う。

 やった事に対して、ニナがあまりにも重い罪を問われてしまう、このままではダメだ。


「それにこの事がクロヴィス様の耳に入ってしまったらどうなるか……」

「そうですね。(すめらぎ)に行ってらっしゃるんでしたっけ? 何とか知らせずに解決できないでしょうか……」

「いえ、アンナ。エディさんも……それはやめた方が良いと思う。クロヴィスさんには今の、詳細が分かってない状況も含めて説明しよう」

「何でじゃ? あの男、フレドが誤解で捕まってるなんて知ったら、ブチ切れて戦を起こしかねんぞ?」


 琥珀の過激な発言に驚きつつも、でもさすがにそんな事しないよ、と私は言い切れなかった。いや……でもさすがにいきなり戦争はないはず。クロヴィスさん、事を構えるにしてもまずは経済制裁とかからやると思うし。


「どんなに隠してもクロヴィスさんなら後から絶対この件を知ってしまう思うの。その時に、私達がクロヴィスさんの『信用ならない味方』になってしまう。クロヴィスさんがフレドさんの事を特別に思ってるからこそ、話しておかないと」

「それは……あり得ますね。あの方には、この件を隠したと発覚する可能性が高いですし、そちらの方が恐ろしい事になりかねません」


 重々しくそう呟いたエディさんを見て、アンナと琥珀もごくりと喉を鳴らす。

 私が言った言葉は決して大げさではない。竜の咆哮(ドラゴン・ロア)の飼育室から出た後、そこで見たフレドさんの事を話すのをいったん拒否して見せた私に向けられた冷たい目を覚えている。

 クロヴィスさんは、私がフレドさんに悪意がないとか、フレドさんは私を友人と思ってくれてるとか関係なく……フレドさんの傍に居てはならないな、と思ったらすぐに遠ざけられてしまうだろう。確信があった。



 隠さずに伝えるとは決まった。しかし伝え方には細心の注意を払う必要がある。

 私はクロヴィスさんに、大事な連絡があるので今やり取りをしても大丈夫か、とお伺いを立ててから……クロヴィスさんにこの事態をどんな言葉で伝えるか、原稿を作り始めた。



『……戦争を起こそう』


 文章のやり取りではじれったい、と言い出したクロヴィスさんが、先日完成したばかりの音声通信用共振器を使うように指示を出した。

 私達も、フレドさんの身に何が起きてるかは共振器で来た連絡でしか分かっていない。直接会話でやり取り出来ても、こうしてクロヴィスさんの質問のほとんどにろくに答えられなかった。

 そして業を煮やしたらしいクロヴィスさんが、沈黙の後に言い放った言葉がこれであった。


 現在クロヴィスさんがいる(スメラギ)と、ここクロンヘイムは大分離れている。人造魔石を使った共振器とはいえ、同期のタイムラグもある。声が遅れているのかな……と耳を澄ませたところにこんな言葉が聞こえてきて、私はぞわりと胃袋の中を冷たい手に撫でられたような気持になった。

 さすがにクロヴィスさんでも……と思った私が甘かった?

 ど、どうしよう……私の家族の問題に巻き込んだせいで、クロンヘイムが……。


『まぁ、それは最後の手段として。リアナ君、何か解決策はあるかな?』

「えっ」


 次に聞こえてきた言葉は随分常識的で……望ましいはずなのに、私は自分の耳を疑ってしまった。


『えっ、て何だい? まさか僕が本気で戦争起こすつもりだと思った?』

「……申し訳ありません」

『まぁいいよ。実際、兄さんがそんな状況に置かれている事に腹は立ってるし。けど、複雑な関係とはいえリアナ君のご実家だ。滅ぼすわけにはいかないからね』


 内心ちょっと驚いてしまった。兄の友人の家族だから大目に見てあげる……って気持ち、クロヴィスさんにもあったんだ。

 しかし今変な事を指摘して、この情報共有の場をこじらせる訳にはいかないので今はそれは置いておく。

 アンナとエディさんは、「確かに、アジェット家がリアナ様の血縁と言う事実は一生変わりませんからね」と納得顔でうんうんと頷いている。そんなに納得するポイントがあっただろうか?


『本音を言うと、今すぐ兄さんを救い出しにクロンヘイムに駆けつけたい。けどそれが出来ない事情が出来てしまって……』


 なんと、ベルンちゃんが……いつの間にか、卵を抱いていたそうなのだ。その卵を離そうとせず、クロヴィスさんを乗せて空を飛ぶ姿になれないらしい。

 ちなみに、ベルンちゃんがこのような状態でなければすぐに駆けつけていたと言われた。


「え……ベルンちゃん、女の子だったんですか?」

『いや、よく分からないんだ。竜の、それも妖精種だから生態に判明してない事も多くて。とりあえず、相手は(すめらぎ)の皇居の上を飛んでる竜のどれかだろうな、くらいしか』


 自分が産んだのか、パートナーが産んだのか、そもそも有精卵なのかも分からないが……ベルンちゃんは抱卵したまま動こうとしないらしい。

 船と陸路を乗り継いで、(すめらぎ)からクロンヘイムに来るのに皇族の身分を使って最速でも半月はかかる。当然、それまで待つなんて訳にはいかない。

 フレドさんだけではない。ニナも同時にあの家から連れ出す必要がある。


『いい? 僕の代わりに絶対、兄さん

「……私がクロンヘイムに居る事を明かして、フレドさんを即時解放するように伝えます」

『まぁ、それが一番スマートかな。武力に訴えるか脅すような事はしたくないんだよね?』

「武力だなんて……! お父様もウィルフレッドお兄様も私より強いのに、フレドさんを力任せに取り戻すなんて出来ないですよ!」


 私は慌ててそう否定した。クロヴィスさんなら可能だろうけど。それに屋敷には無力な使用人達もいる。


『そうかな? 君のそのご家族とは、それぞれ武術と魔法でしかやり合った事がないんだろう?』

「? そうですけど……」


 変な事を言うなぁ。今まで……一度も、一本すら取った事がないのに、私がお父様とウィルフレッドお兄様を倒してフレドさんを救出するなんて出来る訳がないのに。私が家族に捕らえられるだけだと思う。今度は家出も出来ないようにされてしまうだろう。

 こっそり、フレドさんとニナだけを助け出して、その後でゆっくり誤解を解けたら一番良いのに。

 今は、ニナが犯罪者として公的機関に引き渡されたり、フレドさんを捕らえたなんて事実が公になる前にどうにかする必要がある。

 ミドガランド帝国の第一皇子が、嫌疑をかけられて外国で捕まった、なんて記録を残す訳にはいかないのだ。結果冤罪だったと判明したとしても。


『それで兄さんへの疑いはすぐ晴れるだろうけど……リアナ君が手の届く場所にいると分かったら、兄さんの事を盾に家に戻ってくるように言われるだろうね。リアナ君、情にほだされてそんなに言うなら、とか思っちゃダメだよ?』

「……私だって、そんな言葉で全部解決するなんて、思ってないですよ」

『そう? 分かってるなら良かった』


 そう、分かっている。リンデメンでお兄様達と話をした時も。これからはちゃんと私の事を褒めるって言われたけど。そんな事だけ今更変わっても、私はもう家に戻ろうと思えなかった。

 ああ、ダメだなぁ。今日も褒めてもらえなかったな。

 そんな事を考えながら毎日過ごしていた、あの頃の私に戻りたくない。自分に「褒めてもらえないダメな子だ」ってガッカリしながら頑張るのは、とてもつらかった。

 アジェット家から離れて……こうして、私をちゃんと認めてくれる人たちに囲まれて過ごして。絶対に戻りたくないと感じたし、自覚したの。

 私、家に居た時……ずっと、苦しかったんだなって。


『いい? 君はミドガランドの産業においてなくてはならない存在なんだから。兄さんだって……』

「フレドさんの事を交換条件にされたら、……そうですね。真正面からだと当然太刀打ちできないので、こっそり助け出す事になると思います」


 あ、しまった。クロヴィスさんの発言と被ってしまった。

 しかしそれほど重要な事ではなかったのか、クロヴィスさんは特に言い直したりせずに話を進めた。


『ん? じゃあ、囚われの姫を助け出す騎士だね。兄さんの事頼むよ。僕がここから協力出来る事なら何でもするから』

「は……い、承知しました」


 囚われの姫、というワードに横で聞いていたエディさんが「んぐふぅ」とくぐもった変な声を出した。若干、私も笑いそうになった。危ない。


 そうしてクロヴィスさんへの情報共有が終わってすぐ、私達は動き出した。まずは家族に、私がリリアーヌだと、疑われる余地なく話を通さなくてはならない。

 クロヴィスさんが言ってたような、代わりに家に戻れって言われるような状況にならずに済むと一番いいんだけど……。

 

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