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全ての原因は


 認識がズレてるんだよな。

 今でも、あの人達は「狩猟会の件で誰が悪かったのか」とか「慢心しないようにあえて厳しくしてただけだった」とか、そういった事が原因でいきなりリアナちゃんが家族の下から逃げたと思っている。

 そうじゃなくて……いや広義ではそれらも原因の一つと言えるけど。でもリアナちゃんは、今までずっと我慢してきて、それがついに出来なくなってしまったからこの家から出る事を選んだだけだ。

 何かのきっかけでこうなったのではなく、ずっとずっとリアナちゃんが傷付き続けてきたのを全く理解していない。だから、原因を取り除いたら元に戻れると本気で思っているんだろうな。


 ……あの人達が望む「解決」は、時間を戻して、リアナちゃんが生まれた時から全部やり直しでもしないともう手に入らないのに。

 傷付いたっていう事実も、リアナちゃんがつらくて悲しい思いをした時間も、なかった事にはならない。


「エディ……この件、上手い事解決出来るかなぁ」

「何を弱気になってるんですか。それを成すために来たのでしょう」


 なんとなくぽつりと吐いた弱音にぴしゃりと叱咤が返ってきて、俺は思わず笑っていた。エディらしい。いや、気休めを言って欲しかった訳じゃないので正解か。


 俺とエディはこの家の養子、ニナの身柄を引き受けるためにクロンヘイムにやって来て、リアナちゃんの実家を訪れていた。

 一応、アジェット家との交渉はこちらが望んでいた理想に限りなく近い感じで解決できそうなので一安心と言ったところか。

 何より、リアナちゃんが一番気にしていた養子って子の安全をこれで確保出来た。クロンヘイムに来て直接調べた限りでは、このままでは政争に利用されかねない状況だったからね。

 今回、リアナちゃんと会えるかもしれない……ってのを交換条件に出すのを提案したのはリアナちゃん本人なんだけど。未だに……会って謝罪したら、全部許して帰って来てくれるって思ってるアジェット家の人達の認識に腹が立ってしまった。


 こうして餌にはしたが、実際は本当にリアナちゃんを家族に合わせるつもりはない。いや、騙したんじゃなくて……「少なくとも今は」って事ね。

 リアナちゃん自身もいつかは家族とちゃんと対話したいって言ってたし、それを止める気はないけど、今アジェット家の人達と合わせても何も良い事はないのが分かってるから。なので俺が間に入って、きちんと問題に向き合ってもらえるまで直接顔を合わせない方が良い。


 あのニナって子も、変な野心を持って余計な事をしなければ、貴族の後援受けて将来も安泰だったのにね。でも犯罪者になるのを回避して、光属性の魔法について平民として学べ直せるんだからとんでもない温情だよ。

 リアナちゃんは自分の罪悪感を軽くするためって言ってたけど、俺は甘すぎるよな、なんて思ってしまっていた。まぁ口に出したら「酷い人だ」って思われるから言わないけど。


「じゃあエディ、明日はあの子の戸籍の手続きお願いするね」

「かしこまりました」


 クロンヘイムの貴族には戸籍がある。平民は数として管理されているだけだけど、貴族は生年月日と名前と所属などが国に登録されている。エディは、この養子であるニナの身分をアジェット家の承諾を得て貴族籍から削除する手続きをやってきてもらう事になっているのだ。

 必要な書類も、アジェット公爵とニナ君本人の意思も取ってあるので、後は貴族院に承認をもらうだけ。

 俺がここに残る事で、エディ一人を身軽に動けるようにして……リアナちゃん達の方の計画の首尾も確認してもらう目的もある。

 実は今回、リアナちゃん達もクロンヘイムに来てるんだよね。「人造魔石事業のクロンヘイムでの意思決定権を持つ者」として。

 でも滞在中にアジェット家に知られると絶対リンデメンの時みたいに「話し合い」にならずに戻って来いと要求されて騒ぎになるので、今回はこっそり来てこっそり帰る事になっている。


 リアナちゃんが直接クロンヘイムに来ることにしたのは他にも理由があって。なんと、リアナちゃん……クロンヘイムの貴族籍を削除するつもりなんだって。

 ニナって子は養子なのと、本人が未成年なのでアジェット公爵の許可がいるけど、リアナちゃんは成人してるし、本人が持ってる貴族籍なのでもっと話は簡単になる。リアナちゃんの貴族籍の削除は今すぐにという話ではなく、家族にも一応報告してからにするという話だ。


 実際、クロンヘイムがリアナちゃんの生み出した事業の生みだす利益に目の色を変えて言い寄って来てる以上、クロンヘイムの貴族籍を抜くのは良い判断だと思う。クロンヘイムでの貴族としての義務や強制力から解放されるものの、アジェット家との縁を切る訳ではない。

 今回の滞在中に、関係を悪化させたい訳ではないという意思表示のために、クロンヘイムで人造魔石事業も提案していく話だと言うし、クロンヘイム側も引き留めはしないだろう。断ったらただ、リアナちゃんも人造魔石事業も失うだけだからな。


 俺がこの相談を受けた時に何より驚いたのが、ミドガランド帝国での叙爵を受け入れるつもりだという事。ミドガランドで貴族になるために、クロンヘイムの貴族籍を手放すのだと話してくれた。

 ……俺は、正直意外だった。リアナちゃん本人が爵位を得て、派閥に入れば「貴族が後援に着いた錬金術師」よりも守りやすくなるって確かに言ったけど。

 家族に見つかった後も、目立ちたくないって言ってるリアナちゃんがミドガランドで叙爵される事を選ぶなんて、って。

 ……これ、やっぱり将来的な事考えてるのかな。ミドガランドでは、貴族は貴族としか結婚できないし。

 だって、クロヴィスが女の子にあんなに優しくしてるとこ、見た事ないもんなぁ。リアナちゃんもクロヴィスと一緒にいる時は、ちゃんと顔見てすごく可愛く笑うんだよね。俺と喋ってる時、あんまり目ぇ合わないのに。

 でもクロヴィスで良かった。クロヴィスは我が弟ながらとんでもないくらいに優秀だし、リアナちゃんの事幸せにしてしっかり守る能力があるから、安心だ。

 外国から来て、人造魔石の功績で叙爵して、そのほかにもリアナちゃんなら次々成果をあげるだろう。間違いなく数年以内に、クロヴィスの伴侶に相応しいと言われるくらいの名声も地位も手に入れると思う。いや俺が思うより短いかな。


「……こっそり片思いするの許して欲しいなぁ」


 クロヴィスで良かった。勝負を挑む気にすらなれない。万が一「俺の方がマシでは」なんて思う相手がリアナちゃんの隣に立とうとした時、俺はどうしようなんて心配した事もあるけど。

 嫉妬する気持ちすら一切湧かない。嘘。ちょっとある。

 でもクロヴィスなら当然だよなって気持ちの方が強い。

 俺のせいで迷惑かけちゃった弟には幸せになって欲しいし、リアナちゃんに対してもそれは同じ。

 元々結婚するつもりはない。正直女性と恋愛をするとか、家族になるとか想像出来なくて。俺みたいな不幸な子供は増やしたくないし。

 だから俺がミドガランドの皇族として復権する後援には、クロヴィスの派閥の中から都合の良い家に目星をつけてある。当主の一人息子とその妻が事故で亡くなり、後を継ぐ予定の孫がまだ幼いビスホス侯爵家。今はまだ四歳の彼が成人して、執務をしっかり行えるようになるまでの中継ぎ当主として、俺はビスホス侯爵家と養子縁組する予定だ。

 結婚しなくていいというか、「正当な後継者にしっかりとビスホス侯爵家を遺すため」を口実に俺が結婚しない理由を作れる所。決め手はそれだった。

 もちろん利用させてもらう分、しっかり貢献するよ。


 俺はアジェット家で用意された客室の戸締りをもう一度確認してから寝台に横になった。自意識過剰って言われるかもだけど、この部屋付きの使用人の女性の目がちょっと気になって……夜這いまでする人は流石にそうそう居ないけど、自衛は大切だからね。



 翌日、俺は手続きに向かうエディを見送った後、アジェット家の使用人の目の届く範囲でのんびりと過ごしていた。エディをお使いに行かせてる状況で俺までアジェット家の外に出るべきではないし、部屋にこもりっぱなしというのも飽きるのでね。楽器の置いてあるサロンや、温室、使用人を付ければ図書室も利用していいと言われてるので、退屈はしない。

 幸い、俺は「アジェット家の、家出したお姫様を保護してる、唯一の連絡先窓口」なので使用人達の態度も友好的だ。そう扱ってもらえるように振舞ったとも言うが。

 なので、アジェット家の人達の居住区画に立ち入らないようには言われてるけど、信頼を勝ち追ったお陰で割と自由に過ごさせてもらっている。

 厨房の副料理長さんや、長年勤めてる庭師さんなどから小さい頃からリアナちゃんが頑張りすぎてて心配だったエピソードとか聞いてホロリときたり、収穫もあった。

 まぁそうだよな……天才の家族それぞれから超詰め込みで教育されてて、子供らしく遊ぶ時間があるようには見えないのは、普通の大人なら心配する所だよなぁ。いくらリアナちゃんが期待に全部応えられる天才だからとはいえ。

 立場上指摘とかは出来なかったみたいだけど、隠されていたとかではなく……ちゃんと歪な姿が見えていた人もいたのが分かって良かった。


「お前、我が家の調度品を盗んで逃げる気だったんだな⁈」


 これで後はニナって子の身柄を引き取って、こっそりリアナちゃん達と合流してミドガランドに帰ったら一件落着かな。そんな事を考えてのんびりしていた俺の耳に、喧騒が届いた。

 穏やかではないその内容に、嫌な予感がして足を向ける。


「ちが……あたし、そんなつもりじゃ……」

「ならどうしてこんな物をこそこそと隠していたんだ!」


 そこにはリアナちゃんのお兄さんのウィルフレッドと、ニナがいた。足元にはアジェット家で使われていた物らしい調度品がいくつも散らばっていて、それを厳しい顔で見下ろす……彼の目は犯罪者を尋問するような厳しいものだった。

 見下ろされているニナは、肩を弱く震えさせて俯いている。しかし、遠巻きにその様子を見る使用人の目は冷ややかだった。

 何があったのか? と誰かに問うまでもなく、俺は大体の状況を把握した。……これ、かなりまずくないか。

 ろくに反論出来ずに俯くニナは、あそこに散らばるアジェット家の物を盗もうとしている疑惑がかけられている。冤罪か、と一瞬思ったが、様子を見る限り本当っぽいなぁ……もう少しで新天地でやり直せるはずだったのに、何て事を……いや、状況が変わる前か? これ本人も盗もうとしてたのを忘れて見つかった感じかな。

 いやそれにしても、何て事をしてくれるんだ……。しかも、よりによってこのタイミングで見つかるなんて。今日、ニナはアジェット家の養子ではなくなる。平民が貴族の屋敷で盗みを犯したら、罪は重くなる。それこそ、未成年でも実刑がつくほど。


「……! お前、お前も共犯者だったんだろう! こうしてこの女に盗みを働かせて、まんまと逃げおおせるつもりで……!」


 そしてその怒りの矛先は俺に向かってきた。


「落ち着いてください、ウィルフレッドさん。私も今こんな場面に行きあたってとても驚いている所で……」

「そんな話が信じられるか! クソッ、ならリリアーヌと対話をする機会を設けるという言葉も嘘か……おかしいと思ったんだ。リリアーヌと偶然パーティーを組んでいた冒険者の男が、ミドガランド皇室の関係者だなんて……!」


うも、正直疑う気持ちはわかる。俺が逆の立場だったら、「いくら何でも偶然が過ぎるな」って思うし……。

 当然アジェット家に対して説明はしたし、一緒に来てるミドガランド帝国使節団の人間から話もしてもらったけど、リンデメンで冒険者だった俺を知られてるからな……。何らかの手で誤魔化したのでは、と思われてるだろう。

 何も起きずに終わっていれば「奇妙な偶然もあるんだな」で済んでいたけど、こうなってしまっては……。

 アジェット家の事情を知った俺が身分を偽って入り込み、末娘の連絡がとれると嘘を吐いて、ニナを逃がして盗みも働こうとしている……この状況的に、そう思われても無理はない。    

 でもほんとに、偶然なんです……!


「いや、私は本当にリリアーヌ嬢の依頼でここに」

「ウィルフレッド様、憲兵への通報は……」

「いや、やめろ。この男がリリアーヌと関りがあったのは確かだ。父上が帰宅されたら判断を仰ぎ、尋問する」


 公的機関に調べられたらまずい、と思ったがそれは回避できたようだ。いや、もしそうなったらすぐに俺については誤解が解けるだろうけど……一時拘留されただけでもとんでもない騒ぎになってしまう。ミドガランド帝国の第一皇子が外国で犯罪の疑いかけられたとか……そう疑う事情が実際あったとしてもだ。

 いや、でも尋問もまずいんだよな。俺がされたとか、されそうになったって事実がまずい。

 これは、何とか表ざたにせず穏便に解決しないと。最悪国際問題に発展してしまう。


 エディに連絡しないと。何が起きたかと……ここには戻って来ずに、リアナちゃんと合流するようにって。俺は背中に冷や汗をかきながら、何とか連絡用の共振器を使う方法を考えていた。

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