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今日はおめでたい日だから


「本当に僕の支援一切入れずに商会作っちゃうんだもんなぁ。寂しいよ……」

「全部皇太子殿下の援助の力でやって、俺が完全に傘下に入ったって示すって手も考えたんだけどね」


 明日はいよいよフレドさんが立ち上げた商会のお店がオープンする。

 商会自体はかなり前から動いていて、他の商会や貴族達とも取引をしていたが、一般のお客さん向けの実店舗はここが初めてだ。

 今日は商会の関係者に、取引先や出資者達を招いたオープニングレセプションになる。ちなみに昨日は商会の運営側と、スタッフに、その家族を招いて開催されていた。


 私とアンナ、琥珀も、今日は関係者として招かれていた。城での晩餐会のような本格的な夜会ではないので、この場には私達以外にも貴族ではない参加者が多い。もちろん招待された貴族達もその辺りは承知の上だが。

 ちなみにクロヴィスさんは「フレデリック第一皇子と個人的に親交がある、聖銀(ミスリル)級冒険者デリク」として参加している。

 大丈夫かな……貴族なら皇太子殿下のお顔を知ってる人も多いだろう。変装しているとはいえ、聖銀級冒険者デリクの正体に気付く人が出るのではないかとちょっとヒヤヒヤしてしまう。


 フレドさんは、この商会の出資者でもあるいくつかの貴族家の人達に囲まれながら会話をしていた。

 今日が初対面の人もいるみたいで、「療養していた病気はほぼ治ったんですけど、その後遺症で目に問題が残ってしまって」と表向きの説明をしているのが聞こえた。

 ゴーグルのような形の装具を着けたフレドさんだが、概ね「ちょっと変わった眼鏡をかけた人」くらいの受け入れられ方をされているみたい。

 改めて、あの黒いヘルム型の装具が改良出来て本当に良かったなぁと思う。


 高く開放的に作られた天井に、豪華だが貴族が使うものよりかは格を落としたシャンデリア型の魔導灯が煌めいていた。

 この上のフロアは個室が並んでいて、貴族の来客はそちらで個別に対応する造りになっている。外商部も設けたそうなので、ある程度の高位貴族への対応もバッチリだろう。ちなみに、最上階は商会の本部として使ってる区画の他は倉庫になっている。

 この建物は元々この帝都で老舗と呼ばれていた「カノン商会」が所有していた店舗だったのを、そのままフレドさんが買い上げた形らしい。店舗で実際に働く従業員にも、その老舗で働いていた人をかなり再雇用している、という話もエディさんから聞いた。

 今では第一皇子フレデリックの経営する「白翼商会」として生まれ変わっている。ちなみに、私は白翼商会を後援に持つ工房に所属している。


 現在私達が立食形式のパーティーを楽しんでいるこの場所は、明日からは商品が陳列されて人々が買い物を楽しむ空間になる。

 私も店内に視線を向けた。ほとんどのテーブルは料理を並べるために使われているが、壁面の棚には既に商品が入っている。それを、パーティーに参加している招待客達が興味深そうに眺めていた。当然私が納品した商品もそこに交じっているので、彼らの反応がちょっと気になってしまうのだ。


 中でも皆さんの目を集めているのはこの商会の目玉扱いされている、三〇等級相当の人造魔石だろうか。店のほぼ中央にある、防犯結界のついた展示ケースの中に恭しく飾られている様はまるで宝石扱いされてるみたいで、ちょっと大げさじゃないかなとも感じてしまうが。

 あそこには「こうして三〇等級の魔石を人工的に作れますよ」という見本の意味で飾ってあるため、現在注文街の人造魔石はこの店に来れば買って帰れないが……こうして話題になるなら客寄せにもなってくれそうだ。


 他にも、ポリムステルを使った防水加工した鞄に、魔導車の窓などとの交換を提案するポリムステル板の見本。独特の質感のポリムステル生地の、半透明の特性を生かしたデザインの服も展示してある。

 服については、店に並んでいるものに関しては買って帰ることも出来るし、布だけ買うことも出来るし、提携してるテーラーで採寸してオーダーする事も出来る。

 デザイン見本の中から好きなものを選んで、自分の体形に合わせたものを作ってもらえるようにしたのがだ、実はその見本も私が書いたり、物によっては作る所も参加させてもらった。

 半透明の生地を生かしたデザインを考えるのが面白かったな。私が作ったのは女性ものばかりになったけど、今度は男性の服も作ってみたいな。


 ちなみに、今日着ているのも自分でデザインして、ポリムステル素材を取り入れて仕立てた服だ。晩餐会のドレス程ではないが、お祝い事なのでちょっと華やかな見た目になるように意識して、細部やスカートの裾からビーズを縫い付けたポリムステルが覗く一品になっている。ちなみに、アンナと琥珀も同じテイストで作った服をお揃いで着ている。


「あら、お嬢さん。そのワンピースに使われてる布……あの展示されてるのと同じ生地かしら? まだ注文は受け付けてないのにどうやって手に入れたの?」

「こんにちは、マダム。ポリムステルを使った服については、私がデザインに関わっているのです。今日のこの装いも、広報を兼ねております」


 甘いものが置いてあるテーブルの方に行った琥珀とアンナの帰りを待っていた所に、年配のご婦人から話しかけられた。

 社交なんて久しぶりで、言葉の選び方に慎重になってしまう。


「じゃあ、貴女なのね? あの透き通った布を使った斬新なデザインのドレスをいくつも考え出した天才デザイナーっていうのは。まぁまぁこんなに綺麗なお嬢さんだったなんて」

「……天才だなんて、お褒めいただき光栄です」


 ミドガランド帝国内のマナーに則って、目上の方に行う礼をする。正式な夜会ではないので、あえて略式のもので。

 婦人はそれに気付いたようで、お褒めの言葉を重ねていただいた。


「実は夫がこの『白翼商会』の出資者の一人なのよ」

 

 そう語るこの方はジェスロン伯爵夫人。名前を教えていただいた私も名乗り返して、挨拶を続ける。

 ジェスロン伯爵は……西にある交通の要所で、港を持っている裕福な貴族だったはず。単なる出資者ではなく、この白翼商会で扱っている商品の中にもジェスロン伯爵の領地を通って運ばれている物がたくさんある。正体を隠しているクロヴィスさんを除けば、この場にいる貴族の中では一番身分の高い招待客だ。

 私はより気合を入れてジェスロン伯爵夫人と言葉を交わす。


 フレドさんの方針で、私はこの店に展示もしている、ポリムステル布を生かしたデザインの服を考え出したデザイナーの「リアナ」……とだけ名乗る事になっている。

 防水・防火機能のあるポリムステル加工や、ポリムステル布を開発した事は隠している。もちろん、人造魔石の開発者であることも。人造魔石の情報についてはまだ厳重に管理しているので分かるけど。

 フレドさん曰く「普通の人にリアナちゃんの多才ぶりは刺激が強すぎるから」らしい。


「新しくて、とても素敵な生地ね。それに、見本で置いてある服も。透明である事を生かした斬新なデザインで、初めて見る意匠だけどどれも素晴らしいわ」

「そのような過分なお言葉をいただけて光栄です」

「素敵すぎて。私があと二〇歳若かったら着こなせたのに、残念だわ」


 おっと、ここで答え方を間違ってはいけない。私は高速で次の返答をどう言葉にするか頭で弾き出して、ゆっくりとそれを口にする。


「ジェスロン伯爵夫人でしたら、十分に今でも美しく装えると思いますけど、是非私にジェスロン伯爵夫人のための特別なドレスをデザインさせてください」

「まぁ、いいの? 催促したみたいで悪いわ」

「いいえ、ジェスロン夫人のような、常に最高の物に囲まれて過ごしてらっしゃる審美眼のある方に、私のデザインしたドレスをお召しになっていただけるなんて光栄です。後日良き日をお伺いさせていただいてから、デザイン案をいくつか持って訪問させていただきます」

「嬉しい。楽しみにしてるわね」


 よし……これはなかなか、社交として成功したのではないだろうか。

 そうとなれば、今夜にでもいくつか提案できるようなデザインを考えておこう。確かに、今の所私が作ったデザインって、「新しいもの好き」の人……若い人を想定したものばかりだったから、もっと上の年代の人にもこの素材を楽しんでもらえるようにした方がいいわね。

 例えば……。


「リアナ君、楽しんでる?」

「あ……デリクさん。はい、自分の関わっている商品以外をまとめて見るのは今日が初めてなので、大変興味深いです」

「あはは、固い答え。僕は一介の冒険者なんだからさ? もっとくだけて喋ってよ」


 新しいデザインについて頭の中でちょっと考えていると、クロヴィスさんに話しかけられた。

 くだけて、って……そう言われてさっとこの場だけ対応できるほど私が器用じゃないって知ってるのに……。クロヴィスさんの無茶ぶりに内心肩をすくめてしまう。


「良い交流は出来た?」

「はい……私のデザインした服に興味を持っていただけたみたいで」

「仕事抜きの交友関係はどう? 今日はリアナ君くらいの年の女性も結構来てるよ」

「…………」

「あはは」


 クロヴィスさんに笑われたけど、私は何も言えなくなってしまった。対人能力がなさ過ぎて情けなくなる……。

 他にも関係者の家族として来ている子供も結構いて、琥珀はデザートを置いてあるテーブルの周辺で友達が出来たみたいで楽しそうにしている。小さい子のコミュニケーション能力ってすごいなぁ。

 ……いや、私は小さい頃、茶会とかに連れて行かれても別に友達作れたりはしなかったから……これは琥珀が特別すごいのよね。


 友達を作ると言うのはちょっと違うけど、フレドさんはやっぱりすごい。人から好かれやすい……ううん、違うな。これは体質とかではなく、接した人を味方に付ける能力がすごく高いのよね。

 人造魔石を作る関連施設を作る時にもたくさんお世話になった。特に、ミミックスライムに食べさせる「魔力を含んだ餌」として、岩桂魔魚の養殖プラントを建設する際。その養殖の技術責任者になっていただいてるセドさんを招くのは、……フレドさんでなければ出来なかっただろう。

 過去に港町で海産物の養殖の指揮を執っていた方で、魚系の魔物にも詳しい。岩桂魔魚の生け簀での養殖は初めての試みであった事から、何より私は経験者の参加を求めていた。

 そんな中、港町での養殖事業を立ち上げたセドさんという元漁師の技術者の存在をフレドさんから教えてもらって、協力を取り付けに行ったのだ。しかし最初はけんもほろろに断られてしまった。

 その事業自体はセドさんの息子さん達が引き継いでいて、時々相談役のような事をしているものの体はあいているはずだった。ならこの話自体が気に入らないのかな、とあまりしつこくせずに私は引き下がろうとしていた。


 フレドさんがそこで、「俺が代わりに頼んでみるよ」と言ってから……あっと言う間に技術者を引き受けてくださることが決まってしまい、びっくりした。

 私が話をしに行った時は「俺ももう年だから、今から大きな仕事をするつもりはなくて……」そんな事を言っていたのに。

 どんな魔法を使ったのか、気が付いたらセドさんに「是非やらせて欲しい」と言わせるような仲になっていたのだ。


 フレドさん本人は「うーん、特別な事はしてないよ。直接話に行く前に、リアナちゃんから聞いてたセドさんの好物聞いてたからそれを手土産にして……あと家族構成とか友人関係とか、良く行く酒場でそれとなく知り合いの話を集めたくらいで。そこで郷土愛と自分の仕事への自負が強い人だってから、話をするのに使った地元のレストランに地元の織物や食器を集めてテーブルウェア全部持ち込んでそれ使ってもらって、……ああ、それと個室にかかってた絵もセドさんが若い頃奥さんの新婚旅行で買った絵葉書の画家に替えるよう頼んだかな。うーんでも一番効果があったのは、港の仕事が減って地元の若い人が仕事に困ってるって聞いた件の解決も兼ねて、セドさんの地元に養殖場作って雇用を作ります、地元離れなくて済みますよって提案した事かな」なんて何でもない事のように言っていたけど、それを聞いても全く真似出来る気がしなかった。

 フレドさんは何と言うか……人の懐に入るのがとても上手いと思う。気が付くと誰もが、スルリと懐に入れてしまっているように見える。あの話術は真似しようと思っても無理なものだ。

 けど好物を調べる……以上に細かく気を配るのは今後も人付き合いの参考に出来るかもしれない。

 しかしこうして細やかに集めた情報から、本人も言語化できていなかった本当の望みを浮かび上がらせた上に、それを全部解決する提案を出来るというのはやはりフレドさんだからこそだと思う。


「気付かれなくていいんだよ。向こうが気付かなくても居心地が良い会談の場を提供できたってだけで……、もし気付いたら『仲良くしたいと思ってるんだな』って悪い気はしない、それだけ。俺は一発逆転する能力はないから、一緒に仕事したいなって思ってもらえるようにこうして出来る事の中で全力出すんだよ」


 その言葉を聞いた時、その考え方ってすごく素敵だな、と思った。

 もちろん、貴族での社交のマナーでも、心配りはさりげなく行うのが普通だったけど。それは貴族としての招待客を楽しませる力や情報を集めて使いこなす力を顕示する目的の人がほとんどだった。

 だから、フレドさんの接待とか社交についての考え方が……もしこれから先機会があるなら、私もそんな風に考えておもてなししたいなって……。


 当のフレドさんは、そうした積み重ねで力を貸してくれる事になった出資者の皆さんに未だ囲まれていた。

 身分だけじゃなくて、フレドさん自身が魅力的な人だからこうして力を貸したい、貸して欲しいって人が集まるんだと思う。同じ「物を売る」なら、ただ儲かるだけじゃなくて信用出来る人に任せたいって考える気持ちは分かる。

 クロヴィスさんと交わす会話も思いつかなかった私は、ついフレドさん達の会話に耳をひそめてしまっていた。

 そこで気付いた。多分クロヴィスさんも、私と話してるフリをしてフレドさんの会話を聞きに来てるんじゃないかな。この人ならあり得る……。


「フレデリック殿下はどちらで療養されていたんですか?」

「腕の良い医者の話を聞いて移り住んだり、時には外国で治療を受けたりしていたので、あまり長い間ひと所にいなかったので何処という訳では……。少々問題は残りましたが、こうして普通に過ごせるようになったので運が良かったです」

「そちらの目元を覆う仮面が代償ですの? それほど酷い痕が残ってらっしゃるのかしら」


 私がフレドさん側として聞いているからだろうか、その質問は何だかとても気になってしまった。フレドさんのアイマスクは怪我のせいではないけど、だから良いという訳では無い。ちょっと失礼な聞き方じゃないだろうか。


「目に見える痕ではないのですけど、光にとても弱くなってしまって。これを着けていないとまともに目を開けていられないんです」

「まぁ、お可哀そう。不便でしょうね」

「これ、失礼だぞ。申し訳ない、年が行ってから出来た末娘で、甘やかしてしまいまして」

「……いえ、私の病に心を砕いていただきありがとうございます」


 これもまた、私が気にしすぎなのだろうか。「可哀そう」と口にした貴族令嬢に対してもやっとしてしまった。病気を克服した人にその言い方って……もちろん、フレドさんは本当に患っていた訳では無いけど……なんて考えてしまう。フレドさん本人は全然気にしてなさそうなのに、私が勝手に……こんな事考えるのは良くない、と分かっていつつももやもやした気持ちはなくなってくれなかった。

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