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兄弟の話


「お酒が飲みたい」というリクエストがクロヴィスから出たために、フレデリックの屋敷にクロヴィスが身分を隠して訪れささやかな酒宴を開催していた。

 リアナが酒精に弱いと知ってから、フレデリックは決して同じ卓で酒を口にしようとしない。エドワルドとクロヴィスも、その話を知っているため、酒を飲もうとなると必然的に女性三人のいない場でとなる。


 他の使用人を全て下げて、クロヴィスの事情を知るエドワルドが給仕をしていたが、「ミドガラントまで旅をした仲じゃないか」と同じ卓を囲むよう請われる。

 親友の弟とは言え相手は皇太子、やはり慣れる事はないな、と思いつつエドワルドは遠慮がちに椅子に腰を下ろした。

 仕切り直すように、フレデリックが話を振る。


「商会の目玉になる新製品がいくつもあるから、売り出し方は考えないとだなぁ……しばらくは店頭にこの見本を出しておいて、注文を受ける形になると思う」

「この弾性のある不思議な素材は『ポリムステル素材』と名付けて売り出すそうですね。フレデリック様が、人造魔石の副産物に優れた特性を見出したのだとリアナ様が自慢されてましたよ」

「さすが兄さんだよね。廃棄物を商品に変えるなんて。兄さんは僕が使い物にならないって言った人材も拾い上げて、適所に配置するのが上手かったからな。見る目があるんだよね」

「たまたまだって。リアナちゃんの功績なのにそんなに持ち上げられると恥ずかしいだろ。……それに、クロヴィスのお眼鏡にかなわなかった人達だって、世間一般から見たら十分に優秀だったぞ」


 フレデリックの事を大げさに褒めていたクロヴィスが、机の上に広げてあった布を持ち上げる。

 今までにない、表面がつやつやと輝くその布は先ほど「ポリムステル」と呼ばれた素材が塗りつけられている。残念ながらスライム廃液から生み出された半透明の素材は、安全性の問題からポーションや食品の容器とする事は叶わなかったが、他にいくつもの優れた使い道が考え出された。

 そのうちの一つがこの「防水加工布」である。

 今まで「防水布」というと水をはじく性質を持った魔物の毛織物や革を使うのが一般的で、そのほかは布に油を染み込ませたものくらいしか存在しなかった。


 一応他にもヘベアという木の樹液を布に塗りつける事でも防水機能は得られるが、生地が硬く重くなってしまうのと、また独特の臭いがある事や、柔軟性に乏しく剥がれやすいという特徴から荷車の幌などに使われるのがせいぜいだった。

 外套や鞄や靴、冒険者から商人や肉体労働者まで、水を通さない布地は常に求められていた。しかし需要は完全に供給に追いついておらず、もっと簡単に大量に生産出来る防水布が求められていた。


 それを可能にしたのが今回スライム廃液から生み出された「ポリムステル」だ。

 例のブロック状態になる前のとろみのある液体を、布だけではなく完成品の傘や靴や鞄に塗る事で、後から防水性能を持たせることも出来る。

 流通に使われる木箱に塗れば湿気やカビから荷物を守れて、さらに弱いとはいえ魔物由来の素材であるため、普通のネズミや虫は寄って来ない。

 食品に直接触れるような使い方は出来ないが、防水以外にも様々な用途が考えられている。

 さらにクロヴィスは「ガラスよりも強度があるなら魔導車の窓に使いたい」「ある程度厚みを持たせればそこそこ頑丈な盾としても使えるのでは」と期待していた。

 さすがに金貨何十枚レベルのものとは比べる事は出来ないが、街の警備兵に支給する装備としては十分だ。金属より軽く、同じくらい頑丈な素材と比べるとはるかに安い。


「盾越しに視界が確保できるくらい透明だとなお良いんだけど」

「おいおい、リアナちゃんは人造魔石の製造でも忙しいんだから、あんまりほいほいリクエストするなよ」

「ごめんごめん。だってさぁ、こっちが言った事出来ちゃうから、つい……」

「そりゃあ……初めて同レベルの人を見つけてはしゃいでるのは分かるけど、出来るからって全部させるのはダメだぞ」

「……うん、分かった」

 

 かつて、自分が同じ事を言われて、「天才」ではなく一人の弟して扱ってもらえた事を思い出したのか、クロヴィスは普段の凛とした顔には似合わない、少々幼い笑みを浮かべた。


「兄さんこそ、商会の立ち上げ業務も人員の手配もしながら、人造魔石の窓口もやってるなんて。もうちょっと人を使わないとダメだよ」

「うーん、でもなぁ。俺が雇って、普通に働いてくれる人かどうかって……顔合わせないと分からないし……」


 フレドは昔から、異常なほどに異性に言い寄られるという難儀な体質を持っていた。兄贔屓のクロヴィスでさえも「確かに兄さんはかっこいいし優しいし勤勉で優秀で魅力的だが、流石におかしい」と感じるほど。

 全ての女性がそうなる訳では無いが、一度「おかしくなる」と暗黙の了解やマナーすら守れないようになり、時には犯罪に手を染めたり、寝台に潜り込もうとしてくる者まで出た。

 フレドに懸想した者同士が勝手に周りで争いを繰り広げたり、誘いを断ると激昂されたり。その上、同性からも同じ目を向けられた経験まで何度か。冒険者として生きる中、身の危険から逃げるために活動拠点を数回変える頃にはフレドはすっかり人と深く関わらないようにして生きるようになっていた。

 逆にこの異常な体質を上手く使えばそれだけで生きていく事も出来そうだったが、その道は選ばなかった。


 そういった事情もあって、フレデリック第一皇子が立ち上げる予定の商会の運営には男性しかいない。それも、既婚者がほとんどだった。

 そう決めて選別した訳ではなく、名乗らず顔を合わせた時に「大丈夫だ」と確信出来る人の中から能力を見て採用したらこうなっていたのだが。

 一般客と直接接する従業員には女性もいるが、フレデリックが顔を合わせる予定はない。一応この厄介な体質を制御する目途はついていたが、安全策を取るにこしたことは無い。


「人造魔石もね、情報掴んで連絡してくるの貴族がほとんどだから、何を話すにしても俺が入らないとトラブルに発展しかねないから必要だったんだよね」


 来週から貴族出身の元文官を二人雇うから、下級貴族からの問い合わせは自分が直接対応しなくても大丈夫になるし、と兄の身を心配するクロヴィスを宥める。


「でも兄さんが、女性に怯えずに過ごせるようになるかもしれない。本当に良かったよ」

「い、いや、怯えてはなかったし……これを作ったのはクロヴィスの力がほとんどだろ? 俺がやったのは、あの教会から黒いベールを持って帰った事くらいだよ」

「そんなっ……」

「エドワルドの言う通り。兄さんが基礎になる研究を丁寧に進めておいてくれたからこれが作れたんだよ」


 エドワルドが否定しようとした言葉を引き継ぐようにクロヴィスが続ける。これ、と口にした時の三人の視線の先には、机の真ん中に置かれた黒いがあった。

 今日クロヴィスが「お酒を飲みたい」と言い出した理由でもある、「これがひとまず完成したお祝い」だった。目元も含めて、一切の隙間なく頭を覆う形をしている。眉間のあたりに一つ、目の代わりに見えるようなレンズが取り付けられたものだ。

 フレドの目については、ごくごく身内の中だけの事だが便宜上「魔眼」と呼んでいる。伝承から取ったものだ。

 あの黒いベールが聖女達の力を抑えるためのものだったのでは、と仮定してから魔眼の検証は勢い付いた。フレデリックが仮面の形で作った魔眼の力を抑えるためのこの装具は、クロヴィスの手によって欠点を補う改良が施されて、ひとまずひな形が完成した。


 仮面から変更されて、まるで重装騎士のヘルムのようだが、実証で得られた効果はかなり高いものになっている。エドワルドは「顔を完全に隠したからでは?」と最初は言っていたが、何も効果のない仮面や兜だと、顔が見えなくても魔眼の力が発揮されてしまう光景を見て考えを改めていた。

 黒いベールから発展させたこの装具の検証のために、何度も女性に囲まれる羽目になったフレデリックがそれを思い出したのか若干遠い目をしているが……。


 魔眼については「その目の中の魔法陣を人が視認する」よりも「その魔眼で見る」という行為が発動条件に関わっている、という事まで分突き止めている。神話で神を見たものではなく、神に見つめられた者が石になるのと同じ。

 今までフードや帽子で顔を隠して俯いても問題が解決しなかった理由がこれで分かった。どんなにうっすらとでも、フレデリックから見えていたら防げない。

 この推測が立った時、「随分理不尽な力だな」とフレデリックは思った。魔眼に心を乱された人達に対してと、制御できないこの厄介な力に対して。

 しかしまだ分かっていない事の方が多い。何故こんな力が存在するのか。見ただけでどうして効果が出るのか。どうやってその現象が起きているのか。


 話題に挙げたそれを手に取って、クロヴィスが頭から被る。顔の横辺りについている装置を弄ると、一切外の見えない暗闇の内側に、周囲の光景が白黒で映し出されていた。

「視界を確保すると効果が落ちてしまうなら、完全に塞いで、別で視界を確保すればいいじゃないか」とばかりの強引な解決手段を取って辿り着いたものだ。

 黒いベールと同じ、いやはるかに強く魔眼の効果を遮断する力がある。フレデリックの髪を使った装具の素材に透過性を持たせる事ははなから諦めて作った。視界は魔道具で撮影した周囲の映像を内側に投影する事で確保している。

 これには最近帝国内で開発された魔道具による映像通信技術が使われていて、本来は離れた地でこそ役立つはずの機能をヘルムの外と内に使う事で魔眼で直接人を見る事を回避している。

 厳密には映像にまばたき程度の遅れはあるが、日常生活で周囲を視認するのに十分ではある。しかしそのわずかな遅延も解消したい、と次の改良点を決めたクロヴィスは黒いヘルムを脱いだ。


「そもそもの……自分の髪で目を塞ぐと魔眼の効果を抑える力があるって事は兄さんが見付けてたでしょ? 僕はそれを着けても周りが見えるような方法を考えてくっつけただけだから。言うなれば、僕と兄さんが力を合わせたからこそ出来たんだよ」

「まぁ、そうかもな……とにかく、俺のために忙しいクロヴィスが力を貸してくれて助かったよ」

「もう、何度も言ってるじゃないか。僕の目的のためだって」


 これもここまでに数回繰り返したやり取りだった。


「今の体制を改革するために、王妃の派閥を切り崩さないとならない。魔眼由来だろうけど、謎の求心力を持つあの人と対峙するために、無力化する方法を見つけ出す。そのために兄さんに帰ってきてもらったんだ。むしろ僕がメインでやるべきだったくらいなのに」

「……俺の母親の事だから、本当ならそれこそ俺がやるべきだったろ? あの人の取り巻きだって、五年の間にクロヴィスが対応してくれたみたいだし……」

「兄さんが残しておいてくれた手紙のお陰だよ。それに僕は、こうして兄さんが生きるために逃げてくれて良かったと思ってる」

「あはは、ありがとう。良い弟を持ったなぁ俺は」


 酒のせいか、いつにも増して恥ずかしい台詞を堂々と口にするクロヴィスに、フレデリックは誤魔化すように目を逸らせて笑った。


「でもこれをあの人が、大人しくそのまま被っててくれる訳がないからな。永続的に魔眼の力を奪う方法についてはここからまた別に考えないと」

「技術的には可能だって分かってるんだから、別の手段を考えるだけで……最悪、幽閉後に自分で外せないよう……て……」

「ああほら、クロヴィスはあまり酒に強くないんだから無理するなって。ペース早すぎるぞ」

「んん……」

「もう水にしとけ。横になっとくか?」

「んー」


 話してる途中で、自分の体を支えきれずずるずると椅子から滑り落ちそうになったクロヴィスの体をフレデリックが支える。完璧無欠の天才の皇太子が、こうして酒に酔って無防備な姿を晒しているなんて、彼の支持者には想像もできないだろう。

 普段の夜会では乾杯の後、酒精の入っていないドリンクをそうと分からないように飲んで過ごしていると言っていたが、今夜のクロヴィスはもう三杯目の途中だった。

 人目を避けるため他の使用人のいない場だったので、二人がかりだったが何とかぐにゃぐにゃになってしまった成人男性をソファに寝かせる事が出来た。

 リアナほどまでではないが、クロヴィスも結構酒に弱い。血縁であるが、フレデリックは母親が違うためかそこそこ強い。ちなみにエドワルドは酒豪だった。酔っている姿をフレデリックは見た事がない。


「うーん……お忍びで来てるし、自分の足で歩いて帰れるようになるまで寝かせとくしかないか」

「帰れるよぉ、問題ない、大丈夫……」

「大丈夫じゃないだろ。エディ、水取ってくれる? ありがと」


 兄が酔った弟の世話を焼いてやる、そのごく普通の光景を見ながらエドワルドは思う。

 どうしてこの二人にはこれが「当り前」にならなかったのだろう、と。誰も何もしなければ、仲の良い兄弟として助け合い素晴らしい治政を築けただろう。なのに周りの大人達の思惑に歪められて、勝手に対立を描かれてしまっている。

 本人達がどう思っていようと、もうどちらかの派閥が修復不可能なまでに壊滅しない限り政争は終わらない。


「もうすぐだね……」

「何が?」

「これが終われば、少しだけど兄さんに返せるから」


 クロヴィスにかけるブランケットを用意するために一旦部屋を出たエドワルドには、小さくつぶやいた今の言葉は聞こえなかっただろう。

 フレデリックは何となく、「今の言葉が言いたかったから酒なんて持ち出したのかな」とぼんやり考えていた。



 主演の発起人が寝てしまった後、残った二人はクロヴィスの目が覚めるまでゆっくり酒盛りを続けていた。


「今のままでは一人で街中を歩くのは流石に無理ですが、フレデリック様に執着する女性の問題は解決が見えてきて良かったです。眼鏡くらいの大きさに出来ると良いのですが……まぁそちらは追々でしょうか」

「今でも十分俺は感動してるけどねぇ。普通ってこんなに快適だったのか、って」

「その言葉、世の男性達が聞いたら殴りかかって来るでしょうね。フレデリック様、人のいる場所で言っちゃだめですよ」

「分かってるよ、嫌味に聞こえるんだろうね」


 フレデリックが本気で嫌がって困って、時に酷い目に遭っている現場を何度も見ている幼馴染は、反論せずに頷いて返した。エドワルドも、一方的な恋愛感情によって起きたトラブルを見すぎたせいで羨ましいとはかけらも思った事は無いが。

 

「でも……フレデリック様のその目、制御する手段が見つかったのは喜ばしい事ですが、よく今まで異常に気づきませんでしたね」


 何度か「とある魔道具の実験」という名目で協力者を集めフレデリックの能力を検証していた。実験の詳細は明かしていないものの、協力者はそれを込みで納得して志願した者だけを雇っていた。怪しさを感じつつも、高い報酬に目をつむった者が大半だったが。

 そこでは参加者へ飲み物を配った青年に一目惚れした参加者が三人も発生してしまい、「あの仮面を着けた黒髪の人の名前は?」「実験にまた参加すれば会える?」と騒然となり、この実験を取り仕切る研究者だと名乗っていたエドワルドが詰め寄られて怪我までしたのだ。


「いや、だって俺は生まれた時からこうだったし……なるべく目立たないようにしてればさすがにあそこまで酷くなった事は……滅多にないよ。それにエディだって、おかしいのが俺の普通で、そこに何か特別原因があるなんて思いもしなかっただろ?」

「それはまぁ、確かに」


 今回この装具が完成して、その三人に再び実験に協力してもらったのだが。最初は、前回居た仮面の人にまた会えるなら報酬もいらないとまで言っていた協力者達の熱が見事に冷めていたのだ。

 そのうちの一人は自分自身にも戸惑っていながらも、前回の騒動の謝罪をされた。他の二人は魔眼の影響が完全には消えていないと感じたが、フレデリックにとっては一度「おかしくなった」人が瘴気に戻ったのは初めての事だったので、心底驚いた。

 そこで改めて、「ああこれは、やっぱり普通の状態じゃなかったんだな」と確信する事が出来たのだった。


 最初の時に引っかかれたエドワルドの手の甲の傷はとっくに治って痕も残っていない。

 しかしフレデリックは、冒険者時代に自分を取り合う女性二人の喧嘩の仲裁に入って、「どっちを取るの」と泣いて喚かれ顔を叩かれ髪を掴まれボロボロにされた記憶を思い出していた。誓って言うが、自分はどちらの女性とも知人以上の付き合いはしていなかったし、プライベートの誘いも全部断っていた。

 あの時は、「痴話喧嘩なら外でやれ」と冒険者ギルドに意見を聞かずに放り出されて、周りには味方もおらず、その後「二股して弄んで両方捨てた最低男」と嘘をばらまかれて……冒険者としての仕事に支障も出るようになり、活動拠点を移したのだった。

 また苦い思い出がよみがえってきたフレデリックは、クロヴィスが持ち込んだ、自分の金ではとても買おうと思えないような高価な酒をまた一口あおった。


「俺の経験上、おかしくなっちゃったのがコミュニティに一人なら、そこまで大した事にはならないんだよね。せいぜい付きまとわれたり、しつこく言い寄られたりすくらいで、ひたすら断ってれば勝手に怒って離れてくから」

「それで大した事がないと言えるフレデリック様の過去、とんでもなく物騒ですね」


 冗談を聞いて呆れたように笑うエドワルド。本気でこれらを「大した事じゃない」と思っていたフレデリックは、それを誤魔化すように軽く咳払いをして続けた。


「ごほっ……えっと、二人以上出た時が危なくて。何かライバルと言うか張り合う相手がいたせいで加熱しちゃうとこ何度も見たんだよなぁ。あと、一方的に敵認定する相手作られた時も、大きなトラブルに発展しやすい。話しただろ? リンデメンでも、リアナちゃんを目の敵にした人がいたってやつ」

「ああ。アンナさんをリンデメンにお連れした時もあまり友好的ではなかったそうですね」

「そうなんだよね。直接的な事はなかったけど……」


 フレデリックは何度か、「あれ、今の気のせいじゃないよね?」程度の悪意がアンナに向けられている現場を見ていた。移動中の宿で、覚えたばかりの言葉で挨拶をするアンナにミセルが返事をしなかったり、新しい言語を習得中のアンナの発音の拙さを、視線を向けた後口の端だけで笑っていたり。

 そういったささやかな、しかし周囲に分かりづらい悪意を度々目撃していた。

 本人が「この移動だけのお付き合いの方達ですから」と割り切っていて、問題を顕在化させる事を望まなかったのでそこで一応終わった話だったが。


 フレデリックは、机の上に置かれた黒い兜を見て、「これがあればその後でリアナちゃんに迷惑かけずに済んだのにな」とぼんやり考えてみたりもする。全ては結果論だが。


「ほんとにすごいよね、クロヴィスは。俺のこの、目についての研究だって。一人でやってた時より多くの事が短い期間で出てきてさ」

「設備の違いもありますが、まぁクロヴィス様は天才ですし」


 しみじみと、事実を確認するだけの言葉。羨ましいとか、目標にしようとすら思えない。


「なぁ……クロヴィス。失っただなんて思ってないよ。最初から俺のものじゃなかったし」

 

 結局その夜クロヴィスが目を覚ますことはなく、「酔いつぶれたフレデリックの友人」という説明で客室に運ばれた金髪の美青年は、翌日目が覚めると「どうせなら兄さんの部屋でお泊りしたかった」と嘆いたとか。

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