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 フレドさんの目について。わずかながら見えたきっかけを頼りに、あの不思議な力を封じ込める試行錯誤が始まった。

 おそらく、フレドさんとその母親はドラシェル聖教の「聖女」と呼ばれている方達と同じ存在なのではないか、という事だ。聖女が使っていた黒いベールに縫い込まれていた髪の毛……常に身に着けていただけあって、何か理由があったのだろうとは思ったが、それは意外と早く判明した。

 確実に、とは言えないがほぼ「こうだろう」という仮説が出来ている。結論から言うと、それは「聖女本人の髪の毛で目を覆うと、力が抑えられる」というものだった。当然、こんな意味があるのではないか……と仮定して、検証して……を繰り返して辿り着いた説だ。

 上手くいけば、フレドさんが厄介だと悩んでいる体質もどうにかなるし、「隠居に追い込まれてないとおかしい事を何度もしでかしてるのに、未だに熱狂的な支持者も多くて下手に手を出せない」と苦い顔をしていたフレドさんのお母様についての問題も解決できるかもしれない。


 全ては偶然と推測から見つけた道筋だが、パズルのピースがはまるように答え合わせが出来ている状況なので、行き詰まるまではこのまま試していくつもりだとフレドさん達は言っていた。

 これでもまだ「多分」の域なので、この仮定が正しいかどうかも常に確かめつつ進めているようだ。

 今は時々クロヴィスさんも参加しながら、まず完璧に力を封じる方法を探しているらしい。

 私が作る人造魔石を販売する窓口になる商会も立ち上げつつ、自分の目についても時間があれば研究をしていて、フレドさんはとても忙しそうだった。

 商会を立ち上げるというフレドさんに、資金から土地から人から何から全面的に援助したかったらしいクロヴィスさんはとても寂しがっていたけど、「弟に全部甘えてたら兄として情けないから」って自力でやってのけてしまったフレドさんの事を自慢に思ってる様にも見えた。



「明かりがついてると思ったら、リアナちゃんもまだいたんだ。いや帰る所かな?」

「フレドさんは……これから研究ですか?」

「うん、朝セットした結果が見たくてね」

「……あの、ちゃんと寝てますか? 朝は私より早く来てるし、夜いる時は私の後まで残ってますよね」

「え~大丈夫だよ。昼に仮眠もとってるし、そもそも指示して終わる仕事が多いからそんなに疲れてないんだ。エディ以外の新しい人達も優秀だし……それに、今日ひと段落したって言うか、商会のメインにする建物の内装が終わるまでしばらくゆっくり出来るから」


 私が帰り支度をしているような時間に、フレドさんが錬金術工房の中に入って来た。

 現在私達が使っているのは、竜の咆哮(ドラゴン・ロア)の錬金術工房の一画。ここではフレドさんは、クロヴィスさんがスカウトして連れてきた謎の錬金術師……という事になっている。

 ここに出入りする時は試作品の、目元ごと顔の上半分を完全に覆う黒い仮面を着けてエディさんに先導されている。背の高くてスタイルの良いフレドさんがそんな物を着けていると、何かの演劇の役みたいで相当目立つのだが……フレドさんは全然気にならないらしい。

 曰く、「素顔に向けられる視線の方が嫌な感じがするから、こっちの方が快適」という事だった。今までどんなに不便な日常だったか少し分かってしまう一言だ。

 

 現在の仮面は影響がかなり小さくなるけどまだ完璧に消えてないというのと、着けてると当然ほぼ何も見えなくなるので現在改良をしている最中である。

 クロヴィスさんは「変な人を惹きつけてしまう力が残ってる状態なのに周囲が見えないのはそっちの方が危ない」と言っていた。私もそう思う。

 なのでこの仮面は、エディさんかクロヴィスさんが一緒じゃない時は使わない事になっている。


「せめて、効果を完璧に消すか……同じくらいの効果でも良いから、ちゃんと視界が確保できるものが作りたいんだよね~……切実に……」

 

 口調は軽いものの、表情はあまりに真剣で。体調をないがしろにする方がダメですよ、なんて優等生みたいな言葉はかけられなかった。

 あ、今まで茶化してる所しか見た事無かったけど、フレドさん本当は大分参ってたんだなって改めて気付いてしまって。こんな、無理をしてまでどうにかしたいと思うくらいには。


「……せめてご飯はちゃんと食べてくださいね。えっと、ポーションに頼るのも本当は良くないですけど……体に負担がかからないものがあるので、それを余分に作っておきますね」

「てことはリアナちゃんも使ってるやつ? リアナちゃんも、ポーション飲んでまで無理しちゃダメだよ」

「実家にいた時によく飲んでたんです。いまはほとんど使ってませんけど……アンナには内緒でお願いします」

「じゃあ俺も、クロヴィスには内緒にしておいてもらおうっと」


 お互い笑いながら口止めをして、何となく今日起きた事を報告していた。私の手は帰り支度をするのをやめて、コーヒーまで淹れ始めていた。

 いや、その……もう夜なのにこれから頑張るって言ってるから、飲み物を用意するくらいしてから帰ろうかなって思って……。


「わーありがとう。そういえば喉乾いてたから助かるよ」

「いえ、あの、私も帰る前に一休みしながら今日の成果を頭の中で整理しようと思ってたので。えっと……エディさんはいないんですか?」

「晩御飯取りに行ってくれてるんだ」


 なるほど、と私は窓の外のクランの宿舎の方を見た。クランに所属する人のうち半数以上があそこで暮らしていて、食事も提供されている。

 錬金術師や武器職人、事務方の人達、私も琥珀と一緒に日中クランの食堂を利用した事もある。エディさんはそこに二人分の夕飯を取りに行っているみたいだ。ちなみに、私はこれから帰宅したらアンナの手料理が待っている。


「既に人造魔石の問い合わせがたくさん来始めててすごいよ。でもクロヴィスも言ってたけど、無理して増産しなくて良いからね。当分は貴重なものとして慎重に取り扱う予定だし」

「はい。需要が予想よりも多いですけど、人造魔石の生産数は急に増やすつもりはなくて……けど作る時に発生するスライムの廃液の処理に想定よりも手間がかかって、全然追いついていないんです。それを何とかしないとこのまま作り続けるのも難しくて……」


 人造魔石を作る時に出るスライムの廃液は魔物廃棄物に当たる。生きている魔物だけではなく魔物の死体にも当然瘴気が存在していて、必要な処理をしないと新たな魔物の発生源になってしまう。

 しかし全ての魔物廃棄物に特別な処理が要る訳ではない。

 錬金術工房からはスライム廃液も含めて毎日魔物廃棄物が出るけど、そのほとんどは冒険者ギルドに依頼して、廃棄する量に合わせて料金を払い、帝都から離れた場所にある廃棄場所に捨ててもらうだけで問題ない。


 ただ、スライム廃液とはいえここまで量が多すぎると、自然に分解されるよりも瘴気が発生する量の方が多くなってしまう。「スライム廃液だから廃棄場所に捨てるだけで良い」とお金だけ払って知らんぷりする訳にはいかない。

 魔物の死体は燃やすと無害になるが、スライム廃液では難しい。煮詰めて水分を飛ばした後なら可能だろうが、それにかかる燃料費と時間を考えると現実的ではないし。

 

 なので最近はずっと、どうにかしてスライム廃液をコンパクトに捨てる方法を模索していて……それが何とか形になってきた所だった。


「へぇ、これがスライム廃液なんだ」

「はい。人造魔石を作るのに使っているミミックスライムのなりそこない、そのスライム廃液の水分を抜いて固めたものになります」


 廃液ブロック、と呼んでいる。不思議な事に、他のスライム廃液に同じ処理をすると白っぽい灰のような塵になるだけでこうはならない。

 フレドさんは、手のひらくらい大きさの塊を持って室内の明かりに透かした。白く濁っていて、光はある程度透過するものの、向こう側は見えないのを確認している。

 次にフレドさんは表面を軽く爪でひっかいた。更に端の方を指先でつまんで、机の縁に打ち付けてコッコッと鈍い音を鳴らす。それだけで簡単に跡が付いてしまったのを見て「面白い素材だね」と口にした。


「五〇タンタルのスライム廃液がこの大きさになります。この状態で火の中に放り込めば、他の魔物廃棄物と同じように燃やせるので……何とか廃棄物の処理問題は解決した形です。やっと人造魔石の生産に本腰が入れられます」

「ねえねえ、これ素材として売れそうじゃない?」

「え、何かに使えます?」

「うーん……」


 フレドさんはちょっと悩んだ後、「実験してみるね」と言って、机の上に鉄板を敷いて更にその上に廃液ブロックを置いた。

 研究室の備品として置いてあるナイフを一本手に取ると、肘から先の力だけでトントン、と軽く先端をあてた後、大きく振りかぶって力いっぱい振り下ろした。

 ダンッ、と大きな音が研究室に響く。……ちょっとびっくりした。


「……やっぱり。見た目より軽いし、結構簡単に傷は付くけど弾力があるから割れないし、これで入れ物が作れたら便利そうじゃない?」

「え? あ……すごい、全然刺さってない……」


 フレドさんが突き立てたはずのナイフは、ほんの少し食い込んだだけで全くブロックには刺さらなかった。傷が付いて白くなっているけど、割れる気配もない。

 確かに、ポーションの容器などをこれで作れたらとても便利かもしれない。この素材に害がないかとかは調べる必要があるけど……。


「フレドさん、よくそんな発想出てきましたね。私、そんな使い道全然思いつかなかったです」

「たまたまだよ」

「リンデメンで、人工魔石を売り物にしようって提案してくれたのもフレドさんじゃないですか」

「いやぁ、リアナちゃんは自分がすごすぎて、足元にあるものが見えてないだけだって。探し物だってさ、違う人が見るとすぐ見つかったりするじゃん? それと同じだよ」


 すごい、と言う私にフレドさんは困ったように否定する。フレドさんは私の事を自己評価が低いって言うけど、フレドさんは人の事言えないと思う。


「アイディアを思いつくのも才能ですよ」

「それを言うならそのすごいものが作れちゃう方がすごいって」

「私は既存の知識を組み合わせただけで、ゼロから作り出した訳じゃないですし……」

「色んな事知っててその知識を組み合わせて使えるのは十分すごいって。そうだ、このスライム廃液の塊ってどうやって作るの?」


 何だか上手く話を逸らされてしまった。

 ひょいとかわされた話を掘り返して話題にする技術がない私は、そのまま廃液ブロックの作り方の説明を続ける。エディさんが二人分の夕飯を持ってきた所で我に返った私は、そこでやっと帰ろうとしていたのを思い出して、慌てて帰り支度をしたのだった。


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