表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

138/165

4


「一通り人造魔石の性能確認が終わったので、話をもうちょっと詰めていこうか」

「……はい」


 ご自分の作った魔導飛行船が動く事を確認出来てツヤツヤした顔をしたクロヴィスさんと、クランマスターの部屋に移動する事になった。当然、魔導飛行船を動かすのもクランの人達大勢が見守る中でやったので大変目立ってしまって……注目を浴びるのが苦手な私はちょっと疲れてしまっていた。

 ここからは、月にどのくらい生産できそうかとか、本格的に生産するとしてそれにいくら初期費用が必要か、など細かい話をする事になる、と聞いている。そのために私も根拠となる金額を提示できるように準備してきた。

「リアナさん、次に三〇等級以上の人造魔石が作れたら絶対私に売ってくださいね⁈ 約束ですよ⁈」と大げさに嘆くニアレさんは錬金術工房に戻って行った。代わりに、副クランマスターのジェスさんがやってくる。彼はクランマスターのデリクが皇太子クロヴィスであると知っている。

 部屋に入って来た途端に「クロヴィス様、聞いてない事を色々とやるのはおやめください」と本名を口にしてお説教を始めたので、ここではデリクさんと呼ばなくて大丈夫みたいだ。

 一応、冒険者デリクは「デリク・クロバイスル」とわざと名乗っているので、うっかりにもある程度対応できるだろうが。


「だってジェス。こんなすごい発明、興奮しない方がおかしいだろう?」

「素晴らしい研究だとは私も分かりますけど……」


 やれやれ、といった顔のジェスさんは早々に諦めてしまったようで、クランマスターのものと並んだ執務机に座ると書面を広げた。


「まずは安全確保だね。あの人造魔石の生産には生きた魔物を利用するけど、それらが逃げ出さないかとか……ミミックスライムは特別、新たな能力を獲得しやすいい品種なんだろう? 未知の能力を得て、我々が制御できない事態になる危険はどのくらいある?」


 真っ先に気にするところがそこなのか、とちょっと意外に感じる。

 天才の人って、ご自分は出来てしまうから「余裕」を含めた安全面を軽視する傾向があると思ってたから。

 例えばウィルフレッドお兄様は、グリフォンの討伐に「ミスをしなければ三人で一体討伐出来るのに、凡人がしくじる事を考えて配備しなければならないからな」と嫌そうにしていた。

 実力者でも、もしもの事があったら命を失う事もあるから、と考える私はいつも「リリアーヌは臆病だな」と笑われていた。

「まぁ、俺のように強くないからな、そうやって慎重にした方がいいだろう」なんて言われて野茂思い出して、ちょっと憂鬱な気持ちになってしまう。


 ……だって、準備が足りなかったと後悔するよりは良いから。


「今までは上手く魔石が育ってる個体が一度に数体なので私だけで管理出来てましたが、今後は人を複数人雇って交代で一日中途切れなく監視を稼働させる予定です。また、ミミックスライムを大量に繁殖させる事でどんな例外が生まれるか正直予測出来ないのでそこはちょっと……」

「リアナさん、問題が起きると竜の咆哮(ドラゴン・ロア)の責任になるのは理解してますよね? 非公式とはいえ、ここはミドガラント皇太子クロヴィス様のクランです。危険があるなら事業としては……」

「まぁまぁ、待ちなよジェフ。僕はそのリスク、慎重なリアナ君なら問題にはならないと思ってるよ」

「そんな無責任な」

「僕だって賭けをしてる訳では無い。ジェフ、君は魔導車に乗るだろう?」

「それとこれに何の関係が」

「魔導車で事故が起きて死ぬ人もいる、それが分かってて魔導車は便利だ。運転に注意を払って、交通事故を警戒すればそのリスクはかなり減らせると理解してるからこそ魔導車に乗るだろう?」

「…………」


 かなり暴論寄りの例え話だったが、ジェフさんは難しい顔をしたものの反対の声を挙げるのを一旦やめた。


「これも同じだよ。このミミックスライムがいつか変異して、伝承に残るような……国を一つ飲み込んだ黒く覆うもの(ギガススライム)みたいなものになる可能性はあるのだろう。砂漠に落とした針を一年後に見つけるくらいの確率でね。あるいは、この研究をする者が功績目当ての無茶を通す者だったら、比べ物にならないくらい危険になるけど……僕はリアナ君はそんな愚か者じゃないと思う」


「ね?」とジェフさんから視線を外して私に笑いかけるクロヴィスさんに、ちょっと気圧されそうになって仰け反る。


「も、もちろんです。危険について論じたら可能性は絶対ゼロにはなりませんけど、限りなく低くする事は出来ます」

「期待してるよ」


 咄嗟に、臆さず言い返せて良かった……。

 その後は、人造魔石を生産するために必要な専用の広い工房の設備についてや、生産するために集める人員の話、私の権利関係の話……あと私は「第一皇子フレデリクの部下」になるので、将来的にちょっとややこしい事になる立ち位置についても。

 私はクランの正式なメンバーではないし、今後も正式に所属する予定もない。「フレデリク皇子が後援してる人造魔石を発明した錬金術師」に、竜の咆哮(ドラゴン・ロア)が協力する代わりに人造魔石を優先的に販売する……という取引をした事になっている。

 これからも魔物を捕まえて生きたまま連れてきて欲しいとか、そういった依頼をする事になるだろう。


「じゃあこれは、資金提供者である僕からの依頼ね。今から半年以内に、遠距離共振器に使える人造魔石を開発して欲しい」

「それは……」

「もちろん、動力じゃないよ。共振器の核に出来る品質の人造魔石の事だ」


 私自身はまったくその可能性に気付いていなかったが、たしかに……この技術なら、意図してまったく「同じもの」と言える人造魔石を作り出すことが出来る。

 リンデメンで作っていた人工魔石は魔道具の核に出来る程の品質はなかったけど、こちらなら……。

 もし可能になったら……クロヴィスさんが使っている双頭竜の魔石ほどとは言わないが、普通の双子の魔物の魔石を使った遠距離共振器より確実に少ない時間で同期出来るものが作れるだろう。


「わ、分かりました。まずは三〇等級以上の人造魔石が生成される条件を探す事と、遠距離共振器に使える人造魔石の開発を目指します」

「遠距離共振器の方は可能ならでいい。達成できなくてもペナルティは無いから、でも本気で取り組んで欲しいな」

「承知しました」


 フランクに喋っているクロヴィスさんだが、指示を出す時はなんだか、こちらの背筋が伸びるような威光を感じる。また固くなってると笑われたけど、この時のクロヴィスさんはとてもじゃないが……ただの友人の弟さんとして接する事なんて出来そうにない。


「あと、この人造魔石はレッドマンティス以外の魔物でも作れるのかな」

「ミミックスライムの多少の調整は必要になりますが、他の卵生の魔物でも恐らく可能だと思います」


 レッドマンティスを選んだのは、ある程度一定の品質の卵がまとめて得やすかったのが理由だ。魔石を大きく育てるのにはスライムを魔力が豊富な餌で飼育する必要があるが、これは他の魔物の肉などで構わない。

 このスライムの餌は、魔物を解体して出た素材や食肉として利用できない部分を買い取る契約をここのクランと、この地域の冒険者ギルドと結んでいる。


「可能なら今後は魚系の魔物を使って欲しいなと思って。岩桂魔魚とかはどうかな」

「そう……ですね。それで作れるか試すことも出来ますが……でもどうしてですか?」

「これから人造魔石をたくさん作るとなると、魔物の養殖も必要になると思うんだよね」

「かなり先の話ですけど、その可能性はありますね。やはり魔物の生態系が突然崩れるのは怖いですもんね」


 討伐対象とは言え、特に最近私が高値で買い取っているので、割の良い素材としてとても人気の依頼になっている。このままでは来年の春、この地域のレッドマンティスの数は激減してしまうだろう。

 なので魔石の核として他の魔物が使えないかは元々試すつもりでいたが、なるほど養殖と言う手もあるか。


「ああ、その心配もあるけど……レッドマンティスはさ、空を飛べちゃうでしょ? 生まれてすぐは普通の虫くらいに小さいし」


 確かに飛ぶ。人より大きい体なので飛行距離はあまり長くないが、脚力で跳ぶだけではなく翅でしっかり飛ぶ。

 孵ってすぐはとても小さく、野生だと四%ほどした成体になれないらしい。養殖するなら……確かに小さな虫の飼育は難しいかもしれないな。


「空を飛ばれると安全に管理するコストがバカ高くなるから。魚系なら陸地に作った生簀からは逃げられないし、何か起きて殺す時も生簀の水を抜くだけでいい。素人でも安全に管理できるだろう?」

「た、たしかに……」


 まったくの盲点だった。確かに、将来原料になるレッドマンティスを養殖する……となると頑丈で屋根のある広い部屋が必要になってしまう。生簀の方がお金はかかるが、どちらがより確実に安全に管理できるかと言ったら魚系の魔物だろう。

 今ならまだ方向転換も可能だ。私は頭の中で、魚系の魔物の卵を効率的に手に入れる方法を考え始めた。


「今日は想像以上の収穫があったよ。条件については話した通りで……物件の選定や採用する人員についてはジェフと詳しく詰めておいてくれ」

「はい、かしこまりました」

「だから、固いってば」


 愉快そうに笑うクロヴィスさんは、上機嫌のままクランマスター用の個室から出て行って。私はその背中を見ながら、期待に沿える成果を出せた事にホッとして息を吐き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ