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「いやぁ、普段の姿勢や脚運びを見ててもかなり戦える方だなとは思ってたけど、こんなに強かったなんて」
「そうじゃろう、琥珀が言った通りじゃろ? でもそう言えば、お主たちが手合わせをするのはこれが初めてなんじゃなぁ」
「そうだね。もっと早くに付き合ってもらってれば良かったよ。そしたら道中ももっと楽しかったのに。さすが、兄さんが目をかけただけあるね」
錬金術工房の中に移動してからもクロヴィスさんの賛辞は続いてしまう。琥珀まで一緒になって褒めちぎるのはやめて欲しいのだが。
「絶対勝てないなんて言って。しっかり良い勝負に持ち込んで引き分けとるじゃないか!」
「あのね、試合方法が私にも分があるものだったのと、運が良かったのが大部分だから、そんなに大げさに言われると私が恥ずかしいの」
「兄さんも気にしていたけど、やっぱりリアナ君は謙遜が強いなぁ」
「謙遜では……だって、実際あと二歩……いや三歩離れた位置から試合を開始してたら、私が負けてたじゃないですか」
「へぇ?」
どうにか違う方向に話を持っていけないかと苦心する私だったが、上手くいかない。話を逸らす、なんてテクニックは私には難しいようだ。
そしてポロリと口にした言葉に、クロヴィスさんが食いついた気配がして私はまた失敗を悟った。
「ねぇねぇ、それ何根拠で?」
「えっと……琥珀の訓練をしてもらった時の様子からした、ただの予測ですが。さっきより距離が離れてたら、先に魔法が使われて、その後の私の行動は全部防御と回避に徹する事になって絶対最終的に負けてただろうなと思って……」
「……すごいね、リアナ君。そこに気付いてもらえたのは嬉しいな」
「? どういう事じゃ?」
「ああ、もちろん、琥珀君。君も優秀だよ? まだ技術を磨く余地は大いにあるが、未だに君の能力の底が見えない。この先が楽しみだ」
「ん? 何か気にかかる言葉もあったが……今は褒めたのか?」
「そうだよ」
なら良し、とばかりに胸を張る琥珀とクロヴィスさんのやり取りをそっちのけで、私は今の言葉の意味を頭の中でぐるぐる考えていた。
……もしかして、わざと「最善手を取ればギリギリ私が勝てる勝負」を仕掛けてきたの?
引き分けになったけど、それなりに評価できる所もあったし、私が今指摘出来たからお眼鏡にかなった……という事?
私はクロヴィスさんに見せる人工魔石を用意しながら、背中がゾワっと冷える思いがした。
良かった……私、間違えなかったみたいで。でも同時に思うのは、「こんな選別を周りの人全員にやってるのかな」って事だった。
寝台列車の中で二人きりで聴取されたのとはまた違うけど……なんて言ったら良いんだろう。これでクロヴィスさんが考える最適解かそれ以上の成果が出せてなかったら、きっと静かに失望されてたんじゃないかって、そんな気がする。
今までは「自分にも他人にも厳しい人なんだな」ってふんわり感じてただけだったけど……フレドさんがクロヴィスさんについて心配してた事が、ちょっと分かった気がした。
しかし、今回の試合は……出来ればあんなに大勢の前でしたくなかったな。これだったら、ミドガラントに来る旅路の途中で誘われた時に手合わせをしておけば良かった。
私の事を「コネで入って来たんじゃないんだな」って思ってたけど見直してくれた人ももちろんいただろう、でも余計に敵視してくる人も増えてしまった。
クロヴィスさんはそんな事予想してなかったんだろうけど……。
「……ええと、本題に入りますね。こちらが新しい製造方法で作った人工魔石です」
「お、これが……すごい、手で削って作ったみたいな結晶だね?」
「そうなんです、何故かこの方法で作ると自然とこういった形になるみたいで」
正確に計測すると多少のゆがみはあるが、肉眼では人工物かと思ってしまうような綺麗な多面体だ。ちなみにこの人工魔石は、八〇面の三角形で構成されてる。面の数はものによって多少ばらつきが出ているが。
そして私の研究発表だと聞きつけて、この工房のまとめ役であるニアレさんも興味津々の顔でクロヴィスさんと一緒に並んでいる。
ちなみにニアレさんもクロヴィスさんのスカウトで加入した人で、今では起動する出力がおいそれと確保できない古代の大規模魔導装置の研究をしている。「君の研究がもっと大きな等級の魔石を作れるようになったら、私の研究が捗るから頑張ってくれ!」と色々手を貸してくれた。
いや、クロヴィスさんは手紙とかで報告してただけだけど、ニアレさんは私の研究内容なんて知ってるはずなのにどうして改めてわざわざ、そんなに楽しそうに聞くなんて……まぁいいか。
ちなみに、琥珀は私の研究発表には興味が無いらしく、他の人が相手をしてくれるというのでまた中庭に戻って行った。
「ええと、今回一応形になった新しい人工魔石ですけど、ロイエンタールのリンデメンで製造されているものとは全く違った作り方です。大雑把に言うとあちらは、魔石を細かく砕いて固め直して大きい魔石にしているのですが……その方法ではどんなに頑張っても二十等級程度のものを作るので精一杯でした」
「あれはあれで大変興味深いですけど、固めるのに必要な成分がどうしても無駄な抵抗を産んでしまいますからねぇ、多少配合変えてもあまり変わらないでしょうね」
二人共、とっくに分かっている事だとは承知しているが一応確認のために説明していく。
「新式の人工魔石は……スライムの体内に魔石の核となるものを入れて、魔石を育てさせる事で作ります。なので、人工魔石と言うか、自然物を材料とする従来の製法とは別に、類似物を人工によって作り出しているので……人造魔石とでも呼ぶべきでしょうか」
拳大の、新しい製法で作り出した人工魔石……いや人造魔石を手のひらの上で転がすクロヴィスさんが楽し気にニヤリと笑う。この話を聞かせた時からとてもワクワクした顔をしていて、最初はとても興奮した様子で色々まくし立てて聞かれたが、今でも興味は薄れていないようだ。
具体的な作り方を記した紙を二人の前に並べて、実物を前に話を始める。二人は椅子に座ったまま、私が色々なものが置いてある実験机の前を歩きながら説明するのを視線で追いながら聞いている。
「まず採取してきたレッドマンティスの卵鞘に、こちらの薬品を使って処理を行います。殻など余分な部分を溶かして取り除くためのものです」
レッドマンティスは成人男性と同じくらいの背丈になるカマキリに似た赤茶の魔物で、普通の虫のカマキリと同じように卵鞘と呼ばれる卵の塊を産みつける。木の幹の上の方に産み付けられる巨大な卵鞘からは、春になると一斉に数百匹程が孵ってしまうので、見つけ次第火をかけるなどして卵のうちに駆除するべき存在として知られている。
成虫のレッドマンティスは外殻や攻撃に使う鎌の部分が素材として需要はあるけれど、討伐には鉄級以上が推奨されるとても危険な魔物だ。
魔物が持つ魔石は魔物の成長と共に大きくなると知られているが、体内でどうやって作られているかはよく分かっていない。しかし卵の中には「魔物の体になるはずのもの」だけでなく「魔石になるはずのもの」も必ず入っているはずだと考えた学者が見つけて近年発表したものになる。その論文ではデルネット・ビーという蜂に似た生態を持つ魔物の卵が使われていたが、私はこの地域での手に入りやすさを考えてレッドマンティスを利用している。
一つ目に指さしたのはすでにその卵を処理した後の、濁った溶液だ。
「そして得られた液体を、遠心分離機にかけます。ここで、成長後魔石になるはずだった……魔石の核と呼んでいる部分が最下層から得られます」
私はそう言いながら、隣の液体を指し示した。重さに従って綺麗に分かれて層になっており、一番下には透明ガラスの原料に似た、小さな砂粒ほどの物質が溜まっているのが肉眼でも確認できる。
手振りで「それが見たい」と求められたので、こちらに伸ばしてるクロヴィスさんの手に渡す。ニアルさんまで覗き込んでいる。
「それで、人造魔石を作らせている、こちらの水槽にいるc-ミック種のスライムですが……」
隣の水槽の中身についての説明に移る。一般的な、半透明のゲル状の体に色の付いた「スライムの核」と呼ばれる塊を持つ典型的な「スライム」だ。野生のものと違い、完全に管理した飼育下にいるものなので、体の中にゴミなどが浮いていない。
なのでスライムの核の他に、レッドマンティスと同じ赤茶色の小ぶりな魔石が半透明の体の中に漂っているのも良く見える。
「ここにいるスライムには、えっと……一度スライムが持っていた特性をすべて失わせた後に、自分はレッドマンティスだと勘違いと言うか、錯覚させている……と言うか……そうやって魔石を作らせているんです」
「そこが手紙で報告されて一番興味を持ったところだよ! 特性を失わせるとか、勘違いさせるって、どうやって? いや、どういう事?」
「……スライムは様々な特性を持ちますよね? 毒沼にはその毒に耐性を持ったスライムがいつの間にか生まれますし、火山の火口付近には熱耐性を持ったスライムがいます」
「そうだね。ちょっとした環境の変化でも、新種と呼べるような新しいスライムが次から次へと生まれる。他の生き物にはない速さで新しい特性を獲得する魔物だ」
ここで、クロヴィスさんの話を遮って「メフラト古代遺跡で発見された一部の生活魔道具の原動力に当時スライムが使われていた話聞きました⁈ 魔石がなくても大規模魔導装置が動かせるかもって夢が広がって……」と割って入りそうになったニアレさんを、クロヴィスさんがそっと制してくれた。
圧力に押されて話を中断しそうになった私は、はっと気を取り直して自分の研究の説明を再開させる。
「……皇で、その特徴を使って、スライムで神珠の養殖が始まったんです」
「神珠の養殖の話自体は聞き覚えがあるけど……詳しく調べてなかったなぁ。国内の事で忙しくて……いや、言い訳は良くないね。もっと見分を広げておかないと」
いやいや、皇太子としての仕事もしながら、この話題について知ってるだけで十分だと思うのですが。
あまり一人で何でも知ってて何でも出来てしまうの、やっぱり周りの人はやりづらそうだな……。
神珠は美しい宝石にも見える、貴重な光属性の魔術触媒になる素材として知られている。しかし神珠をその身の中に生み出すキサカイウムギという貝の姿の魔物は金級以上の冒険者のパーティーでなければとても手が出せない上に、神珠は全部の個体に入ってる訳では無いので、大変貴重なものになる。
キサカイウムギは巨大な貝の見た目をしていて、普段は海の底にいて近寄らなければ何もしてこないのだが倒そうと思うととても恐ろしい魔物だ。キサカイウムギに呑まれて溺れ死ぬ人も多いが、神珠目当ての冒険者は後を絶たないと聞く。
その貴重な素材を人工的に作り出したなんて、すごい技術が開発されたと思ったのだが。
でも実際、素晴らしい技術だと思うんだけどあまりニュースになってないのも事実だ。どうしてだろう。神珠とは言っても今はまだ「キレイな宝石」くらいのものしか作れていなくて、魔術的な素材としての価値があるものは出来ていないからかな。
「宝石としての真珠の輸出国であるシャディール王国の圧力があったのかもしれないな……まぁいい。とにかく神珠を作る養殖方法にスライムが使われているんだね?」
「はい。キサカイウムギの代わりに、キサカイウムギの特性を持たせたスライムに神珠を作らる技術ですね。今回それと同じように、スライムを使って魔石を作らせる事が出来ないと考えたのが着想になります」
なるほど、そんな政治的な話も影響していたのなら納得だ。そんな事を考えつつ説明を続ける。
「皇では亜種が発生しやすい種類のスライムに、ひたすらキサカイウムギの肉を大量に食べさせる事でキサカイウムギの特性を獲得したスライムを得たと公表されています」
「わぁ、すごいね。とてもじゃないが真似できない方法だ」
「よく予算がおりましたねぇその研究……」
ニアレさんも同意するのを見ながら、私も内心頷く。キサカイウムギの身は上級ポーションの材料になる上に、とても美味しいのだ。高級食材としても干物が輸出されたりもしてて……いずれにせよかなりの高額になる。
読んだ論文では、食べさせても全てのスライムが確実にキサカイウムギの特性を得ている訳ではなかった。さらに、キサカイウムギの身を与えずに時間が経つとスライムは段々その特性を失ってしまうのだ。ぞっとするくらいこの研究にはお金がかかってると思う。
それを参考にした私も最初、魔物の肉をスライムに与えるだけではまったく「魔石を作る」という特性は得られず、色々試行錯誤をした。
当然だが、普通のスライムに魔石はない。つまり魔石を作る器官を持ってないので、出来るかどうかすら当てもないまま実験をしていて……正直全然上手くいかなかった。しかし「神珠を作る特性は得られたんだから」と思ったのと、何となくいける気がする……という私の勘で続けていた。
魔物の体をそのまま与えるのではなく色々な部位に分けて与えてみたり、それらをすり潰してペースト状にして直接スライムの中に注入してみたり……神珠の養殖を参考に、芯になるものが必要かなと考えて貝殻を削って作った玉を入れたりもした。
最終的に、何とか研究成果として紹介できる程度のものが得られたので、こうして報告をする事が出来るまでになったのだ。
「スライムが持っていた特性をすべて失わせる……なるべくまっさらな状態にするために、特殊な処理を行い、極力刺激や変化を省いた環境で数代繁殖させています。ほぼ新種ですね」
「野生のc-ミック種はたしか茶色っぽい核だったけど……この水槽の中のは真っ赤だね。これがまっさらな状態って事か……」
具体的な「特殊な処理」の内容については私が秘匿する許可を得ている。
他に存在する、特性を獲得する能力が高いスライム……オクト種、ソニックス種、キファニル種、同じように飼育したこれらのスライムの核を抜き取り、混ぜ合わせ、c-ミック種の核の中に直接注ぎ込む……という操作をしている。この人造魔石の一番重要な箇所だ。
ちなみにこんな方法を見つけ出せたのは、悩んでる私に対して琥珀が何気なく口にした「四つの特徴が全部欲しいならそれぞれちょっとずつ切って混ぜるのはいかんのか?」というヒントのおかげなので、とても感謝してお礼も渡した。本人は何でかよく分かってなかったけどね。
便宜上、私はこのスライムを「ミミックスライム」と呼んでいる。やはり核の中に他のスライムの核を混ぜるというのはかなり負担がかかるみたいで、ミミックスライムになる前に九割ほどのスライムが死んでしまう。
「ミミックスライムにする所までいったら、狙い通りの特性を与える成功率もかなり高くなります」
魔石の核を採取したレッドマンティスの卵の液、あれの中間層のクリーム色の部分を与えると効率が良いのに気付けたのは大きかった。
「そして、卵から採取した魔石の核に、成体のレッドマンティスの魔石付近の体組織を付着させたものを、レッドマンティスの特性を得たミミックスライムの体の中に直接入れて……運が良いと、こうして魔石が育つわけです」
「体組織を付着させる理由は何でです?」
「魔石の核だけよりも、魔石に成長する確率が上がるんです」
「なるほど」
レッドマンティスの特性を得ても、魔石を作ってくれるミミックスライムはその中の三割程度。その魔石も、本来のレッドマンティスの魔石である十五等級以上の大きさになるものは少ない。
百体のスライムから十体ミミックスライムになってくれれば運が良い、その内魔石を作るようになってくれるのは三体程。そうして研究を繰り返して、二〇等級以上の人造魔石が得られたのはまだ八個だけ。
とても収率が悪いように見えるが、今回クロヴィスさんに渡した……三十三等級の人造魔石一つで結構なおつりが出るくらいの利益が回収できる見込みだ。
そのくらい、大きな等級の魔石の価格が高騰しているという事でもある。国や都市の防衛に使われる大規模魔導装置を動かすには必須なので、国レベルで取り合いが起きている状況なので、もし「三十三等級の魔石」として使える人造魔石が今後も作れるなら、とても大きい事業になる。
もうちょっと効率上げるだけでも、利益率が大きく改善しそうだし。
これならクロヴィスさんも、文句なしに私をフレドさんの陣営として認めてくれるだろう。まるで新しいおもちゃを手に入れたみたいに、とても楽しそうに人造魔石についての説明を聞いていたクロヴィスさんの反応を見て私はホッと胸を撫でおろすことが出来た。
「よし、さっそく僕が作った飛行船を動かしてみよう。動力の魔石が確保出来なくて試運転したきりだったからな……」
「!! デリクさん! それはズルいですよ! 今後の魔道具の発展のため、私の持ってる古代遺跡の魔道具が動くか先に試すべきで……」
「いやいや、ニアレ。こういうのはクランマスターの僕に決定権がある訳だからさ」
「そ、そんな貴重なものにいきなり使うのはやめてください!」
魔石を持ったまま椅子から立ち上がったクロヴィスさんと、一緒について行ってしまうニアレさんを慌てて追いかける。替えの効かないものに試して、何かあったら私に責任は取れないのに……!
「え、ちゃんと確認試験してるんでしょ? あはは、リアナ君は心配性だな」と全然取り合ってもらえず。
クロヴィスさん達が作ったという飛行船がちゃんと動くまで、ハラハラしながら見守る羽目になるのだった。