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とある秘密と決意


「リアナ様は本当に博識ですね。どの分野でもクロヴィス様と対等以上に会話が出来る方なんて初めてなので、毎回ひそかに驚いています」

「そうですねぇ。私も、リアナ様との会話に全てついて行けるクロヴィス様はさすがだな……といつも思っております」


 運転席の方へと移った二人について、エディとアンナさんが興味深そうに話題に出す。

 俺もそれには深く同意する。クロヴィスが天才だって事については誰よりも俺が知ってるし、そのクロヴィスを子供のころから知ってる俺でさえリアナちゃんの天才ぶりには何度も驚かされてるから。


「リアナ様は頭が良いので魔法や錬金術の事なんてさっぱり分からない私にも理解できるように話してくださいますけど、やはり天才同士の会話はすごいですねぇ」

「ああ、分かります。お二人の話している事は専門的すぎて、私はほとんど理解できてませんからね。あの天才のリアナ様の秘書をしていたなんて、アンナさんを尊敬しますよ」

「そんな! 私だってリアナ様がやってる事なんて全然分かりませんよ。リアナ様が私にも分かるように指示を出してくださるお陰です。後はスケジュール管理とか、本当に、やってる事について分からなくてもお支えできる事だけで」


 確かに、俺も二人の話にはついていけない事が多い。聞いてるだけで面白い知らない知識がほとんどだからつい聞き入っちゃうのもあるし、琥珀が常にクロヴィスやリアナちゃんに「それは何でじゃ?」「どうしてそうなるのじゃ?」と質問しまくってるので俺が他に尋ねる事もないし。

 リアナちゃんと、俺の唯一の弟が仲良くしてるのは嬉しい。

 嬉しいけど、未だにちょっと信じられない時もある。クロヴィス、ちゃんと人に興味持てたんだ……って。何度か二人で話してる所を遠目に見た事があって、びっくりしたから。クロヴィス、あんな顔できたんだな。

 何を話してるのかは聞こえなかったけど、リアナちゃんもすごく楽しそうだったし……・

 クロヴィスは近くに置いている部下は何人かいたけど……何と言うか、リアナちゃんに対してみたいに個人として好意向けてる顔なんて初めて見たから。

 

 二人を見れば見る程、天才同士でお似合いだなぁって思う。

 俺はつらつら考え事をしていた。クロヴィスは自分が天才だって自覚はあるけど、周りに求める能力もめちゃくちゃに高い。いや、クロヴィスからしたら「努力で実現可能な範囲」に納めてるらしいけど。

 でもそのせいで皇太子になった今も、婚約者選びはとても難航していると聞いた。

 そもそも、クロヴィスも幼い時に婚約を結ぶはずだったのだ。

 しかし当時、今に輪をかけて人の気持ちを考えるのが苦手だったクロヴィス。何でも出来てしまう天才の立場から、自分の婚約者に求める能力が高すぎて……当時候補に挙がっていたご令嬢達は誰も残っていないのだ。

 しかし俺は、子供の時から信じられないくらいの優秀だったクロヴィスが、身分のある婚約者を持つと兄である俺の立場を更に揺るがしかねないと理解してわざとそうしてた所もあるんじゃないかとも思っている。

 しかし現在。クロヴィスはあらゆる分野で優秀だしあの見目だしで文官がさばききれないほど吊り書きは来るけど、ミドガランド帝国の皇子があの年で婚約者がいないのが異常事態なのだ。なおさら、釣り合う身分で女性で年頃の合う未婚の令嬢なんていない。

 将来帝国の王の妃になれる器と言うとそれこそゼロだ。


 でもリアナちゃんは外国の公爵家の娘さんだし、五歳差なら貴族には珍しくは……。


 そこまで考えてやっと、俺は「何を勝手な事を」と我に返った。いやいや、本人に確認も取らずに何暴走してるんだよ。


「フレドさん、どうしたんですか? さっきから黙り込んでしまって」

「ああいや、何でも……ちょっと考え事をしてたんです。帝都についたら忙しくなりそうだなって思ってたら憂鬱になっちゃって」

「病気療養していた事にするんでしたっけ? 身分のある方は大変ですねぇ」


 俺は極力、いつも通りに見えるように表情を取り繕ってアンナさんい返答をした。理由ももっともだし百点満点の誤魔化し方だっただろう。

 そう、実際そっちも憂鬱だ。社交界復帰を知らせる夜会を主催して、人脈作るためにあちこち顔も出さなきゃいけないし。

 当時クロヴィスの母親の実家であるハルモニア公爵家の力が強まり、命の危険を感じた俺は死にたくないばかりに身分や立場を無責任にも全て投げ出して逃げてしまった。

 母親の身分の低い俺の立場を補強するための婚約も一方的に破棄したし……向こうは俺を嫌っていて他に慕ってる男を作っていたが、それは免罪符にはならない。


 とにかく、到底皇位なんて継げない愚か者だと思われつつ、廃嫡されても幽閉はされないギリギリのところを狙って身の安全を得て外国に逃げた訳だが。

 優秀なクロヴィスが余程上手く事を収めたらしく、俺は長い事病気で療養していた事になっていたのだ。

 皇子として戻る事になったのもそのおかげで。もちろん、皇位継承権は失ったままだ。争うなんてとんでもない。このまま、当時第一皇子派閥だった貴族達も上手い事こっちに取り込んで波を立てずにクロヴィスの改革を手伝いたい。


 第一皇子フレデリックはミドガラント帝国の公式発表では、病気を理由に皇位継承権を返上し、今まで田舎で療養していた……という事になっている。

 この件について実際何があったかを知ってる人なんて大勢いるけど、表向きそうなってるので……しばらくは何処に行っても質問責めにあいそうだ。


 あとは仕事についても考えなきゃだったんだけど……これについては、商会を立ち上げる事を考えていた。クロヴィスが言ってたみたいに、新しい事業を作ってそこの責任者にするとか、お取り潰しにあって帝国が直接管理してる地域の領主に……とかは出来るなら避けたかったし。

 それでは臣下になるにしても、あまりにもクロヴィスに頼りすぎだから。


 俺は俺なりに、クロヴィスとは別の視点であいつの力になれる事がしたい。

 いろんな土地で成功してる商売見て来たから、生かせる事も多いと思う。商会としてだけの活躍ではなく、市井の情報でも力になれるかな。

 それしか出来る事が思いつかないなってのもある。まさか冒険者続ける訳にいかないし。

 未だに全貌の把握できない目の能力はやっかいなので、そこは当然今まで以上に注意するとして。この体質は人脈作って物を売る上では有利な事も多い。冒険者やってる時と違って身分を使って立ち回れるし。

 

 話を聞いていた限りでは新しい製造方法で今までより等級の大きい人工魔石を作るみたいだから、俺ならリアナちゃんの情報を守りつつ販路を作る役になってあげられる。

 また冒険者として活動するかもしれないし、貴族に伝手を作ってサロンに出入りすればリアナちゃんなら芸術方面でも活躍するだろう。何をするにしても、俺が商会を経営してればリアナちゃんの力になれるし。

 そうすれば、リアナちゃんが望むその時は、後援者として力を貸す事も出来るし。


「う~ん……ベルン、それは琥珀のクリームパンじゃぞ……」

「きゅ、きゅ~……」


 何の夢を見てるのか、幸せそうな顔でむにゃむにゃしてるちびっこ組を視界の端におさめつつ、俺は終わりが見えてきたこのほのぼのとした時間を味わっていた。



「フレデリック様、お返事がなかったので失礼ですが入らせていただきました」

「ん? ああ、ごめん。全然気付いてなかった」


 明日の昼には城のある帝都に入る。そしたらこの楽しい旅行も終わりだな。

 街の中で一番良い宿屋の、そこそこの部屋に入った俺はソファに座り込んでぼんやりしていた。何か変に疲れてる時って、一回座り込むと動けなくなるよね……眠いわけではないんだけど……。

 それにしても、エディが入って来たのに気付かないなんて余程ぼんやりしすぎていたようだ。当然ノックもされただろうに、それも聞こえてなかったなんて。


 ここまでと同じ、宿では俺達男三人は部屋を分けている。

 クロヴィスは皇子として、寝る時も他人がすぐそばにいるのには慣れてるから平気だって主張して「兄弟水入らず(傍仕え付き)」として宿泊しようとしてたけど……おはようからお休みまでクロヴィスと一緒ってのはエディが休めなくなってしまう。

 俺とは兄弟みたいに育ったからお互い遠慮はないが、エディにとっては上司だからね。寝台列車では部屋数の関係もあったので三人一部屋だったけど……。

 やっぱりそういう所想像するのちょっと苦手かな、クロヴィスは。もちろん、子供の時よりは成長してるし、説明したらすぐ引っ込めてくれたが。

 ちなみに、リアナちゃん達は望んで三人相部屋で過ごしている。


「半刻後が夕餉の時間ですので」

「ああ、そっか、もう夜か。手配ありがとう、エディ」


 座り込んだままぼんやりしすげて、外を出歩いた服のまま着替えてもいない。少し土埃っぽくなってるし、シャワーは……無理だけど着替えないとな。

 ここの名産なんだったっけ、と頭の中で風化しかけてきた帝国の地理を引っ張り出す。確か、果物が有名か。主な商売相手は帝都で、果実酒の生産も盛んだと学んだ。

 ……いや、酒はダメだな。リアナちゃんが万が一飲んじゃったらマズイ事になるし。あんな姿をエディやクロヴィスに見せるわけには……と考えかけたついでにその時のふわふわ笑うリアナちゃんを思い出してしまって、邪念を追い払うために思い切り頭を振った。


「いかがなさいましたか?」

「い、いや、何でもない。晩御飯何かな~ってこの地域の名産考えてたら、その……このあたりの貴族のご令嬢に昔言い寄られて大変だったの思い出しちゃって」


 ちなみにこれ自体も嘘ではない。事実起きた事だ。またしても上手い誤魔化しが成功した俺は、本心を悟られずに済んだ安堵にホッと息をついていた。その瞬間。


「その件でも少々お伺いしたい事がありまして」

「どの件?」

「フレデリック様の、伴侶についてです」

「おぁ⁈」


 予想外の言葉が飛び出てきて、俺は悲鳴だか何だかよく分からない声を上げていた。

 ぱ、と口を押さえてエディの顔を見上げる。その思いつめたような表情に、茶化す事は出来ずにそのまま話を聞く羽目になった。


「このまま帝都に戻ったら、誰かしらクロヴィス様に都合の良い方を娶る事になりますが、よろしいのですか?」

「クロヴィスはそんな事……」

「ええ、あの方はフレデリック様を尊重しているからなさらないでしょうね。でもフレデリック様は……あなたは、さもこれが自分の望みだというように振舞って、クロヴィス様の利益になる相手を探すおつもりでしょう? 違いますか?」

「…………ちが、」


 違う、と言い切れなくて。俺は思わずエディから目を逸らしていた。これではその通りだと白状しているようなものだ。


「……クロヴィスの利益になる家の中から、事情とか理解した上で俺でいいよって言ってくれる人と縁付くのが一番うまく収まるから。実際それは、俺の望みだよ。俺の事を知ってるなら分かるだろ? エディ」

「そうですね、フレデリック様が事なかれ主義で、なるべく平穏に生きていきたい方なのは存じ上げております」

「俺らしい望みだろ?」


 クロヴィスが親戚関係になりたい家のうち、都合の良い婿を探してる人とか、何かの理由で本当の想い人と籍を入れる事が出来ない人とか……どこかしら需要はあるだろう。帝国は広いし、探せば何件か。

 あとは神殿に入るくらいしか思いつかないけど……内部からクロヴィスの力になれる事もあるだろうが、かなり制限されるしこれは最後の手段か。

 ただいずれにしろ、この目の持つやっかいな力をどうにかする手段を確保してからにしたいな。


「五年前でしたら、賛成していたかもしれません。でも……リアナ様の事はどうなさるんですか?」

「……な、何言ってるんだよ、エディ。ちょっとよく分からないんだけど、どういう事?」

「誤魔化さないでください。貴方が彼女に特別な感情を持っているのなんて、見てたら分かります。いつからの付き合いだと思ってるんですか」


 思わずどもってしまったが、それを気取らせるわけにはいかない。俺は極力平静に見えるように演技をする。


「……え、勘違いじゃない? 確かに俺に異性の友人が出来たのなんてエルカ以来だけど、だからって……なんかそういうアレがある訳じゃ……」

「勘違い? 女性全体が苦手なフレデリック様が、リアナ様が相手の時にはわざわざ自ら! 率先して声をかけ、気を配り、クロヴィス様と二人きりになる度に内心嫉妬するのが、勘違いですか?」

「え、そんな顔してた? あ、違う。やっぱ今のなしで」


 まずい。不自然にならないようにしようと思う程、自然に受け答えが出来ない。


「ただの友人だと思ってないのは、ご自分が一番分かっているでしょう」

「えっと、妹みたいな……」

「妹分に向ける感情と違うのも分かってますよね? エルカや琥珀さんに対する態度と全然別物ですよ」


 言い逃れしよう、と目をウロウロさせていた俺は、観念して大きく息を吐き出した。しょうがない、これ以上突っぱねても最終的には聞き出されちゃうか。


「……別に、ただの片思いだよ。何もするつもりはない」

「けれど、」

「困らせるだけだよ。大体、釣り合わないだろ。俺よりもっと素敵な相手がいくらでもいる」


 例えば、同じ天才のクロヴィスとか。

 そう、俺じゃなくて、リアナちゃんに相応しい相手が……いくらでもは言い過ぎか。少なくとも、両親に何の問題もない、皇位継承権とかでトラブル抱えてない男の方が良い。いや、でもその条件だとクロヴィスもダメになっちゃうか。


「……私は、フレデリック様に幸せになって欲しいです。ご自分の身を犠牲するような真似などなさらなくても、クロヴィス様なら」

「そうだね。クロヴィスなら……こんな事くらいしか思いつかない俺の手助けなんて無くても、改革をやり遂げられると思うよ。でも、あいつが優秀でそれが出来るからって……全部やらせるのは違うだろ?」


 クロヴィスに守ってもらって、俺だけ自分の幸せを追求するなんて出来ないよ。

 あの時逃げて全部押し付けてしまったから。今度は、出来る事を全部やりたい。今は命の危険はかなり遠くなったし、せめてこのくらいは役に立たないと。


「ホラ、俺一応お兄ちゃんだからさ」


 わざと明るくそう口にしたが、エディの表情は晴れなかった。


「……エディ、俺はね。あの母親の下で歪んで育った俺が、ちゃんと……恋愛の意味で人の事を好きになれるんだって、それを教えてもらえただけですごく幸せだなって思ってるんだよ」

「フレデリック様……」

「だから、この話はもう終わり。……エドワルド、誰にも言うなよ。クロヴィスにも、お前の家族にも。これは命令だ」


 かしこまりました、と中々言わなかったのは、エディなりの抵抗だったのだろうな。

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