向かうは新天地
無自覚な天才少女は気付かない4巻が発売にあわせてしばらく連続更新の予定です
ミドガラント帝国に向かう道中の私達だったが、まるで普通の旅行の様に楽しい時間を過ごしていた。
デルールに行った時も、とてもいい経験が出来た。琥珀ともあの温泉街で出会えたし、フレドさんのオススメに従って旅行に行って本当に良かったなと思う。
ここまでは寝台列車を降りてから、ミドガラントに向かう船を待った港町も楽しかったな、と道程を振り返る。港町には珍しくないが大きな市場があって、様々な国からやってきた品が並んでいた。
ちなみに、今の琥珀は魔導車からの景色に飽きてしまったようでぐっすり寝ている。すっかり仲良くなった、竜のベルンちゃんも琥珀の膝の上で丸くなっていた。この二人が寝ているととても静かだ。
「でも、観光しながらの移動……私達はとても楽しませてもらってますけど、クロヴィスさんは大丈夫なんですか?」
「ん? 僕も楽しいよ? 仕事抜きでこんなにゆっくり異国を歩くのは初めてだから、見るもの全部が興味深い」
「いえ、その逆で……大変堪能されてるなぁ、とは思ってるのですが……だからこそ、クロヴィスさんのお仕事とか心配になってしまって」
そう、こうして大変気安く接してくださってるクロヴィスさんだが、帝国ミドガラントの皇太子なのだ。そんな身分のある方な上に、『|竜の咆哮<ドラゴン・ロア>』という大きな冒険者クランのリーダーで、聖銀<ミスリル>級冒険者もしているという何とも規格外の人だ。皇太子として様々な政策を打ち立て国営にも関わり、遠い異国に住む私ですらその名前を知っていた。そして聖銀<ミスリル>級冒険者として高い戦闘能力も持っている。
ちなみにこの魔導車は、『|竜の咆哮<ドラゴン・ロア>』の所有する魔導車なのだけど……「かなり燃費が悪かったから魔導機関と足回りを自分で弄った」と言っていた。実際、魔石の交換頻度が同じ大きさの魔導車と比べるととても少ない。これを自称専門家ではないクロヴィスさんが自分でやったなんて……どう魔導機関を改良したか、その技術だけでとてつもない利益を生みそうだ。技術革新のレベルだと思う。
また、クロヴィスさんはこれに留まらず幅広い知識も持っているし、新しい技術を習得するまでのスピードも信じられないくらい速い。
間違いなく、私が知っている中で一番の天才だと思う。私の家族もそれぞれが活躍する分野で「天才」と呼ばれていたが……ここまで何でも出来る人を私は見た事がない。
「? どうしたの? アンナ」
「……何だかお嬢様がまた自覚のない事を考えてそうな気配が……いえ、何でもありません」
私の顔を穴が開くかと思う程見つめてきたアンナに声をかけたが、濁されてしまった。
「僕がいなくなってミドガラントが困ってるかって言うと……まぁ、困ってるだろうね」
「え……?」
「それが目的で、各部署から優秀な部下を指名して『使節団』を作ったからね。もちろん、メインの目的は兄さんだけど、どうせなら一緒に解決しようと思って」
今回クロヴィスさんは、私達が暮らしていたロイエンタール王国への訪問、という名目で入国して表向きの用事を済ませた後「聖銀<ミスリル>級冒険者デリク」としてリンデメンまでやって来ている。「皇太子クロヴィス」は、ロイエンタールの王都に残してきた使節団の人達と一緒に帰国する事になっているそうだ。大胆な二重行動に、聞いた私の方がハラハラしてしまう。
そして、天才だが……兄であるフレドさんの事が、ちょっと理解できないくらい大好きな人でもある。エディさんはクロヴィスさんの事を「重めのブラコン」と言っていた。「重め」で済むだろうか……?
「改革するんだよ。血と縁故と伝統が国の運営に必要なのは分かるけど、今のミドガラントには問題が多すぎる。……国を良くする気のない、自分の金にばかり執着する無能を排除したいんだ」
「クロヴィス、お前なぁ……敵を作りすぎるなよ……」
「敵では無いってば。邪魔なだけで」
フレドさんはやれやれと言う風に軽くたしなめているが、あまりに辛辣な言葉に思わず息を呑んでしまった。
「でも、国をお留守にしたらその間もっと好き放題にされてしまうのでは?」
「戻ってくるのが分かってるからそこまでの無茶はしないだろうけど、まぁそうだろうね。でもこれで僕とその部下がいないと、もうまともに国を運営出来ないと分かるだろう」
クロヴィスさんとその部下が国を不在にして、あえて問題を浮き彫りにさせるとは。
アンナの素朴な疑問に、何でもない事のようにさらりとそんな事を答える。やっぱりクロヴィスさん……ちょっと怖い時があるな……。
「おいおい……クロヴィス、それで一番疲弊するのは国民だぞ?」
「でも、今多少の痛みがあっても膿を出来るだけ出しておかないと。壊死してから手足を切り落とす事になりかねない」
「それは……確かに、そうだけど……そうなんだよな~~……」
「……あの、そんなに悪い状況なんですか?」
何かを諦めて飲み込むように、ズルズルと魔導車の背もたれに体を預けて天井を仰ぐ。そんなフレドさんの姿を見て、私は思わず問いかけていた。
騒ぎが起きる事も覚悟で、クロヴィスさんがフレドさんを迎えに来たのは分かっていたけど……。
「そうだなぁ。もう波を立てずに解決は出来ないと思う。大きな原因は分かってるんだけど、問題に手を付けるにも障害が多くて……」
痛みを伴う事になっても改革が必要だと、フレドさんもそう思うのなら余程なのだろう。
クロヴィスさんが独り言のように、「僕がいない間に罷免の口実になる良い感じの不祥事を起こしててくれないかなぁ」と言っているのは深く追求するのが怖いのでちょっと触れないでおく。