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「ママ……ママぁ~~~~っ、ぅわあ~~ん」


 そこに現れたのは迷子だった。うん、どう見ても迷子。保護者らしい姿は見えず、母親を呼びながら泣いている。周りにも人はいるけど、迷子になっているこの子を気にするような視線を向けるだけで、声をかけるのを躊躇しているようだ。

 いや、分かるよ……男が一人で泣いてる子供に声かけるのって難しいよね。余計に泣かれたらどうしようとか、不審者にされかねないとか考えると……。

 しかし迷子になって泣いている子供がいるのだ。解決に動かねば。


「エディ、駅の従業員を呼んできてくれる?」

「承知しました。……大きい鞄は置いていきます」

「ありがとう、見とくよ」


 そして俺が役割分担をお願いするまでもなく、リアナちゃんとアンナさんは泣いている女の子に駆け寄って、屈んで視線を合わせて話しかけていた。

 俺の役割? 荷物番だよ。善人かどうかに関わらず成人男性が泣いてる子に話しかけるとほぼほぼ、余計激しく泣かれるからね。適材適所。

 迷子ならこの子を連れて駅員の所にまず行くべきだけど、泣き止む前に腕を掴んで連れてくわけにもいかないし、大きい荷物もあるし、クロヴィスと琥珀と行き違いになるとまた別の厄介を生むのでここで子供を落ち着かせつつ、駅員に来てもらう方が良いだろう。


「お嬢ちゃん、ママとはぐれちゃったの?」

「……!! ママ、ママぁ~~~!」

「だ、大丈夫よ。私達も一緒に探すもの! 駅員さんも来て、すぐに見つかるよ」

「ぅわあ~~~!!」


 しかし二人の優しい問いかけには答えられず、女の子はさらに激しく泣き出した。もう頭の中が「ママがいない」だけでいっぱいになって、会話をする余裕が無くなってしまっているようだ。

 そうして泣く子に無理に名前を尋ねたり母親の特徴を聞き出そうとするのではなく、アンナさんは上手く「そっか、ママと急にはぐれちゃってびっくりしちゃったねぇ」などと話しかけて、少しずつ落ち着かせていた。


「お名前は?」

「……リーシャ」

「リーシャちゃん、私達と一緒にママを探しましょうか。ママのお名前も教えてくれる?」

「ママ……!」


 ママ、と言われてまたはぐれた事実を思い出してしまったらしく、じわりと涙が滲みかける。後ろから見てるしか出来ない身でハラハラしてると、同じくアワアワとしたリアナちゃんが何か思いついたようにリーシャと名乗った女の子の目の前に手の平を振って見せた。


「……見て! リーシャちゃん、何も持ってなかった手の中から……突然コインが出て来たよ! あれ、また消えちゃった」

「……ふぁ……?」


 リアナちゃんが一度目の前で握って見せた手の平をもう一度開くと、そこには銀貨が乗っていた。そしてもう一度握ると、また消える。

 リーシャちゃんは突然始まった不思議な光景に目を奪われて、泣くのも忘れて口をポカンと開けていた。

 ……え? リアナちゃん、手品まで出来るの?


「今度は……えっと、お花が出て来た! 魔法のかかったお花だよ。こうして振ると鈴みたいな音がするの。リーシャちゃんにあげるね」

「わぁ……!」


 次に握った手の中から出て来たのは、ピエリスの花だった。錬金術の素材としての価値を知っている俺はそれを見てちょっとギョッとしてしまう。

 そ、そんな……上級ポーションの材料にもなる花を、「音が鳴るおもちゃ」として子供をあやすのに使うなんて?!

 そりゃ、リアナちゃんなら自分で採って来られるんだろうけど……。俺はまた別の意味もハラハラも加わりながら、突然始まった手品にそのまま魅入ってしまった。

 

 手品で出て来たものにもびっくりしたが、手品自体もすごすぎて。いやいや、リアナちゃんの多才さにびっくりするの慣れてきたと思ったけど、まだまだ驚く機会は多そうだな。

 リアナちゃんの手の平からは握って開くたびに次々に色んなものが出て来る。リーシャと名乗った幼女は次に何が現れるか夢中になって、泣くのも忘れて見入っている。

 また別の花、色とりどりの貝殻、リボン……その次に出て来たのは何の変哲もない紙だった。


「ふーっ」


 ちょっと拍子抜けしたような顔の女の子。しかしその紙にリアナちゃんが息を吹きかけると、パタパタとひとりでに折り目がついて形を変えていく。あっとい言う間にちょうちょの形になった紙細工は、くるりと宙に飛び出ると、女の子が持ったままのピエリスの花にとまった。まるで生きてるみたいだ。


「わー! すごいすごい!」

「いやぁ、すごいなぁ! サーカスの人か?」

「今のどうやったんだ? 魔法じゃなかったよな」

 

 紙細工のちょうちょがとまった花を手に持ったままピョンピョン飛び跳ねる女の子は笑顔になっていて、リアナちゃんはそれを見てホッとしてるようだった。

 迷子を心配げに見守っていた周りの人達もリアナちゃんの手品を鑑賞していたようで、いつの間にか出来ていた人だかりから歓声が上がる。迷子騒動から一転、突然始まった手品ショーに観客達は大盛り上がりになってしまった。


「すごいのじゃ! リアナ、今紙が勝手にちょうちょの形になって飛んでったぞ?! どうやったのじゃ?!」

「あれ、琥珀いつの間に戻ってたの? う、う~ん……タネはちょっと……不思議なのが手品だから、内緒ね」


 そして俺も気付かなかったが、琥珀は観客に交じって手品を楽しんでいたらしい。ならクロヴィスは、と周囲を探すと、人だかりのやや後ろに紙袋を抱えて立っていた。俺と目が合うと、紙袋を抱えたまま指先をヒラリと振って、こちらに歩いて来る。

 

「すごいね、この人だかり。何で手品してたの?」

「迷子がいてさ……子供を泣き止ませようと手品を見せてくれたリアナちゃんがちょっと目立っちゃって……」

「なるほどね。でもすごいな。あの子あんな手品も出来るんだ。一切魔法使ってない純粋な手品だったよ」

「いやぁ、すごいよね。俺も今初めて知ったよ」


 チラッと見ただけで魔法使ってないって分かるクロヴィスも相当すごいが。

 そこに駅員をつれたエディも戻って来たので、荷物の方を任せて、俺は人の渦の中心に囚われたままのリアナちゃんを救出にかかった。

 幸いというか何と言うか、目立ったお陰でリーシャちゃんの母親もすぐ見つかったけど、後には「もっと手品を見せて欲しい!」「ちゃんとしたショーはどこに行けば見れる?」と大勢に囲まれているリアナちゃんが残ったって訳よ。


「えっと、サーカスやショーはやってなくて……あの……」

「いやぁ、迷子もすぐ親御さんが見つかって良かったですね。皆さんもありがとうございます! ほんとすいません、お昼ご飯に行くので俺達はこれで失礼します!」


 やや強引だがそう言って何とか他の演目をリクエストする観客達を押しとどめて、人が集まってきてしまったホームを後にしたのだった。



「ごめんなさい、皆さん……また騒ぎになっちゃって」

「リアナ様のお陰で迷子がすぐお母さんと再会出来たから良かったじゃないですか」

「そうそう。乗り換える予定の列車にも先に乗せてもらえたから、ゆったり昼食摂れるし」


 観客の目を逃れて一息ついたのは、港がある街まで乗る寝台列車の中だ。他の車両はまだ清掃と点検が終わってないが、俺達が使う予定の寝台スペースはホテルで言うスイートルームなので一番最初に終わってたので「迷子の保護に協力ありがとうございます」と先に乗せてもらえたのだ。

 リアナちゃんを手品師と思って寄って来た人だかりから逃がしてくれたのもあるんだろうけど。

 移動手段の手配をまかせたのはエディだが、クロヴィスの金で思い切り良いチケットを取ったみたいだ。ひとつの列車に一部屋しかない、一両丸々使った特級客室と、これまた二部屋で一両使う一等客室。男女で別れて俺達は一等客室を三人使う予定になっている。

 今は昼食のタイミングなので、寝台列車だと言うのにリビングルームの設けられている特級客室に六人集まっていた。列車の中とは思えない広々した空間だ。


「それにしても、リアナ君は手品の腕も素晴らしいね! 特にあの、最後の紙に息を吹きかけると紙細工が出来上がるやつ! きっと手品師になってもすごく評判になったろうな」

「あ、ありがとうございます……」


 最近は素直に褒め言葉を受け取ってくれるようになったけど、クロヴィスにはまだ慣れてないのもあって、リアナちゃんはいつもよりもくすぐったそうにしていた。

 そんな二人のやり取りをほのぼのと見ていると、真っ先に昼食を食べ終わった琥珀が「駅を探検に行きたいのじゃ!」と言い出した。


「う~ん、そろそろ列車の出発の時間だからちょっと難しいかな……これから行く先で、燃料の魔石の積み込みとかで停車する駅なら見られるから」

「ぬ。なら我慢するのじゃ」

「その代わり、列車が動き出したら他の車両を見に行こう。他の人の部屋は覗けないけど売店とか、食堂車とか、展望スペースがあるから」

「そうじゃ! この列車の中で何日か泊って港まで行くんじゃろ?! 楽しみじゃの」

「きゅー、きゅきゅー」


 琥珀の発言には同意する。ホテルじゃなくて、列車の中に泊まるって非日常感があってワクワクするよね。

 これは別に俺が子供っぽいとかじゃなくて、人類誰しも持ってる感覚だと思う。是非俺も探検に連れてってもらおう。リアナちゃんと琥珀だけだと変な男にナンパされるかもしれないし。

 ベルンも寝台列車に乗るのは初めてみたいで、餌に集中しきれず車両の中を興味深そうに見まわしている。


「琥珀君、その探検なんだけど、少し後にしてもらっていいかな? そうだな、先にこっちの泊まる予定の部屋の中を調べるとかどうだろう」

「ぬ? 何でじゃ?」

「……ちょっと先に、リアナ君を借りたくて。二人きりで話したい事があるんだ。いいかな?」


 いいかな、と言いつつクロヴィスは何故か琥珀の次に俺を見た。

 高貴な血筋だけが紡いできた、混じりけのないロイヤルブルーの瞳が俺を射抜いて、一瞬息が止まってしまう。

 ……何で今俺にも聞いたの? どうして二人きりなの? 

 頭の中にはワッと一気に聞きたい事が溢れて来る。でも自分でもよく分からないまま、「いいんじゃない?」と返してて。

 友達と弟が仲良くなるなんて喜ばしい事のはずなのに、何故か胸の奥に言語化できないモヤモヤが生まれてしまった。

 え、何で今俺が許可出したみたいな事言っちゃったんだろう。何の立場だよ。父親か? いやそこまで年は離れてないしリアナちゃんの兄貴面してるのか。


「展望室に行こうか」


 スマートにリアナちゃんを誘うクロヴィス。なんか俺はぼんやりと、二人とも何でも出来る天才だから似てるなって感じた事を思い出していた。


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