表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/165

この先を見つめる



「じゃあリオ君、気を付けて」

「はい、トノスさんも。ここまで乗せていただいてありがとうございます、助かっちゃいました」


 トノスさんもフレドさんも、何かが起こるかもと警戒していた私が罪悪感を覚えるほど良い人だった。実家の目に留まらない形で港まで来られたし、私は運が良い。


「あ、そういえば。これ、ささやかなんですけど、良かったら使ってください」

「え? これ、魔道具かい?」

「たいしたものじゃないんですけど。魔導車の中が少しは快適になると思って」


 お昼ご飯も度々おごってもらった上に、運賃は頑として受け取ってくれなかったトノスさんにお礼として、道程で作った魔道具を渡した。寒い時や暑い時の冷暖房に使える、逆に言うとたったそれだけのシンプルな機能のものだ。

 もっと使い勝手のいい冷暖房器具はあるが、これは魔石の属性を利用して小型化に全振りしたものだ。設計図も引いていない、魔導回路の核も手で調整しながら作ったから、量産はできないけど。

 量産するには魔導核の均一化規格を定めて、魔導回路もブラッシュアップしなければならない、コーネリアお姉様に見られたら眉を顰められるような出来のものだが。ないよりマシ程度には役に立つ……と思う。


 大昔の冷暖房魔道具は私が作ったこれと似たような構造のものしか作られていなかったが、それは暖房には火属性の魔石が、冷房には氷属性の魔石が必要で、暖房が必要な寒い地には暑い国からわざわざ魔石を運ばないとならない、裕福な人達だけしか使えないものだった。


 現在は魔石から属性をそぎ落とし、純粋な動力として使う技術と魔導回路が発達したことで大昔のような制約はない。しかしトノスさんが買ってしまったように属性処理の甘い魔石も出回っている。ギルド認証を受けている店が品切れで仕方なく買ったらしいが。

 通常それは属性をそぎ落とした際の魔力減衰も大きいし、ひどい時は魔道具の故障なども招くため推奨されないが、ギルド認証を受けた加工魔石は供給が需要に追いついておらず無認証の魔石を使わざるを得ない事がどうしてもあるんだそうだ。

 魔石の需要と供給については知識で知っていたが、質のいい魔石が潤沢に手に入る世界で生きていた私は現実として初めて身近に知った。


 北から南まで商売のために頻繁に移動するトノスさんなら、寒い土地で氷属性の残った魔石を、暑い地域で火属性の残った魔石を買っておいて別の気候の土地に行くときに使える。その魔石に残留した属性を使い切ったら温風も冷風も出てこないし、残留してる属性の強さに左右されて温度調節機能もないから、冷暖房が利きすぎてると感じたらスイッチのON/OFFで切り替えるしかないが。

 アジェット公爵家で使っていたような高級な魔導車にはもともと冷暖房は備わっているけど、それはボンネット内部にエンジンの機構も考えた上で収められている。

 トノスさんの所有していた車にはなかった。なので車の窓を半開きにしてそこを覆う形で窓と車体に挟んで簡単に取り付けられるものを作ったのだ。これは外気への排熱をする都合もある。


 良い点として、これで属性を使い切れば、二級品の魔石も少しは安全に使えるんじゃないかと思って。人里離れたところで故障したら場合によっては危険だもの。

 しかし対応する属性の魔石がないと冷房にも暖房にも使えないので、まぁトノスさんみたいに北も南もあちこちに行く人にしか役に立たないが。


「あ、フレドさんおかえりなさい。フレドさんにもお世話になりました」

 

 借りを返せてスッキリした私は、少し席を外していたフレドさんにも改めて挨拶をした。フレドさんには、いくらあっても困らないだろうとポーションを渡す。


「いやぁ、俺お世話したかなぁ、野外のごはん時もリオ君がいつもささっとやってくれたし……ああぁ、これで味気のない携帯食に逆戻りかって思うと寂しいよ」

「はは、そう思っていただけて光栄ですよ」


 私は設定上、今日の午後の船便でここを発つことになっているので二人とはお別れだ。「独り立ちして工房を開くときには声かけてくれよ」と気の良い感じで笑うトノスさんに笑顔で手を振り返して、私は港の雑踏の中に紛れた。


 さて。

 トノスさん達は私が船便の発券所に行ったと思っているんだろうけど。まともな身分証明書のない私はこのままではまともな手段で国を出ることが出来ないだろう。それに、発券所の窓口を、明らかに警戒している軍人達がいる。

 きっと公爵家の命令で私を探しているのだ。以前外交で国外に行くジェルマンお兄様に勉強を兼ねて連れていっていただいたことがあるけど、その時にあんな物々しい人達はいなかった。私の自意識過剰ではないと思う。今日で私が家を出て十日経過したが、まだ捜査の目は厳しいままだ。


 ほんの少しでも疑われるわけにはいかない。

 疑われた時点で、その後にどう調べられても私が家出したアジェット家の令嬢だとバレてしまうだろう。


 どうしようか。後ろ暗い手で船に乗るのはちょっと。国からは離れたいけど、犯罪はさすがに。

 やはり、徒歩で国境を出ようか。ケルドゥは隣国との国境も近いし。しかしそれにしても、今日は街を出るのはやめておいた方がいいかな。トノスさんやフレドさんとうっかり顔を合わせるわけにいかない。


 私は比較的大きな通り沿いの、古いが清潔で大きめの宿屋に入った。完全な家族経営ではなく、従業員もいるのに目を付けて。このくらい客と従業員の関係があっさりしているほうが良い。

 もっと大きい宿屋の方がその辺は距離が置けるのだが、ここより大きなところとなると身分証明なしの素泊まりは難しいことが多い。賭けに出ないほうが良い。

 一階は食堂が営業していて、ここの娘さんらしい女の子がウェイトレスとして働いていたのが外から見えた。客には冒険者もいるが雰囲気は荒れておらず、防犯面も考えた上で今日の宿をここに決めたのだ。


 平均より少し高めの宿泊料を払って、まだ陽は高いが部屋に案内してもらった。この時点では受付に顔をしっかり覚えられたくないので再び外套を使う。夕飯はここの食堂でとって、明日まで外に出なくても済むようにしよう。


 どうやって船に乗ろうと悩んでいた私の心配はあっさり解決した。

 翌日、同じ宿に泊まっていた外国人の男性から普通の船旅に関して話を聞けたのだ。どうやら庶民向けの船便の安い客室ならチケットのお金さえ出せれば誰でも乗れるものらしい。


 私が知っているのはジェルマンお兄様率いる使節団とご一緒した時のみだったので、その時私に付き添っていたアンナがしていた手続きと同じものを想定していたのだが普通はそんな事しないみたい。

 というよりその時が特殊だっただけのようね。私自身がとくに提出する書類などは無かったのは公爵家という肩書のおかげで、国境を超える船に乗るのは普通少し面倒な手続きがあるのだと思っていた。

 そんな私の想像とは違い、外交官達が乗る船だから、同じ船に乗る者への審査が厳しくなっていただけらしい。


 検問のような事をしている軍の目を避けて私じゃない違う名前の身分証明書をどうやって手に入れようとここに着くまでもずっと悩んでいたのに、拍子抜けしてしまった。


 宿の従業員と意思疎通ができず困っている他のお客さんの通訳をつい買って出てしまって、目立ってしまうかも、と少し後悔しそうになったけど首を突っ込んで良かった。

 結果的に、周りが誰も理解できない言語を使ったから、堂々と詳しく船旅について聞けたもの。青の国の言葉を話せる人は王太子殿下の執務室に一人、外交部にも二人しかいなかったから、私が「今から初めて一人旅をしたい」って丸出しの内容を聞き出してたって軍に知られるおそれはない。

 

 船に乗るのは問題なさそうだから、早めにこの国を出てしまおうか。たかが令嬢の家出にそこまで長時間人手を費やすことはできないだろうから一週間ほど待てば検問を展開している人達も気が緩んでもっと簡単にいきそうだが、そこまで待ちたくない。

 そもそも今だってそこまで厳しい調査もしていなさそうだ。私の顔は知らされているだろうが、直接私を見知った人でなければ外見だけで私がリリアーヌだと気付かれないと思う。


 多方面に迷惑をかけてしまっている自分の勝手な行動に罪悪感もある。でも家族にすら一度も認められた事のないリリアーヌは責任感も無かったのだと諦めて欲しい。

 翌日、私は逃げるように、候補にしていた国の中でまだ客室に空きのある船便で一番近い日付を掲示板で確認してからチケットを購入した。


 発券所内にいる軍人を意識して少し緊張したけど何も無かったと内心安堵した私は、たまたま通りかかった市場で中古の楽器を見かけて足を止めた。

 壊れていると値札に書かれているがまだ使えそうな弦楽器。何故かその古ぼけたヴィーラに、とても惹かれてつい購入してしまった。

 出航は三日後。そうだ、やりたいこともないしそれまでこの子の修理でもして時間をつぶそうかな。アマチュアの私が弾く分には問題ない程度には直せるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ