楽しい旅路
「クロヴィス、ありがとな色々一緒に陰で動いてくれて」
「いや、僕はほとんど何もしなかったよ。兄さんの後ろをついて回ってただけで」
こんな事を言っているが、ベタメタール子爵夫人の説得ではクロヴィスがいないと成功してなかったんじゃないかなと思う。
夫人個人に対して人工魔石事業を譲渡する事になって、最初は子爵に離縁状を叩きつけるなんて言っててさ……。
まぁ一時の暴走でもあったんだろう。現実的に考えて、人工魔石事業がいくら儲かっても大変な事はいくらでも思い浮かぶし、エリック君は子爵家の跡取りだから離縁したら複雑な問題がまた別に出てきてしまう。その辺りを話して説得したらわりとすぐ納得してくれた。
「でもほんと兄さんの手腕は素晴らしかったよ! あんなに理性を失って、夫への報復しか頭になかったあの夫人をあっという間に宥めてしまうんだもの。まるで魔法を使ったみたいだった。女性の扱いにも長けてるんだね」
「……クロヴィス、その言い方はちょっと人聞きが悪いからやめよっか」
それだとまるで俺が夫の居る女性を口先で言いくるめて何か変な事をさせたみたいじゃないか。端的に言い表すと、えっと、たしかにそう言えなくもないけど……! ほんと誰かに聞かれたら変な方に勘違いされる事必須なので、俺はきちんとクロヴィスに言い聞かせた。ここが、他にエディしかいないコパートメントで良かったよ。
俺は冷や冷やしながらも胸を撫でおろす。
でも実際、納得してもらうのに全然大変な思いはしてないんだけどな。俺の母親とは違って、感情的にはなっていたけどちゃんと話は通じたし。そう言った時のエディが残念なものを見る目をしていたのが気になるが。
今俺達は、魔導列車に乗ってミドガラント帝国に向かっている最中だ。クロヴィスは一般客で満員の普通客車に興味を示していたが、流石にそんな訳にはいかないのでコンパートメントで納得してもらった。
六人だが、四人用のコンパートメントを二つ貸切るために八人分のチケットを取っている。こうして聞かれたくない話も多いし、リアナちゃん達には内緒でしたい話もあったので三人ずつで別れるのは俺にとっても都合が良い。
「でも公平な治世が出来ず弱い立場に我慢を強いてきた領主と、不満に思いつつも何も行動してこなかった妻と……離縁するなら放っておば良かったのに、兄さんは優しいなぁ」
「いや、別に俺が優しいから介入した訳じゃないよ」
何でもかんでも俺の美談にしようとしてくるクロヴィスに、若干の居心地の悪さを感じながらしっかり反論する。エディは同じコンパートメント内にいるのに、完全に知らぬ顔だ。「フレド様に関して暴走するクロヴィス様は私では止められないので……」とか何とか言っていたけど、絶対に厄介だから自分だけ逃げてるんだと思う。
「人工魔石事業を夫人に譲った結果あの夫婦が離縁したってリアナちゃんがもし知ったら気に病んじゃうでしょ。あと、あの奥さんに手綱を握っていて欲しかったから、夫婦を続けてもらった方が都合が良くて」
「なるほど。そこまで考えての行動だったんだね。流石兄さんだ」
「はは……」
後は、そうなってしまったらその二人に挟まれる形になる息子のエリック君が可哀そうだったからってのも勿論ある。しかしそれを言うとクロヴィスの過剰な礼賛が始まるのが分かっていたので、そこは黙っておいた。
別に、優しいとまではいかずとも、特別酷い人じゃなければ子供に影響が出るような事は避けるのが普通だと思うんだけど。
「しかしクロヴィスは、相変わらず正論が過激すぎるんだよな……」
「過激? そうかな。怠惰と無能は罪だよ。僕だって出来ない事は求めてない」
「そういうとこだぞ」
いや、うん……確かに不可能な事ではない……けど。「分かってても難しいよ」って正論を真正面から叩きつけちゃうからな……兄としてそこは昔から心配で。
ほんと、何でも出来る、何でも優秀なクロヴィスの「正論」でくじけちゃった人が何人いたか。
例えばさ。「体力をつけるために朝は少し早く起きて、素振りを二〇〇回やろう」って人でも雨が降ってたらじゃあ今日はお休みしてゆっくりコーヒーでも飲もうかな、たまには良いよね……とかなる日もあるじゃん。
でもクロヴィスは「体力が無いのが自分の課題だと分かっていながら何故怠ける? 室内で出来る体力作りを行えばいいじゃないか」と正論で殴っちゃう訳よ。
まぁ~言ってる事は正しいんだけどさ、人って皆が皆そこまで強くないじゃん……?
でも子供の頃と比べたら随分丸くなったと思う。クロヴィス、同年代どころか大人達まで、何人も自信喪失させてたから。
側近候補の同年代の子に「貴族に生まれて、学べる環境はあっただろう? 何故このくらいの事が出来ないんだ?」「どうして出来ないと分かっているのに必要な努力をしないんだ?」って質問攻めにして、泣かせてしまったり。貴族に専門的な事を尋ねて、満足のいくやり取りが出来ないと「何故、子供の僕にも分かる事に答えられないんだ?」って詰めたり。
クロヴィス本人は怒ってるとかではなく、これが純粋に疑問として尋ねているから恐ろしい話だ。
ある程度の年齢になったら自分が特別で他の人に同じレベルを求めてはいけないと理解してくれたけど。
俺が年齢というアドバンテージを持ってお兄ちゃんヅラ出来ていたのはほんと短い間だったな……。一応、俺も結構出来は良かった、と言い訳しておく。母親の顔色を窺った教師連中のお世辞を引いてもね。
けど天才で、神童で、訳の分からないくらい優秀なクロヴィスと比べられ続ける生活はまぁ普通に苦痛で。自分が一日かけて覚えた事よりたくさんの事を一度本を読んだだけで全て暗唱して、しかも知識として使いこなしてる……とかを見せられる度に泣きたいくらい惨めになった。
でもクロヴィスが俺が兄として慕ってくれていたので、憎んだ事は一度も無い。エディ達血のつながらない家族もいたけど、母親もあれで、父親もまぁ……って感じだった俺の大事な弟だった。
しかし……一応、努力をかかさなかった勤勉な兄だったとは思うが、何故こんなに慕われているのかは実は謎なんだよな。
クロヴィスは優秀な人材が大好きで……というか優秀な人以外だと対等に話も出来ない。クロヴィスが側近になる事を許した人達とは、俺はやっと足下に及ぶかどうか……くらいの差がある。
無理矢理点数を付けるなら彼らは九十五点とか、そんな感じ。俺はまぁ~結構色々出来るけど……平均点七十五点の男かな。クロヴィス? クロヴィスはちょっと、特別過ぎて同じ軸が使えないんで……。
だから、初対面でリアナちゃんにとても好意的だったのは分かるんだよ。リアナちゃんは天才だから。けど「努力してなんとか秀才の皮を被っていた凡才」の俺がクロヴィスにこんなに慕われている理由は今も分からない。
「兄さん、そろそろ着くよ」
「お、結構早かったな」
窓の外を流れる景色がゆっくりになってやがて停止する。棚に置いていた荷物を手にコンパートメントの扉を開けると、ちょうど隣から出て来たリアナちゃん達と顔を合わせた。
「早いのぉ……もうフレドの生まれ故郷に着いたのか?」
「違うってば。ここで寝台列車に乗り換えて、着いた先で港から船に乗って行くのよ。さては琥珀ちっとも話聞いてなかったわね?」
「そうだったかの?」
魔導列車に乗ると朝からはしゃぎまくっていた琥珀はそれで疲れたらしくぐっすり寝ていたのは知っている。眠そうに目をこすりながら出て来てとぼけた事を言っていて、そのやり取りに笑ってしまった。
ちなみに、やって来た時は街を騒がせたベルンだが。今は猫くらいの大きさになって、クロヴィスの外套の中で首に巻きついて寝ている。あまりにも微動だにせず眠ってるので、外套の外側に巻いてても本物の竜だと思う人がいないんじゃないかな、とちょっと思うくらいに。
「腹が減ったのじゃ……」
「乗り換えた列車の中でお弁当を食べる予定ですが、ちょっと昼時には遅くなりますもんね……せっかくの旅路ですし、軽くお菓子でも食べましょうか」
「!! おお! 甘味の許しが出たぞ!! やった!!」
「でも、お昼の前なので少しですよ琥珀ちゃん」
「じゃあ折角だし、この駅で売ってるものにしない? 僕ちょっと屋台を見て来たいな。琥珀君も来るかい?」
「行くのじゃ!!」
ぴょんとクロヴィスの服の裾を掴む琥珀の背中に、アンナさんが「たくさんねだっちゃだめですよ~」と声をかけていた。リクエストをする間も無かったが、一回食事をしただけで好みを把握出来るクロヴィスに任せておけば間違いは無いだろう。
俺の味の好みとか、何かよく分からないけど俺本人より詳しいし。
街が出来た後に作られたこの魔導列車の駅は、街の外周部に接するように建設されている。出来た当初はここには駅以外の建物は無かったようで、駅舎から見える建物はまばらでどれも新しい。
そしてホームから見下ろす線路の周りに沿うように、許可を取ってるのかすら分からない屋台が集まって、市場のようなものが形成されていた。
……うわ~、あのあたりの店とか、線路の上に品物広げてないか? 列車が来たらいちいち片付けてるのだろうか。
そんな賑やかな無法地帯が形成されている空間を興味深く眺めつつもスリに警戒して過ごしていると、またというか何というか、どうやらもめ事が舞い込んできてしまったようだ。