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クロヴィスさんの話が衝撃的すぎて、聞いてからずっと自分の中で消化出来ない。
……だって、フレドさんが……母国に帰らなければならないだなんて。
もちろん、話を聞いて頭では理解している。フレドさんが「多分俺の母親も同じ目を持ってる」と言っていた。その目の不思議な力の原理を、いや仕組みが分からなくても力を封じる事が出来れば。フレドさんの問題も、フレドさんのお母様についての問題も解決する。
色々と問題がある人だとフレドさんは言っていたが、クロヴィスさんによると、この「問題」がなかなか看過できないレベルになっているらしい。「兄さんの目を研究したら、王妃の信奉者達をどうにか出来るかもしれない」そのためにフレドさんをミドガラント帝国に呼び戻したい、という話だった。突然になってしまったのも、手紙では詳しく書けなかったのもこのため。
この理由が理由なので、フレドさん自身も急な話に戸惑いながらも、帰国する事自体は承諾していた。話を聞いていたし、必要な事だとは私も分かっているけど……。
「リアナ君、大丈夫かい? ぼんやりしていたようだったが」
「……えっ、あ……申し訳ありません、子爵」
「いや、君にしては珍しいと思って。忙しいからかな。十五等級以上の人工魔石も楽しみにしているよ」
「はい……頑張らせていただきます」
本当は、二〇等級までなら作れるような改良はもう出来ている。ただ……ベタメタール子爵とやり取りをしていて、悪い人ではないのだけど、今以上に深いお付き合いをするのに不安を感じていて。改良に成功した事は伝えていないし、今後も伝えるつもりはない。
人工魔石事業に目を留められた時に、こちらの事情は話していた。私が外国の貴族家出身である事や、家出をして来た事。実家の干渉があるかもしれない事を含めて、他の貴族からも庇護してもらう事を引き換えにして取引した……はずだったのだが。
私が家を出奔するまでの事情を話した時はとても親身になって聞いてくれて、涙まで流して……あの時はこの街で暮らしていく事を想像していたのだけれどな。
実際私の家族が来て向こうの話を聞いたらお兄様達の意見に同調する姿勢を見せられて、不信感が募って、現在はちょっと信頼が薄れてしまった。街を離れようかな、と考えるくらいには。
でもやっぱりこの街で親しくなった人も多いし、なんだかんだクロンヘイムとは距離があるから家族も早々来られないし。「やっぱりダメだってなったら違う土地に行けばいい」という選択肢を持てたおかげで気持ちが軽くなって、候補地を調べて話の種にするだけで実際住処替えの具体的な行動には移していなかった。でも最近気持ちがかなり揺らいでいる。
「良い話を期待しているよ。それでちょっと、これをリアナ君に見てもらいたいんだけど」
「? はぁ……」
向かい合って座るローテーブルの上に出された革張りの台紙を開くと、中には男の人の写真があった。残り二つも、同じような高級さを感じる装丁の革張りの台紙に、同じように男性……いや少年の写真が納められている。
見てもらいたいと言うから見てみたが、これの意味するところが分からず、私は答えを求めて子爵の顔に視線を戻した。
「ええと……これは」
「リアナ君のお見合い写真だよ」
フレドさんの話もまだ消化しきれていない所にまたすごい衝撃が来て、硬直してしまう。「ベタメタール本家から来た話で」「この子は分家だけどリアナ君と年も近い」と語る子爵の言葉が耳を素通りしていく。
「あの……! 子爵、……貴族が囲い込もうとしてくるだろうけど、それから守ってくださるという話で……後援になっていただいたんですよね?」
「そうだね。でもリアナ君の肉親が強く出てきたのもあって、やはり『庇護している錬金術師』というだけでは弱い」
「そんな……約束と違います」
「おや、婚約者や将来を誓い合った恋人でも?」
いない、と言いかけた私は一瞬躊躇した。いると嘘を吐いたらこの場を上手く切り抜けられるだろうか。そうじゃなくても、こんな知らない人と結婚するなんてやっぱり嫌だし。もし私が……。
パッと頭に浮かんだのはフレドさんの顔で、私は慌てて頭を振ってその思い付きを追い出した。
だ、男性で親しい人ってフレドさんくらいしかいないから、思わず浮かんじゃっただけで。私は自分の中で誰も聞いてない言い訳をした。
「リアナ君、ベタメタールの本家の力も借りるには『身内』くらいの名分はないと難しいんだ。私個人的には全面的に力になりたかったのだが。力がある家だからこそ、ふるうには正当な理由が……リアナ君も貴族の家で育ったのなら分かるだろう?」
言ってる事は、理解は出来る。
人工魔石事業がかなりの利益を生み出すと分かった時から、こうした外野からの干渉は起きるだろうと分かっていたから。
確かに「ただの、庇護しているだけの錬金術師」を強固に守り続けるのは「婚姻」という手段で身内にしてしまうよりも難しいだろう。でもその、他の貴族や実家の手を退けてもらう面倒のために、ベタメタール家にかなり有利な契約を結んだのに。
「……今日すぐ決断できる話ではないので、持ち帰らせていただけますか」
「ああ、もちろんだとも。三人とも素晴らしい人物だが、よく考えて決めてくれたまえ」
その後も言質を取られないように注意深く会話をして、なんとか切り上げた。子爵家の魔導車でホテルに送られる最中も、どんよりした気分が続いている。
……どんどんこちらへの要求が強くなっているのは感じていた。軽んじられている、と言えば良いのだろうか。子爵の奥様が、「押しの強い人の言葉にすぐ流されるから、私の頼みはいつも後回しにされる」と恨めしげに言っていたのを思い出す。古くから付き合いのある親戚、というだけでゴード一家を優遇して、周囲の人が割を食っていたのもそう。
婚姻や養子という手を使わず他の貴族から守って欲しいという私の要求は、あの時の子爵は受け入れてくれてはいたんだと思う。でも他の声の大きい人に強く要求されて、無理を通しやすい私の方に譲歩させる事にしたんだろうな。
表彰式も、私は目立つのが嫌だから遠慮したかったんだけど、「もう返事をしてしまったんだ、私の顔を立てると思って」って言われて頷く事になってしまったし。まぁこれは、最後まで断り切れなかった私が悪いのだけど。
現在の人工魔石の事業を売り渡す契約が済んだら、やっぱり私達もこの街を離れた方がいいな。子爵は、私が十五等級以上の人工魔石の開発に尽力するために、私の手がなくなっても問題のなくなった工場の経営を手放すのだと思っている。フレドさんからもらったアドバイスで、そう思われるように誘導出来ていて本当に良かった。引き留められずにスムーズに事業引継ぎが出来たし。
……この街は好きだったんだけどなぁ。
フレドさんが国に帰らなきゃいけない事も、私の方も出来るだけ早く街から逃げ出した方が良さそうな面倒事がまた起きてしまったのも、考えれば考える程気分が重くなっていた。